53話 帰郷してもゆっくり出来ない?
季節は夏の暑さを残しつつ秋へと移行し始め、ニイドの月——日本の暦でいえば8月に相当する月——ももう終わりで来週からラドの月になる。
そしてラドの月の5日は俺とキュルケの17回目の誕生日だ。
誕生会の前後約1週間の20日間、俺とキュルケはゲルマニアの実家に帰ることとなった。
すでにヴァリエール家を出発して馬車に揺られること数日、ようやく家にたどり着いた。
ツェルプストー家の玄関前に3台の馬車が止まり、その真ん中の馬車に乗っていた俺は扉を開けた。
目の前には父さん、母さん達や姉さん達、それに玄関までの道にずらっと執事やメイドさんが並んでいる。
「ただいま戻りました!」
「ただいま!」
俺とキュルケは馬車から降りて久しぶりに会う家族に挨拶をすると、すぐさま父さんが駆け寄ってきた。。
「おお!お前たちよく戻ったな!キュルケ、長旅で疲れてはいないか?」
父さんはキュルケに駆け寄って軽くハグをして、キュルケに旅の疲れがないか尋ねていた。
「ええ。大丈夫ですわ、お父様。お父様もお元気そうでなによりです。」
そんなキュルケの言葉に「いやー、キュルケに会えなくて寂しくてな。」とか答えていた。
軽く無視された俺は父さんの肩をちょんちょんと指で叩いた。
「父さん、父さん。息子には何か無いのでしょうか?」
俺は少し不機嫌さを声に含ませた。
すると父さんは少し名残惜しそうにキュルケから離れて俺の方を向いた。
「うむ。ヴァルムロートも元気そうだな!・・・というかお前の近況はキュルケからの手紙やカリーヌ夫人から訓練報告が定期的に送られてくるので大体把握しているぞ。だからお前が元気ならば特に言うことはないな。」
父さんは俺の肩に手をポンっと置いてからそう言った。
父さんの言っていることは分かるがそれはキュルケも同様なので、息子と娘でこの対応の違いに少し納得いかないものを感じていた・・・いや、父さんに抱き着かれたいとかは全く思ってはいないが。
それから母さんや姉さん達と軽くハグしながら、1年ぶりに言葉を交わした。
姉さんから「背が伸びたね。」と言われたが、実際に会うのは1年ぶりなので成長期だし、ツェルプストー家は皆背が高いのだから俺の背が伸びるのも当然だろう。
父さんの方を見ると、いつの間にか前の馬車から降りてきていたお義父さんが父さんに話しかけていた。
「ツェルプストー、20日間と少し長い滞在になるがよろしく頼む。」
「まかせろ。お前はバカンスに来たと思ってゆっくり羽でも伸ばしていろ。」
「ああ。そうさせてもらおう。」
少し離れた所でお義母さんが母さん達と楽しそうに話していた。
「ここがツェルプストー家、ヴァルムロートさんのお家なのですね。」
後ろの馬車から降りてきたカトレアさんとルイズがこちらにやって来ていた。
周りをキョロキョロと見ながら歩いてくるカトレアさんをルイズが誘導している。
「おじ様、おば様方それにお姉様方、今日から20日間よろしくお願いします。」
カトレアさんはスカートの端をつまみ、少しだけ持ち上げて微笑みながら挨拶をした。
「今年もお世話になります。」
と、ルイズもカトレアさんと同じように挨拶をした。
しかしこの挨拶はカトレアさんやお義母さんがやると気品に溢れているように見えるがルイスがやると可愛いと思えるのはなんだろう?背が低くて子供っぽいからだろうか?と、ふとそう思った。
エレオノールの姿はこの場にはなかった・・・それはある意味、いつも通りだといえる。
来られない理由は急に入った仕事の為に研究所の方が忙しくなったかららしいが、これまでは理由のない「行かない!」の一点張りだったらしいので理由がある分ずいぶんマシになったそうだ。
・・・次回は来てくれると思いたい。
それから誕生会までの1週間は魔法や剣術の訓練をしたり、女性陣の買い物に付き合わされたりと、普通に過ぎていった。
さらに誕生会が終わった次の日にヴァイスに視察に行くので、村の人口変化や紙作り産業などの現在の村の現状をまとめておいて欲しいという旨の手紙をヴァイスの村長に戻ってすぐに出しておいた。
そして誕生会当日となった。
周りの貴族たちが口々に話すことが重なり合い俺の耳にはざわざわと意味を成さない音として聞こえてくる。
祝いの席に似つかわしくない若干ピリピリとした雰囲気が周りに立ち込めていた。
本来ならば家の中でパーティーが行われているはずだったのだが、俺を含めパティー参加者のほぼ全員が外にある魔法練習場に集まっていた。
ほとんどの人は練習場の端に臨時で設置された観戦席に座っており、その眼前、練習場の中央に二人の貴族が対峙している。
・・・まあ、貴族のうち一人は俺のことなんだが。
もう一人は若い、というが俺より2つか3つ位年齢が上の貴族だった。
「・・・まあ、いつかこういう時が来るとは思っていたけどね。」
俺はそんなことをつぶやきながら斬艦刀の持ち手のところに刻んだ溝に杖をはめ込んだ。
どのようにして現在の状態に至ったか簡単に説明すると、
1.誕生会で俺がカトレアさんを婚約者として紹介する。
