57話 いたずらの果てに
本文 =
魔法学院に入学してから3週間経ち、ウルの月の初めの週に入った。
いまでも懲りずに、と言っては失礼だが、俺に対する決闘は後を絶たない。
まあそれも仕方ないのかもしれない。
なぜなら2週間くらい前から俺が戦闘スタイルをガラリと変更した為だろう。
変更前はドットスペルの魔法を使いつつ積極的に攻めていたのに対し、変更後俺は一切攻撃を仕掛けていないことにしたのだ。
俺から攻撃しない状況で一体どうやって決闘に勝利しているのかというと、決闘相手の精神力が無くなるまでひたすらに避け続けることで相手から降参の言葉を引き出している。
修行の為に避ける動作の補助となる『フライ』や『レビテーション』も使わないことにしている。
そんな中唯一使っている魔法は2つ名のカモフラージュである斬艦刀に炎を纏わせる為の『発火』だが、それは俺の精神力を消耗させるだけのただの飾りにすぎない。
しかも俺は戦闘スタイルを変更した後の決闘中は常に目隠しを付けた状態にしている。
視界を塞ぐことによって、気配だけで魔法を察知して避けるということが今の現状で出来る最大限の自分への修行と考えたからだ。
これには最初、さすがに文句が付いた。
「そういう事は僕に1撃でも魔法を当ててから言って下さい。」
と言ってから、数人の挑戦者を退けた後は目隠していることに文句は出なくなった。
逆に目隠しをしている俺に魔法を避けられる悔しさからか、たくさんの人が手を変え品を変えしながら決闘を申し込んできている。
そのおかげでたまに気配の読みが甘く、魔法が当たりそうになってヒヤリとすることもあるのでいい訓練になっていると思う。
そしてこの訓練のおかげなのか、これまで何となくだった人による気配の差異が以前よりも分かる様になってきていた。
もともとトライアングル以上のメイジ同士だと魔法を放った相手の強さとかを感じることが出来るらしいので、それの感覚を拡大したようなものだろう。
ドラゴンボールで例えるなら、気配だけで誰か分かるようなものだ。
因みに魔法を使うのが実技の授業だけだと、まだ初級魔法しか行わないことと回数が少ないことから、腕がなまる恐れがあるので現状維持するだけの稽古は別に行うことにしている。
その訓練は太陽が顔を出さないような早朝に起き、近くの森まで移動し、その中でひっそりと行ない、朝食前には学園の周りを走ったりして体力づくりをしている。
タバサは後を付けたり朝食前の体力づくりのときには監視しているようだが、さすがにまだ早朝の森の中の訓練までは付いてきてないようだ。
でもこんな森の中でひっそりと訓練するなんて子供の時に必殺技を開発・訓練していた頃を思い出してちょっと懐かしい・・・でもそのせいで授業中はめちゃめちゃ眠いんだけどね。
今日も例によって例の如く午後の授業は休みだ。
そして今日も俺は決闘を挑まれたのでヴェストリの広場に場所を移し、そこで決闘を行なっていた。
——その様子を人ごみから逃れるように離れたところでタバサはいた。
タバサは近くにある木に寄りかかり、片手に持った本を読んでいる振りをしながらヴァルムロートの観察していた。
数人の友達と一緒に決闘を見にやってきたヴィリエはそんなタバサをたまたま見つけてしまった。
タバサを見たことで先の決闘のことをありありと思い出したヴィリエは、もともと乗り気でなかった決闘観戦から苦虫を噛み潰したような顔をして野次馬の輪から静かに離れていった。
ヴィリエは自分の部屋に戻ろうとしてヴェストリの広場から火の塔と本塔を繋ぐ渡り廊下を通り、彼にとって忌々しい場所であるノルズリの広場を通っていた。
決闘が始まったのか背後から歓声が聞こえてくる。
ヴィリエはその場に立ち尽くし、自身が氷の矢で磔になった場所を見つめた。
「くそっ!どいつもこいつも!」
ゲルマニアから来た貴族が大きな歓声を受けているのがヴィリエには気に食わなかった。
「ゲルマニアの貴族風情が!」
タバサの勝利で終わった自分との決闘の後、タバサがそのことを誇ることも言いふらすこともしなかった。
タバサの態度は決闘前となんら変わらず、ただ教室や公園の隅で静かに本を読んでいるだけだった。
ヴィリエはそんなタバサの態度が気に食わなかった。
「俺の家は風の名門なんだぞ!?その俺に勝ったのだから、もっとそれらしい態度をしてみろよ!あいつは俺をバカにしているのか!?・・・くそっ!」
「そこの君、ちょっといいかな?」
いきなり後ろから声をかけられたヴィリエは驚いたのと同時に先程のトリステイン紳士にあるまじき口汚い独り言を聞かれたと思い慌てた。
ヴィリエが振り返るとそこには紫のマントを羽織った3人の女子生徒がいた。
「に、2年生の方ですか。お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません。・・・それで私に何か御用でしょうか?」
「君・・・この前ここで1年の女の子と決闘してた子だよね?」
3人の真ん中にいる女子生徒が確認するようにヴィリエに言った。
ヴィリエはこの上級生たちは学院の規則で禁止になっている決闘を行なった自分のことを咎めにきたのだと思った。
生徒間で終わるならまだしも、最悪の場合は教師や学院長に通報され、停学・退学になる恐れがあるのではないかと思い、なんとか取り繕おうとした。
「うっ・・・そう、ですが。あれにはやむを得ない理由が・・・」
「別に理由なんでどうでもいいんだけど・・・。」
「あ!・・・ねえ、学院長達に告げ口されるのを恐れているのかもよ?」
ヴィリエの言葉に興味なさげに反応した中央の女子生徒だったが、その横にいた女子生徒がヴィリエの慌てた様子からそう読み取った。
「ああ。別に教師に告げ口したりするわけじゃないから。」
「え?では、本当に何のご用件でしょうか?」
中央の女子生徒がきっぱりと告げ口を否定したのでヴィリエにはなぜ彼女達が自分に接近してきたのか分からなかった。
「君はあのゲルマニアの貴族と・・・君と決闘していた子が気に食わない、そうでしょう?」
ヴィリエがだれに腹を立てていようが上級生には関係ないはずだというのに、そのことを尋ねてくる彼女たちにヴィリエはどこか怪しさを覚えた。
本来ならばそんな得体のしれない彼女の言葉はすっぱりと否定するところなのだが、先程の独り言を聞かれていたこともあり、それは出来なかった。
「・・・そうですね。」
「君は風のメイジよね?名前を聞いてもいいかしら?」
