55話 始まる魔法学院生活!
「あ!見えてきましたよ!」
馬車の窓から顔を出していたルイズは少し興奮気味に声を挙げた。
俺達も馬車の窓からその進行方向の先にあるものを興味深く見つめていた。
馬車が走っている道の先にはある建造物があった。
全体的に白色の外見をしたものだが、屋根の色が黒、黄色、赤、白、青の5つの塔とそれを結ぶ壁、そして周りの塔よりもひときわ高い塔が見えた。
恐らく上空から見たら周りの5つの塔は五角形の頂点にあり、そしてその中央にあの大きな塔が位置しているであろう。
あの建物こそが“ゼロの使い魔”の主な舞台となるトリステイン魔法学院だ。
お義父さん達から聞いた話ではトリステイン魔法学院はトリステイン王国自体が古い歴史を持っていることと比例してかなり昔からある由緒正しい魔法学院であり、在学期間は3年、その間にメイジとして必要な知識だけでなく貴族としての礼儀作法もある程度教えている・・・らしい。
らしい、と言ったのはどうも実態としてはそこまで熱心に貴族としての礼儀作法を教えているわけではないらしい——そもそも人前に出る前に最低限の礼儀作法を身に着けているのが貴族の常識——ので生徒の貴族は親元を離れた開放感でハメを外しがちだし、それを指導する立場の教師の多くはそれを見てみぬ振りをしたり、授業以外では積極的に関わってこない者もいるらしい、とのことだ。
そういえばアニメでも最初の頃はルイズにやじ飛ばしたり、校則?で禁止されているはずの決闘が起こりそうなのに最高責任者であるはずの学院長自身が決闘位で騒ぐなと言ったりと、そんなに風紀がいいようには見えなかったし、父さん達の時代では頻繁に決闘ごっこのようなことをやっていたらしいしな。
それにお義母さんが俺はすでスクウェアメイジであり、さらにこれまでの魔法の練習やお義母さんと魔法の特訓したことにより学院で教わる以上のことを学んでいるらしいので授業を受けることに意味はないし、もしかしたらプライドの高い教師に因縁を付けられるかもしれないと言っていた。
確かに教師からすれば「自分よりメイジのランクの高い生徒に何を教えろと言うんだ!?」って感じになりそうだよな。
しかしそんな学院でも歴史と由緒の正しさはあるので毎年何人かは留学生が来るらしいので、俺とキュルケ以外にも他の国から来る貴族がいるかもしれないわね、とも言っていた。
ガリアから来るタバサ以外にも誰か留学生いるのかね?
という風なヴァリエール家を出る前の会話を思い出しながら、あそこがゼロの使い魔原作の開始する場所だと思うとドキドキとワクワクが混じり合った不思議な高揚感と僅かな不安を胸に抱いた。
馬車の中ではまだルイズが座席に膝立ちになって学院を見ている。
「ほらほら、危ないからちゃんと座りなさい。」
口では注意しているがカトレアさんはニコニコしてそれ以上咎めようとはしないようだ。
そんなルイズの様子を見てキュルケが一言つぶやいた。
「フフッ、まだまだ子供ね。」
「むう。」
そのキュルケのつぶやきが狭い馬車の中でルイズに聞こえないわけがなく、ルイズは少しム頬を膨らまして不機嫌さを表しながら、ストンと座席に座った。
「あらあら、どうしたの、ルイズ?そんなにほっぺたを膨らまして。」
キュルケがからかうようにルイズの頬をツンツン指でつついたことに腹を立てたルイズがキュルケとギャアギャアと激しく言い争いを始めてしまう。
そんな2人をカトレアさんは微笑ましく思っているのか「あらあら」と言いながらニコニコとした表情は崩さなかった。
喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったものでこの2人の喧嘩は俺から見たらじゃれ合っているような感じを受けるものであり、カトレアさんもまた同じように感じているのだろう。
そんなやかましい2人とそれを見守る2人を乗せた馬車は学院の門をくぐり、敷地内に入っていった。
馬車は中央に建っている大きな塔の前に止まった。
俺達が馬車から降りると、馬車の操者の人が俺達に一言二言激励の言葉を言うと馬車を方向転換させて来た道を戻っていった。
これからの行動を考えようとしたときにキュルケとルイズが静かになっていることに気が付いた。
まあ、来た早々に言い争いをして悪い意味で目立ってしまうことはあまり良くないのですでに普段通りになってくれているのは助かる。
「ヴァルムロートさん、これからどうするのですか?もう寮の部屋に行くのですか?」
このまま塔の前に突っ立ていてもしょうがないと思っていた矢先、カトレアさんが今後の行動について聞いてきた。
「僕とキュルケは最初に学院長に挨拶しに行こうと思います。僕達は留学生ですので一応きちんとしておかないといけないですし、お義母さんから預かった手紙があるのでそれを渡さないといけないですから。カトレアさんとルイズは先に寮の方に行って部屋で休んでいて下さい。」
俺は事前にお義父さん達から聞いておいた恐らく寮であるだろう黒い屋根の塔を指さした。
カトレアさんとルイズは俺の動きに釣られるように黒い屋根の塔を見た。
ルイズは塔の方を見ていたが、カトレアさんは俺の方に向き直り、
「いいえ。私も学院長にお会いしますわ。私の学院行きは急に決まったのに快く受け入れてくれたことに直接お礼を言いたいので。ルイズはどうする?」
名前を呼ばれたルイズがはっとしてこちらに向き直り、
「わ、私もついて行きます!公爵家の娘としてこれからお世話になる学院の責任者にきちんと挨拶をしたいですから!」
ルイズはもっともらしく言っていたが、もしかしたら1人では寂しいのでそれっぽい理由をつけて付いて来るのかなと思った。
キュルケも同じように思ったのかルイズを少しからかうように、
「そんな事言っちゃって。本当は1人が寂しいんでしょう?」
と含み笑いをしながらルイズに言った。
「そ、そんなことないわ!適当なこと言わないでよね!」
言われた側のルイズは少し過剰に反応し、うう~っとキュルケを睨みつけた。
しかしその反応の仕方はキュルケの言葉を認めているようなものだぞ、と言おうかと思ったがそれではちょっとルイズが可哀そうなので止めておいた。
