58話 ヴァルムロートの夏休み
本文 =
あの襲撃事件から早くも2ヶ月近く経った。
季節は麗らかな春が終わり、少しずつ気温が上がり始め初夏の装いへと変わりつつあった。
そしてこのトリステイン魔法学院はニューイの月の第3週から少し早めの夏休みに入っていた。
俺とキュルケ、それにカトレアさんとルイズを連れてニューイの月の第3、第4週はゲルマニアの実家へと帰った。
久々の我が家での暮らしは本当に穏やかに時間が過ぎていくのを感じていた。
絵に描いたような貴族って感じな優雅な生活だった。
家族に学院であったことなどを面白可笑しく話した。
そこでは件の襲撃事件のことも特に問題視されることもなく、笑い話として話題の一つとして消化されていった。
この家族の対応は俺やキュルケ、カトレアさんが笑って話したし——内心はなんて言われるかドキドキだったが——、それに一番嘘のつけそうもないルイズが深刻そうでないのが分かったからだろうな。
あと毎日決闘をしていると言ったら父さんが「私も昔はよくやったな・・・。いいぞ!もっとやれ!」と茶々を入れてきていた。
父さんの決闘の目的は女性と付き合う権利を獲るのがほとんどだっただろうから、俺のはその権利を守る為の決闘だから意味合いが正反対なんだけどね。
この休みの間に俺が管理している村であるヴァイスにも行った。
今後の方針を伝えるためと視察を兼ねたものだ。
ヴァイスの状況は定期的に手紙で知らされるがやはり自分で見て、聞いてをする方が俺には合っているのだろう。
こういうことを考えると、仮に軍とかで要職に就いても後方から指揮を取るのではなく、最前線に行って先導きっていそうなところを想像して、自分は指揮官には向いてないのかもしれないと思う。
そうそう手紙で事前に分かっていたのだがとうとう平民用の学校を始めた。
校舎は本当は木造校舎でレトロな感じを出したかったのだが、建設の手段などを考えると結局土メイジによるレンガ作りの建物になった。
初期案では子供と大人の2クラスしか無かったが、現在は子供クラス1つと大人の読み書きや簡単な計算から始まるクラスとすでに読み書き等が出来る人の為のより商業に用いる高度な計算やゲルマニアやそれを取り巻く周りの国との関係やその歴史、礼儀作法などを学ぶクラスの2つの計3クラスになった。
将来的にはさらに細分化されるかもしれないが今は校舎の大きさ——まあ、これは解決出来るのだが——と平民にモノを教えようという変わった人の少なさによる教師の人数を考えるとこれ位が今の限度だろう。
日本だって義務教育が終わるのに9年かかるわけで、人を育てていくのには時間と労力がかかるものだし気長にやっていこうと思う。
後はゲルマニアの街に行って買い物したり、演劇の公演を見たりといろいろ楽しんだ。
この優雅な夏休みはゲルマニアを去るのと同時に終了した。
アンスールの月の第1周から夏休みが終わるニイドの月の第2週まではトリステインのヴァリエール家で過ごすことになっていた。
夏休みはほぼ2ヶ月間あるのでゲルマニアで1か月、トリステインで1ヶ月という半分半分で過ごす、と考えるのは普通だろう。
しかし俺の事情は普通とはちょっと違っていた。
ハルケギニアにおいてメイジであれば知らない人はいないと思われる二つ名“烈風”を持つお義母さんが俺を自分と同じくらいの強さに育てるつもりでいた。
・・・とある理由のために。
学院に入学するまで2年間みっちり扱かれたが、まだお義母さんの望むレベルには達していなかった。
そんな中でまとまった休みである夏休みをお義母さんが逃すはずがなかった。
「ヴァルムロートの強さを考えると学院での授業では役不足。彼をハルケギニア1のメイジする為にも私がこの休みの間に集中的に特訓を行い、少しでもその座に近づけるようにします。」
というお義母さんの鶴の一声があったらしい。
父さん達も俺をハルケギニア1のメイジにするというお義母さんの言葉にノリノリで承諾していたようだ。
というわけで特訓を受ける当の本人が知らないところで夏休みの予定が決まっていたわけだが、その話を聞いても正直俺はこの夏休みの特訓をこれまでと同じものだと高を括っていた。
そしてその考えが甘かったのだと特訓初日に思い知らされることになる。
ヴァリエール家に到着した日は豪華な食事が出たり、学院であったことを報告したりとゲルマニアの実家とさほど変わらず、その日はそのまま休んだ。
翌日、お義母さんが早速特訓を始めるというので特別訓練場の方に向かった。
そして、特別訓練場についてみて俺は言葉を失った。
「ヴァルムロート、昨日はゆっくり休めたかしら?」
後ろから話しかけてくるお義母さんに俺は反射的に振り向いた。
「お、お義母さん、こ、これは・・・!?」
「ふふ、驚いたようね。学院に入学する前の模擬戦で結構破壊したから直したのよ。」
「直したって・・・これ前のよりも大分広くなってるじゃないですか!?」
