54話 最強の諸刃の剣
実家かヴァリエール家に戻ると再び訓練の日々が始まった。
今日も今日とて俺は魔法の訓練の為に練習場にやってきている。
「今日も寒いわね。しかし寒いからと言って手抜きはしませんわよ。」
そう言っている師匠は男物の厚手のコートを着、手袋を装着して防寒対策はバッチリだ。
まあ俺も同じような格好なのだけど。
「はい!でも最近は少し暖かくなりましたね。そういえばもうすぐカトレアの誕生会ですね。」
季節は夏が終わり、秋が過ぎ、冬も山場を越えて段々と暖かい日が増えてきた。
数日前までは吐く息が白くなっていたが、今はそれもない。
模擬戦で寒い中『トルネード』の魔法を食らうと熱がどんどん奪われるので本っっ当に寒かった!凍死するかと思う位ヤバかったね!
なにせ模擬戦中俺は『トランザム』ありきの戦闘スタイルだから上着着たままだと上着が焦げたり、ふさふさした毛のファーとかいうのが燃えたりしたので寒いけど脱がないといけなかったり、去年も訓練中はもちろん寒かったけど今年の方が師匠の攻撃が激しかったような気がするし。
・・・しかしそれももう終わりだ。
あと1ヶ月もすれば気温、天候共にほとんど春といってもよくなるだろう。
と俺がこの冬の厳しさについて思い出していると師匠が俺を驚愕させる言葉を放った。
「今日からあと1ヶ月間、毎日模擬戦を行いますわよ!」
「はい!・・・て、はいいぃい!?」
俺は師匠の言葉につい、条件反射のように返事をしてしまった。
が、すぐに師匠の言葉を認識した。
しかし理解出来なかった、いや・・・したくなかった。
「え!?あ、あの・・・どういう意味ですか、師匠?」
「意味とは?言葉通りの意味ですわよ?もう基礎的なことはほとんど教えたので後はそれの反復練習と応用だけですからね。そこでこれまでの訓練の成果を確認することと応用するなら実践の中でした方が身になりますから、今日から魔法学院の入学直前まで私と模擬戦を行いますわよ。いいわね?」
俺はもしかしたら別の意味かもと淡い期待を抱いて聞いてみたが、やはり言葉通りの意味だったようだ。
これは学校でいうならテスト週間、いやすでに期末テスト状態だか・・・しかし、1ヶ月というのはいかがなものだろうか。
「師匠、模擬戦するのは分かりましたが1ヶ月というのは長くないですか?」
「そうかしら?それに『ブリズ』を見ても期間が長いといえるのかしら?」
そういうと師匠はフフッと不敵に微笑んだ。
「師匠、『ブリズ』ってなんですか?」
俺は聞きなれない言葉が出たので師匠にそれを訪ねてみたが、見れば分かるの一点張りでさっさと『フライ』を使って特別練習場の方に飛んでいってしましった。
「『ブリズ』?そよ風って意味か。名前からして風系統の魔法か何かかな?」
俺は正体不明の魔法について考えながら師匠の後を追った。
特別練習場に着くと中央に師匠がいたのでその近くに降りた。
「来ましたね。それでは今日からの模擬戦の説明をしますよ。」
「え?いつもと同じではないのですか?」
師匠が“今日からの”という言葉をわざわざ付けたので俺はこれまでの師匠が「今日はここまで。」というまで続く模擬戦とは違うことをすることに驚いた。
「ええ。これまでは魔法が当たっても続けていましたが、本来魔法は一撃必殺!本気で放てばただではすまないでしょう?」
確かに今まではお互いに威力をかなり抑えて魔法を放っていたと思う。
・・・俺の魔法が直撃したことはほとんど無かったが。
「はい。そうだと思います。」
「そこで今日からの模擬戦はどちらかに一撃当たればそこで終了とします。魔法、剣なんでも構いません!ただし、威力はこれまで通り抑えることを忘れないように!威力を抑えることも魔法をコントロールするいい練習ですからね。」
「どちらかが一撃ですか・・・わ、分かりました!」
恐らく本当の戦い、命を懸けたものならば本気の一撃が致命傷になるだろうというのは想像出来た。
「よろしい。では始めますよ!」
俺と師匠はお互いに距離を取った。
俺は素早く上着を脱ぐと『レビテーション』を使って練習場の端まで上着を飛ばした。
「それでは私は先程言ったように最初から『ブリズ』を使いますからね。よく見ておきなさい。」
師匠が素早く小さな声で何かのスペルを唱え終えたであろう瞬間、場の空気が変わった。
文字通りに練習場の中の風の流れが変わったこともあるが、なにより師匠の纏う雰囲気が変わっていた。
俺が斬艦刀を両手で握り直して正面に構えた。
師匠は俺の様子を見て、にこりと笑うと俺の方に杖を向けて素早く魔法を放ってきた。
俺はこれまでの訓練から不可視の攻撃であろうとも気配を感じることが出来るようになっていたのでそれを『レビテーション』を使って横に滑るように飛んで避けた。
なんだ普通の『エア・ハンマー』かと思った次の瞬間、先まで10メイル離れたところにいたはずの師匠が俺のすぐ右横にいた。
「なっ!?」
何が起こったのか分からなかったが俺は左手を斬艦刀から離し右手だけで横に左から右に払いながら体を師匠の方に向けると同時に距離を取ろうとそのまま『レビテーション』で後ろに移動しようと試みた。
しかし師匠は俺の斬撃を軽く躱し、さらに目にも留まらぬ速さで俺の左側を通って背後に回った。
俺はそれに反応出来ずに地面に足が着いた同時に背中に杖の先が押し当てられていた。
「ここまでですわね。」
後ろから師匠の声が聞こえた。
「・・・はい。参りました。」
俺がそう答えると師匠は俺の背中に押し付けていた杖を下ろした。
俺は師匠の方に向いた。
「も、もう1回お願いします!」
「勿論。どんどんいきますわよ!」