「・・・じゃあ皆で学院長に会いに行こうか。ほらほらルイズもそんな顔をしていたら可愛い顔が台無しだよ。笑って笑って!」
「でもお義兄様・・・」
ルイズは少し抗議するような目をする。
「キュルケもあんまりルイズをからかってやるなよ?」
「はーい。ダーリンに怒られちゃったから、しょうがないわね。」
キュルケは俺の注意に素直に返事をしたが、小声で面白いに・・・とつぶやいていたことには今後キュルケがルイズをからかわないことを信じて聞こえなかったことにした。
「ほらほら、そんな顔しないの。ルイズは笑っている顔が一番可愛いんだからね。」
一方でカトレアさんがルイズに優しく話しかけていた。
「ちぃ姉様・・・はい!」
ルイズも大好きなカトレアさんに言われて笑顔を見せ、それを見たカトレアさんも優しく微笑んだ。
問題とは呼べないような問題が解決したところで俺は声をかけて目の前の学院の中央に建っている塔の扉を開けた。
「お義兄様、学院長がいるお部屋はこの塔にあるのですか?」
機嫌の治ったルイズが聞いてきた。
「ああ。そのはずなんだけど・・・しまった。詳しい場所は聞いてなかったな・・・」
俺は頭をかきながら、詳しい場所もお義父さん達に聞いておけば良かったと思った。
どこかに案内板のようなものは無いかと中をぐるっと見渡しているといくつかある扉の1つが開いて誰かが部屋から出てくるところだった。
「あ!あの人に聞いてみよう。・・・すみません!そこのミスタ、ちょっとよろしいですか?」
俺はその人に向かって手を上げて今の発言は俺が行なったということをアピールした。
俺の声と行動に気付いたその人がこちらにやってきた。
その人は肩口や服の正面の真ん中に縦に白いラインの入った黒っぽい服装に俺が使っているような短い杖ではなく大きいスタッフと呼ばれる杖を持ち、メガネをかけていた。
そして頭が残念に思えるほど禿げ上がっている人だった。
「どうしました、君達?・・・おや?外見の年齢から察するにどうやら学生のようですが初めて見る顔ですね。今年の新入生でしょうか?」
その姿——禿を含む——と声からこの人が十中八九コルベール先生だろうと思いながら用件を伝えた。
「はい、そうです。後ろの彼女達も同じです。僕と彼女の2人はゲルマニアからの留学生でして学院長にご挨拶をしたいのですが部屋が分からなくて困っていたところにミスタが来られたので声をかけさせて頂きました。」
「ゲルマニアからの留学生ですか、それは遠路はるばるようこそいらっしゃいました。・・・おっと、失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですかな?」
コルベール先生?に言われて自分たちがまだ名乗っていないことに気がついた。
「これは失礼しました。僕はヴァルムロート・シュテルン・フリードリヒ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申します。同じくゲルマニアからの留学生である彼女はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・グナイゼナウです。」
キュルケがニコッと笑ってスカートの端を少し上げるようにして挨拶をした。
キュルケが履いているのは短いスカートだったのでその様子にコルベール先生?は少し顔を赤くしていた。
「ミスタ・ツェルプストーにミス・グナイゼナウですな。ゲルマニアからの留学生としてお二方が来られるというのは聞いていますよ。」
コルベール先生?の言葉でちゃんと留学の手続きが出来ていたのだと安心していると、くいくいと服を引っ張られた。
どうしたと思い後ろを見るとルイズが服の端を引っ張っていた。
「お義兄様、私達は?」
どうやらルイズは一緒に挨拶してほしそうな目で俺を見上げ、さらにカトレアさんの方を見るといつも通りニコニコしていたが無言の圧力のようなものを感じた。
気配を感じることに敏感になってからはこういう何かしらのオーラ出してますよ系の圧力を以前よりも強く感じるようになっていた。
それはある意味では修行の弊害と言えるかもしれない。
「・・・か、彼女達はゲルマニアではなく、ここトリステインの貴族でこちらの女性はカトレア・イヴェット・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。」
俺がカトレアさんの名前を言うとカトレアさんもスカートの端を持って挨拶をした。
「そして僕の後ろで服の端を掴んでいる子はカトレアさんの妹でルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと言います。」
俺がそう紹介すると慌てて掴んでいた服を離して、コルベール先生?にカトレアさんと同じように挨拶をした。
しかし同じ動作でも三者三様だとしみじみと思う。
キュルケはどこかエロく、カトレアさんは優雅、そしてルイズは可愛らしい印象を与えていることだろう。
「ヴァリエール!?彼女達は公爵家のご令嬢でしたか!・・・あ!私の名はジャン・コルベールと申します。この学院で教師をしており、火の系統魔法を担当しております。」
コルベール先生はカトレアさんとルイズが公爵家の娘だったことに驚いていた。
カトレアさんはともかく、ルイズはそうは見えなかったのかもしれないな・・・初対面で俺の服握ってし。
それにしてもやっぱりコルベール先生だったのか。でも・・・実物もみごとにツルッパゲールだな、という感想を持った。
「・・・あ、それで学院長のお部屋はどこにあるでしょうか?」
俺は自己紹介で後回しになってしまった要件をもう一度尋ねた。
「それでしたら私が案内しましょう。こちらです。付きて来て下さい。」
コルベール先生はそう言うとこちらに背を向けて階段の方に歩いていった。
俺達はコルベール先生の後ろに付いてどんどん上に階段を上がっていく。
そこそこ階段を上った先の他よりも大きくて頑丈そうな扉の前を通過し、さらに階段を1階分上がった場所にある扉の前でコルベール先生は止まった。
「ここが最上階の学院長室になります。今後ここに来ることがあるかもしれないので覚えておくといいでしょう。」
そうコルベール先生は言うと扉の方に向いてコンコンコンと扉をノックした。