この新しくなった特別訓練場は中からざっと見た感じでも縦も横も前のものよりも2倍近く広くなっているように思えた。
「そうね。前の模擬戦のときにあの広さでは少し狭さを感じるようになったので大きく作り直したのよ。」
「・・・」
新しくなった訓練場を改めて見渡した。
前も広かったが今度は対角線上にある壁が少し霞んでいるように見えなくもない程の距離になっていて、大きくするにも限度があるだろうと言葉を無くしていた。
後で聞いた話だと、この新しい訓練場の広さは縦が500メイル、横が600メイルと、やはり前のものより2倍は広くなっていた。
しかしこの大きさ・・・この中に東京ドームが優に4つは作れる広さなのだから、やはり限度を考えてくれと思わずにはいられなかった。
「というわけだから、新しい訓練場で心機一転、びしびし特訓を行いますわよ!」
「はい!今日から1ヶ月半と短いですがよろしくお願いします!」
「・・・そうよね。1ヶ月半しかないのよね・・・。」
お義母さんは少し残念そうな顔をしている。
お義父さんから聞いたところ、お義母さんは俺との特訓を楽しみにしていたようでその時間が1ヶ月半と短いのが残念なのだろう。
「ところでヴァルムロート。風のランクは上がったかしら?」
話題を変えるようにお義母さんが微笑みながら言った。
「いえ、まだトライアングルのままですが。そもそもトライアングルに成ったのも学院に入る少し前ではないですか。そんなにすぐに・・・ましてや最高ランクのスクウェアにはそうそう成れるものでは無いと思いますが?」
確かに風のランクはラインからトライアングルに変わるのに僅か1年という異例の早さで変わったがあれはお義母さんとの厳しい特訓の賜物だろう。
因みに、すでにスクウェアラクスの火の系統の時は11歳でトライアングルになった後、通常の魔法の練習に加えて隠れ特訓などを経て15歳の時にスクウェアへと上がった。
最も得意とする火の系統でさえ4年もかかっているのだからスクウェアになれる才能があるとはいえ火の系統程ではないと思われる風の系統のランクアップは4年以上かかるのとみて間違いないだろう。
「そう。・・・まあ仕方ないわね、魔法学院にいる人で教師も含めてもあなたと同等にやりあえる者はそうはいないでしょう。」
「それはどうですかね?確かに生徒相手は決闘で数多くこなしてきましたが、教師とは戦ってないのでどうなるかは分かりませんよ。実際教師の中にはスクウェアの人もいますから。」
コルベール先生は確かトライアングルクラスだったと思うけど元々暗殺部隊というか裏の汚い仕事を専門に行なっていたと思うから恐らくその気になればかなり強いと思う。
ただコルベールはその時の事件がトラウマになってて魔法を戦いには使おうとはしてなかったはずだ。
それに比べ例えスクウェアクラスでもギトーでは実戦経験とか無さそうで純粋に後方から魔法を放つ基本的なメイジとしての戦い方しかしなさそうだからそんなに強く無さそう。
距離を詰めて戦えば普通に勝てそうだ。
オスマン学院長は・・・どうなんだろう?
入学式の時もそうだったけど、確か破壊の杖を話す時のエピソードでいきなり出てきた竜に対応出来てないところなどを考えるとやっぱりすごいというイメージはないな。
あれが演技だったら完全に俺は騙されているので戦ったら負けるかもしれないけどね。
その他の教師はランクはトライアングルで実戦経験も少なそうというのが数か月の間授業を受けて俺が抱いた印象だった。
「ねえ、ヴァルムロート。メイジのランクが上がる時がどういう時かあなたは知っているかしら?」
突然お義母さんがそんなことを言ったので俺は頭の上に疑問符が浮かんだがその質問に答えた。
「メイジのランクが上がる時は2つあって、1つは特訓などで魔法を使い続けることです。もう1つは命に危機が迫った時ですね。」
前者はRPGのレベルアップみたいなものだな。
魔法を使う毎に経験値みたいなものが溜まっていき、一定値を超えるとレベルアップするという感じだ。
後者は漫画やアニメなどでよくある展開の“覚醒”と似たようなものだろう。
メイジのランクは極たまに命の危機に対して一足飛びで強くなる時があるというので、これを“覚醒”と言っても差し支えないだろう。
ドモンも死の境地で明鏡止水を会得したしね。
「知っているようね。ヴァルムロートもこのまま真面目に特訓していけば数年、もうちょっとかかるかしら?・・・5、6年後には風系統もスクウェアになると思うわ。」
「確かにそれくらいかかりそうですよね。」
「・・・でもそれまで待っていたら私は50過ぎになり、確実に魔法の力が衰えてしまうわ。そんな状態で模擬戦をしても面白く無いわよね・・・」
「え!?」
お義母さんは呟いたつもりかもしれないが、近くにいた俺にはしっかりと聞こえた。
ちょ!?この人今「面白く無い」とか言ったよ!?