「え、ええ、構いません。私の名前はヴィリエ・ド・ロレーヌ。仰る通り、風のメイジです。」
「ロレーヌ・・・。ロレーヌといえば、風系統の優秀なメイジを輩出する風の名門ね。」
「思ったよりすごいわね。」
「これはいけるかもしれないわ。」
女子生徒は3人でコソコソ何かを話し合い、そしてまた中央の女子生徒が口を開いた。
「いきなりなんだけど、ミスタ・ロレーヌ。私達に協力しない?」
「協力?何をでしょうか?」
「あのゲルマニアの貴族とあの小さな子に“ちょっと”いたずらを、ね。」
「いたずら、ですか?」
「そう!私達に協力すればあの2人に一泡吹かせることが出来るわよ?」
自分が気に食わない2人に一泡吹かせることが出来ると聞いたヴィリエは少し戸惑ったものの、彼女達に協力することにした。
ヴィリエの協力が得られたことに気をよくした彼女達は2人に行ういたずらについての計画をヴィリエに話し出した。
「私たちが考えたのは2段階のいたずらよ!」
「2段階ですか!?」
「確かに考えたけど、でも本当にやるとは思わなかったけどね。」
「そうね。でもいい機会だわ!」
「まず風の魔法でゲルマニア貴族に恥をかかせなさい。」
「それを私が行うのですか?・・・それでどうやって恥をかかせるのですか?」
「それはね・・・ミスタ・ロレーヌの風魔法で服を切り刻んでゲルマニア貴族を丸裸にして恥をかかせなさい!」
「そ、それは!かなり恥ずかしいですね!もし自分に起こったとなると・・・お、恐ろしい。」
思わず大衆の前で自身がいきなり丸裸にされることを想像してしまったヴィリエの体はぶるっと震えた。
確かにこれでゲルマニア貴族に一泡吹かせる事ができると思った。
しかし、ヴィリエは1つ疑問を抱いた。
「しかしそれでは私が魔法をかけたことがすぐにバレるのではないでしょうか?」
「大丈夫!それについては考えているわ!それが私達の考えた2段階のいたずらの重要なところなのよ!」
女子生徒はヴィリエの疑問に自信満々に答えた。
「おお!それでどうするのですか?」
「それはね・・・。あの小さな子を犯人に仕立て上げるのよ!」
「おお!・・・しかしどうやって?」
「私達が『あそこで髪の青い小さな子が杖を振っていた』と言えばいいのよ。」
「まあ、君じゃあ怪しまれるから私達が証人になるの。偽りの、ね。」
「ミスタ・ロレーヌはあの子と同じクラスなんでしょう?こっそり髪の毛を拝借しなさい。その髪の毛を私達の証言したところにでも落としておけば、証言の信憑性をより高めることが出来るわ。」
「なるほど!確かにそれだとタバサを犯人に仕立て上げられますね!」
「あの子、タバサっていうのね。まあ、そんなことはどうでもいいわ。それが成功したらいたずらの第2段階に入るわ。」
「これまでが第1段階だったのですね。それで第2段階とは?」
「あのタバサって子、毎日本読んでいるわよね?」
「ええ、そのようですね。」
「魔法の実技授業のときは本を教室に置いたままにするはずだから、その時に私達がその本を燃やすわ!」
「それだけですか?確かに自分の持ち物が燃やされていたら嫌ですが、一泡吹かせるというほどではないのでは?」
「そこで今度はタバサって子に『ゲルマニアからきた留学生が本を燃やしているのを見た』と嘘をいうのよ!ゲルマニア貴族もちょうど火のメイジだし、第1段階でゲルマニア貴族がタバサに対して不信感を持つように仕向けているからそこへ誘導することは比較的簡単のはずよ。」
「少し待って下さい。それでどうしてゲルマニア貴族が本を燃やした犯人に誘導することでタバサに一泡吹かせることになるのですか?」
「ここまでで両者に不信感を抱かせることが出来たら私達は後は見ているだけでいいわ。」
「え?どういうことですか?」
「お互いがお互いを犯人だと思っていれば、そのうちその不信感は大きくなって直接相手とぶつかることになるはず。」
そこまで言われるとヴィリエにもその結末がどうなるか予想することが出来た。
「なるほど!決闘、ですね。」
「そう!ゲルマニア貴族の方は実際はどうか知らないけどスクウェアっていう噂だし、タバサって子の方は『ウィンディ・アイシクル』を使ったことからトライアングル以上ということが分かるわ。その2人が決闘すればタバサの方は勿論、ゲルマニア貴族の方もただでは済まないでしょうね!」
「確かに!それでいたずらはいつ実行するのですか?」
本当に2人に一泡吹かせることが出来る可能性があることが分かり、ヴィリエは興奮気味にそれを実行出来る日を聞いた。
「普段の決闘の時でもいいのだけど、このいたずらはある意味、第1段階が一番重要よ。どうせならもっと大勢の前で恥をかいたほうがいいでしょうね。」
「と、いうと?」
ヴィリエの言葉に3人は顔を見合わせ、怪しく微笑んだ。
「今月の第2週目の週末に行われる。」
「全学院生徒が集まる。」
「新入生歓迎会で実行するわよ。」
「新入生歓迎会ですか?」
「「「そう!フリッグの舞踏祭よ!」」」
「しかし、どうしてあなた方はゲルマニア貴族とタバサにこんな手の込んだいたずらを行おうと考えたのですか?」
直接決闘を挑んでプライドをズタズタにされたであろう男の上級生ならいざ知らず、なぜほとんど接点のないはずの女の上級生がこんなにも手の込んだいたずらを行おうとしているのか、ヴィリエには疑問だった。
「あのゲルマニア貴族が連れてきたゲルマニアの婚約者の女がいるでしょう。あの胸が大きく開いた下品な服装の女に私の彼が誘惑されたのよ!」
「そうそう!それでゲルマニア貴族に決闘で勝てばあの女と婚約できるから私と別れるって言ったのよ!」
「あのゲルマニア貴族さえいなければ今頃彼とラブラブだったのに!」
「そ、そうでしたか・・・。」
今回のいたずらに関する当然の疑問だったので聞いたのだが、彼女達の恐ろしいほどの迫力にヴィリエは聞いたことを少し後悔した。
しかしこれまでヴァルムロートに決闘を挑んだものは誰一人として勝っておらず、彼女達の彼氏もまた同様のはずだとヴィリエは思った。
「でも決闘には負けたのでしょう?元の関係には戻らなかったのですか?」
「・・・もし、ミスタ・ロレーヌの彼女が同じ事をしたら君はその彼女を許せるのかな?」
「・・・無理、ですね。というよりもこちらからお断りしますね。」
「「「でしょう!」」」
なるほど、彼女達もそうだったのかとヴィリエは思った。