2.俺と決闘して勝てば、俺に変わってカトレアさんの婚約者になれるというのがゲルマニアの貴族の中で噂になっていると笑い話として出した貴族の言葉にお義母さんが反応し、決闘の件をわざわざ発表する。
3.若い1人の貴族が誕生会だというのに決闘を申し込んでくる。空気読め!と正直思った。
4.俺は今日は誕生会なので後日にしようと提案したが、家族、主に父さんとお義母さんが誕生会の余興にちょうどいいとか言って乗り気に。
5.練習場で行うことになったので臨時観戦席を作る間家の中でパーティーを続け、観戦席が完成したので練習場に移動した。
6.そして現在に至る。
トリステインでは“烈風カリン”という虎の威があったから決闘を申し込んでくる貴族がいなかったけど、ゲルマニアだとそれも陰ったのかな。
それともあれか?ゲルマニアの人は恋愛事には積極的だというやつか?と以前聞いた話を思い出す。
そんなことを考えていると相手から声がかかった。
「ミスタ・ツェルプストー!準備はいいか?」
「ええ。構いませんよ!僕は剣を使いますがよろしいのですね?」
俺は手に持っている斬艦刀を軽く上げてアピールした。
「ああ、ミスタ・ツェルプストーの剣は軍の剣状の杖と同じものだと判断した。それにしても先程ミス・グナイゼナウに何か渡していましたがあれは良かったのか?あれも武器なら使ってもいいのだぞ?」
俺が決闘前にキュルケに渡したのはI・フィールド・ジェネレーターであるペンダントとファングだ。
これらは暗殺対策で作成してもらったものなので決闘で使うのは野暮というものだろう。
「はい。問題ありません。では決闘のルールですが」
「ルールの確認は不要!相手に降参と言わせるか、杖を落とせばいいのだろう?」
俺が決闘のルールを説明しようとすると相手が俺の言葉に被せてきた。
まあ、決闘のルールなんて大体どこも同じなんだろうけどさ、もしかしたら地方ルールとかあるかもしれないじゃん?と心の中で呟いた。
「それと相手の命を奪うような攻撃を直接相手に仕掛けない、もあるのでお忘れなく!」
「分かっている!それではそろそろ始めようじゃないか!」
相手が開戦を促してきたので俺もそれに同意した。
「では改めて・・・俺の名はバーンズ・ガーンズバック、“黒壁”の二つ名を持つ土のトライアングルメイジだ!」
バーンズはそう言うとさっと杖を構えた。
相手が名乗りを挙げたので俺もやらないといけないのだろうなと思い、間違わないようにと自身の少し長い名前を頭に浮かべた。
「僕の名はヴァルムロート・シュテルン・フリードリヒ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、火のスクウェアメイジ。二つ名は“炎剣”です!」
俺のそう名乗りを挙げると観戦席から少しどよめきが起きた。
その様子を横目で見たときの父さんのとても満足そうな顔が印象的だった。
それとは対照的にさも当然かのような顔をしているのがお義母さん、いやあれは師匠の顔だったな。
その顔を見て、ここに来るまでに師匠にいろいろと制限を設けられたことを思い出した。
俺が今回の決闘で師匠から言いつけられたことが3つある。
1.火の系統魔法とコモンスペルしか使用しないこと。
2.『フライ』禁止。
3.『トランザム』禁止。
なぜ制限を付けたのか聞くと「それくらいでも勝てるようでないと鍛えた意味がないでしょう?」だそうだ。
・・・まあ、負けそうになったら破るつもりでいるが。
俺が名乗りを挙げたことで俺にとって初めての決闘が始まった。
開始早々バーンズがスペルを唱え始めると俺の周囲の地面に僅かな気配を感じた。
以前だったら魔法を発動する前の気配なんて感じることは無かっただろうが、師匠との特訓の甲斐あってか大雑把ではあるが普通の魔法発動の際の気配を感じ取れるまでになっていた・・・いや、ならざる得なかったというべきだろう。
それに加えてバーンズは詠唱の際に発する声を小さくすることや口をあまり動かさないといった対戦相手にどんな魔法か判断させない工夫を全く行なっていなかった。
対人戦闘になると詠唱から繰り出される魔法が判断され、すぐさま対応策を取られるのでなるべく相手に詠唱を悟らせないことは地味だが必要なものだということをこれまでの修行で師匠から叩きこまれた俺にとってはバーンズが出そうとしている魔法が『アーク・スパイク』だということはすぐに分かった。
あと早口による詠唱時間の短縮もあるが、これは対人だけでなくすべての戦闘においてメイジにとっては大事なことだ。
決闘という対人戦闘においての基礎が出来ていないバーンズをみて、彼は決闘を行なったことがないもしくは決闘ごっこみたいなものしか行なっていないと用意に想像できた。
因みに『アース・スパイク』は土のラインスペルで土の槍を地面から出現させる魔法だ。
槍の大きさや形を自由に変えることで相手を突き飛ばしたり、突き刺したり出来る攻撃用の魔法だ。
また対象を囲むように土の槍を出現させることで即席の檻としても使用できるちょっと便利な魔法でもある。