もしかして俺を鍛えている理由って表向きは俺をハルケギニア1にするというものだけど、本当は自分が楽しみたいから、自身が思いっきり力を振るいたいからなのか?
確かに現状でお義母さんに敵いそうなのって“陣地”をもっているエルフ——“陣地”とはそのエルフと強い結び付きをもつ精霊がいる場所のことで、エルフは精霊を介して魔法を発動させているので精霊との結び付きの強さがそのまま魔法の威力になるらしい——とかかもしれない。
そう考えると鍛えれば自分と同程度になる可能性がある俺に特訓を行うのは当たり前?なのかもしれない。
あ!あれだ・・・ドラゴンボールで悟空がウーブに修行を行なったみたいなものか。
「そこでヴァルムロートをスクウェアにするのに1ヶ月半しかなので」
「ちょ、ちょっと待ってください!え!?この休みの間に僕をスクウェアにしようと考えているのですか!?」
「ええ。そうですわよ。」
しれっとお義母さんは答えたが、俺は絶句していた。
「しかしお義母さ・・・師匠も先程言ったではないですか!僕がスクウェアになるには後5、6年かかるって!」
そう。
俺の考えでも4年以上の年月が必要だと思っているのに対し、お義母さんが提示したのはなんと1ヶ月半だ。
仮に4年でスクウェアになれるとしてもそれを約30分の1の僅か1ヶ月半で行うとはどういうことか?
精神と時の部屋のように時間が遅く進むところがあってそこで特訓すると外の時間は1ヶ月半だけど中は4年とかがあるのだろうか・・・いや、さすがにそういうのはないか。
「ええ。確かにそう言いましたわね。」
「でしたら!」
「しかしその前に“真面目に特訓をしていれば”とも言いましたわよ。」
「え!?それってどういう・・・。」
真面目に特訓していればって、じゃあ真面目にやらなかったら時間が短縮されるとでもいうのだろうか?
そんな馬鹿な!?
「メイジのランクを上げるには2つの方法があるとヴァルムロートも言ったではありませんか。そして私が先程言ったのは“魔法を使い続けた時”の話ですわよ。」
「・・・つまり、さっき僕が言った後者の・・・。」
「そう!“命に危機がせまった時”よ!」
そして特訓が始まった。
目の前には『ユビキタス』で出現したお義母さんの偏在が4人。
本物のお義母さんは特訓場の端にある観客席にいて、その横にはミス・ネート率いるヴァリエール家の回復魔法を得意とする面々と高そうな秘薬が数多く置いてあった。
「な・・・なんですか、あれ?」
俺がその様子を指さしながら呟くと目の前にいるお義母さんの偏在の1人がそれに答えた。
「あれはヴァルムロートを治療する為に呼んだのですよ。秘薬も効果が高いものを取り揃えてありますわ。」
「え?ぼ、僕を治療するってどういうことですか?これまではここまではしていなかったと思いますが・・・」
「それはそうよ。だって今回は殺すつもりで行うのだから。・・・あ。でも実際には殺さないように狙うけど腕や足の1本は覚悟しておいた方がいいわよ。」
偏在さんはなにやら物騒なことを言っている。
腕や足の1本は覚悟って何の覚悟ですか?
「そ、それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。それくらいしないとヴァルムロートが命の危険を感じないでしょう?」
「いやいやいや!」
なに命の危険とかさらっと何言ってんだ!?
「大丈夫!例え腕や足が切られてもすぐに回復させれば元通りになるから!その為のミス・ネート達や高価な秘薬ですわ。」
「いやいやいやいや!!」
切れても元通りとか何言ってんだ!?
「あ、それと今回は『トランザム』禁止ですからね。ヴァルムロートの使う魔法は風のみとします。風系統の特訓ですからね。いいですわね?」
「そ、そんな!?」
ちょ!それ無理ゲーでしょ!
ただでさえ勝ち目薄いのに『トランザム』なしとか、ソレスタルビーングが太陽炉なしで世界に喧嘩売るようなものだよ!?