そもそも元の関係に戻っていたらこんないたずらはしなくて済むわけなのだが。
「ゲルマニア貴族を恨んでいるのはご自身のボーイフレンドを奪った直接的な原因ではないにしろ、その元凶だからいたずらを行う、というのは分かりましたがタバサについてはどうなのですか?」
「ああ。あの子ね・・・。」
「あの子はたまたまよ。別に誰でもよかったの。」
「そうそう。強いて言うなら偶然にもあの子とミスタ・ロレーヌが決闘しているところを私達に見られたからっていうところかな。」
「そう、なんですか・・・。」
自分たちの目的の為に全く関係ない下級生を巻き込めるとは恋の恨みはこんなに恐ろしいものか、とヴィリエは恐怖すら感じていた——
ウルの月第2週の週末の日も落ちかけた頃、トリステイン魔法学院の中央に建つ塔のホールは人で溢れかえっていた。
今日は今年入学した新入生を歓迎するためのパーティー、フリッグの舞踏祭が開かれていた。
新入生や2年や3年の上級生、教師達が皆綺麗な服に身を包んでいる。
ホールの周囲にはテーブルが並び、豪華な食材を使った料理が所狭しと並び、中央の開けたスペースでは今日の為に招かれたオーケストラによる生演奏の旋律に乗せて多くの男女が優雅にダンスを舞っている。
そんな会場の中で俺は迷子になった子供のように周りをキョロキョロ見渡しながらあっちへ行ったりこっちへ行ったり、ふらふらと動くはめになっていた。
「うう、人が多すぎてキュルケ達がどこにいるか分かりづらい。美女2人と美少女1人だから目立って探しやすいと思ったんだけどな・・・」
キュルケ達とは昼間まではいつも通り一緒に行動していたのだが、
「レディーには身支度に時間がかかるのよ!」
という言葉で3人ともそうそうにパーティーの準備の為に女子寮に行ってしまった。
それから数時間、俺は自分の部屋で本を読みながら時間を潰し、時間になったので正装に着替えて会場である本塔2階のホールに来たのだが・・・思いのほか、人が多かった。
途中、タバサがハシバミサラダを大量に抱えて込んでいるのは見かけたが、肝心のキュルケ達は見つけることが出来ていなかった。
「待ち合わせ場所を決めておけば良かった・・・」
俺がどうしようかと考えていると、急に会場の入り口の方が騒がしくなった。
「ん?まただれか入ってきたのかな?」
会場に入ってきた誰かが移動するのにしたがってざわめきも移動している。
そして俺の前にいた人集りが割れると、そこには綺麗なドレスで着飾ったキュルケ達がいた。
「ほら!私の言った通りこっちにいたでしょう?」
「本当ね。キュルケさんはヴァルムロートさんのことをよく分かっているわね。」
そう言いながらキュルケ達は俺の横に歩いてきた。
「皆まだ来てなかったんだね。通りで探しても見つからないわけだよ。」
俺はキュルケ達と合流できたことでホッと胸をなで下ろした。
「だから言ったでしょう。レディーには時間がかかるって。」
「そうだったみたいだね。・・・キュルケのそのドレス、キュルケ自身の魅力と相まってとてもセクシーだね!」
「ふふ、そうでしょう。この前街に行った時に頼んでいたものが昨日届いたのよ。」
胸や足を強調しているような真っ赤なドレスはスタイル抜群なキュルケによく似合っているし、自慢の赤髪を頭の上の方でまとめていることで普段とはまた違った雰囲気を醸し出していた。
「カトレアさんは普段も素敵ですが、今日は一段と素敵ですね!」
「あらあら、そうかしら。そう言って頂けると頑張ったかいがあるわね。」
ドレス自体は青みがかった白のドレスでシンプルな作りだが、ほんわかとした空気を纏っているカトレアさんが着ることで気品と優雅さを兼ね備えたものとなっている。
「お義兄様、私はどうですか?」
俺がルイズの方を向くとルイズはその場でくるりと回ってみせた。
ピンク色のフリルがたくさん付いているドレスのスカートが遠心力でふわりと膨らんだ。
そんなルイズの行動に俺は微笑ましさを感じた。
「うん!とても可愛いね!ルイズによく似合っているよ!」
「えへへ・・・!」
キュルケ達のドレス姿を褒め終わると次は俺の服装のチェックになった。
因みに俺が今着ているのはこの前キュルケ達に近くの街の洋服屋に強制連行されて2時間くらい着せ替え人形と化した後に決まった服だ。
俺は実家から持ってきていた服でいいと思ったのだが、折角のパーティーだからと半ば強引に新調することになった。
「うんうん、ちゃんと着こなしているわね!・・・あら?」
3人の視線は上から段々と下に降りていき、腰のとこで疑問視となった。
「お義兄様、それ付けてきたのですか?」
ルイズが腰に付けたものを指さしながら言った。
「ん?・・・おお!?」
ルイズが指さした先には腰の横についた斬艦刀と腰の後ろから左右2本ずつ見えているファングの柄があった。
「ヴァルムロートさんは街に行く時や家でのパーティーの時でもいつもその格好ですわね。でもここは学園の中なのですからそれを付けなくても良かったのでは?」
「ははは、そうですね。つい、無意識にいつも通りの行動をしてしまいました。」
「あらあら、うっかりさんね。」
「今日はしょうがないからそのままでパーティーを楽しみましょう!」
そう言ってキュルケが俺の手を取るとホールの中央、ダンスが行われているところに連れてこられた。
そこでキュルケは俺の手を離し、1歩後ろに下がり俺を見つめた。
キュルケの行動からここからは俺にリードして欲しいということを理解し、俺はその誘いに「望むところだと言わせてもらおう!」とは言わないまでもそれくらいの意気込みをする。
背筋を伸ばし、軽く一礼をした。
「レディー、ダンスをエスコートさせて頂きたいのですが、よろしいですか?」
「ええ、喜んで!」
そう言ってキュルケが差し出してきた手を取った。
こうして俺とキュルケはダンスの輪に入っていった。
——そんなヴァルムロート達の様子を周りとは違った意味合いを持って見ている目があった。
その目をした人物は表面上は華やかな会場を楽しんでいるように見せかけても、決してその雰囲気に心から浸ることはしていなかった。
「クククッ、いまのうちに存分にパーティーを楽しんでいろ。あと少しでお前がどんな慌てぶりを見せてくれるか楽しみだよ。」
これから起こる事を想像してヴィリエはにやっと笑う。
ヴィリエの近くにはあの女子生徒3人組もいた。
「タバサって子はもう寮の部屋に戻ったみたいね。」
「あの子何しに来たのかしら?」