「誰かね?」
「学院長、コルベールです。ゲルマニアの留学生御2方とヴァリエール公爵家のご令嬢御2方をお連れしました。」
「通したまえ。」
入室の許可が出るとコルベール先生は扉を開けて中に入り、後から入る俺達が通りやすいように内側から扉を抑えてくれた。
俺達は「失礼します」と一言断って部屋の中に入る。
部屋に入ると目の前に大きな机があり、その机の向こうの窓際に白い長髪と白い髭を蓄えた老人のような人物が立っていた。
俺達は机の前に左から俺、キュルケ、カトレアさん、ルイズと並ぶように立った。
「君達ようこそトリステイン魔法学院へ。ワシが学院長のオスマンじゃ。」
学院長が人が好さそうに挨拶している時にふと視界の隅、机の足のところにネズミが顔を覗かせているのが見えた。
それを見た俺はアニメでオスマンの使い魔のネズミであることを思い出した。
そしてさらにそのネズミの使い魔を使ってロングビルのスカートの中を覗いていたことも同時に思い出した。
まさか初対面の生徒相手に覗きをするとは考えにくいとは思ったが、念の為に予防策を打った。
「初めまして、僕はヴァルムロート・シュテルン・フリードリヒ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーです。この由緒正しいトリステイン魔法学院への入学を許可して下さり、ありがとうございます。後ぶしつけで失礼とは思うのですが、オスマン学院長に最初に言っておきたいことがあります。」
「ん?なにかね?」
オスマンだけでなくキュルケやカトレアさん、ルイズも何事かと俺の方を見た。
「僕は実はネズミが苦手なのでもし、万が一、ネズミが僕の足元のあたりにいたら驚いて魔法を使ってネズミを排除しようとするかもしれません。・・・すみません。あまり意味のないことを言ってしましましたね。」
「う、うむ・・・。そうか、それは大変だな。気をつけておこう。」
俺の言葉に学院長は冷静を装っていたが慌てた様子で一瞬足元の何かとアイコンタクトを取った。
俺がその一連のやり取りに気付いてから先程ネズミがいたところを見たが、すでにネズミの姿は無くなっていた。
キュルケ達の危険が去ったことに少し安心した俺が横を見ると、キュルケが何かを言いたそうな顔をしていたがアイコンタクトで黙っていてもらった。
それからキュルケ、カトレアさん、ルイズと挨拶を順番にしていった。
挨拶が終わったところで俺は手紙を取り出した。
「オスマン学院長。ヴァリエール公爵より手紙を預かってきたのでお渡ししておきます。」
手紙をオスマンに渡しているとコルベール先生が不思議そうに言った。
「え?どうしてヴァリエール公爵からの手紙をヴァリエール家のご令嬢ではなくゲルマニアのミスタ・ツェルプストーが持っているのですか?」
それを聞いたオスマンはやれやれと半分呆れたようにそれに答えた。
「コルベール君。君は優秀な教師であるがいささか研究に没頭しすぎで世間から離れてしまっているようじゃな。このミスタ・ツェルプストーは2年程前からヴァリエール公爵家の次女、そこにおるカトレア嬢の婚約者じゃぞ。まあ若干面白いことになっっとるが・・・。ついでにこっちのミス・グナイゼナウもミスタ・ツェルプストーの婚約者じゃぞ。」
「そうだったのですか!?いや~、知りませんでした。・・・あ!だから下にいた時にルイズ嬢がミスタ・ツェルプストーのことを“お兄様”と言っていたのですな。ファミリーネームが違うのにおかしいと思いましたよ。いや~羨ましいですな。」
コルベール先生は1人で納得していた。
「コルベール君はもっと世間に関心を持ったほうがよいぞ。その無関心さがいつまで経っても嫁さんが貰えん理由かもしれんな。」
とオスマンは手紙を開封しながら野次った。
「それは関係ないでしょう?・・・私はミスタ・ツェルプストー達に学院内を案内してくれるメイドを手配してくるのでこれで失礼します。」
オスマンの言葉に少し気を悪くしたのかコルベール先生は部屋から出るために扉に手をかけた。
「ミスタ・コルベール、ここまで案内して頂きありがとうございます。案内役の手配お願いします。」
俺がコルベール先生に声をかけるとキュルケ達も礼を言った。
コルベール先生は笑顔で「ではまた授業でお会いしましょう」といって部屋から出ていった。
オスマンが手紙を読み始めたので暇になった俺はボケーと考え事を始めた。
コルベール先生はやっぱり研究しているようだが・・・もうエンジンの雛型位は出来ているのだろうか?
魔法の影響力が絶大な今のこのハルケギニアでは一馬力にも満たないようなエンジンでは有用性はないだろうが、それも“ゼロ戦”というこの世界にあるまじき文明の利器が出てくれば評価は一気に変わるかもしれない。
でも・・・果たしてそれはいいことなのかな?
エンジンは科学の力、魔法のように人を選ばず、平民であっても自由に扱う事の出来る力だ。
そしてその力は最初は微々たるものだろうが、俺がいた地球レベルまで上がればもはや魔法を凌ぐものになる、というか60年以上の前のゼロ戦ですでに遥かに上回っている様子をアニメで見たしな。
エンジンを導入すれば産業革命が起きれば人の暮らしが楽になるだろう。
しかしそれは平和利用したときの話だ。
ゼロ戦や戦車のように武器としての力も凄まじく、現在一部の地域で小競り合いのような戦いが自動車や飛行機などのエンジンを乗せた物が登場すれば当然戦闘地域拡大し、それに伴い大量の平民を巻き込むものになるだろうということは地球の歴史が証明している。
もし本当にそうなったらこれから起こるであろう風石の暴走により大地が浮き上がることよりも大変な事態になるのではないだろうか?
俺も紙作りとかやっちゃったけどまだ手工業レベルだし、セーフ・・・だよな。
俺の勝手な考えで平民の人には悪いけど、ハルケギニアは貴族と平民の身分の差などの問題はあるけどこのままの方がいいと思うんだよね。
エンジンの開発・発展はそれに伴って二酸化炭素などの排出ガスによる自然破壊同時に起こっていくと予想出来るし。
釣り好きの1人としては自然をなるべく大切にしておきたいしね。ゴミは持って帰ろう!守ろう綺麗な水辺!