無理無理無理無理ッ!
といった感じで混乱の中にいる俺にはお構いなしに偏在さん達はレイピア型杖を腰から外す。
「では始めますわよ!」
「ちょ、ま・・・。」
偏在さん達は俺の話を聞かずに俺の周りに散開した。
俺が慌てて懐から杖を取り出していると後ろから気配を感じたので咄嗟に横に転がった。
避けたところを見ると地面を何か鋭利なもので切ったような溝が出来ていた。
これまでに見たことが無い傷跡だが、風の魔法であのような傷が出来るのは『ウインド・カッター』だろう。
この『ウインド・カッター』という風の系統魔法はラインスペルだが、スクウェアであるお義母さんが使えば本当に腕や足の1本とは言わず胴体すら真っ二つにしてしまう威力をもっているだろう。
偏在でもそれは同じだ。
これまでは当たっても吹き飛ばすだけだから安心という理由で『ウインド・ハンマー』を使っていたお義母さんだが、今回は殺傷能力の高い『ウインド・カッター』を使ってきている。
それを見た俺は本当に殺すつもりでやっているんだと、先程までの会話の重みを改めて実感する。
そして、それを実感したことでこれからのことを考えると体温が少し下がったように思えた。
しかし俺も学院に通ってそこでただ遊んでいたわけではない。
生徒相手とはいえ決闘で培ったこの向上した気配を読む能力で避けまくってやるぜ!
と、4人の偏在さん相手に早くも回避に専念することに決めていた。
「逃げまわりゃ死にはしない!」
俺は体力と精神力の限界まで『レビテーション』と『I・フィールド』を使って逃げ回った。
そして俺はやり遂げた。
タイムオーバー、いやこの場合はスピリットオーバーかな。
とにかく精神力切れを起こさせたわけだ。
俺の、だけど。
さすがに俺が動けなくなったのを見て偏在さん達が攻撃を止めてくれたのだ。
「あら、私達の攻撃を全て避けきるなんてなかなか出来ないわよ。すごいわね!」
「はぁ、はぁ・・・いえ、こっちも本当に必死だったので。・・・そ、それでこの特訓は終わりですか?」
「何言ってるの?ヴァルムロートがスクウェアになるか休みが終わるまで行うわよ!」
明日もまたこの生きた心地がしない状態を繰り返すのかと俺はがっくりと肩を落とした。
そんな俺を見ながら偏在さん達は「明日も頑張りなさいね!」と言って消えていった。
特訓2日目、今日も『レビテーション』と『I・フィールド』で偏在さん達の魔法を避けまくった。
特訓3日目、今日は偏在さんの1人が『ブレイド』で接近戦を仕掛けてきた。
接近戦はこちらに分がありそうだが、ヘタに応戦すると後方から魔法が飛んできたので結局防戦一方となった。
特訓4日目、昨日と違い偏在さん達は2人ずつ前衛と後衛に別れて攻撃してきた。
2人掛かりではさすがに対応出来ないので『I・フィールド』頼みになるが、接近戦では軌道を逸らしてもすぐに修正してくるので効果が薄くかなり厳しい。
今日特訓を初めて初めてミス・ネートに回復してもらった。
二の腕を少し切られた程度だがこれからますます攻撃が激しくなると思うと腕や足の1本という言葉が現実味を帯びてくる。
特訓5日目、今日は前衛3人になるのかと思ったがむしろ1人になっていた。
ただこれまで使っていなかった高速移動を行う『ブリズ』を使ってきたので普通の時の2人よりも捌きづらいし、さらに後衛にも役割が出来ていた。
2人がこれまで通り発動の早い魔法を使い、最後の1人が詠唱は長いが高威力で広範囲に及ぶ魔法を使ってきた。
この布陣は個人に行うようなものなのか?と思ったが、時すでに遅し。
しかもここで『I・フィールド』の弱点が判明してしまった。
俺もその状態になるまで気づかなかったが『I・フィールド』は“点”や“線”で向かってくる攻撃は受け流すので通常の『エア・シールド』よりも優れているのだが、向かってくる攻撃が“面”の場合は受け流すことが難しく『エア・シールド』と変わらないものとなってしまうようだ。
今日はなんとか凌ぎきる事が出来たが体に擦り傷や切り傷がたくさん出来てしまった。
しかしこの傷程度はスクウェアクラスの回復魔法と高価な秘薬があれば即座に回復してしまうのが恐ろしい。
特訓6日目、今日は前衛が2人に戻っていた。
しかしこの2人で『ブリズ』を使ってきた。
『ブリズ』での高速戦闘は基本的にそのスピードを活かしたヒットアンドアウェイなのでごく短時間的には1対1になるので気配などで攻撃を予測しながら避けたり、斬艦刀で防いだりしてなるべく精神力を温存することにした。