俺は地面からの気配に注意しながら攻撃を引きつけるためにわざとその場所から動かず、僅かに利き足である右足を後ろにずらし、すぐに回避出来る体勢を整えた。
魔法の発動直前になり、地面の気配が俺に向かって伸びてくるのが分かった。
その気配から『アース・スパイク』を俺に直接当てて1発KOにするか、土の槍の檻で俺を閉じ込めるつもりなのかもしれないと瞬時に考え、その場から離れるために『レビテーション』を使いながら右足で強く地面を蹴った。
次の瞬間、ボコボコッという音と共にさっきまで俺がいたところに土の槍が地面から飛び出していた。
「何!」」
俺が魔法を避けたことに目に見えてバーンズは狼狽えていた。
『アーク・スパイク』の魔法を発動させるための詠唱時間の約5秒の間、俺がほとんど動いていなかったので当たると思っていたのだろう。
バーンズが驚いている間にも俺は着実に距離を詰めていった。
俺は走りながらバーンズの杖を叩き落す為に峰打ちになるようにと素早く右手に持っている斬艦刀を半回転させた。
後数歩で攻撃範囲に入るというところで斬艦刀を両手で持ち、横に水平に構えた。
俺はそのままの勢いで斬艦刀を横に振り抜いて杖をはじき飛ばすつもりだったが、慌てた様子で詠唱を始めたバーンズの周りに強い気配を感じて咄嗟に『レビテーション』を使い、慣性の法則を無視して後ろに飛びのいた。
飛びのいたすぐ後に俺とバーンズの間に地面から土の壁が現れていた。
しかもその土の壁はぐるりとバーンズの周りを囲んでいた。
そしてさらにその壁の周りに魔法の気配がしたかと思うと、再び土の壁が現れて先程の壁を完全に覆ってしまった。
「これは・・・土の壁?」
俺は『錬金』で作り出したと思われる二重になった分厚い土の壁を前に、防御に徹するつもりなのか?とバーンズの行動を予測した。
しかしこの土の壁は周りを囲っているだけで上部は完全に無防備だったが、そこを攻めるのは決闘という貴族のプライドを賭けた勝負においてそれは無粋だと思えたし、それになによりそれで勝っても面白くないと思っている俺がいた。
それに所詮は土の壁、この程度の防御を破れないようであればゼロ魔の本編が始まってからの動乱の世界を生き抜くのは難しいのでは?という考えが頭を過った。
そして俺は、ならば正面からこの防御を打ち壊してやろう!と意気込んだ。
いくら分厚くても土の壁なら『フレイムボール』を数発撃ちこめばなんとかなるだろうと思い、1発目を放った。
『フレイムボール』が土の壁に当たる直前に土の壁が妙な光を放ったと思うと、先程までの土の壁は一転、黒い金属のような光沢のある壁に変貌していた。
俺の放った『フレイムボール』はその黒い壁の表面を少し焦がしただけで消えてしまっていた。
「何!?フレイムボールが効いていない?これは一体・・・」
土の壁から黒い壁に変わったことに俺が驚いていると、壁の向こうからバーンズの声が響いてきた。
「フハハッ!これが俺の二つ名が“黒壁”と言われる由縁だ!この厚さ1メイルにもなる鉄の壁は例えスクウェアメイジの魔法であっても壊すことは出来ない筈だ!」
そのバーンズの声からは自分の魔法に対する絶対の自信がうかがえた。
普通なら魔法が効かなかった事に対して落ち込むところなのかもしれないが、今の俺はアニメのあるシーンを思い出して決闘中だというのに少し楽しくなっていた。
これからバーンズ自慢の鉄壁の壁を打ち壊すぞ!という意味を込めて俺はそのシーンの台詞を少し変えて——そのまま言ったのでは口調がおかしいことになるからな——言った。
「確認します。その黒壁は完璧なんですよね?」
「ん?もちろんだ!」」
「わかりました。」
そうは言ったものの、この自称かもしれないが『フレイムボール』で傷一つ付かない鉄の壁をどう攻略するべきかと考えを巡らせる。
俺が使える中で一番強い魔法はスクウェアスペルの『ヴォルケーノ』だ。
しかしこの魔法は攻撃範囲が広く、さらに微妙な操作が難しいので万が一のことを考えるとうかつには使えないので却下した。
そこで攻撃力が高く、取り扱いも簡単な『フランベルグ』で攻撃してみることにした。
『ディテクトマジック』でバーンズの位置を確認してから、斬艦刀を両手で握り、上段の構えを取った。
「ではいきますよ!『フランベルグ』!」
『フランベルグ』を発動させると鍔のあたりから激しい炎が吹き出し、その炎の長さは5メイルほどになった。
観戦席からの「まさに炎剣・・・炎の剣だ」という声が耳に入る。
実際は持ち手のところにはめ込んだ杖の先の方から『フランベルグ』が発生しているのだけど、それが偶然的にも鍔から先に出ているように見えるに過ぎない。
しかも一度使うと『固定化』と『硬化』の魔法が掛かっている斬艦刀の刀身自体も熱の為か少し変形してしまうのが問題の種だった。
まあ、多少の変形位だったら大剣モードに変形させてから元に戻せば元通りになるから魔法って面白いと思うし、そうなるように魔法を組んだエレオノールさんはすごいとしか言いようがない。
俺は上段の構えから『フランベルグ』を発動させた斬艦刀を鉄の壁に振り下ろした。
「ミスタ・ツェルプストーがどんな魔法を使おうg」
ドゴオオオォォオオォッ!