・・・という訳でコルベール先生の研究にはあまり関わらないようにしておこう。
まあ、でも今の貴族が平民に安易に力を与えることは無いだろうから杞憂だと思うけどね。
みたいなことを考えていたらオスマンが何やら困ったような声を出した。
「う~む、これは・・・。」
「どうかされましたか、オスマン学院長?」
「いや・・・。ミスタ・ツェルプストーはこの手紙の内容は知っておるのかね?」
俺は出発前にお義父さんから手紙を渡されただけで、どういう手紙か聞く時間も無かったこともあり手紙の内容を知ってはいなかった。
「いえ、知りませんが。何かお気に触ることが書いてあるのですか?」
「そうか・・・。いや知っていたらそのような態度を取らないだろうからな。これを読んでみなさい。」
オスマンが俺に手紙を渡してきたので手紙を見てみた。
手紙は2枚あり、1枚目はお義父さんが学院長に宛てた手紙で内容はカトレアさんが急遽学院に行くことについてのことだったり、ルイズが上手く魔法を使えないことが書いてあった。
問題は2枚目でこちらはどうやらお義母さんが書いたもののようで、内容が・・・
「・・・ヴァルムロートがカトレアの婚約者というのはほとんどの貴族が知っていることと思われます。しかしこの婚約はヴァルムロートに決闘を挑み、彼を打ち倒せる者がいるならば婚約の破棄し、彼を倒した者が新たなカトレアの婚約者になることも同様に知れ渡っているでしょう。御学院が決闘を事実上禁止していることは承知していますが、然るにヴァルムロートに関する決闘は例外的に許可して頂きと思います。学院長の賢明な判断に期待します!?・・・ってなんですかこれ?」
途中から思わず内容を口に出して読んでしまっていた。
「まあ読んだ通りじゃな。ミスタ・ツェルプストーはどうかね?これは君の問題でもあると思うのだが。」
そう言われて俺はヴァリエール家を出る時にお義母さんが言った言葉の意味が分かった。
これは師匠との修行はまだ終わりではなく、師匠以外のメイジと戦い、いろいろな経験を積めということなのだと好意的に解釈する。
そうなれば俺の答えは一つだった。
「僕ですか?読んでいる瞬間は驚きましたが・・・よくよく考えれば今までもそうだったので僕としては問題ないですね。学院長はどう判断されるのですか?」
「そうかね?ワシとしては多額の寄付金を頂いているヴァリエール家の意見を無下には出来んのだが・・・本当にいいんじゃな?」
「ええ。恐らく大丈夫でしょう。」
俺はこれまでトリステインで決闘を挑まれたことが無かったので、この学院でも決闘を挑まれることはそうないだろうと高を括っていた。
しかし、ここが魔法学院という特殊な場所であり、さらに親の目が届かず生徒が少々ハメを外しているということと教師になっているような貴族にはプライドの高い独身貴族がいるということに気が回っていなかった。
自分の考えとしては、挑まれたら挑まれたで良い魔法の練習相手が出来るかなと軽く考えていたが、この考えが間違いだったとすぐに思い知ることになる。
これまで自分が相手にしてきた“人”がどんな人物なのかをもっとよく考えてみるべきだったのだと、遠くない未来の俺が思うとは考えもしなかった。
大丈夫と言った俺をオスマンはじっと見て、それからチラッとカトレアさんの方を見た。
俺も横目でカトレアさんを見たが表情に変化は無く、いつものようにニコニコしていた。
「・・・そうか。それでは手紙にあるようにミスタ・ツェルプストーへの決闘は例外として認めよう。ただし決闘といっても命を奪うようなものではなく、紳士的であるものをワシは望むぞ。」
「はい、分かっています。これまでも模擬戦形式で行なっていたので大丈夫でしょう。」
「ん?誰と戦っていたのじゃ?これまでにトリステインでは貴族が決闘を申し込んだとは聞いたことがないぞ?」
「ええ。無いですね。ですからお義母さ・・・ヴァリエール公爵夫人に相手をしてもらっていました、というか僕の魔法の2人目の先生です。しかしまだまだ適わないのですけどね。」
「ご婦人相手に敵わんとはなさk・・・ん?確かヴァリエール家に嫁いでいったのはカリーヌ・デジレ・ド・マイヤールという女性だったな。彼女は確か性別を隠して王国衛士隊に入り、そこでの二つ名が烈風カリン、じゃったか。・・・ふ、ふむ、分かった、大丈夫そうじゃな。では話はこれで終わりかの?何か質問があるなら今のうちじゃぞ?」
「それでは1ついいですか?」
「なにかね?」
これで話は終わりだという学院長に俺は1つ訪ねてみた。
「決闘を行うのはいいのですが。もしそうなった際の問題として、僕の戦い方が剣を交えたものなので普段からの帯剣を許可して頂けないでしょうか?」
「帯剣か・・・別に構いわしないが他の生徒から野蛮だの何だの言われるかもしれんぞ?それでもいいのなら帯剣してもいいじゃろう。」
「そうですか!まあ別に何言われても気にしないようにするので帯剣させて貰います。ありがとうございます。」
「うむ。他には・・・無いようじゃな。それではまた明日の入学式にな。遅れるんじゃないぞ?」
学院長は4人の顔を見渡し、これ以上質問などが無いことを確認してから少し茶化すように別れの挨拶をした。
俺達が学院長室を出ると、部屋の外には1人のメイドが立っていた。
彼女は俺達が出てくるのを見て、ビシッと背筋を伸ばした。
その子は身長160サント位で少し長めのボブカットで他の人と比べて低い鼻とそばかすを持つ可愛らしい感じの同じ歳位の女の子だった。
そして何より黒い髪と目を持っており、日本人のような感じがして少し懐かしさを覚えた。
「み、ミスタ・ツェルプストー御一行の方であっているでしょうか?」
御一行と言う言葉に少し可笑しさを感じたが、それよりも目の前にいるメイドさんがアニメで見たシエスタそっくりだったのでコルベール先生同様本人なのだろうとすぐに分かった。
「ええ、そうです。もしかして君が学院を案内してくれるのかな?」
「は、はい!私シエスタと言います。これから学院の中を簡単にご案内させて頂きます。」