しかし、この前衛2人捌くのが精一杯で後方の2人に気を回せなかったのが痛い。
感想ではなく実際に痛かったのだが、後方の2人が昨日の結果を踏まえてか2人とも高威力・広範囲の魔法を使ってきたのだ。
前衛の2人は『ブリズ』の素早い動きでかく乱、接近戦を仕掛け、魔法発動の直前まで俺を引きつけて離れたと思ったら魔法が直撃していた。
動く標的に攻撃を当てるには誘い込むか、釘づけにするのがセオリーだということは俺も分かっている。
・・・ただ、分かっていてもどうにも出来ないことはある。
1発だけなら今の俺の『I・フィールド』でギリギリ防ぐことの出来る位の魔法だったが、2発連続となるとあっさり『I・フィールド』を破られた。
吹き飛ばされた俺は咄嗟に『レビテーション』で何とか勢いを殺そうと試みたが、その努力も空しく数十メイル先の壁に叩き付けられた。
大事には至らなかったが頭を打ったせいで気絶してしまい、この日はそのまま終了となった。
特訓7日目、今日は前衛が3人になっていた。
ただこの3人は前衛だが隙があれば魔法を誰かしらが放ってくるので俺の集中力はみるみるうちに削られていった。
今回は高威力・広範囲の魔法が1発きりだったのでなんとかなったが、その直後に受けた『ウインド・カッター』を受け流しきれず、避けなかったら右足を持って行かれるところだった。
これまで受け流せていた『ウインド・カッター』を受け流せなかったのは『I・フィールド』発動時の集中力の低下のためだろう。
しかしこの日はなんとか最後まで集中力を保つことが出来たので受け流せないということはなかった。
特訓8日目、偏在さん達は今日も変則前衛3人に後衛1人という布陣で来た。
恐らくこれまでは俺に対する一番良い隊形を模索していたのだろう。
そして昨日の特訓の結果この3:1というのが俺にもっとも効率的かつ適切なダメージを与えられるということをお義母さんは判断したのだろう。
今日も特訓が始まった。
昨日もそうだったが戦力的には『ブリズ』を使ってくる偏在さん達に対し俺は『トランザム』禁止なのでスピードは全く話にならないし、そもそも多勢に無勢だ。
俺にも複数の相手に同時に攻撃出来る『サイフラッシュ』という自分を中心とした半径20メイルに効果を及ぼす魔法はあるが、この広い特訓場でしかも高速で移動できる偏在さん達に魔法を発動しようものなら前衛の3人はすぐに効果範囲から離れ、さらに魔法を放つために防御が出来ない俺に向って後方の偏在さんから高威力の魔法が飛んでくることは容易に想像出来た。
しかし、俺もすべての点でお義母さんに劣っているわけではない。
唯一腕力だけは優っていたので向かってくる偏在さんを1人1人相手にしたほうが結果的に良かった。
後、お義母さん事態が『ブリズ』を使った高速戦闘に慣れてないのか、それとも勘が鈍っているのかは分からないが攻撃を捌いた後に一瞬の隙が出来るようだが追撃しようにも他の偏在さんがすぐに攻撃してくるので一手足りない状態だった。
もう1人俺がいたら、『ユビキタス』が出来るようになれば解決するのに・・・
と、昨日の特訓の最中に考えていた。
そして今日もまた同じようなことを考えていた。
『ユビキタス』は風のスクウェアスペルなのでトライアングルの俺には使うことは出来ない。
昨日と同じような展開になってきているが異なる点がある。
俺だ。
連日の過酷な特訓によって疲れが蓄積しているのか体のキレや魔法の精度が低いように感じていた。
頼みの『I・フィールド』も魔法を受け流しきれていないようで体術も同時に使わないと避けるのが難しくなっていた。
「ホラホラ!どうしたのかしら!?動きが悪いわよ!」
「・・・ッ!」
「少しは反撃することも考えなさい!」
無茶言うな!と言い返してやりたいが、口を動かす前に体を動かせと言わんばかりに迫りくる攻撃を何とか回避する。
右側から偏在さんの1人が『ブレイド』で切りかかってきたのでそれを斬艦刀で防ぐ。
そして今度は左側から来る偏在さんに対処するため今偏在さんの攻撃を受けた斬艦刀をそのまま力任せに偏在さんごと左側まで振り切った。
俺に押し切られた偏在さんはバランスを崩し、さらに向って来ていた偏在さんはそのバランスを崩した偏在さんを避けるために俺への攻撃を止めた。