「料理もハシバミサラダしか食べてなかったような?」
タバサのいたテーブルには空になったサラダの大皿が残っていた。
タバサの行動に疑問を持ちながらも、濡れ衣をかぶせる人物がいないことは彼女達には好都合だった。
これから事件が起こり、そして彼女達が嘘の証言をしたときに「そういえば、青い髪の子を少し前から会場から見かけなくなっていた」と言えば、話を聞いた人に“犯行を行うために隠れた”と思わせることが出来ると考えた。
「・・・それで今からゲルマニア貴族に一泡吹かせる為に魔法を使うのだけど、この大衆の中で私達がやったとは分からないとは思うけど念の為にあそこのカーテンに隠れましょう!」
「そうですね。こんな所で杖を出したら目立ってしまいますし。」
ヴィリエと3人の女子生徒はコソコソとカーテンの後ろに隠れた。
ヴィリエは懐から杖を取り出し、その切っ先をダンスホールへと向けた。
今ヴァルムロートはカトレアとダンスを踊っているのでここからは届かないがキュルケ達がいるとこに戻ってくればヴィリエ達が隠れているカーテンから約20メイル、ちょうどヴィリエの魔法が届くギリギリの距離だった。
「さあ!早くダンスから戻って来い!」
ヴィリエは杖を握り締めながらそうつぶやいた——
キュルケと踊り、続けてカトレアさんと1曲踊った俺はカトレアさんをエスコートしながらキュルケとルイズはいるテーブルの方に近づいた。
すぐそばまで行くとキュルケがワインの入ったグラスを2つ近くをいくメイドから受け取り、1つをカトレアさんにもう1つを俺に渡してくれた。
因みにこの世界では基本的に未成年の飲酒禁止とかの法律はない、というか場所によっては水よりもワインの方が値段が安かったりするので結構前からワインを嗜むようになっている。
キュルケから渡されたワインで軽く喉を潤すとルイズが期待に満ちた瞳で俺を見た。
キュルケ、カトレアさんときてルイズだけ誘わないというのはルイズに悪いだろうと思い、グラスをテーブルに置いてルイズの方に向いた。
ダンスに誘うためにルイズに声をかけようとした時、俺は自分の体に纏わりつくような何かの気配を感じた。
「何だ!?」
「お、お義兄様!?」
俺からダンスの誘いの言葉が出ると思っていたルイズは俺から全く別の言葉が出たことに驚いた。
俺は自分の体に纏わりついている気配が魔法を発動する直前のものだと瞬間的に理解した。
下手に避けると近くにいるルイズやキュルケ達、他の生徒を巻き込むかもしれないと思った俺は咄嗟に叫んだ。
「皆、俺から離れろ!」
魔法学院内でのパーティーということで俺は完全に油断していた。
感じ取った気配の範囲からこの魔法が俺自身のみをターゲットにしていると判断したが、爆風などの二次被害的なものを想定すると周りへの影響がないとはいいきれなかった。
慌てて懐の杖に手を伸ばしながらキュルケ達に俺から離れるように叫んだ。
「キュルケ!ルイズを!」
それを聞いたキュルケは今の状況をいまいち理解していないルイズの手を取ってすぐに俺から一定の距離を取り、俺の後ろ側にいたカトレアさんは数歩さらに後ろに下がった。
周りの生徒や教師が何事かとこちらを見た。
杖を取り出したが、時すでに遅く気配が実体を持ち、周りの空気が力を持った風に変わろうとしていた。
その瞬間、俺は身構える。
「くっ!」
そして魔法が発動した。
——風の魔法がヴァルムロートを包む。
「よし!」
カーテンに隠れているヴィリエはヴァルムロートが魔法が発動する前に反応したことに少しの気がかりを覚えたが、それでもその対応が間に合わないことがヴァルムロートの対応から見て取れた。
そのことで完全に自身の魔法が決まったと確信した。
これで次の瞬間にはヴァルムロートの服は細切れになり、全校生徒や教師たちの前で全裸をさらけだす、というヴィリエ達の計画通りになることはもう確定した未来のことだと4人は疑わなかった。
しかしヴィリエ達が待ち望んだ未来は来なかった。
「っ!?」
「え!?何あれ?」
「嘘・・・。」
「どうして?」
ヴィリエの魔法は確かに発動したがヴァルムロートの服が切り裂かれることは無かった。
発動したヴィリエの魔法はヴァルムロートのものと思われる魔法で受け流され、ヴァルムロートの服を切り裂く代わりに周りのテーブルに掛かっていたテーブルクロスを切り裂いていた。
「そんな馬鹿な!あのタイミングでは魔法を使う時間は無かったはずだぞ!?」
ありえない事態に思わずヴェリエは叫んでいた。
叫んでからしまったとヴィリエは思ったが、その叫び声は突然発生したように見える風魔法で会場は軽いパニックに陥った会場の悲鳴の一つとなり、誰の耳にも届くことはなかった。
普通では考えられない予想外のこと守られたヴァルムロートを見て、ヴィリエはギリッと奥歯を噛み締めた——
「『I・フィールド』が発動したか・・・助かった。」
誰のものか分からない魔法に対し俺自身は反応しきれなかったが、首から下げていたネックレス型のマジックアイテム『IFG(I・フィールド・ジェネレーター)』から自動発動した『I・フィールド』が俺を魔法から守ってくれていた。
俺自身はなんとも無いが周りのテーブルクロスが『I・フィールド』で受け流した魔法で切り裂かれていた。
新入生を歓迎するパーティーでその会場にいる人が魔法による攻撃を受けたことで右往左往する者や叫び声をあげる者など、あたりは騒然となっていた。
「俺がいうのもなんだけど、すごい騒ぎになったな・・・。おっと、こうしてる場合じゃない!」
暗殺のように、相手にばれないように攻撃を仕掛けて、それが失敗に終わった場合はすぐに身を隠し、別の機会をうかがうであろうと予想できた。
そして俺としては二度目は勘弁願い。
だから俺は1つのコモンスペルを唱えた。
「ダーリン!大丈夫?」
「お義兄様!大丈夫ですか?」
「ヴァルムロートさん!大丈夫?」
俺から離れていたキュルケ達が心配そうに駆け寄ってきた。
「ああ。これのおかげで助かったよ。」
そう言って俺は首から下げていた『IFG』を指さした。
「へえ、それって結構役に立つのね・・・」
俺が指さした『IFG』には本来青色の風石がはめ込まれているのだが、『I・フィールド』を発生させたことでその力を失いただの石のように灰色になっていた。
「早くここから離れましょう!」
「そうですよ!お義兄様!危ないですよ!」
「まさか学院にいるときにこんなことが起こるなんてびっくりするわね。」