振り下ろした『フランベルグ』が黒壁に接触して激しい音を立てる。
金属製の黒壁の表面が高温により赤く変色し始めた。
「はああああああっ!」
一段と気合を入れると精神力に反応してか『フランベルグ』の勢いが僅かに上がる。
壁の方からガリガリガリッという先程までは聞こえなかった音がしたが、肝心の壁には変化はみられなかた。
このまま『フランベルグ』を当て続ければそのうち溶け始めるのだろうが、俺はその前に魔法を止めることにした。
今俺にしたことは黒壁を赤壁にしたことと、壁の位置を数メイルずらしたことだけだった。
「あ、あは、あははは・・・。ど、どうかね、わ、私の、防御はか、完璧だろう。」
すこし震えるような声が壁の向こうから聞こえた。
それはバーンズが自身の魔法を自画自賛したものだったが、その声からは先程のような自信は感じ取れない。
「ええ、『フランベルグ』で壊せると思ったのが考えが甘かったようです。」
「そ、そうか!では、諦めて降参し」
「何言っているのですか?まだ降参はしませんよ。」
「・・・え?」
しかし『トランザム』を禁止されている俺にはこれ以上の手はなかった・・・少し前の俺だったら。
「だってまだラインスペルしか試していないじゃないですか。」
「・・・え?ライン、スペル?」
「ええ、ですから次はトライアングルスペルを試させて頂きますね。」
そう言って俺はトライアングルスペルの詠唱を始めた。
『フランベルグ』の強化型である『フランベルグ改』のスペルを。
俺がこの『フランベルグ改』を開発したのは半年ほど前のことだ。
俺が師匠との修行を行っていく中であることに気が付いた。
それは風の系統魔法は風を強風に、つむじ風を竜巻に、とスペルのランクを上げることで単純に威力を上げているものがあるということだった。
これまではランク別にそれぞれ独自の魔法、そしてそのスペルがあるものだと勝手に思い込んでいた。
しかし独自に調べてみるとランクと威力は異なるが同様の事象を発生する魔法のスペルには共通点があることが分かった。
そのことからいくつかの魔法は下位ランクの魔法を強化したものである、という仮定を立てた。
そして俺はその仮説を基にラインスペルである『フランベルグ』の強化計画を起てたのだった。
そしてつい1ヶ月前にようやくトライアングルスペルである『フランベルグ改』が完成した。
なので実戦投入は初めてだ。
しかも対象は『フランベルグ』では壊せない壁だ。
この『フランベルグ改』は通用するのかと期待と不安が半分半分の心境のままスペルを唱え終えた。
「『フランベルグ改』!」
魔法を発動すると再び斬艦刀が炎を纏った。
纏っている炎はより深い赤色となり、長さも先程の『フランベルグ』の倍近くになったが、炎の剣の太さはむしろ細くなっていた。
「こ、この黒壁はす、スクウェアメイジの攻撃さえ防ぐことがで、出来るのだからトライアングルスペルではむ」
無駄だとバーンズが言おうとするのを俺はその言葉を遮るように『フランベルグ改』を纏った斬艦刀を振り下ろした。
『フランベルグ改』が壁に接すると先程と同様に激しい音を発したが、すぐにそれが聞こえなくなった。
俺はゆっくりとさらに斬艦刀を振り抜いた。
地面スレスレまで斬艦刀を振る下ろした時、ドスン!という音を立てて壁の一角が地面へと倒れた。
“黒壁”の右側はなくなっていて恐らく上からみたら英語のCのようになっているだろう。
「なっ!?ば、馬鹿な!?おおお、お、俺の完全防御のく、くろ、“黒壁”がっ!?」
壁の向こうから激し動揺するバーンズの声が漏れていた。
「完全防御は破られました。降参しますか?」
「み、ミスタ・ツェルプストー!いや、こ、これは何かの間違いだ!俺は・・・ま、まだ降参しないぞ!」
「そうですか・・・。では今度は中心を斬ります!ミスタ・ガーンズバック!危ないのでちゃんと避けてくださいよ!」
そう言って俺は再び『フランベルグ改』を発動させると壁の中心に向かってゆっくりと振り下ろした。
ゆっくりと降りてくる炎の剣が壁の端に接し、ガアアアアアッ!という音が鳴り、音が止む頃には壁の一部が欠けていた。
さらに俺が少しだけ斬艦刀を動かすと、再び激しい音が鳴り響いた。
と、同時に壁の俺が切り崩した所からバーンズがいまにも転びそうな勢いで出てきた。
「うわっ!」
慌てていたのかバーンズは足元にあった倒れた壁の角に足を引っ掛け、その勢いのまま顔面から地面に突っ込んだ。
俺は『フランベルグ改』を解除し、警戒しながら素早くバーンズのところまで移動し、起き上がろうとしているバーンズの鼻先に斬艦刀を突きつけた。
・・・多少刀身が曲がっていてちょっとカッコつかないが、しょうがない。
「ミスタ・ガーンズバック、降参しますか?」
斬艦刀を突き付けられたバーンズは額に大量の汗をかき、ごくりと一度喉を鳴らした。
「・・・こ、降参です。」
バーンズが絞り出すように敗北を認める言葉を口にした。
俺はその言葉で一気に緊張を解くと先程までは聞こえなかった観客の声が聞こえてきた。
「ふう。・・・あ、あれ?」
斬艦刀を鞘に仕舞おうとしたが変形していた為入らなかった。
俺は斬艦刀を鞘に仕舞うのを諦めて左手に持ち直し、右手をバーンズに差し出した。
バーンズは俺の手と顔を交互に見てから、悔しそうな顔をして俺の手は取らずに立ち上がった。
右手を差し出したままの俺は手を取ってくれなかったことを残念、というよりはむしろ勝者としての余裕を見せてしまったことを恥ずかしく思いながら宙ぶらりんとなった右手を戻した。
恥ずかしさで目を背けると、ふと黒壁の断面が目に入った。
その断面は全て金属ではなく壁の外側の表面は30サント位、内側が10サント位しか金属になっておらず、残りは土で出来ていた。