チャンス!とばかりに俺はバランスを崩した偏在さんに攻撃をしかけようとするが、向かって来ていた偏在さんがバランスを崩した偏在さんを抱えてすぐに俺から離れていった。
その直後すぐ後ろから気配がした俺は今いるところから『レビテーション』を使って横に飛びつつすぐに発動出来る『エア・ハンマー』のスペルを唱える。
ガガッ!と音を立てて、見えない刃が先程まで俺のいたところの地面に深々と傷を刻んだ。
地面で1回転しつつ『エア・ハンマー』を放つために魔法を唱えたであろう偏在さんの方に向いて立ち上がるが、その瞬間に魔法を放った偏在さんの向こう側から大きな気配を感じた。
その大きな気配はすぐに巨大な竜巻となった。
進路上にいた偏在さんは直ぐさま道をあけると、真っ直ぐに俺に向かって竜巻が迫ってくる。
その半径10メイルにもなる巨大な竜巻はまるで龍のようにうねりながら猛スピードで100メイルはあろうかという俺までの距離をあっと言う間に縮めていた。
その竜巻の大きさから俺は『レビテーション』や『フライ』を使ったのでは間に合わないとすぐに分かってしまった。
『トランザム』を使っていたのなら避けることが出来ただろうが、仮に禁止を破って今から『トランザム』を使ったとしても間に合わないだろうということも同時に理解した。
この竜巻から逃れる方法を俺はもっていない・・・わけでは無かった。
そしてその方法しか思う浮かばない今の自分に舌打ちをする。
「『エア・ハンマー』!」
俺は斬艦刀の切っ先を左にして水平に構えた状態で『エア・ハンマー』を発動した。
放つ相手は先程魔法を放った偏在でも目の前に迫る竜巻でもない。
『エア・ハンマー』は斬艦刀の先から外側ではなく内側へ、自分の方に向って放った。
俺が放った『エア・ハンマー』はすぐに俺の体の左側面に当たり、その衝撃で俺は横に吹き飛ばされた。
しかも当たる直前に少しジャンプすることで地面との摩擦を無くしたことで普段お義母さんに吹き飛ばされるよりも遠くに吹き飛んで地面に転がった。
倒れたまま俺は自分のすぐ近くを竜巻が地面を抉りながら通りすぎていくのを見た。
「良か、痛っ!」
立ち上がろうとした俺は『エア・ハンマー』を受けた体の左側に痛みが走る。
その痛みを気にしている暇など与えないと言わんばかりに前方から魔法を放つ気配を感じた。
「・・・つっ!!」
俺は前から来る攻撃を避けるために右側に移動して避けようとしたが体に痛みが走り思わず膝をつく。
ゴッ!という風切音がして偏在さんの放った魔法は俺の身体の横を通り過ぎていった。
魔法が通り過ぎるのと同時に左腕の二の腕にこれまで感じたことのない熱さを感じた。
それから僅かに遅れて
ボトッ
という何かが落ちたような音がすぐ横の地面から聞こえた。
俺は視線を左前に飛んでいる偏在さんから音のした地面、そして体の左半身へと移動させた。
俺は何か嫌なものを見るとなぜか直感的に分かっていたがそれでも確認せずにはいられなかった。
俺が見たものは左腕の二の腕から先が無く、その切断面であろう場所から真っ赤な液体が噴き出している様子だった。
地面には本来その二の腕の先にあるはずの左腕と思われる左腕らしきモノがやはりその切断面から赤い液体をたれ流しているところだった。
「お、おれの、う、腕?な、なんで、落ちて?」
俺は自分の腕が無くなっていることと地面にその先の部分が落ちていることに困惑した。
そして俺がその地面に落ちている左腕らしきモノを自分の腕だと認識すると、左腕の熱さが例えようのない痛みへと変わる。
「腕が、腕がああああああああああああ!!!いでええええええええええええ!!!」
——「ミス・ネート、お待ちなさい!」
観戦席に待機していたカミーユはすぐにでも飛び出そうとしていたがカリーヌに止められていた。
「どうしてですか!?今すぐ治療しなければ命に危機が!」
「あと少し待ちなさい!今あの子はこれまでにない恐怖を感じているはず!それこそ命の危機を感じるほどに!今があの子が変わるチャンスなのよ!」
「あ、あと10秒です!10秒経ったらカリーヌ様の御命令でも無視して治療に行きます!」
抗議したネートはカリーヌの顔に汗が噴き出しているのを見て、カリーヌもギリギリの決断をしていることが分かった。
しかし元々回復のエキスパートとして多くの人を治療してきたネートには10秒の猶予を作るのが最大限の譲歩だった。
「ええ、お願い・・・」