キュルケ達は俺が襲撃されたことで早くこの場所から俺に非難するようにと言ってきたが俺は首を縦には振らなかった。
「もうちょっと待って・・・見つけた!」
俺はコモンスペルの『ディテクトマジック』を使い、人の流れをみていた。
そしてそれによって多くの人はその場にいるか会場の出口に向かおうとするのに対し、数人だけ別の方向に行くのを捉えていた。
俺は素早く手を後ろに回し、俺の後ろにある左右2本ずつの短剣の柄を取る。
「『いけ!ファング!』」
俺は別の方向に移動する者達に向けて4本のマジックアイテム化された短剣『ファング』を放った。
——ヴィリエ達は会場からバルコニーへと出てきていた。
「マズイわね、失敗だわ・・・。」
「ねえ、どうするの?」
「これは騒ぎが大きくなる前に逃げた方がいいんじゃない?」
「計画なら全裸になった男子生徒に視線が集まっている間に会場に何気なく戻る予定だったのですけどね・・・」
「う~ん、今は逆に周りを警戒しながら皆逃げてるし、これじゃあ騒ぎに乗じて中に戻ることも難しいわね。」
「仕方ないわね。ミスタ・ロレーヌ、ここから離れるわよ!」
女子生徒達は杖を取り出して、『フライ』でそのままバルコニーから外に飛び出していった。
自身の魔法が防がれたことにショックを受けていたが、この場にいると良くないということは分かったのでヴィリエも『フライ』を使ってバルコニーから飛び出した。
そんな自分たちの背後に何かが迫って来ていることに誰も気が付かなかった——
「突然どうしたの?あの短剣のマジックアイテムなんて投げて?」
俺達は人の流れに逆らって襲撃者がいたと思われるバルコニーにやって来た。
「襲撃した犯人と思しき人物を数人捉えたから捕まえようかと思ってね。・・・ここからさっきのところまで20メイル位か、まあ妥当かな?」
このカーテンに隠れながらだと周りに気付かれずに魔法を使うことが可能だろう。
「でもヴァルムロートさん、短剣といえど剣で刺したら捕まえる前に死んじゃうのではないかしら?」
「・・・まあ、『ファング』の設定として一応下半身を狙うようにしているのでいきなり殺すことはあまりないと思いますが、最悪足を切断する位でしょう。・・・ここから真っ直ぐ外に逃げたのか。」
俺が今いるバルコニーは前方に正門が見えるほぼ本塔の正面に位置している。
しかし襲撃者達は真っ直ぐ門の方に向かわずほとんど反対側の火の塔の方に向って逃げたようだ。
俺は『フライ』を使って下に降りようとするとルイズが服を掴んできた。
「どうした?ルイズ?」
「私も行きます!だから・・・。」
「ダメ!危ないから残っていなさい!キュルケとカトレアさんもですよ!」
後ろから服を掴んでいるルイズとすでに『フライ』で飛んでいる付いてくる気満々のキュルケとカトレアさんに向かって少し怒ったように言う。
「大丈夫よダーリン!私だってトライアングルランクで結構強いんだから!それに相手も複数いるみたいだからダーリン1人じゃあ大変でしょう?」
「あらあら、私はラインですけど回復魔法ならトライアングルにも劣らないとミス・ネートに太鼓判を押されましたよ。ヴァルムロートさんが怪我するといけないので付いて行きますね!」
「わ、私は・・・爆発なら誰にも負けません!」
・・・うちの女性って妙に押しが強いっていうか頑固っていうか。
普段はほんわかしているカトレアさんもときどき自分の意見は曲げません!的な感じになるからな・・・やっぱりお義母さんの娘だよね。
そしてルイズは普段は聞き分けがいいけど、こういう時は頑固だね・・・親子ってことだな。
キュルケは言わずもがなって感じだな。
ここであまり時間をかけると襲撃者に逃げられるかもしれないし、無視して行っても2人はもれなくついてくるだろうと思えたので俺はそうそうに折れた。
「・・・はあ、しょうがない。もし戦闘になったらすぐに逃げてくださいよ!キュルケも!分かった?」
そうは言ったが何かあれば全力で3人を守る覚悟をしていた。
飛べないルイズをお姫様抱っこして地面には降りず、そのままの高さで襲撃者が逃げたであろう方向に飛んだ。
「お、お義兄様!?」
「ルイズを飛ばすのに『レビテーション』を使ってたら、いざって言う時に瞬時に反応できないだろう?ちょっと我慢してて!」
「わ、分かりました!・・・そういえばお義兄様、どうしてわざわざ捕まえるのですか?」
「ああ、もし襲撃者が雇われた傭兵メイジとかだったらもしかしたらその雇い主を調べられるかもしれないし、逃がしてたら次の襲撃があるのは確実だしね。」
「襲撃を防ぐのは分かりますが、どうやって雇い主のことを調べるのですか?」
「まあ、普通に聞いても答えないだろうから・・・やっぱり、拷問かな?1つずつ爪剥いだr」
「わーわーわー!お、お義兄様!内容は言わなくていいです!」
「そう?・・・ん!?」
本塔と土の塔を繋ぐ渡り廊下の上を通過したところで悲鳴のようなものが聞こえた。
「お義兄様!今!」
「ああ!火の塔の近くだな!キュルケとカトレアさんはちょっと後ろからゆっくり来てください。あ、カトレアさんはルイズをお願いします。」
俺はカトレアさんにルイズを任せて、といってもカトレアさんがルイズをお姫様抱っこしているわけでなく『レビテーション』で浮かせていた。
それを見た俺は初めからキュルケかカトレアさんにルイズを任せておけば良かったと思った。
——会場から逃げ出したヴィリエたちだったが、しばらくすると正体不明のモノに襲われていた。
「くそっ!何なんだ?これは!?」
ヴィリエは自分に向かってくるモノに向けて『ウインド・ブレイク』を放った。
正体不明のモノを魔法で何度吹き飛ばしてもそれは執拗にヴィリエに向って飛んでくる。
形はどこにでもありそうな短剣だ。
短剣がこのような不可思議な動きが出来るのは魔法によるものということは疑いようもなく、近くにメイジがいないことを考えるとマジックアイテムなのだろうとヴィリエは思った。
3人の女子生徒達の方を見ると同様にこの短剣らしきモノに襲われていた。
彼女達も必死に魔法で防ごうとして火の玉で燃やしたり、水の弾で弾き落としたり、土の壁で防いでもそんなのお構いなしにこの短剣らしきモノは彼女達の周りを飛び回っていた。
しかもこの短剣らしきモノは足を狙っているようで彼女達のスカートはすでに見るも無残に破けていた。
「くそっ!」
ヴィリエはまた迫って来たこの短剣のようなモノを魔法で吹き飛ばす。