俺が再戦を頼むと師匠はすぐに承諾してくれた。
再びお互いに距離を取った。
「それでは始めますよ!」
師匠が開始の合図を送ってきたので俺も「はい!」と返事を返した。
師匠が先ほど行なった高速移動がおそらく『ブリズ』という魔法だと予想し、速さには速さで対抗する他ないと考えた。
つまり俺が選ぶことの出来る選択肢は1つだ。
「『トランザム』!」
さらに『フライ』を使い、師匠目掛けて一直線に飛んだ。
「フフッ、そう来ると思ってましたよ。」
師匠はすでに魔法を唱えていたようで先程のように纏う雰囲気が違っていた。
師匠に近づいた俺は斬艦刀を右上から左下に斜めに振り下ろしたが師匠は素早い動きで後ろに避けた。
逃すまい、と師匠の後を追う。
しかしその行為で俺はあることに気づくことになった。
俺の大まかな観測により『トランザム』状態の『フライ』の飛行速度は約時速100キロだ。
この時速100キロという速さはワイバーンよりも速く飛べることもあり、これまで俺以上に速く動けるものには出会っておらず、ワイバーンよりも倍くらい速いといわれる風竜やヒポクリフと同等ではないかと自負していた。
しかしその速度を持ってしても師匠に追いつくどころか逆に徐々に引き離されていた。
「くっ!『ブリズ』っていうのは『トランザム』よりも速いってことかよ!?」
そんな愚痴をこぼしていると前にいる師匠の杖に黄緑色の光る剣が現れた。
師匠が『ブレイド』を使ってきた考えたのとほぼ同時に師匠はいきなり方向転換し、こちらに向かってきた。
師匠が杖を俺から見て右上に構える動作をしたので俺は咄嗟に斬艦刀を横にして振り上げた。
師匠とすれ違う時にガギンッという音と共に斬艦刀を持った両腕に衝撃が走ったが、なんとか攻撃を防ぐことが出来ていた。
「な、なんとか防げたか。」
「こら!一度攻撃を防げたからといって油断しないの!」
という声と共に背後から頭を軽く小突かれた。
攻撃を防げたことに安心して、思わず集中力を緩めてしまったことで背後に来ていたことに気が付かなかった。
「う、これも一撃ですか?」
「そうですわよ!・・・油断大敵ね。」
「・・・はい。」
俺が降参して『トランザム』を解き、ふたりとも地面に降りた。
俺が師匠に「『ブリズ』という魔法は高速移動を可能にする魔法なのですか?」と訪ねてみた。
「そうですよ。この素早く動く魔法が『ブリズ』という魔法ですわよ。この魔法はスクウェアスペルなの。魔法としての効果はただ早く動けるだけなんですけどね。」
と師匠が魔法について説明してくれた。
「そうなのですか?でもすごいですよ!僕も『トランザム』を使えばかなり速いとおもっていたのですがそれよりも速く動けるとはびっくりしました!『トランザム』と同じようなものですかね?僕はそのような魔法を聞いたことも本で読んだことも無いのですがどこで習ったのですか?もしかして・・・師匠が考え出したのですか?」
俺は少し興奮気味に言った。
「まあまあ、落ち着きなさい。まずこの魔法はさっきも言った通り“ただ早く動けるだけ”ですわよ。ヴァルムロートの魔法のように魔法の威力を上げる、なんてことは出来ませんわ。その代わり使った後に体が痛くなったりすることもありませんけどね。この魔法は私が考え出したものではなく、私の実家に古い書物があってそこに記されていたものを再現してみたに過ぎません。・・・まあ、名前が無かったので私が『ブリズ』と名付けたのですけどね。」
「そうなのですか・・・。師匠は『ブリズ』をどのくらいの間使っていられるのですか?また魔法を使っている間に別の魔法は・・・使っていましたね。どれくらいのものが使えるのですか?」
今の俺が『トランザム』を使っていられるのは体調が万全の状態で3分とちょっとだ。
他の魔法も併用して使用するとそれだけ精神力を使うのでどんどん使用できる時間は減っていくことになるのだけどね。
さらに『トランザム』を使っているときはこれまでの練習のおかげて今ではスクウェアスペルでも使用できるのだが、さっきのような空中戦ではすでに『フライ』を使っている時は他の魔法が使えないのが難点で接近戦は斬艦刀を使うことで補っているがどうしても中遠距離の攻撃ができないのが問題だ。
その点師匠が使っていた『ブリズ』は飛んでいる時に『ブレイド』の魔法を使っているところから察するに飛ぶのに『フライ』を使用していないので他の魔法が使える可能性が高い。
その上さらに使用時間まで長かったらこちらとしては打つ手無しといったところなのだが・・・。
「そうね。・・・最近は全く使っていないからどうかわかりませんが、これまでの経験から言うと10分以上は使えるのではないかしら?『ブリズ』を使っている間はラインスペル位までしか使えないわね。簡単そうに見えてかなり細かな魔法のコントロールが必要とされているのよ。そうそう衛士隊にいた時に何人かに教えたのだけど誰も習得出来なかったわ・・・なぜかしらね?」
『トランザム』よりもはるかに使用時間長いとか・・・打つ手なしか!?
まあ、師匠は今後も恐らく味方でいてくれるだろうから他に使える人がいないのが不幸中の幸いか・・・こんなのポンポンやってこられたら対処出来ないところだったよ。
と、そこまで考えてある一人の人物のことをが頭に浮かんだ。
それは師匠と同じ風系統のメイジで、師匠と同じスクウェアクラスの実力を持ち、ヴァリエール家との親交も深く、それでいて原作で必ず敵として現れるという恐らく最大の敵として俺の前に立ちふさがるであろう人物、その名はワルド。
・・・勿論師匠が衛士隊にいるときにワルドいないから教えてないんだよね?