いくら強化した『フランベルグ改』をもってしても1メイル位の金属をアニメのように簡単に切断できたことに少しも疑問に感じなかったわけではないが、ハリボテだったということに納得した。
確かに考えればあれだけの質量の土を全て金属に『錬金』しようとすればかなりの魔力を消費してしまって戦いどころではなくなるだろう。
などと考えているとバーンズが俺に話しかけてきた。
「ミスタ・ツェルプストーはあの烈風カリンのところで強さを磨いているとは噂で聞いていましたが・・・本当にお強い。俺も“黒壁”には絶対の自信を持っていましたがそれもまだまだだということを今回教えられました。」
バーンズは以前として晴れない表情をしていたが、しかしその表情に俺への敵意は無いと感じた。
どうやら俺に負けたことよりも完全な防御魔法だと思っていたものがそうでなかったことに憤りを、つまり自分自身に怒りを覚えているような感じを受けた。
それにしてもあまり悔しがっている様子はないからそこまでカトレアさんとの婚約に必死だったわけでは無いようだ。
バーンズからしたら降って湧いた話であり、勝てたらラッキーっていうことだったのかもしれない。
「いえ、僕もまだまだです。」
「むう・・・そうですか。今回負けたことを力として黒壁をさらに強固にしていくつもりです。まあ、まずは土を全て金属に『錬金』するところからなのですがね。」
バーンズは「あはは」と笑うと右手を差し出してきた。
俺はそれに応えて、再び右手を差し出すと今度はがっちりと手を取り合って握手を交わすことが出来た。
「そして・・・完全防御として再び誇れるようになった際には再び決闘を申し込ませてもらいます。」
「え?ま、まあいいですが・・・」
「ふふ。ミスタ・ツェルプストー、そんなに怪訝することはない。その時の決闘には婚約の話などは関係ないものだ。」
バーンズがそう言うが、俺はそんなに嫌そうな顔をしていたのだろうか。
「ただの俺の自己満足なのだが、それでも受けてくれるだろうか?」
「ええ、勿論喜んでお受けさせて頂きます。」
そう言って互いに握手している手の力を強め、そして離した。
「ありがとう。・・・おっと!引き止めてしまったかな?ささ、早く勝者はカトレア嬢の元に行かなとな!ささ!」
そう言いながらバーンズは俺の背中を観客席の方に押した。
「は、はい!それでは失礼しますね。あ、僕も今よりも強くなって再戦の時を楽しみに待っています。」
俺は賑わっている観客席に向かって走りだした。
そんな俺の後ろでバーンズがポツリとつぶやいた。
「ミスタ・ツェルプストー、あなたは俺の・・・。」
離れていったので最後は何と言ったのか聞こえなかった。
家族の元に行くとみんなよくやったと褒めてくれ、カトレアさんは俺が勝ってくれて良かったと照れながら言った。
その後もパーティーの続きがあり、決闘で俺が勝ったことで時間いっぱいまで俺はいつも以上に引っ張りだことなった。
次の日、領地視察の為にヴァイスに向けて朝から出発した。
馬車は1台でその中に俺、キュルケ、カトレアさん、ルイズの四人が乗っている。
昨日は誕生会、今日の視察も日帰りとそこそこハードなスケジュールなので最初は俺だけで行くつもりだったのだが、カトレアさんがヴァイスを是非見てみたいと頼んできた。
日帰りで少し厳しいかもしれないと思いながら、カトレアさん自身の体調はすこぶる良好なので俺はその申し出を了承することにした。
すると私も!私も!とキュルケとルイズも芋づる的に付いて来ることになっていた。
女性3人で話しているのを微笑ましく思いながら窓の外を見ているとカトレアさんが俺に声をかけてきた。
「ねえ、ヴァルムロートさん。今から行くヴァイスってどんな所なのかしら?」
「それ、私も知りたいです。ヴァイスってお義兄様が統治している村なんですよね?」
カトレアさんの横に座っているルイズが少し身を乗り出してカトレアさんの言葉に同調した。
俺は分かった分かったと言って、コホンとわざとらしく咳をしてから説明を始めた。
「君達に最新情報を公開しよう!ヴァイスは家から約40リーグ離れたとことろにある7年前に出来た小さな村だ!現在人口は約200人。比較的に自然に恵まれ、近くに山があるのでその山の木を加工して生産される紙が主な特産物だ!基本的に自給自足だが足りない物は周辺の村や少し離れた街で補っているぞ!ヴァイスはその村の成り立ちから僕のアイディアを試す実験的な村という側面がかなり強くなっている場所でもある!」
俺がガオガイガーのナレーションのような説明の仕方——出だしだけだが——をノリノリで行なった。
終わった後、3人の顔は目を丸くして口が半開き状態のポカーンという擬音語がよく似合うような表情をしていた。
「・・・ま、まあ簡単に説明するとこんな感じかな。何か質問はあるかな?」
3人の表情をみてこれは外したと感じた俺は素に戻ってカトレアさんとルイズに聞いてみた。
「そ、そうですわね。ヴァイスは7年前に新しく出来た新しい村のようですがどうして作られたのですか?」
ポカーンという表情から戻ったカトレアさんが質問してきた。
「村が出来た理由はすごく単純で、僕が領地経営に関わってみたいと父さんに言ったこと、ただそれだけですね。僕は小さな寂れた村を任されるのかとそれまでは思ってましたけど、まさか村1つ作るとは思いませんでした。」
そう自分で言いながら、改めてでたらめな親だと認識する。
もし俺が前世で“息子の勉強の為に村を一つ作った父親”みたいな記事をニュースで知ったら、「この父親はアホじゃないのか?」と思ったに違いない。
「お義兄様は今回の誕生日を迎えて17歳になったのだから、7年前は10歳!?・・・お義兄様、私はもう15ですけど領地経営に今からでも参加したほうがいいのでしょうか?」
ルイズが割りと真剣な顔で訪ねてきた。