その様子をヴァルムロートに見られていることにヴィリエ達は気が付かなかった、いや他のことに気を回している余裕など無かったというべきか——
「あれ?『ファング』に襲われているのは学院の生徒か?てっきり俺を暗殺しにきた奴かと思ったんだけど・・・ヤッベ、間違えたか?」
俺は自分が思っていた事態とは違っていたので、たまたま他の人とは違う所から避難した人を標的にしてしまったと焦る。
俺はすぐに『ファング』を止める為に下の4人に近づこうとするとまた『ファング』が男子生徒に向かっていき、男子生徒は『ファング』を防ぐために魔法を繰り出した。
ある程度近づけば自分に気配が向けられていなくても、気配を感じ取ることも出来るようになっていた俺はあることに気付く。
「・・・この気配は!」
男子生徒が放った魔法の気配にどこか見覚えがあった・・・それもかなり最近、もっと言えば先程襲われた時だ。
男子生徒が魔法を放った時の気配が会場で襲われた時の気配と非常によく似ていた。
そこで俺はその男子生徒がもう2、3発魔法を発動するのを気配に集中して観察した。
そしてその男子生徒が放つ魔法の気配が会場で感じたものと同じものだと分かり、俺はこの男子生徒が俺を襲撃した犯人だと確信した。
この男子生徒以外の3人の女子生徒が放つ魔法は気配は勿論のこと、そもそも魔法の系統が異なっていたのだが一緒に行動していたところを考えると共犯だろうと推測した。
俺はこの襲撃者達を捕まえるために4人の元に降りていった。
「『戻れ!ファング』」
——突然聞こえた声にこれまでどうやっても向ってきていた短剣のようなモノが動きを止めた。
「なんだ!?何が起こったんだ?」
動きを止めた短剣のようなモノはすぐに方向を変えてヴィリエや女子生徒達から離れていく。
ヴィリエが短剣のようなモノの動きを目で追うと誰かの周りに止まった。
「うわっ!?なんか焦げてる!?・・・げ!?こっちは水浸しだ!」
そしてその誰かはその短剣のようなモノを手に取ると、ぶつくさ文句を言いながら腰の後ろにあるであろう鞘に収めていた。
ヴィリエ達はその人物の顔を見ようとしたがちょうど月が2つとも雲に隠れてしまい、暗闇ではっきりとは誰か判別出来なかった。
赤い髪を持っていることを除けば。
「・・・お前は!」
月が雲から顔を出してその明かりに照らされるとその人物がさっき自分たちがいたずらしようとしていたヴァルムロートだとヴィリエたちにもはっきりと分かった。
ヴィリエは会場で魔法を使った時にヴァルムロートに気づかれていないのでまさか自分がヴァルムロートを襲ったことはまだバレていないと考えていた。
逆に、これまであの短剣のようなモノで自分を襲わせていたのは明白なのでそのことでヴァルムロートを攻めてやろうとすぐに思いつく。
「さっきのは君の仕業か!アレは危なかったぞ!私でなければ怪我をするところだったぞ!現に彼女達はドレスが破け、怪我を負ってしまったではないか!!」
ヴィリエの言葉に同調して3人の女子生徒達もドレスを賠償しろや学院長に言って退学にさせてやるなどを口々に叫ぶ。
当初の予定とはだいぶ異なっているがヴァルムロードに嫌がらせが出来ているとヴィリエは心の中でほくそ笑んだ。
しかし当のヴァルムロートはそのことで焦る様子を一切見せないどころか、むしろ可哀想なものを見るような目でヴィリエたちを見ていた——
自分たちがやったことがバレていないと思っているのだろうが、そう思い込んでああも口悪く俺を攻める彼等の言動には正直狡猾に思えた。
やれやれ、と心の中で溜息を吐く。
「そこの君。君の魔法を放つ前の気配は会場で僕を襲った魔法と同じものだった。そして僕は自分を襲った者に向けてコレを放った。つまり君には僕を攻める権利はないのだよ。」
俺は「コレ」のところで腰の後ろに挿している『ファング』の柄をポンポンと叩いた。
「魔法の気配?そんなものあるわけがない!デタラメだ!」
男子生徒は自分の非を認めようとせずに反論してきた。
「しかしこれがあるんだよ。トライアングル以上のメイジは相手が放った魔法の気配や雰囲気を感じることが出来るんだよ。これは学院の教師にでも聞いてみると本当だと分かるだろう。まあ、感覚的なものだからトライアングルになっていないメイジは家での勉強の時間では教えてもらっていないだろうから知らないかもしれないが。」
「う、嘘だ!そんなでたr」
「嘘じゃないわよ。だって私も分かるもの!」
「ん、キュルケか。」
それでも反論しようとした男子生徒の声を俺の横に降りてきたキュルケが遮った。
「ヴァルムロートさんが遅いから来ちゃいました。」
「ごめんなさい、お義兄様。私は一応止めたのですけど・・・。」
「いや、まあ、危なくないみたいなのでいいですけど。」
カトレアさんやルイズも一緒にこっちに来ていた。
「ダーリン。もしかしてダーリンを襲った犯人ってヴィリエだったの?」
キュルケが俺のそばに来てそう尋ねた。
「ん?キュルケはこの男子生徒を知っているのか?」
「知ってるも何も同じ学年の生徒よ?・・・あ、でもダーリンはクラスが違うから知らないのもしょうがないかもね。」
「くっ!で、でも魔法の気配で誰が魔法を放ったか分かるなんて、そんなことあるわけがない!」
「ヴィリエのランクってラインだったわね?ラインじゃあまだ分からないわね。あの感じは自分で経験しないと分からないわよね~。」
「・・・っ!」
ヴィリエはなんだか悔しそうな顔をしながらまだ反論してきたが、キュルケの言葉で黙りこんだ。
「わ、私達は無関係よ!」
「か、彼はあんたを襲った犯人かもしれないけど!」
「そうそう!私達はまだなんにもやってないんだからね!」
「・・・まだ?」
俺が彼女達に「まだ」とはどういうことなのかを聞き出そうとする前にヴィリエが信じられないといった表情で彼女達の方を向いて叫んだ。
「そ、そんな!何言ってるんだ!そもそもこの計画を持ちかけてきたのはお前たちじゃないか!」
「わ、バカ!余計なことを・・・。」
彼女達はヴィリエをトカゲの尻尾切りのようにして逃げようとしたようだが、そう上手くいくはずなくあっさりヴィリエから彼女達も共犯であることが分かった。
「そ、そんなのミスタ・ロレーヌの作り話よ!私達は本当に関係ないの!」
こういう輩はなんだかんだ言って逃げおうせたい一心だから、もっと決定的な証拠を叩き付けないと観念しなさそうだが、どうしたものか。