「・・・そうですか、師匠しかその魔法を使えないのですね。因みにその魔法をワルド子爵には教えたのですか?」
「いいえ、教えてはいないわね。でもどうしてそんなことを聞くのかしら?」
「いえ、ワルド男爵は優秀な風メイジと聞いたので同じどうなのかなと思いまして。」
のちのちワルドが敵になるから、とは言えないよな。
「そうね。教えてもいいのだけど、彼なかなか時間が取れないみたいね。ルイズの許嫁なのだからいくら衛士隊が忙しくてもルイズの誕生会位顔を出してもいいと思うのですけどね。しかし彼には彼の事情があるのでしょうから無理強いはできませんわね。」
そうなのだ。
この約2年間ヴァリエール家に居候しているので勿論カトレアさんの他にもルイズやエレオノールさんの誕生会にも参加した。
しかしその中でルイズの婚約者であるはずのワルドを一度も見かけなかったし、確か幼馴染という設定のあるアホリ・・・アンリエッタも見かけなかった。
ワルドは衛士隊が忙しいという名目でお祝いの手紙やプレゼントを郵送してきてはいたようだが、アンリエッタの方は母親がまだ喪に服してしるから来れなかったのか?
あ、あと家の誕生会では極普通だったのだけどこっちでは誰もルイズやエレオノールさんに交際を申し込む奴がいなかったんだよね・・・やっぱりゲルマニアとトリステインとの違いなのかな?
「そ、そうですね。仕事も大事ですよね!」
アニメにはなかった魔法の出現により、ワルドの強化フラグでも立ったか!?と懸念したが、取り越し苦労のようでほっと胸を撫で下ろした。
それでもワルドが風のスクウェアクラスのメイジであり、強敵であることは変わりないのだけど・・・。
「それでは今日はここまでですかね。ありがとうございました!」
俺はペコリと頭を軽く下げた。
「何を言っているのですか?まだ終わりではありませんよ?」
「え?でも最初師匠が1回攻撃に当たったしりたら終了すると言っていませんでしたか?」
「ええ、でもそれは1回の模擬戦のことですわよ。一日最低でも10回戦は行いますわよ!だから後8回ですわね!」
「ええ!?後8回!?」
「あ!お昼からは剣術の訓練があるので10回戦終えるかメイドが昼食を呼びに来るまでにしましょうね。・・・ささ!早く位置に着きなさい!」
「は、はいっ!」
そしてその後師匠が言った通り、どちらかに攻撃が当たるまで行う模擬戦を8回行なった。
後8回も行うということで俺はむやみに『トランザム』を使用するわけにはいかなくなってしまった。
その代わりに師匠も常に『ブリズ』を使ってくることもなかったが、時折混ぜてきて緩急に富んだ攻撃を仕掛けてくるのには参った。
俺が師匠に対抗するにはもはや気配を感じて、さらにそれによって師匠がどう行動するかを予測して動くしか無かった。
今回は1勝9敗だったが、その1勝も師匠の攻撃をやり過ごしてカウンター気味に放った攻撃がたまたま師匠のマントをかすったという勝利と言うには程遠いものだった。
「今日はこれで終わりですわね。」
「はぁ、はぁ・・・あ、ありがとう、ご、ざいました。」
「明日からもこの調子でいきますわよ。」
「はい・・・」
俺が息を整えて顔を上げると師匠が何か考えているような顔をしていた。
「師匠?どうかしたのですか?先程の訓練で何か?」
「いえ、そうではありません。・・・ヴァルムロートは今年から学校に通うのよね?」
「はい。両親とも話し合ってトリステインの魔法学院に留学することに決めていますが・・・。」
この前誕生会で実家に帰った時に両親と話し、俺とキュルケがトリステインの魔法学院に留学することが決まった。
原作に関与するならその主な舞台であるトリステイン魔法学院に行かないと話にならないからな。
ただゲルマニアでもそこそこの地位のある家の息子が他国に留学するには何かしら問題が起こるのでは?と心配したが、それも含めて入学の手続き諸々任せろと両親が言ってくれたのでそれに甘えることにした。
まあ原作的にはいいのかもしれないけど実生活で考えると俺の行為はゲルマニアでコネ、というか同世代の貴族の知り合いを作りにくくなるというのが欠点といえば欠点なんだよね。
「そう。・・・キュルケさんもこちらの魔法学院に行くことになるのかしら?」
「ええ。仮にだめと言っていてもキュルケのことですから付いて来たでしょう。それに今年はルイズも一緒に魔法学院に通うことになりますし、楽しみですね。」
「そうね・・・。」
それから師匠は腕を組んで難しい顔をしていたが、少し経つと何かを決心したような顔になった。
「あの」
俺が何について考えているのか聞こうとした時、タイミングよく訓練場の扉が開いてメイドさんが入ってきた。
「奥様、ヴァルムロート様。こちらにおられたのですね。昼食の準備が出来ていますのでお早めにいらして下さい。」
メイドさんは俺達に昼食の用意が出来たことを告げると礼をして戻っていった。
「昼食が出来たようですわね。早く行かないと冷めてしまいますわよ。」
師匠はそういうと『フライ』を使って飛んでいってしまった。
俺の進学のことを聞いてくることといい、今の何かを考えていたことといい一体師匠は何を悩んでいるのだろう?などと思いつつ、俺もお昼を食べに行くために『フライ』を使った。
それから1ヶ月間、途中でカトレアさんの誕生会を挟みながら虚無の曜日を除きほぼ毎日師匠と模擬戦を行なった。
この訓練によって今まで以上に気配を読むのが上手くなったり・・・というかならざる得なかったり、いままでは剣術と魔法は別々で行なっていたのを上手いこと連携させることが出来るようになってきた。
因みに俺の勝率は力を抑えた師匠相手に3割がいいところだ。
あとこの期間に風のランクが1つ上がりトライアングルになることが出来たのもこの訓練のおかげだろう。