そのカリーヌの思いは偏在達にも伝わった。
そして4人の偏在はヴァルムロートを取り囲んでスペルを唱え始めた。
さらなる恐怖を与え、その恐怖からヴァルムロートがスクウェアになる為に。
失敗すれば魔法が使えなくなるほどのトラウマになるかもしれないがカリーヌはヴァルムロートを信じていた——
俺は痛みに悶え苦しみながらその中で頭上の気配に気が付いた。
痛みを堪えて顔を上げると4人の偏在さんがスペルを唱えていた。
まだ模擬戦は終わっていないことを悟った俺はこの痛みで気絶しない自分を呪った。
そしてこの状態で偏在さんの攻撃を避けることはほぼ不可能に近く、右腕や足を切断されてもおかしくない状況だと頭の片隅で理解していた。
「嫌だっ!もう痛いのは嫌だあああああああああ!!!」
俺は魔法によってさらなる痛みを抱えることに恐怖した。
俺は斬艦刀を握りしめた。
そして、ここから早く、何より“速く”逃げ出したいと願った。
偏在さん達の気配がハッキリしてきて魔法を発動する直前なのだと分かった。
「うああああああああああああああああああ!!!!」
恐怖が最高潮に達しようとする時、その時を待っていたかのように俺の中で何かが変わった。
その瞬間俺は恐怖しているはずなのに妙に落ち着きを取り戻していることに気が付いた。
この感覚を俺は一度体験していたのですぐにそれが何を意味しているのか理解した。
時間がゆっくりと流れるように感じ、さっきまで恐怖でぐちゃぐちゃになっていた頭の中がクリアになり何をするべきか、何が出来るかが手に取るように分かった。
そしてこの場所から1秒でも早く移動するために1つのスペルを素早く唱える。
4人の偏在さん達の魔法が発動しそれぞれの魔法が俺の方に向って放たれた。
そして同時に俺もスペルを唱え終わり魔法を発動させる。
俺は『トランザム』は発動していないにも関わらず『トランザム』の時以上に素早い動きで偏在さん達が放った魔法を避けていた。
しかしそれもすぐに失速すると、そのまま地面へと倒れ込んだ。
倒れたまま指一本動かすことも出来ず、大量の血を失ったせいか意識が朦朧としてきていた。
近くに誰かが来たようなので気力を振り絞ってその方向に視線だけ向けるとミス・ネート達が秘薬を抱えて来るところだった。
「今すぐ治療します!」
ミス・ネートが麻酔代わりの『スリープ・クラウド』の魔法を俺にかけたのでもう起きていられなかった。
眠りに落ちる直前にお義母さんの偏在さんが俺の左腕をこちらに持って来てくれているのが見えた。
目を覚ますと俺はヴァリエール家の自室のベッドに寝かされていた。
そのベットの周りにはミス・ネートをはじめとする水メイジの何人かが俺に回復魔法をかけており、その中にカトレアさんの姿もあった。
そしてその後ろにキュルケとルイズ、そしてお義母さんが心配そうに俺を見つめていた。
俺が目を覚めたことで皆が安堵の息を漏らした。
「あ、起きましたねヴァルムロートさん。左腕はちゃんと動きますか?」
ミス・ネートが回復魔法を行いながら俺に訪ねてきた。
俺は恐る恐る自分の左腕に目をやった。
するとそこに切断された腕ではなく、ちゃんと左腕が存在していた。
そのことにまずはほっと胸を撫で下ろす。
よくよく見ても二の腕付近を見たが切れた跡は無く、試しに左手を動かすと思った通りに動かすことが出来た。
「あ、はい。大丈夫みたいです。ちゃんと動きます。傷も残ってないのでどこが切れたのか分からないくらいですよ。」
「それは良かったです。もう大丈夫のようですし、私達はこれで失礼します。・・・カリーヌ様、ヴァルムロートさんは2、3日は特訓は禁止ですからお願いしますね。では、失礼します。」
俺の左腕が問題なく動いたことを確認したミス・ネートは他の人やカトレアさんに回復魔法を止めさせてから、お義母さんに釘を刺して部屋から出ていった。
バタンと部屋の扉が閉まるとそれまで少し離れていたキュルケとルイズそれにお義母さんが近くに寄ってきた。
「ねえ?大丈夫ダーリン?」
キュルケがベットの上に身を乗り出しながら少し心配そうな顔で聞いてきた。
「ああ。左手もちゃんとついてるし大丈夫だろう。」
俺はベットから起き上がろうと体を起こそうとしたが、その瞬間視界がぶれて頭がくらくらした。
俺はその目眩に思わず右手で顔を覆った。
「お義兄様!無理をしてはダメですよ!ミス・ネートが言うには血を流し過ぎたので数日は安静にしないといけないようですから。」