そう考えて、監視カメラでもあって証拠映像でもあれば一発なのにと思っていると、あるマジックアイテムの存在を思い出した。
ドラえもんの秘密道具のようなあのマジックアイテムを。
「そうなんですか?・・・確か過去を覗けるマジックアイテムがありましたよね?お金はかかりますが僕の名誉の為にそれを取り寄せてみてもいいんですよ。どうします?」
「そ、それは・・・。」
それからもう逃げられないと思ったのかヴィリエ達はすっかりおとなしくなった。
女子生徒達が『ファング』で少し足を怪我していたようなのでカトレアさんに治療を頼んでいる間、俺はヴィリエから先程彼女達の1人が「まだ」といったことについて聞いていた。
話すことを渋るかと思ったがヴィリエは思いの外あっさりと今回の計画について暴露した。
ヴィリエが話終わりったとき一番に口を開いたのはキュルケだった。
「呆れた!パーティー会場でダーリンを裸にして、その罪をタバサにかけるだけじゃなくて最終的にはダーリンとタバサを決闘させようだなんて!」
「全くだ!」
そんな大勢の前に全裸をさらすことになったら速攻で今後のことも考えずに魔法学院を辞めて家に引き籠ることはほぼ確実だっただろうと思った俺はキュルケの言葉に強く同意した。
しかしすぐに俺の記憶に引っかかるものを感じた。
「・・・?」
ヴィリエ達の計画はパーティーで俺を全裸にする、タバサに罪を擦り付ける、タバサの本を燃やす、その罪を俺に擦り付ける、そして俺とタバサがお互いに憎しみ合うようにして最終的に決闘させて両者に痛い目をみさせる。
これは本当にひどい計画だが、見方を変えれば現時点で何の接点もない俺とタバサをマイナス感情付きではあるが、強力に結びつけることになるのではないだろうか。
そしてタバサもトライアングルランクのメイジ、自分の本を燃やした魔法と俺の魔法の気配や雰囲気が異なることはすぐに気付いて誤解も解けるだろう。
そこまで考えた時、俺の背中に冷や汗が流れた。
この計画の俺の部分をキュルケに変換すると・・・
「お義兄様、大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?」
「ほら!あなた達がやろうとしたことでダーリンがショックを受けてるじゃない!」
ヤバイ・・・
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!
これって原作開始前の一番重要なイベントだったんじゃないか!?
このイベントでキュルケとタバサが友達にならないとタバサがルイズやサイトと仲間にならないんじゃないか?
なんで計画の対象がキュルケから俺に移ってるんだ!?
あっ!
でもキュルケでもダメだ!
キュルケにも『IFG』渡してるから結果は同じだった!
どうしようどうしよう!
現時点でキュルケとタバサとの接点は同じクラスっていうだけでまだ友達になってないみたいだし・・・
というかいつも俺のことを尾行してるしな。
どうするどうする?
こうなったら俺からタバサに声をかけるか?
でも何て声をかける?
「タバサのお母さんの容態が良くないみたいだけど治せるか分からないけど診てあげようか?」って声をかけるか?
いやいやいや、おかしいだろう?
なんで俺がいきなりタバサの親が病気なのを知ってるのかって逆にタバサに警戒されるぞ!
だったら・・・そうだ!
タバサも留学生なんだからそこを接点にして声をかけていけばいいかもしれない!
それにタバサっていつも本を読んでいるからそれを話題にしてもいいかも!
俺もそこそこ本を読んでるし話が合うかもしれない!
ヨシ!それでいこう!っていうかそれしかない!
俺はタバサを仲間にするために自分からタバサに声をかけることをむりやり自分に言い聞かすように決めることとなった。
そうと決まると先ほどまで悩んでいた気持ちが少しはマシになり、それが表情にも現れようだ。
「あれ?お義兄様、具合が良くなったのですか?」
「そうなのですか?しかし、また気分がすぐれなくなったらいつでも言って下さいね。」
「ねえ、ダーリン。それでコイツらどうしようかしら?」
「ん?そうだな・・・。とりあえず学院長に報告しとこうか。」
「「「「そ、それだけは!」」」」
4人をこのまま学院長に報告すればある程度の罰則はあるだろうし、4人もそのことを考えたのかかなり焦ったようすだ。
「まあ、このまま学院長に報告に行ったら最悪退学になるかもしれなよね。」
「ごめんなさい!謝るから許して!」
「本当に許して欲しい?」
「本当です!なんでもするから!でも退学だけはダメなの!」
「まあ、僕には実質被害は無かったわけだから許してあげないこともないよ?」
「ほ、本当か!?」
「え!?いいの?ダーリン?」
「ああ、いいのいいの。でも条件がある!」
「「「「そ、その条件とは!?」」」」
「ちょうど4人が別々の系統だからそれぞれの系統に対応する魔石を貰おうかな?」
「魔石って・・・風系統でいえば、風石のことか?」
「そう。でも少しの量では話にならないからね。ある程度の量を・・・そうだな、ヴァリエール家に送って。」
「も、もし送らなかったら?どうするの?」
「その時はヴァリエール家から何かしらの抗議があなた達の家にいくと思ってくれていいよ。」
「・・・わ、分かったわ。」
「学院に報告されるよりはマシかもね。」
「そうね。退学になったりするよりはマシよね。」
「はぁ・・・。散々だ。話に乗らなければ良かった。」
「では1ヶ月以内にヴァリエール家に送って下さいね。・・・あ!もうこんなことはしないようにして下さいよ!次は・・・。」
「「「「もうしないよ!しません!」」」」
「それではこれで。僕は会場に戻って犯人は外部犯で学院の外に逃げられたと伝えてきます。そうしないと会場の混乱の収拾がつかないでしょう。」
そう言って俺は本塔の方に歩き始めた。
ヴィリエ達からある程度離れるとキュルケが声をかけてきた。
「でも本当にあれだけで許して良かったの?ちゃんと学院に報告した方がいいんじゃないの?」
「まあ、キュルケの言うことはもっともなんだけど、恐らく学院に報告してもあまり重い罰則はないんじゃないかな?謹慎1週間とかそんな感じになるかも。」
「え?どうしてですか?」
「主にお金の力・・・かな?それに僕自身が全く怪我をしてないというのも大きいと思うな。」
「そうね。怪我していたら国際問題にまで発展しかねないことだったわね。」