そして今日が最後の訓練の日だ。
どうして最後かというと明日には魔法学院に向けて出発しなければいけないからだ。
魔法学院に着くのは入学式の前日だということだが、荷物の搬入や荷解きなどはすでにヴァリエール家やツェルプストー家で手配したメイドさん達がやってくれているので俺は何もしなくてもいいらしい。
そして訓練最後と言うことはこれまでの訓練の成果をみるということでもある。
学校の勉強でいえば学年末テストだな。
最後の模擬戦なのでこれまで学んできた全てを出し切りたいところだが・・・
「ヴァルムロート、今日が最後の模擬戦ですわね。」
「はい!・・・で、なんで皆が見てるのですか?エレオノールさんは昨日帰ってきたからいるのは分かります。しかしゲルマニアにいるはずの父さんや母さん、姉さん達までいるのはどういうことなんですか!?」
俺が家族の方に顔を向けると母さん達から黄色い声援がかけられた。
もう記憶の遥か彼方だが、前世の小学校の授業参観で同じような景色を見たような気がする。
どこの親もすることはおなじなのだろう・・・いや、前世では声を張り上げることはさすがになかったか。
「それは・・・今日こちらに来られたのよ。まあ、いいじゃないですか。最後くらいね。」
師匠も同じ母親として母さんの行動を微笑ましく思っているようだ。
「まあ、いいのですが。それで今日はいつものように1回きりの模擬戦を行うのですか?」
「いいえ。今日は以前行なっていたものに戻します。」
「前の形式ですか?それでは師匠がそこまでというまで続くのですね。」
「それはあなた次第ですわね。」
「終わるのが僕次第というのはどういうことですか?」
これまで模擬戦が終わる主導権を持っていたのは師匠なのに今回だけは俺にもその権利があるかもしれないというのはどういうことだろうか。
「それはですね。ヴァルムロート!今日は私を倒すつもりで戦いなさい!」
もしこれがアニメや漫画なら後ろに効果音としてバーン!やドン!があったかもしれないなと俺は思った。
「いえ、いつもそう思って戦ってますけど?」
「そうではなくて、今日は魔法の制限を外して全力で行いなさいということですわ。これは模擬戦ではなくどちらかと言うと実戦に近いものですわね。勿論私は殺さない程度にしますけど。」
「しかし師匠!師匠はある程度手加減してくれるそうですが僕が全力で戦えばいくら師匠にも万が一ということがあるのではないですか?」
なんだか師匠は物騒なことを言っているが俺が全力全開で戦ったらいくら実力の差があるからと言っても師匠も無事では済まないのではないだろうか。
「その点は大丈夫ですわ。・・・『ユビキタス』!」
師匠は『ユビキタス』でもう1人の師匠を偏在させた。
「私が模擬戦を行うのでヴァルムロートも心置きなく実力を発揮しなさい。分かりましたわね?」
と偏在の師匠は言う。
「それにヴァルムロート、あなた全力で試したいことがあるのでしょう?知っていますわよ、あなたがたまにこそこそしているのを。」
と本体の師匠が言った。
休日や空いた時間にこそこそと行っていたことはまたしても師匠にはバレていたようだ。
しかもあれは考えたのはいいがこれまでに無い程に強力過ぎる、というかいまいちどれ程の威力が検討がつかないので使い所がないと思っていたんだけどそれもお見通しなのか?
「分かりました!全力で戦います!」
俺が返事をすると2人の師匠は満足そうに頷いて本体の師匠は偏在の師匠と2,3言葉を交わして観戦席の方に行った。
「『ユビキタス』で出した偏在は出した本人と全く同じということは知っていますわね?」
「はい!」
「よろしい!では位置に着きなさい。」
そして俺と偏在の師匠はお互いに立っていた位置から5メイルずつ距離を取った。
俺は杖を斬艦刀に仕込み、両手で持ち胸の前で構えた。
観戦席ではこちらにやってきたカリーヌにツェルプストー辺境伯が椅子から立ち上がって尋ねていた。
「カリーヌ夫人、息子はどれくらい強くなったでしょうか?」
「そうですわね・・・。その答えはいまから始まる模擬戦を見ればお分かりになると思いますわ。」
「そ、そうですか。」
そう言われたツェルプストー辺境伯はまた椅子に座り、カリーヌもヴァリエール公爵の隣の椅子に座る。
そして皆が固唾を飲んで模擬戦が始まるのを待った。
「準備はいいようですわね!では始めますよ!」
偏在の師匠が言ったのを合図にお互いにスペルを唱え始めた。
俺は早さを重視してドットスペルの『ファイアーボール』を連続して放つ。
その直後に俺は距離を詰めるために偏在の師匠に向かって走りだした。
どうして距離を詰めるのかというと俺は訓練のおかげで師匠の魔法をおおよそ避けることが出来るようになっているし、偏在であっても同じように魔法を察知して避けることが出来るだろうと考えたからだ。
そして俺が出来ることは勿論それを教えた師匠も出来る。
その為、遠距離からの攻撃ではお互いがお互いの魔法を避けることが出来るのでジリ貧となり、実力差の劣る俺にとっては不利な状況に追い込まれるのがこれまでのパターンだった。
遠距離からの攻撃がダメなら近づく他に方法はないだろう。
実際これまでの模擬戦では得られた勝利はほとんどが接近している時のものだった。
そんな理由から俺は偏在の師匠との距離を詰めているのだが・・・
偏在の師匠は俺が最初に放った『ファイアーボール』を横に移動することで難なく避けながら魔法を発動させた。
大気中の水分が集まり、その水が瞬時に凍っていくことで偏在の師匠の周りにいくつもの氷の矢——先端が丸くなってるのが手加減の証だろうか——が現れた。
偏在の師匠はその氷の矢を飛ばして向かってくる『ファイアーボール』を撃ち落とし、さらに残った氷の矢を俺に向かって飛ばしてきた。
「くっ!」