「別に参加しなくてもいいと思うよ。領地経営って主にその土地を継ぐ嫡子や男兄弟が行うものだしね。女の子はそれとは別に礼儀作法などの女性らしさみたいなものを習うのが一般的でしょう?」
俺はハルケギニアの一般論?を交えてルイズの質問に答えてみた。
実際にトリステインでの修行中に俺が剣の稽古を受けている間、ルイズ達は社交界でのマナーなんかを学んでいたはずだ。
・・・まあ、本当は俺も社交界のマナーを知っておかないといけないのだけど、メイジとして強くなるという免罪符がお義母さんから発行されていたので最低限しか習っていない。
「そうそう私もよくダーリンの視察に付いていくこともあるけど口は出さないし、そもそもお姉様達は参加すらしてないわよ。だからルイズもそんなこと気にしなくていいのよ。」
キュルケがルイズを気遣うようにそう言った。
「でもそれだったらうちは姉妹だから嫡子はお姉様になるわね。お姉様はそういうのには興味なさそうですから領地経営に参加するのはお姉様のお婿さんね。」
「エレオノールお姉様の・・・」
「お婿さん・・・」
「か・・・」
カトレアさんが何気なく言った言葉で馬車の中が一瞬にして静まり返ってしまった。
因みにカトレアさんの言葉の後につぶやいた順番はルイズ、キュルケ、俺だ。
「・・・そ、そういえばお義兄様!ヴァイスはお義兄様が考えたアイディアを試す実験的な村ということですけど、どういうことを試されたのですか?」
ルイズは沈黙を破るようにわざと少し大きな声を出した。
「あ、ああ!最初に試したことはすでにツェルプストー領内の多くの街や村で採用されているよ。この前行った街でも行われていることだけど分かるかな?」
車内の重たい空気を払うために俺はわざとクイズ形式のような感じで言ってみた。
「わt」
「あ、キュルケは答えを知っているからちょっと黙っててね。」
キュルケが速攻答えを言いそうだったので口止めをしておいた。
「そんなぁ・・・」
「ゴメンゴメン。でも折角クイズみたいにしたのだから答えを知っているキュルケが答えたら面白くないだろう?」
「それはそうだけど・・・」
キュルケは面白くないといった顔をしたのでこれで機嫌が直るとはことは少ないかもしれないがごめんねと言って頭を撫でた。
「なんでしょうか?街の様子はトリステインのものとそう変わらないように見えましたけど?うーん・・・。」
ルイズは腕を組んでうーんと唸りながら考え込み、その様子をカトレアさんは楽しそうに見ていた。
ルイズはしばらく考えて、ぽつりとこう言った。
「・・・平民に見えたけど実は全員貴族、とか?ゲルマニアはお金で土地を買えば貴族になれると聞きますから。」
ルイズが苦肉の策でとんでもないとこを言い出した。
考えた末のものなのだろうが、俺は苦笑いを浮かべてしまう答えに辿り着きそうもなさそうなのでヒントをあげることにした。
「ルイズ、全然違うよ。それに確かにゲルマニアでは土地を購入できれば魔法が使えなくても貴族になれるけど、そのお金って莫大な金額なんだよ。全員がなれるものではないよ。」
「そう、ですよね・・・う~ん。」
そう言ってルイズは再び考え込んだ。
カトレアさんの方はと目を向けると考え込むルイズを見て楽しんでいるだけで答えようとは思っていないようだ。
その後も何度かルイズが考えたことを言ったが、どれも答えに辿り着きそうもなさそうなのでヒントをあげることにした。
「ルイズ、手がかりは臭いだよ。それを参考にもう一度考えてみて。」
「そうですよね・・・。臭いか。うーん・・・。」
とルイズがまた考え始めると、「もしかして・・・」とカトレアさんが何か思い付いたようにつぶやいたがその次の言葉はルイズによって発せられなかった。
「ちぃ姉様!?お願い!もう少しだけ私に考える時間を下さい!」
とルイズはカトレアさんに抱きつきながら頼んでした。
「ええ、心配しないでルイズ。ゆっくり考えていいのよ。」
とカトレアさんは微笑み、それに安心したルイズはカトレアさんから離れてまた考え始めた。
それからしばらく時間が経ったとき、ルイズがはっ!と声を出して顔を上げた。
「お義兄様!分かりました!」
ルイズが元気よく声をあげる。
「そうか。それで答えは何かな?」
「はい!それはふn・・・うぅ・・・」
ルイズは自分が今から何を言おうとしているのかに気付いて顔を赤らめた。
口ごもるルイズにこれは面白うものを発見したとばかりにキュルケはニヤニヤし、カトレアさんはあらあらとニコニコしている。
恥ずかしがっているルイズもなかなか可愛いけど可哀想だから手助けしてあげよう。
「糞尿、がどうかしたのかな?」
「お、お義兄様!?ええ、それです。それが街の中のどこの道の脇にもありませんでした。トリステインの街だと大通りから1つ裏に入ればどこにても散乱していてひどい臭いが漂っているのにツェルプストー家から近い街にでは嫌な臭いがしないなと思っていましたが、この為だったのですね。」
「正解!街中に糞尿があると臭いし衛生的にも良くないからね。因みに糞尿は街のハズレやちょっと離れたところに集められて手を加えて、作物を育てる栄養剤みたいなものとして使っているよ。」
衛生管理に気を付ければ感染症が爆発的に流行しにくいはずだ。
医学が発達していない中世的な環境では感染症が一度起きると一大事になるだろう。
「エイセイテキ、ですか?」
ルイズは聞きなれない言葉に首を傾げた。
「ああ、衛生的っていうのは清潔ってことだよ。街がきれいだとそこに住む人も嬉しいだよう?」
「そうですね!あーあ、トリステインの街も同じ事をやってくれたらいいのに・・・。そうだわ!お義兄様!うちの領内の街でも同じ事をしてくれませんか?」
ルイズはいいこと思いついたと言わんばかりに目を輝かせてそう言った。