「そうですか。よろしくお願いします。」
「え!?」
俺は普段通りしたはずなのだがシエスタは驚いているようだった。
「どうかしましたか?」
「・・・い、いえ!何でもありません!で、では付いてきて下さい。」
俺がシエスタに声をかけると彼女は慌てたように俺達の前に出て、階段を降り始めた。
1つ階を降りた場所で大きくて頑丈そうな扉の前に差し掛かった。
どうしてここまで仰々しい扉が必要なのか気になった俺は前を歩くシエスタに聞いてみた。
「シエスタ、この扉の向こうは何があるのかな?」
「え?あ、はい!ここは宝物庫でいろいろ大切なものがあるそうです。私はただのメイドですから中を拝見したことはないのですけど・・・」
「そうか。ありがとう。」
ここが宝物庫ということはこの中に破壊の杖ことロケットランチャーがあるのかと思いながら扉の前を通り過ぎた。
まあ、宝物庫と知ったところでどうすることもなく、ここの出番があるのはこれから1年後のフーケ襲撃とまだ先の話だ。
トントンと階段を降りているとキュルケが後ろから話しかけてきた。
「ねえダーリン。さっきはどうしてネズミが苦手って言ったの?昔小屋まで作って散々ネズミを使ってたじゃない?」
俺は顔を横に向けてキュルケの方を見るようにして答えた。
「ああ、あれは嘘だよ。一応牽制しておこうと思ってね。」
「牽制?何に?」
「ネズミに、かな。」
俺はフフッと笑いながらとう言うとキュルケは訳がわからないといった様子だったが次の階に着いたのでそこで会話は終わりになった。
「ここから下の1階と2階を除いた階には図書館と教師をされている貴族様のお部屋があります。図書館は宝物庫から下と2階から上の階の一部を縦に貫いた作りをしています。図書館の中にはとても大きな本棚がたくさんあって、本当に多くの本が貯蔵されているそうです。」
それを聞いた俺達はへえ~と素直に驚いた。
歴史は古いから昔の魔法に関する本とかも多くあるはずで、そうであれば今後の魔法研究や新技開発に役立ちそうだと期待を膨らませる。
「ねえ、1階と2階は何があるのかしら?」
「1階は主に食堂で2階はパーティーなどに使われるホールとなっています。」
ルイズがした質問にシエスタは簡潔に答えた。
それにしても階を貫く程の大きさの本棚に貯蔵されている大量の本か・・・オラ、ワクワクしてきたぞ!
俺がまだ見ぬ本に思いを馳せていると3階の図書館の前に来た。
「こちらが図書館になります。図書館は縦に長いですけど入り口はここしか無いので気をつけてください。本を借りたい時は入り口近くのカウンターに司書さんがいる筈なのでその人に言って下さい。」
俺達はうんうんと頷きながら説明を聞いた。
それから2階のホール、1階の食堂の位置を教えてもらって——というかほとんどその階丸ごとだったけどね——食堂の説明の時に食事の時間についても聞いた。
大体朝食が朝の7時から8時、昼食が12時から13時、夕食が18時から19時だそうだ。
因みに授業の開始は8時半だが、食事の時間以外でも食堂や中庭でお茶やケーキなどは基本昼間ならいつでも振舞ってくれるそうだ。
そして俺達は最初に塔に入ってきたときの扉をくぐり外に出た。
「それでは外の塔について説明しますね。」
と言ってシエスタは黒い屋根の塔から時計回りに塔と本塔との間にある広場などの施設について教えてもらった。
学院の入り口の中から見て右側に建っている黒い屋根の塔が女子寮でキュルケ、ルイズ、カトレアさんの部屋はすでにあの塔に準備してあるらしい。
寮塔の下にライオンを模したものがあったので何か聞くと水汲み場だそうだ。
確かによく見るとライオンの口から絶えず水が流れている。
黒い塔から右に視線を移動させると次に黄色の屋根の塔があり、その塔が男子寮になっているそうだ。
「え~と・・・あの屋根の黄色い塔の6階の603号室がミスタ・ツェルプストーのお部屋になります。」
シエスタがそう言うと、キュルケ達が俺の部屋に行ってみたいと言い出した。
シエスタはまだ案内の途中なので他を案内したいようだったが、貴族の言うことには口出しできないようで困った顔をした。
俺としては自分の部屋よりもまずはここの地理を把握する方が先決なので、3人には案内が終わった後でシエスタに部屋まで案内してもらうことでなんとかその場を収めた。
そして少し右に移動して黄色い屋根の塔の右側、正門から見て本塔の真後ろにある赤い屋根の塔も女子寮らしい。
なんで女子寮が2つもあるのか?と思ったが、在学している生徒数とそれぞれの部屋の大きさを考えれば寮塔が男女それぞれ2つずつ必要であることを後で自分の部屋を見た時に理解した。
「ん?あの下の方にある小屋は?」
「あれですか?あれはミスタ・コルベールの研究室と聞いています。いつも何やら怪しい事をしているそうで、たまに爆発音が鳴ったりしていますね。」
「そうか・・・」
赤い屋根の塔の下にあるコルベール先生の研究室と言われた小さな小屋を改めて目を向ける。
コルベール先生の研究が進むのはあまり好ましくないとつい先程考えたので今後あの場所へはあまり近づかないようにしておくのが得策だろう。
うっかり近づいたら思わず口を出してしまいそうだ、と自分の好奇心の強さがあだになるかもしれないことを少し残念に感じた。
そして赤い屋根の塔の右側には白い屋根の塔があり、この塔の中は全て教室になっているらしい。
そこからさらに右側に視線を移すと青色の屋根をした塔がある。
視線を移動っせている時にアパートのような建物があったのであれは何かと尋ねると、あの建物は平民用の宿舎らしい。
学院で働いている平民や生徒の貴族のお世話に付いてきた平民が生活する場所だそうだ。
もっとも御付きのメイドとして平民を連れてくるのは他国の位の高い貴族の子供くらいらしいので今はそういう人はいない、とシエスタは言った。
青色の屋根の塔は2つ目の男子寮があるそうだが・・・まあ、こちらに行くことは寮の部屋が変わらない限りないだろう。