俺はこれまで偏在の師匠に向かって一直線に走っていたが、気配を感じてすぐに左側に避けた。
右手に偏在の師匠を見るように大きく円を描くようにしながらこちらに飛んでくる氷の矢を避け、当たりそうなものは右手に持った斬艦刀で叩き落としながら『I・フィールド』のスペルを唱えた。
そして『I・フィールド』を発動させた俺はまたも一直線に偏在の師匠に向かっていった。
飛んでくる氷の矢は『I・フィールド』の表面を滑り、まるで氷の矢の方から俺を避けているように明後日の方向へと飛んでいった。
『I・フィールド』は風系統の魔法であり、俺自身風メイジとしてはトライアングル相当なので師匠と比較すると格下だが『I・フィールド』の防ぐのではなく受け流すという特性のおかげで偏在の師匠をうまく防ぐことが出来ていた。
そうして距離を詰めた俺はそのまま偏在の師匠に斬りかかったが、偏在の師匠は『ブレイド』を発動させてそれを受け止めた。
偏在の師匠の口が少し動いたかと思うと突然風が襲い、俺は偏在の師匠から離されてしまった。
さらに偏在の師匠が杖をこちらに向けてスペルを唱えると見えない攻撃を行なってきた。
見えはしないが気配を僅かに感じることが出来たのでその攻撃を『レビテーション』を使って左右に避けつつ、俺は『ヴェスミー』のスペルを唱える。
攻撃が当たらない相手でしかも接近できない時はどうすればいいのか?ということは以前から考えていた。
その時キュルケが「1発だから避けられるんじゃないの?2、3発とはいわずにもっと気前よく避けられないくらい沢山撃てばいいんじゃない?」と言ったことに、俺もそれは一理あるかもと思った。
そしてキュルケの言葉をそのままの意味で実行出来る魔法を俺は持っていた。
俺の腰の左右に水が集まり、バスケットボール大の水の玉が出来上がった。
そしてここからは俺の攻撃の順番と言わんばかりに両方の水の玉からいくつもの水の弾をガトリングのように連続で打ち出した。
偏在の師匠は初め『エア・シールド』を使って水の弾を防いでいたが、俺が右の水の玉からは常に水の玉を連続発射し、左の水の玉からは貫通力に特化したより圧縮した水の弾でその防御を貫いた。
「っ!・・・なかなかやりますわね!」
偏在の師匠は『エア・シールド』を解除すると『フライ』を使い、回避しながら距離を取る行動に出た。
俺は『フライ』で飛んでいる偏在の師匠を追いかけるように水の弾を発射したが、突然のスピードアップにより一瞬その姿を見失ってしまう。
「『ブリズ』!?・・・うわっ!うわわ!」
背後に気配を感じ、咄嗟に横に飛んで避けると地面がドン!ドンッ!という音と共に砂煙を上げた。
砂煙により視界が奪われたのでその場を脱出しようとするが、すぐに四方から時間差で何かが飛んでくることも分かった。
右から来るものは後ろに避け、左後の上から来たにものは身を屈めてやり過ごし、正面から来たものは右に避けたりととにかくいろんな角度からくる攻撃を『レビテーション』と体術を使い避けまくった。
このままいつまでも避けているだけでは埒が明かないと考えた俺は少しでも対抗できることをしようと試みる。
「・・・『トランザム』!」
俺は砂埃の中から気配を頼りに偏在の師匠に向けて『ファイアーボール』を数発放った。
そして俺自身は『フライ』を使って一気に砂煙の中から飛び出ると自分の放った『ファイアーボール』を追い越しながら偏在の師匠へと向かう。
偏在の師匠は『ファイアーボール』を避けながら向かってくる俺に対して『ブレイド』を発動させていた。
接近した俺は斬艦刀を上から振り下ろし、
「はああ!」
偏在の師匠は左下から『ブレイド』を発生させた杖を振り上げていた。
「はっ!」
ギィンッ!と斬艦刀と『ブレイド』が交わった。
ほんの一瞬の鍔迫り合いの後、俺はすぐに偏在の師匠から離れた。
俺が離れるのと僅かに遅れて先程放った『ファイアーボール』が偏在の師匠へと後少しのところまで近づいたが『ブリズ』を使っている偏在の師匠にすぐに距離を取られてしまい、そのまま霧散していまった。
しかしその様子を黙って見ているわけもなく、俺は別の角度から再び偏在の師匠に切りかかった。
それから数回切り結んで離れ、偏在の師匠の放つ魔法を避けながら近づいて切り結ぶということをした。
この特別練習場は通常の練習場よりも広く作ってるけれど、それでも今の俺にはとても狭く感じた。
俺が抱いた思いは恐らく偏在の師匠、ひいては本物の師匠も感じていることかもしれない、と勝手に想像した。
観戦席では師匠を除いた全員が目の前の高速戦闘を見て驚いた顔をしていた。
「まあ、ヴァルは昔からすごかったけど、今はもっとすごくなっているのね!」
ヴァルムロートの母親がそういうと他の皆は頷くしか無かった。
そして練習場狭しと動き回る2人の動きを右に左に首を動かしながら皆真剣に見つめていた。
その中で俺はどうすれば偏在の師匠、しいては師匠を上回れるのかを考えていた。
今このとき俺が師匠に負けている要素はいろいろあるがもっとも顕著なものはスピードだろう。
『トランザム』状態でも僅かに劣っているし、そもそも偏在の師匠を追うために『フライ』も使っている時点で他の魔法が使えないのも問題だった。
速度の差と魔法をこれ以上同時使用できないこと、この二つを同時に解決できる方法は何かないかと考え、一つ作戦を行ってみることに決めた。
これから行うのは一種の賭けであり、俺は正直自分の運はあまりよくない方だと思っているので、安全性を上げる為の保険として斬艦刀の能力を使うことにした。
「『伸びろ!斬艦刀』!」
俺がこのキーワードを言うと斬艦刀の鍔が開き、持ち手が倍近くに伸び、刀身が普段の60サントの大きさの刀状から長さ2メイル幅30サントにもなる大剣状へと変形した。
因みに変形に要する時間はほんの1秒程度だ。