「ええ。それにこれまで自分のお小遣いで魔石を調達していたのでちょうど良かったと思うことにしたよ。」
「そうなの?ダーリンがいいのならもう言うことは無いわね。」
こうして俺達は会場に戻り、教師に嘘の報告をしたことで事態は収拾した。
次の日、俺はどのタイミングでタバサに話しかけようか悩んでいた。
タバサに話かけると決めたもののいきなり話しかけるのは不自然だし、それに話題もないのに話しかけては変なやつだと思われるのがオチだろう。
そう考えて一歩を踏み出せないでいた。
そんな感じでうだうだしていると、いつもは物陰から俺を尾行してくるタバサがなぜか真っ直ぐこちらにやって来た。
「あら?タバサじゃない。どうかしたの?」
「そう。ミスタ・ツェルプストーに用があってきた。」
「あら?もしかしてタバサ・・・。ダメよ、ダーリンは私とカトレアさんがすでに予約済みなんだからね!」
何言ってんだと俺は思ったが、タバサは首をフルフルと横振った。
「そういう話じゃない。昨日のことについて。」
「昨日?」
「そう。あなたがヴィリエ達に襲われた事件。あなたが彼等を捕まえてくれたおかげで私まで襲われることが無くなった。ありがとう。」
「え?どうしてタ・・・ミス・タバサがそのことを知っているんだい?」
「昨日部屋に戻った後まだ他のテーブルにハシバミサラダが残っていたことを思い出したから会場に戻ろうとした時に偶然あなた達を見かけたから。だから、ありがとう。」
どうやらあの場面に偶然にも居合わせていたようだ。
意外と食い意地が張っているタバサに驚いたものの、そのことが俺にとっては幸運なことだった。
「そ、そうなのか。でもミス・タバサが僕にお礼を言うことはないよ。僕は“自分に振りかかる火の粉を払っただけだからな。”」
タバサの思わぬ感謝の言葉に俺は照れ隠しとして少しキザな台詞を吐いてしまう。
しかしこの何気ない台詞に反応したのか若干タバサの瞳が輝いたように見えた。
「そのセリフ、イーヴァルディの勇者の決め台詞。もしかしてミスタ・ツェルプストーは読んだこと、あるの?」
台詞自体は偶然に言っただけだが、タバサから話題が出てきたのならそれに乗らない手はなかった。
幸か不幸かこの世界には日本に比べて娯楽が少なかったので魔法研究の本を読むかたわら、気分転換にこちらの小説を読んだりもしていた。
そしてイーヴァルディの勇者という小説ももちろん読んだことがあった。
というか「冒険活劇といえばイーヴァルディの勇者」と言うくらい有名で字が読める人は一度は読んだことがある位の小説なので俺もその例に漏れていなったということだろう。
しかもこのイーヴァルディの勇者には所々で既視感がある台詞が出てきて、なんか妙にハマった。
とにかく、俺は読んだ小説の記憶を元にタバサと話を合わせることを試みることにした。
「ああ。本を読むのは好きだからね。イーヴァルディの勇者のセリフだったら“今日の俺はオーディンすら凌駕する存在だ!”かな。」
「それもなかなかいい台詞。そして、そのときの戦いで剣と槍の2刀流になる流れも素晴らしい。でも私は“生きて未来を切り開け!たとえ矛盾をはらんでも存在し続ける、それが生きることだと!”の台詞がいいと思う。」
「それか。その話は熱い友情の話だったな!その台詞で改心したやつが後々親友になっていくのもいいよな!」
「おお!それだったら・・・」
タバサの反応が少し新鮮で俺も自然と言葉に熱が入っていく。
「・・・ねえ、ダーリンとタバサは何の話をしてるの?イーヴァルディの勇者の話だと思うんだけど?」
ヴァルムロートとタバサとの話に付いていけなくなったキュルケがカトレアに聞いた。
「そうね。2人が話しているのはイーヴァルディの勇者の話で合っているわね。」
「でもちぃ姉様、私もその本は読んだことがありますけど2人が話している内容はさっぱりです。」
「そうね・・・イーヴァルディの勇者は聞いた話によると全部では50巻とも100巻ともいわれる位あって、ドラゴンを倒しに行くお話が有名だけどそれはちょうど半分位の時の話らしいわ。私もうちにあった分しか読んでないから詳しくは知らないのだけど・・・」
「「へぇ~」」
キュルケとルイズがカトレアになにやら説明を受けている間に俺とタバサはすっかり打ち解けていた。
「“正しい戦いなんてないのだろう。”」
タバサがイーヴァルディの勇者の台詞を口にする。
「“しかし、正しさが人を救うとは限らん。”」
それに続いて俺もそれに続く台詞を口にする。
「「“ならば!ただ己を信じて戦うのみ!”」」
俺とタバサは台詞の掛け合いのようなものを行なって最後は同じ台詞を言って、ガッチリと握手を交わしていた。
「ここまで知っている人に初めて合った。今度から私のことはタバサでいい。」
「それだったら僕もヴァルムロートでいいよ。それにしてもタバサはすごいな!僕の知らない巻を持ってるんだな!」
「今度貸す。読んだら感想教えて。」
「おお、ありがとうな!・・・あ、そうだ!タバサってキュルケと同じクラスだろう。キュルケとも仲良くして欲しいんだ。僕とキュルケは外国からの留学生だから友達がいないだろう?タバサにキュルケの友達になってくれないかな?」
いきなり話題に挙げられたキュルケは少し驚く表情をみせた。
「え?私?まあ同じクラスに話し相手がいるほうが何かといいけど。・・・じゃあ、友達になりましょうか!今度からよろしくね!あ、私もタバサって呼ばせてもらうわね。」
「友達・・・こちらこそよろしく、キュルケ。」
「良かったわね。私もタバサさんとお友達になりたいわ。」
「わ、私も友達になってあげてもいいわよ。」
「そう。2人とも、よろしく。」
これまで趣味のように読んでいた娯楽小説がこんなところで役に立つとは思わなかった。
まさに棚から牡丹餅、ひょうたんから駒とはこのことか。
これからも本を読み続けていこう、と強く心に決めた俺だった。
<次回予告>
魔法学院に入学してから数か月経ち、待ちに待った夏休みだ。
退屈な授業や終わらない決闘の日々とは少しおさらばだ。
まったり休みを謳歌してやるぜ!
・・・え?
もう少しで俺のランクが上がりそうだから前よりも厳しい修行するって、お義母さん何言ってるんですか?
ちょっ!?手加減して下さいよ!
第58話『俺の夏休み』
更新に時間が掛かってしまいすみません。
次もちょっといろいろあるので、3/20頃に更新出来ればと思います。