そして5つの塔のうち、黒い屋根の塔を除く4つの塔からは本塔に向かって真っ直ぐに通路が伸びており、本塔とそれぞれの塔と外壁と渡り廊下により扇形で囲まれたところにはそれぞれ広場として名前が付いている、とシエスタは教えてくれた。
まず目の前の本塔、黄色の屋根の塔、青色の屋根の塔を頂点とする扇形に区切られた広場の名前をアウストリの広場といい、この学院で一番広い広場でここにテーブルやら椅子やら出して優雅なティータイムを演出してくれるらしい。
因みに黒い屋根の塔もここに含まれている。
本塔と黄色の屋根の塔と赤い屋根の塔で囲まれたところをノルズリの広場と呼ぶが、この広場は北側にあることもあり本塔と太陽の位置関係で日陰になっていることが多いのであまり人が集まらないらしい。
本塔と赤い屋根の塔と白い屋根の塔で囲まれたところはヴェストリの広場といい、教室に近いので魔法の実技授業を行っているらしい、運動場のようなものかと説明を聞きながらそう思った。
・・・後で分かったたんだが、ここで非公式的に決闘が行われることが多いらしい。
本塔と白い屋根の塔と青い屋根の塔で囲まれたところはスズリの広場といい、ここもヴェストリの広場と同じく授業によく使われるらしい。
ただ平民用宿舎があるのでこちらの使用頻度は高くなく、ヴェストリの広場が第1練習場、スズリの広場が第2練習場のようなもののようだ。
「ねえ、シエスタさん。屋根の色は何か意味があるのかしら?」
カトレアさんがニコニコしながらシエスタに質問するとあわあわしながら答えた。
「み、ミス・ヴァリエール!?さ、さん付けなんて!そんな恐れ多い・・・呼び捨てで構いません!呼び捨てにしてもらって、いや、でも平民の私が意見をするだなんて・・・」
俺の時は比較的普通に話していたのに今のシエスタの動揺っぷりはちょっと行き過ぎているようにも見える。
シエスタには俺達の家の位は話していないはずだが、この慌てようを見るにカトレアさんが公爵家の娘と分かっているのかもしれない。
恐らくコルベール先生にでもカトレアさんとルイズが公爵家の娘だから特に失礼がないようにとでもいわれたのだろう。
公爵は王族に次ぐ位だから、平民にすればそれこそ雲の上の存在のようなものなのだろう。
俺達の存在を忘れたかのように一人テンパっているシエスタをそのままにしていても話が進まないので、声をかけてると我に返ったようで指先までピンと伸ばした直立の姿勢を取った。
「・・・お、お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした!そ、それで先程の質問なのですが、屋根の色はそれぞれ5つのペンタゴンを表しているらしく赤が火、黄色が土、白が風、青が水そして黒が虚無を表しているそうです。」
「そう。分かったわ、シエスタ。」
カトレアさんが納得したようでシエスタはほっとした表情をした。
カトレアさんや俺達だからよかったものの、他の貴族の前であんな取り乱し方をしたら普通は首を切られても——メイドを辞めさせられるという意味——おかしくはないのかもしれないので原作に係わりのあるシエスタには注意してほしいところだ。
そしてある程度案内し終わったので約束通り男子寮の俺の部屋に行くことになった。
俺達はシエスタの後に付いて土の塔に入り、階段を6階分上がった。
「ここがミスタ・ツェルプストーのお部屋になる603号室です。荷物の搬入はすでに終わっているそうですよ。」
シエスタは「どうぞ。」と言って扉を開けたので俺達は中に入ってみた。
部屋の大きさは20畳位で入って部屋の左側に壁向きに置かれた机と椅子、その奥に天蓋の付いていない普通のベット、向かいの壁には観音開きの窓、右側にはタンスやクローゼットがあった。
「ここがヴァルムロートさんのお部屋ね。」
「ちょくちょく来るだろうから覚えておくわ。」
「ちょっとキュルケ・・・やめなさいよ?」
と言いながら3人はベットに座って感触を調べたり、窓から外の景色を見たりしていた。
今日からここに住むわけでまだ愛着とかないはずだが、キュルケ達がいろいろ見ているのがなんだか少し気恥ずかしくなってくる。
実家やヴァリエール家では日中はほとんど外にいて俺の部屋にキュルケ達が来ることはあまりなかったから、自分の部屋を見られるということにあまり免疫がないのかもしれない。
「ほらほら、もういいでしょ!ささ、シエスタ。キュルケ達を寮の部屋に案内してあげて。」
「は、はい!分かりました!」
俺が次に行くことを促すと3人は素直に部屋から出た。
そして次は黒い屋根の虚無の塔にある女子寮の女性陣の部屋にキュルケに半分引き擦られるような形で俺まで行くことになっていた。
部屋は皆4階でキュルケが402号室、カトレアさんが406号室、ルイズが405号室でキュルケとルイズの部屋は向かい合った部屋の配置になった。
キュルケの部屋は化粧台が他の部屋よりも豪華だったり、カトレアさんの部屋のベットにはペットの代わりに大量のぬいぐるみがあった。
そう見るとルイズの部屋が一番普通だった。
まあ、ベットの天蓋が一番豪華だったようなきがするが。
それに2年生になったら一番変わった部屋になるんだよな・・・。
そう思ったとき、やはり年頃の男女が一緒の部屋で寝起きするのはよろしくないのではないか?、学園長に掛け合えばサイトには男子寮の方にちゃんとした部屋を用意した方がいいのではないか?、と一瞬考えたがすぐにその考えを払拭する。
ルイズとサイトは人間同士だがメイジと使い魔の関係であり、その二人の絆を積み重ねる為にもヘタにルイズとサイトを引き離すのは良くないか、と。
でもサイトにはルイズにR18的なことはするなと釘打っておこうと心に決めた。
アニメでは大丈夫だったがアニメのその後も大丈夫とは言い切れないからだ、ただサイトばかりに注文を付けるのはフェアじゃないと思うのでルイズにも過度の躾行為もしないように言っとかないとな。
・・・ちょっと過保護だろうか?いや、そんなことは無いはずだ!