この斬艦刀の大剣モードの重さは普段と変わらないのだが大きくなるがゆえに重心が変わり普段の俺の筋力では自由に振り回すことが難しいので『トランザム』状態でないと満足に扱うことが出来ないという代物だ。
「・・・くっ!」
切り結ぶ毎に大きく変形した斬艦刀を捌き切れなくなってきた偏在の師匠が素早く出せるドットスペルの魔法を繰り出してきた。
俺はその気配を感じて斬艦刀の広い刃で防御する態勢を取る。
すぐにドンッ!と見えない空気の塊が斬艦刀の刃の部分に当たった衝撃を受けたが、体に直接当たったわけではないのでダメージはあまりなかったことを受け、保険をかけておいてよかったと思った。
しかしドットスペルで手加減しているとはいえ、偏在の師匠が放った『エア・ハンマー』は俺を吹き飛ばし、地面に叩きつけるのには十分な威力があった。
地面に落ちたときの衝撃により、集中力が切れのか『トランザム』と『フライ』の魔法が解けていた。
「ぐうぅ・・・。でも、まだまだ!」
俺は四方八方から飛んでくる偏在の師匠の魔法を避けながら詠唱を行い、ある魔法を発動させた。
360度ぐるっと俺を囲むように炎の壁が現れた。
「あら?これは『ファイヤー・ウォール』かしら?このようなものでは私の魔法を止めることは出来ませんわよ!」
偏在の師匠は目の前の炎の壁に向けて魔法を繰り出そうとする。
偏在の師匠が俺の方に気配を飛ばしてきたのを察して、俺はにやりと笑った。
俺が勝つためには俺を上回るスピードと『トランザム』状態で『フライ』を使っていると他の魔法が出せないというのが問題があったが、地面に落ちた時点で後者はクリア出来た。
・・・『トランザム』まで解けてしまったのは予想外だったが仕方ない。
そして前者の問題に対する俺が考えた方法は“追うからだめなのであって、追ってもらえば問題ない”というものだった。
その為にわざと偏在の師匠の魔法に当たって、地面に落ちたのだ。
その後に近づいてくれるかは一種の賭けだったが、手加減してくれているのでその分攻撃可能距離が短くなっているので賭けに勝てる可能性は大きいと踏んだ。
そして今回は賭けに勝つことが出来た・・・手加減なしだったら遠距離攻撃で終了してだろうな。
普通の『ファイヤー・ウォール』だったらそのまま偏在の師匠の魔法が貫通して俺に届いていただろうが、この炎の壁は違う!
偏在の師匠の魔法がこの炎の壁に当たると攻撃が来た方向、つまり偏在の師匠の方に向けて爆発を起こした。
予想もしない出来事に一瞬反応が遅れた偏在の師匠はそのまま爆風に巻き込まれていた。
「やったか!?」
俺は偏在の師匠のいた場所を見上げた。
偏在は致命傷の攻撃を受けると消えてしまうのだが、爆風が去った後もそこには偏在の師匠が存在していた。
どうやら偏在の師匠は素早く『エア・シールド』を体を覆うように発生させて爆風を防いだようだった。
その様子を見て俺は素早さを重視して『レビテーション』を使って飛び上がると上段に構えていた斬艦刀を思いっきり振り下ろした。
『トランザム』状態でないと満足に扱えない大剣モードの斬艦刀だが振り回す程度だったら普通の状態でも可能だ。
このときは気にしていなかったが俺がすぐにこの行動を取れたのは俺の魔法を防がれたことへの残念だと思うのと同じくらいに、師匠なら初見でも防いできそうと思っていたからかもしれない。
「でやあああ!!」
硬い感触と共に『エア・シールド』に斬撃を止められてしまったものの、俺はそんなことお構いなしにもう一回と言わんばかりに斬艦刀を振り上げた。
偏在の師匠は俺の攻撃から逃れる為に『エア・シールド』を張ったまますごい速さで後退したが、なぜかそのまま一直線に地面に向かって行った。
地面に落ちて、勢いそのまま『エア・シールド』でコロコロと転がり、俺から一番遠い所の壁にぶつかってようやく止まった。
偏在の師匠は『エア・シールド』を解除すると砂が付いてもいないはずの服をパンパンと叩いた。
「・・・『ブリズ』の制御を失敗しちゃったわね。」
空気が不意に震えるのを感じ、それが遠くに声を響かせる風魔法だとすぐに分かった。
距離としては偏在の師匠とは70メイルくらい離れているがまるですぐそばにいるように声が聞こえてきた。
「それにしてもなにか隠し玉を持っているとは思しましたがそのようなものだとは思いませんでしたわ。後少しでも『エア・シールド』を張るのが遅かったらそのまま消えていたところでした。」
「あれは『チョバム』という僕が考えた新しい魔法の一種です。『ファイヤー・ウォール』の改良型で当たった攻撃に対し自動で攻撃、というか当たった攻撃の威力と同じ威力の爆発を起こすことで防御するような魔法です。自分の意思で攻撃すると気配を読まれて避けられしまうので師匠の攻撃に通用するか分かりませんでしたがなんとかなってよかったです。」
「当たった攻撃と同じ威力の爆発、ね。つまりあそこまで大爆発が起こったのはある意味自分の所為というわけですね。」
「そういうことになりますね。」
ただ普通のドットランクの魔法攻撃ならば十数回は防げると思ったのだが、師匠の攻撃一回でほぼエネルギーを使い果たしてしまったところをみると手加減していなかったら抜かれていただろうと今更ながら少し気落ちする。
まあ、この魔法はこれが実戦において初使用なので今後使い方の工夫や可能ならば改良をしていけばいいだけの話だ、と考え直した。
「そろそろ続きを・・・って、あら?」
偏在の師匠は何かに気が付いたようなハッとした顔を見せた。
「・・・マズイわね。ちょっと調子に乗って精神力を使い過ぎたみたいでもう少しで消えそうだわ・・・歳は取りたくないものね。ヴァルムロート!次の魔法で決着を付けるわよ!」
偏在の師匠が一方的にそう言った。