「うーん、そのへんはお義父さんと相談してみないと何とも言えないな。しかもゲルマニアでもまだうちくらいしかやってないからもっと広げていきたいしね。」
しかし俺がそう思っていても新しいことをするのにはまずそこに住む人の意識改革とかから始めないといけないからなかなか難しいという現実があることも分かっている。
なにせ家の近くに街に導入した際も始めから上手くいっていたわけではなく、ここ最近になってようやく形になってきたのだから。
「そうですか・・・。そうですよね、お義兄様はあくまでツェルプストー家の跡取りですし、国も違いますからね。」
跡取りでもなんでもない者が別の所の領地経営に口出しすることは良くないということがルイズもちゃんと分かっていたようで安心した。
そしてルイズの口から、お姉様の旦那様か・・・と小さくつぶやいたのが聞こえた。
それからの道中はキュルケがクイズ形式を甚く気に入ったようで皆でクイズを出し合って到着まで時間を潰した。
・・・ルイズが一番多くいじられていたのは気のせいだと思いたいね。
ヴァイスの街に着くと村長の出迎えがあり、時間が無いので早速村長の家で話し合うことになった。
いつものように家の中の机に村長と向かい合うように座り、さらに今回は俺の側にキュルケ達も座った。
村長が全員に紅茶を配膳し終わったところで話を始めることにした。
「それにしてもまた家が増えましたね。」
村長の家に着くまでの村の様子を見た感想を素直に伝えた。
数年前からまた新たに居住者を募集し始め、数回に渡り徐々に入居者を増やしていたのだ。
「はい。初めは50人位で始まったこの村ですが、今ではその4倍の200人位の人口になっております。しかし、どうしてまた居住者を募集したのですか?」
「ええ、紙作りも軌道に乗り始めたのでそろそろ次の段階に進もうかと思いまして。」
「次の段階、ですか?・・・あっと、失礼しました!報告書をまだお渡ししていませんでしたね!」
村長は横にある棚の引き出しを開けて数枚の紙を取り出した。
「これが現在のヴァイスの状況です。あと幾つか住民の意見も入れておきました。」
そう言って村長は俺に紙を渡してきた。
「ご苦労様です。少し目を通させて貰いますね。」
俺は今貰った紙に書いてあることにざっと目を通した。
「ふむ。しかし子供だけで40人弱もいるとは・・・人口の2割か。」
居住者には比較的若い夫婦や適齢期の独身の人など意欲に溢れた人を選ぶ傾向にあるのでそれが影響しているのは間違いない。
「それと住民の声の中にちらほら、もっと仕事が欲しいという旨のことが幾つか載っているがそうなのですか?」
「え、ええ、はい・・・。一応順番に紙作りの仕事や材料の木材切り出しなどをしてもらってはいるのですが・・・その、畑仕事は問題ないのですが・・・。」
村長はハンカチを取り出して額の汗を拭き出した。
「働く場所が少ない、ということなんですね。」
「ねえ、ダーリン。仕事があるのに働く場所が少ないってどういうこと?」
「ヴァイスは元々50人弱で働くことを前提に作られた村だからね。紙を作る製作所もそれなりの大きさしか無いんだ。まあ、倍の100人位ならまだ問題なかったのだろうけど、さらにその倍の200人弱が働くとなると手狭になったんだろうね。畑は広げればなんとかなるけど、製作所の道具の方はそうはいかないしね。」
「はい、そうなのです。村にやってくる若者は皆やる気に溢れているので今の仕事が少ない現状は不満なのかもしれません。最近では紙をこす為の道具の使う順番で言い争いになることもありますし。」
「それに仕事が少ないってことはそれだけ取り分も少ないっていうことだからね。」
村長ははぁとため息をついた。
「そうですか。それではやはり製作所を大きくするほかないようですね。」
「してくださるのですか!?」
村長はガタッと椅子から立ち上がった。
「ええ。それにそろそろ紙の販売をうち主体から村主体に移行させようと考えていたところですから。」
「おお!それが次の段階なのですね!」
「はい。すぐにというのは難しいかもしれませんが、徐々に移行させようと思います。製作所は今の場所から村の数リーグ離れたところに川があるのでそこの近くに移転させようかと思います。さすがに大きくなると井戸からの水では心もとないですからね。ただし川の水はそのまま使うのではなく布で濾すなどしてなるべく不純物が紙に混ざらないように注意してください。」
「はい!徹底させましょう!」
「さらに今回はうちのメイジに道具を作って貰いますが、次からはこのような自体に村自体が対応出来るように紙をすくう為の道具を修理できたり新しく作れたりする職人を育成することも必要になりますね。」
「分かりました。村の手先の器用なものを数名集めて研究させます!」
「あと・・・」
「まだあるのですか!?」
「紙の販売を村主体にすることは商人との交渉を村が行うことになるのですがその為には文字の読み書きだけでなく計算などが必要になると考えられます。お金を扱いますからね。」
「確かにそうですが・・・しかし文字の読み書きは出来ても計算まで出来るものはほとんどおりませんよ?」
「そうですね。これまではこの作物をこれだけ渡したらこれだけのお金になるとおおよそで行なっていたことをきちんと計算して出さないといけなくなります。しかし計算を出来るものがほとんどいない。・・・なので」
「なので?」
「学校を建てたいと思います!」
「「「「学校!?」」」」
俺のこの発言には村長だけでなくキュルケ、カトレアさん、ルイズまでも驚いて声を上げた。
事前に父さんに相談したときもとても驚いていたし、しょうがないのかな。
「が、学校というのは、あれですか?貴族様が通っておられる・・・あの学校ですか?それに私たちのような平民が通うということなのですか!?」
村長は声を震わせながら俺の言った言葉を確認した。