シエスタに案内してもらっていたらいつの間にか空が赤みががっていた。
「あ!そろそろ夕食の時間ですね。食堂の方に案内しますね。」
俺達は寮塔を出て本塔1階の食堂にやって来た。
「今年から入る入学生は入ってすぐの一番右側の机になりますので間違わないようにして下さい。あの茶色のマントが3年生、紫のマントが2年生です。こちらのマントをつけていない方々が座られているのが1年生の机になります。」
「自分の仕事もあっただろうに俺達の案内をさせてしまってすまなかったね。案内してくれて助かったよ、ありがとう。」
俺はシエスタにお礼を言うとまたシエスタは驚いたような顔をしていた。
そのままシエスタは深々とお辞儀をすると裏の方にある厨房へと消えていった。
俺達は机に近づき、そこに名前のプレートが無いことを確認してから適当な場所に座った。
2年と3年はほとんどの席が埋まっているようだが、1年の席は空席が目立った。
まあ、明日が入学式なので明日くる奴が多いんだろう。
料理は美味しかったが少々脂っぽくて味が濃い感じがした。
実家やヴァリエール家では多少その傾向はあったが、それよりも濃いと感じるのはここの料理が若者向けにアレンジしているということだろうか?などと食べながら思ったりもした。
夕食を食べ終わって、俺達はお茶を貰って少し休んだ後それぞれ部屋に行って休むことになった。
その間終始周りからジロジロ見られていたが何も言ってこないので無視しておいた。
「・・・な、なんじゃこりゃあああああ!?」
次の日、朝目が覚めた俺はタンスから着替えの制服を取り出して愕然とした。
実家から送られたであろう制服は耐火処置してあるとは聞いていたが、これはいかがなものか。
元々は白いシャツとグレーのスラックスだったはずなのだが、どれも少し赤みががっていた。
スラックスは黒っぽい感じで別に問題はないのだが、シャツは完全にピンク色になっていた。
そういえば耐火処置は火竜の血と特殊な秘薬を混ぜたものに浸して乾かす工程を何度も行うことだと聞いてはいたが、まさか色が着くなんて想像していなかった。
ピンク色のシャツを前に衝撃を受けていると、ふとこれまで俺が着ていた服が赤色だったり、紫だったり、黒色だったりと赤系統ばっかりだったのはこの為だったのかと知る。
てっきり火の名門であるツェルプストー家だから赤系統の服を好んで買っているとばかり思っていたがそんな理由もあったようだ。
しかしタンスを漁ると耐火処置をしていない服も何着かあったので、そのことを感謝しながら今日は白いシャツに袖を通した。
そしてクローゼットを開けると中には黒色のマントがあった。
恐らくマントも耐火処置してあるのだろうが元々黒色のマントなのでその影響はないようだ。
俺はそれを纏い、胸の前の方を金色で正面に星を象ったペンタグラムをあしらった手のひら大の留め具でマントを留めた。
食堂に行くとすでにキュルケ達が来ていて一緒に朝食を食べた。
キュルケ達に限らずこの机にいる者皆、期待に胸を膨らませているような好意的な気配を感じた。
もちろんこれからの学院生活を思ってドキドキわくわくしているのは俺も例外ではない。
入学式はこのまま食堂で行うようなので食後の紅茶を飲みながら始まるのを待った。
そしてついにトリステイン魔法学院の入学式が始まった。
ここにいるのは大体100人弱だろうが皆少し緊張したような出で立ちだ。
周りを少し見ると離れた所に青い髪の小さな子が大きな杖を横に立てかけて、こっそり本を読んでいるのを見つけた。
新入生の中に他に青い髪の子は見当たらないので恐らくあれがタバサなのだろう。
アニメ開始時点ではキュルケとタバサはかなり仲が良かったがこの時点ではタバサとキュルケの接点は0だ。
原作が始まるまでのこの1年で何かあって仲良くなるのか、それとも同じ留学生という立場で徐々に仲良くなるのだろか?
その辺りは知らないので分からなかった・・・いや、そういえばネット上の情報でタバサとキュルケがなぜか決闘して仲良くなったとかいうのを見たような気がする。
もしそうなら、拳を交えて友情が芽生えるとかなかなか熱い展開だな、と河原で二人が大の字で倒れ込んでお互いを認め合う様子を想像するとなんだか微笑ましくなった。
でもなんで決闘になったんだっけ?と昔見たその情報を思い出そうと頭をひねる。
かなり断片的だが“なにかのパーティー”で“キュルケが全裸になって”それで“怒ったキュルケが決闘を申し込んだ”だっけ?