このまま逃げてもいいんだろうけど、決着を付けるというくらいだから練習場程度の広さでは逃げ場がないような魔法を使ってくるかもしれない。
さっきは狭く感じるって思ったけど、それでも一辺が100メイル位の大きさがある練習場で逃げ場がない魔法なんて想像できないけど師匠なら何かやってきそうで怖いと感じる。
それに逃げた場合、今の偏在の師匠が消えた後に「模擬戦をやり直す」とか言って新たな偏在の師匠を導入するかもしくは本人が来そうな気がする、というかやるだろうな。
もしやり直しがなくても終わった後に想像もしなくないようなことが待っているだろう。
というわけで、ここは素直に従っておこう。
「私がそろそろ消えそうなので次の1撃に全精神力をかけるわよ!一応死なないように手加減はしてみるけれど何かあればすぐにミス・ネートが来るはずよ!だから思いっきりいくわよ!」
「え?それって手加減してないんじゃ・・・。」
そんな俺の抗議も虚しく偏在の師匠はスペルを唱え始めた。
これはマズイ!と俺も一番強いと思える魔法のスペルを唱え始めた。
唱え始めたのが早かった為か偏在の師匠の方が先に魔法を発動させた。
偏在の師匠の前に直径20メイルを超す程の大きな風の渦が俺の方に口を開けて迫って来た。
その横になった竜巻のようなものは地面を抉りながら着実にこちらに向かってくる。
背中に冷や汗が流れる。
逃げ出したい・・・でもこの魔法の威力を試してみたい!、という二つの気持ちがせめぎ合った結果後者の気持ちが僅かに勝った。
まあ、新しい魔法を試したいという気持ちが勝ったのは一応死なない程度にしてくれているようだし、怪我してもミス・ネートがすぐに回復してくれるだろうという気持ちもあったからだが。
そして・・・
観戦席にいるカリーヌ本人が偏在の繰り出した魔法を見て以外そうに言う。
「あら?偏在の私は結構過激な魔法を繰り出したわね。」
「過激な魔法とはあれはどういう魔法なのですか?」
ヴァルムロートの母親の1人がカリーヌに尋ねた。
「あれは『カッター・トルネード』といってスクウェアスペルの魔法なのですが、あの偏在の私・・・意外と全力で魔法を出してるわね。」
うーんと少し困り気味な様子でカリーヌは答えた。
「カリーヌ!お前の『カッター・トルネード』は普通ではないだろう!昔オーク鬼討伐であれを使って小さな村を1つ更地にしたのを忘れたのか!偏在をすぐに止めるんだ!」
ヴァリエール公爵が慌てて椅子から立ち上がった。
「そうかもしれませんが、ヴァルムロートは諦める気は無いみたいよ?それに今から言ってももう遅いわよ?」
「何!?」
全員がヴァルムロートに視線を向けた。
そこには大剣モードの斬艦刀を頭上に掲げるヴァルムロートの姿があった。
この魔法は慣れていないので時間がかかってしまった、ようやく詠唱が終了した。
ヤバイ竜巻みたいなものはもう目の前まで迫って来ていて、体が「ヤバい!早くここから逃げろ!」と危険信号を出しているかのように心臓がバクバクと早く脈打っている。
俺は斬艦刀を頭上に掲げ、魔法を発動した。
「トランザム・ライザあああああああああ!!!」
その瞬間斬艦刀を包む横幅約5メイル、そして長さ100メイル位の大きなビームサーベルが出現した。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
俺はそれを真っ直ぐ振り下ろす。
「まさか。こんなものまで隠していたなんて・・・これからどれ程まで成長するのか楽しみですわね。」
偏在の師匠はどこか楽しそうに微笑んでいたがその様子を俺は知らなかった。
『トランザム・ライザー』は偏在の師匠の放った『カッター・トルネード』とその延長線上にいた偏在の師匠もろとも瞬時に消し飛ばした。
『トランザム・ライザー』が発動していたのはほんの数秒だったが、そこには『カッター・トルネード』のものよりもさらにえぐれた地面と何人ものスクウェアランクの土メイジによって幾重にも『固定化』と『硬化』がかけられた訓練場の壁がものの見事に破壊さた痕だった。
「も、『戻れ、斬艦刀』。はあ、はぁ・・・。」
俺は『トランザム』を解除し、斬艦刀を刀モードに戻した。
俺は斬艦刀を地面に刺して体を支えようとしたがそれでは支えきれず地面に膝をつき、さらに左手を地面についてそのまま地面に倒れないように体を支えた。
「はは・・・。や、やっぱりこの魔法は、戦闘中に使えるようなものじゃない、かもしれ、ない・・・な。」
しかし支えたはずの腕に力が入らず、そのまま地面に大の字に倒れ込んだ。
俺の体はこれまでの模擬戦と『トランザム・ライザー』によりほとんどの精神力を消費し、さらに『トランザム』状態で大剣モードの斬艦刀を思い切り振り回したせいか体のあちことが悲鳴を上げて、これ以上一歩も動けない状態になっていた。
『トランザム・ライザー』は『フランベルグ』強化計画のある意味での最終到達地点とでもいうものだった。
もともとラインスペルの『フランベルグ』を強化したトライアングルスペルの『フランベルグ改』はうまくいったものの、それをさらに強化したスクウェアスペルの『フランベルグ改改』は予想していた威力が出ず、失敗に終わっていた。
しかしその失敗の原因を“メイジとしての強さ不足であり、師匠並に化け物レベルでないと上手くいかないのでは?”と仮定した俺は「それならば『トランザム』状態でやれば万事解決じゃないか!」という安易な考えから『フランベルグ改改』のスペルを改良し、『トランザム』状態において最高の攻撃力が出せるように調節したものが『トランザム・ライザー』だ。
しかし物事にはメリットとデメリットがあり、この『トランザム・ライザー』はその強力な、いや強力すぎる威力と引き換えに仮に精神力を信じられないほど消費するというデメリットを持った魔法だった。