「いえいえ、あそこまで立派なものではなくもっと小さいものですよ。教えるのは勿論魔法ではなく、文字の読み書き、計算、簡単な歴史、一般的な社会常識と商人とはいえ貴族との商談を行うこともあるでしょうから礼儀作法もですかね。あ、将来的には商人を輩出してみるのも面白いかもしれませんね。」
まあ学校というよりも昔あった寺子屋みたいなものだな、規模的にも。
「はぁ・・・。その学校には私達も通うのですか?」
「そうですね、基本的には通って欲しいですね。目指せ!識字率100%!ってね。学校のクラスを大きく2つに分けましょう。1つは村長のような大人が通うところ。」
「もう1つはなんですか?」
「もちろん子供が通うところですよ。ただし大人とは理解力の差があると思うので大人のクラスに比べて授業の進行速度はゆっくりめになると思いますけど。」
差詰め大人クラスは専門学校で子供クラスは小学校といった感じになるだろう。
「なるほど。しかし学校に通うとなるとかなりのお金が必要になるのでしょう?正直な話、平民にはそこまでのお金を出すことは出来ませんよ?」
「いえ、この学校はこの村に住んでいる限り基本的に無料としたいと思います。」
「「「「え!?」」」」
またも村長、キュルケ、カトレアさん、ルイズが声を上げた。
まあ魔法学院は入学金や授業料のほかに莫大な金額の寄付を行わないといけないからな。
・・・なので仮に貴族であってもお金が払えないようなところは学校にもいけないらしいが。
「しかしそれでは校舎を立てる費用や維持費、講師の給料などはどこからでるのですか!?」
村長は少し興奮、いや混乱しているのかもしれないが少し声を荒げて矢継早に尋ねてきた。
「もちろん校舎の建設費はこちらが出します。それくらいの先行投資は行いましょう。それから維持費や講師の給与は村の税収から出すようにします。」
「そ、それは・・・税率が上がる、ということですか?それはいくらヴァルムロート様の決定でも・・・み、認められません!」
村長がでダン!と机を叩いた。
その表情は真剣そのものであり、貴族に逆らうとどうなるのか知ってはいるがそれでも町の長としての責任を果たさなくてはいけないと覚悟を決めたそんな印象を受けた。
「落ち着いて下さい。そもそも税率は今まで通りですから。」
「そ、それではどうやって学校のためのお金を捻出するのですか?」
「それはですね。これまでは作った紙はうちが買い取ってそれから他の貴族に購入してもらったり、一部の商店で扱ってもらったので、紙から得た収入は村の税収とは別でした。しかしこれからは村主体で紙を販売し、その収益の一部を税として納める形になるのでこれまでの税収より多くなっているはずです。そこから必要な維持費や講師の給与を出して、残ったものを税収として納めてもらうので税率自体は同じですよ。ただ僕としても税収は多い方がいいのでしっかり稼いでくださいね。」
「はい!ありがとうございます!・・・それで講師の方はどうするのですか?」
「そうですね。とりあえずうちのものを臨時講師として派遣しますがどこかに良い人がいれば村に移住してもらって講師をして欲しいとこですね。」
「分かりました。私の方はそのような講師が出来る人物との当ては無いのですが・・・ヴァルムロート様には何か伝手があるでしょうか?」
「いえ、僕の方も今はないですね。それでは今回はこれくらいですが、何か他にありますか?」
そう言いながら俺はトントンと報告書をまとめながら言った。
「いえ、ありません。今回もありがとうございました。そして今回は紙製作所の移転工事や商会との連絡、学校建築などいろいろよろしくお願いします。」
「ええ。任せて下さい。しかし私が出来るのはあくまでお膳立てまでなのでそれ以降は村の頑張りに懸かっているので期待していますよ。」
「はい!御期待に添えるように精一杯頑張ります!」
話し合いが終わり、冷めてしまった紅茶を入れ直して貰い、一休みしてから帰ることにした。
「しかし学校を立てて、さらに村の税収から出ているとはいえ実質無料とは・・・失礼ですがどうしてこのようなことを考えたのですか?」
紅茶を飲みながら雑談している時に村長が先程の学校の話題を出してきた。
「え?だって必要になったでしょう?それに学があるとその人の自信に繋がってくると思うんですよね。」
「確かに助かりますが・・・そのようなものなのですか?いままほとんど畑仕事だけで勉強などとはかけ離れた生活を送ってましたからあまりそういうことを考えたことは無かったのですが・・・」
「そうかもしれませんね。まあ、今は貴族の戯言だと受け流して良いところだけ受け取っておいて下さい。」
紅茶も飲み終えてそうそうに俺達は家に帰ることにした。
村の入り口まで見送って貰い、待たせていた馬車に乗り込んだ。
帰りの道中は危うく質問攻めになるところだったが、またクイズ形式のように質問を質問で返して、このようなことをするのは本当はよくなのだけど、やり過ごした。
なんだかまたルイズがいじられていたような気がした。
すまんなルイズ。
「・・・それにしても先生決めないとな。臨時は家の人からだれか派遣するとして本採用をおいおい考えていかないとな。」
「誰か良い人いないかな・・・。」
<次回予告>
さあ、ルイズも15になったことで次の春からは魔法学院へ入学することになるのが、その前にしなくてはいけないことがある。
それは修行のまとめ、師匠との最後の模擬戦だ。
たった2年ではあるがこれまでの修行の成果を師匠にぶつけてやる!
まだまだ実力的に敵わないがやりようはある!
そう!
師匠にも見せたことがないとっておきの切り札が!
第54話『最強の諸刃の剣』
予定通りの更新が出来ずに申し訳なく思います。
次は2014/1/12頃の更新を目指して頑張ります。