あれ?なんでキュルケが全裸になったんだろう?いくら原作のキュルケがビッチだからといってパーティで全裸はないだろうし、どうしてそれがタバサとの決闘につながるのだろうか?とひねった頭がさらに捻らされた。
そして俺は分からないものは分からないのだから後は流れに身を任せよう!とどうせ何かが起きるのだろうと気楽に構えることにした。
そんな事を考えていたら、周りの空気が一瞬にして張り詰めた。
何事かと思ったらオスマンが教師を引き連れて食堂にある中2階に姿を表したのだった。
オスマンは俺達新入生に大きなジェスチャーを使って話し始めようとしたが、すぐに止めて中2階の柵を乗り越えて俺達のいる食堂に向かってそのまま降りてきた。
・・・いや、訂正しよう。
“降りてきた”のではなく“落ちてきた”と。
オスマンは落下中に杖を奮って、恐らく『フライ』を使おうとしたのだろうが間に合わずに机の上に落ちた。
教師の1人が慌てて『ヒーリング』をかけて事無きを得たようが、しばらく起き上がらなかったところを思うと、近くにいた生徒は見たくないものを見たかもしれない。
起き上がったオスマンはまるで何事もなかったかのように話始め、終わった後は拍手喝采となった。
拍手が鳴り響いている中でオスマンは今度は『フライ』をちゃんと使って中2階に戻り、こちらを向いた。
「あ~、今年この歴史あるトリステイン魔法学院にヴァリエール公爵家のご令嬢が2方も入学してこられた。これは大変名誉なことである。そしてそのうちの次女であるカトレア嬢の婚約者であるミスタ・ツェルプストーも同時にゲルマニアから留学生としてこられている。」
始まったか・・・、と俺は少し身を固くする。
周りがざわめき出し、俺の近くに座っている生徒はカトレアさんに気づき、こちらを見た。
「諸君!静粛に!ワシの話はまだ終わっておらんぞ!・・・え~、この2人の婚約が通常のものとは異なっているということを知っているものもおるかもしれん。このトリステイン魔法学院は本来決闘やそれに準ずる行為は禁止しているのだが・・・カトレア嬢の婚約者であるミスタ・ツェルプストーに対する決闘だけは例外的に認めるものとする。これはヴァリエール公爵家とミスタ・ツェルプストー本人からの要望であり我が学院がそれに答えた結果である。」
動揺が大きくなったのかざわざわという声もひときわ大きくなった。
「諸君!決闘と言っても命を奪うものではない!もっと紳士的に、じゃ!・・・これにてトリステイン魔法学院の入学式を終了するぞ!」
オスマンが中2階の奥に消えていき、代わりに教師の1人が明日の8時半から授業開始だの、クラス分けは食堂の外の廊下に張り出しているなど言っていたが誰も聞いていないようだった。
入学式はすでに終わったというのに我関せずと言う風な感じでさっさと出て行ったタバサ以外の生徒は食堂に残って自分が知っているうわさ話や話の中心のカトレアさんや俺はどこにいるのかという話題で持ちきりだった。
そして近くに座っていた胸元が開くように改造されたシャツを着た金髪の男がカトレアさんの横に座っていた俺を指さした。
「もしかして君が・・・ミスタ・ツェルプストーかい?」
人のことを指さすのは良くないと親に教わらなかったのか?と思いながら俺はガタッと椅子から立ち上がった。
「す、すまない!間違えていたのなら、あ、謝るから!」
いきなり立ち上がった俺にそいつはびくびくしながらそう言った。
「いや、間違ってないぞ。」
俺はニヤッと少し笑って言い、そんな俺にそいつは拍子抜けしたような顔をした。
俺は『フライ』を使って1メイル位浮かぶと、ここにいる全員が話を中断してこちらを見た。
そして俺は全員に聞こえるような大きな声を出した。
「僕が先程のお話にあったゲルマニアからの留学生のヴァルムロート・シュテルン・フリードリヒ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーです!聞いた通り僕は誰からの決闘もお受けします!もし僕に決闘を申し込みたい方がいらしたら平日の授業のない時に僕のところまで来て下さい!」
俺がそう宣言した時、キュルケはそうでなくっちゃと満足そうに頷き、当のカトレアさんは俺を信用しているためかニコニコしていて、唯一ルイズだけが俺を心配そうに見ていた。
そして俺はたくさんの様々な感情の入り混じった視線を感じ、これからの学院生活が波乱に満ちたものになると確信した。
——騒がしい食堂の扉のすぐ向こうに青い髪の小柄な女の子が立っていた。
「・・・あれがヴァルムロート・シュテルン・フリードリヒ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。どんなメイジもさじを投げたヴァリエール公爵家の次女を治療した人物。あの人に頼めばもしかしたら・・・。」
彼女はそうつぶやくと手元の本に視線を落として、本塔から出ていった。
<次回予告>
入学早々に決闘を申し込まれるヴァルムロート。
そこでヴァルムロートはある事実に直面することとなる。
一方、タバサもこっそりと決闘を申し込まれていた。
しかもその相手はキュルケ・・・ではないようだった。
原作開始前だというのに波乱の学院生活が始まる。
第56話『ヴァルムロートとタバサ、それぞれの決闘』
次は2/5頃の更新を目指して頑張ります。
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モウカクさんのコメント
「設定自体が原作とはかなり違ってるな
新呪文作っても異端認定されないのか?
火縄銃改造時も連金がこれだけの精度を誇るならゼロ戦の薬莢や玉
作れない理由なくなるな」
について自分なりの返答をしたいと思います。
設定はちょいちょいいじっているので原作とは全然違ったものもあるかもしれないですが、それは二次創作だからということにしておいて下さい。
そもそもオリジナル主人公出すだけで原作崩壊みたいな雰囲気もありますし。
ただ原作のラノベを読んでおらずアニメしか見ていないので本当はどういう設定なのか分かりませんが、基本系統魔法で構成されていれば新しい呪文も問題ないということでお願いします。精霊に働きかけるような先住魔法っぽいものが組み込まれている場合に異端審問されるということで。
どうやって精霊に働きかけるかは、テイルズオブエクシリアの魔法の原理みたいな感じで“精神力を渡す代わりに精霊に現象を起こしてもらう”みたいな、ってまんま原住魔法だな。世界に精霊がいることは大精霊を認めていることから人間も知っているはずですし、精霊に頼まないのはそれが原住魔法に当たるからというのもありますが、第一に精霊を感じられないから頼んでも無駄というのもあるかもしれません。
『錬金』の精度の問題でゼロ戦の薬莢が作れないということですが、これは強引にすれば原作でも出来たように思います。ただし、魔法の精度問題から使用できるのが百個に一個あるかどうかのレベルでしょうけど。それを数十、数百個集めてもそれを一回の戦闘で消費されたらわりに合わないでしょう。連戦なら特に。
話の中で火縄銃改造時にうまくいったのはたまたま運がよかったにすぎません。しかも一つの火縄銃で『錬金』が得意なメイジがほぼ精神力を使い切るほど集中しないといけないですし、同じ人がまたやっても今度も成功するとは限らないくらいの精度です。
後、火薬の問題もあって基本黒色火薬しかないような世界なので薬莢につかうような火薬を『錬金』して物質変化させることが石を金に変える並に大変なものなのかもしれませんし。