一度だけ試してみたが、その時は休日で特訓も行っておらず精神力が十分であったにも係わらず、10秒程度も使用できないような代物でその魔力消費は他の魔法の比ではないものだとその時に理解はしていた。
しかし戦闘中、しかもすでに精神力をある程度使っている状態でどうなるか、これから調べていこうと思っていたところだった。
声がするなと思い、首を動かくのも億劫だったが少し動かくしてそちらをみると皆がこちらにやって来るところだった。
家族からすごく強くなったとかよくやったとか弟子にしてよかったとかいろいろ言われたが、ものすごく精神力を消費したことと疲れたことにより抗えない睡魔が襲って、俺の意識は途切れた。
父さんに寝室まで運んでもらったらしく、そう言われると夢の中でも珍しく素直に父さんにほめられたような気がしたがあれは現実だったのだろうか。
その日の夕食は明日から魔法学院に出発することを祝したささやかなパーティーが開かれる予定だったのだが、俺はその間ずっと寝ていたので出られなかった。
次の日、俺は睡眠時間も十分だったこともあり最高の目覚めを迎えた。
しかし精神力の方は1晩寝ただけでは回復し切らず、ゲームのようにはいかないのだなと残念に思った。
うちの家族も昨日はヴァリエール家に泊まっていたようで朝食を皆で食べることとなった。
席に着いて食事をしている風景を見ながら、いつも誰かしらいないのでツェルプストー家とヴァリエール家が全員揃うのは実は初めてじゃないのか!?と内心少し驚いていた。
朝の会話は昨日の模擬戦とこれからの魔法学院の話が全てだった。
楽しい時間は過ぎるのが早いとはよく言ったもので、あっという間に出発の時がやってきた。
玄関前に1台の馬車が用意してあり、さらに護衛として馬に乗った兵士が脇で待機していた。
トリステイン魔法学院にいく者が馬車の前に並ぶ。
馬車の前には俺、キュルケ、ルイズそしてなぜかカトレアさんもいた。
見間違いではないのかとカトレアさんを二度見する。
ルイズに声をかけに来たのかと思ったがそういうわけでもなく、やはりこちら側にいつものようににこやかに立っていた。
「え?カトレアさん!?カトレアさんも魔法学院に入るのですか?」
「ええ!私学院って初めてですから楽しみですわ!」
カトレアさんは嬉しそうに答える。
「キュルケ、ルイズ!カトレアさんが学院に行くって知ってたのか?」
また俺だけ仲間はずれなのかと思い、2人に聞いてみた。
「知ってたといえば知ってたけど、私も聞いたのは昨日よ。ダーリンは寝てたから知らないはずよね。」
「そうなんです、お義兄様!私も昨日のパーティーで聞いて驚きました!なんでも1ヶ月くらい前に急に行くことになったとかで・・・どうしてですかね?でも私はちぃ姉様も一緒でとても嬉しいです!」
キュルケが答えた後にルイズがどこで聞いたかを教えてくれた、後半はカトレアさんの方を向いていたけどね。
「そっか昨日のパーティーでそんな重大発表があったのか・・・」
そんなことがあったなら起こしてくれればよかったのにと言うと、気持ちよさそうに寝ているのを起こすのが忍びなかったと2人は答えた。
俺は見送る側にいるお義父さんとお義母さんに近づいた。
「でも、本当によかったのですか?」
と小さな声で2人に聞いた。
「ま、まあいいのではないかな?」
「そうですわよ。それに魔法学院に入るのに年齢制限は無いのですから。」
「・・・そうですね。」
2人の反応を見て、このことを考えたのは恐らくお義母さんの方だろうということがなんとなく分かった。
ここで原作への干渉だとかぐだぐだ考えてももう遅いのでカトレアさんも魔法学院に行くのだと割り切ることにした。
そして俺達4人はそれぞれ家族と言葉とハグを交わした。
俺は家族から「気をつけてね。」という一般的で嬉しいものから「魔法学院に行っても訓練を続けて、夏にはどれくらい強くなったか模擬戦をしますからね。」「もし決闘申し込まれてもちゃんと手加減をするのよ。」などと俺いまから勉強しに行くんだよね?と少し不安になるような言葉をもらったりした。
「「「「では、行って参ります!」」」」
元気よく挨拶をして俺から順番に馬車に乗り込んだ。
馬車の操車がビシッと馬の手綱を引くとゆっくりと馬が歩き出した。
外ではメイドさんたちが声を合わせて「行ってらっしゃいませ!」と見送ってくれた。
ここから馬車で数日かけて目的地であるトリステイン魔法学院に向かうことになる。
俺を含め馬車の中は期待に胸を膨らませている・・・まあ約1名ぺたんこだけどね。
俺?俺は、ほら!大胸筋で結構がっちりしてて、細マッチョってやつですよ。
しかしカトレアさんが一緒に来るとは予定外だったな原作的に考えれば俺がいるだけでも結構道外しちゃった感があるのにね。
これからどうなるんだろうか?
神のみぞ知るってやつか・・・いや、あんなポケモン初代に苦戦しているような神にどうこうされたくはないな。
頑張ろう!とにかくどんな結果が待っていようと俺が出来ることをやろう!ケセラセラってね。
「まあ、なるようになるか!」
「「「どうしたの?突然?」」」
3人が不思議そうにこちらを見た。
「いや、学院生活楽しみだなと思ってね。不安もあるけど、やっぱり期待の方が大きいし。」
「「「ええ!そうね!」」」
学院に着く数日の間馬車の中の話題が尽きることはなかった。
<次回予告>
とうとう原作の主な舞台であるトリステイン魔法学院へ入学だ!
期待と希望と少しの不安を抱きながら入学式が始まった。
そこでお義母さん、いや師匠の言った言葉の意味を知ることとなる。
第55話『始まる魔法学院生活!』
次は1/23頃の更新を目指して頑張ります。
後、結構誤字・脱字が多いようなので無くしていけるように頑張っていきます。