出血多量による意識混濁を起こしていたのでその処置は当然のように思えた。
「・・・ああ、分かったよ。」
俺はルイズに促されて再びベットに横になった。
「それにしても無事で本当に良かったですわ。腕を切断したと聞いた時は一瞬意味が分からなかったですし。もう!お母様も特訓はいいですけどほどほどにして下さいね!」
カトレアさんがお義母さんに注意していたが、カトレアさんの醸しだすほわほわした雰囲気のせいでいまいち迫力が無いなと思ったのは内緒だ。
カトレアさんに注意されたお義母さんはいつもの自信に満ち溢れた表情とは異なり、俺に対し申し訳なく思っているのか少し表情が沈んでいた。
「ごめんなさいね、ヴァルムロート。でもそれも必要なことだったのよ、あなたなら分かるでしょう。」
あんなめちゃくちゃなこと、正直分かりたくない気持ちも少しはあるが結果を前にしては理解せざる得ない。
「・・・ええ。あのようなことは二度と経験したくはありませんが、そのおかげ・・・なのでしょう。僕が風のスクウェアに成れたことは・・・」
「ええ!?こんな短期間に?すごいじゃない!」
「すごいですお義兄様!」
「まぁ!」
キュルケやカトレアさん、ルイズがそれぞれ驚きの声を挙げた。
俺がスクウェアとランクアップし、偏在さん達の魔法から逃げる時に使った魔法は『ブリズ』だった。
ぶっつけ本番、しかもスクウェアに成りたてだったので上手くいくか分からなかったが死ぬ気になれば意外と何とかなったようだ。
・・・まあ、あのまま魔法が発動しなかったらさらに他の腕や足が無くなっていただろう。
あの瞬間は明鏡止水の心境かとおもったけど、今考えると冷静だったけど同時に焦っていたという相反する感情が入り混じった心理状態だったので明鏡止水とは違った状態なんだろうな。
「そうね。ヴァルムロートがスクウェアになったのだからあの特訓はもうしなくてもいいでしょう。この夏季休暇の残りはスクウェアになった風系統の魔法の訓練を行いましょう。・・・では3日間ゆっくり休みなさい。動いても大丈夫そうなら外出してもいいそうですけど、激しい運動は止めておきなさいね。」
特訓ではなく訓練と言ったので今後はあんな無茶なことはしないということだろう。
火の系統の時は教えてくれる人がトライアングルランクだったので半分独学だったこともあり、“烈風カリン”というスクウェアメイジに直接指導してもらえるのはかなり心強い。
「分かりました。また訓練よろしくお願いします。」
「・・・ええ!勿論よ!」
お義母さんはそう言って部屋から出ていった。
扉が閉まる時に少し見えたお義母さんの顔がいつもの自信に満ち溢れたものでも先ほどまでの沈んだものでもなく、とても嬉しそうにみえた。
「ヴァルムロートさん、ありがとうございます。」
「え?なぜカトレアさんがお礼を言うのですか?むしろお礼の言うのは僕なのでは?」
いきなり俺にお礼を言ってきたカトレアさんに面食らった。
「お母様はさっきは普通にしようとしていましたけど、目を覚まされる前はとてもそわそわしてましたのよ。内心はヴァルムロートさんに嫌われたらどうしようと思っていたのでしょうね。特訓の為といえ腕を切ってしまいましたし。でもヴァルムロートさんはそんなお母様を嫌いにならず、また特訓をお願いしますと言ってくれました。そのときのお母様はとても嬉しそうでしたわ。表情は変えないようにしていたようですけど。そんな素直でないお母様に代わって私からヴァルムロートさんにお礼を言いたかったのです。」
「そうですか。でもお義母さんは僕のことを思ってやってくれていると思うので嫌いになんてならないと思いますよ。」
「そう言ってくれると嬉しいですわ。お母様ってヴァルムロートさんと特訓している時はとても生き生きといてますから。」
「ええ。知ってます。お義父さんもそう言ってました。」
そう俺が言うとカトレアさんはうふふと笑った。
そんな中ルイズが少し思いつめたような顔をしているのに気が付いた。
「ん?どうしたんだルイズ?」
「お義兄様・・・私も腕を切る程の特訓をすれば魔法がまともに使えるようになるのでしょうか?」
ルイズがとんでもないことを言い出した。
ルイズが魔法を上手く使えないことにコンプレックスを感じていることは分かっている。
周りがメイジだらけの魔法学院に通っていることでその気持ちが大きくなっていて、なんとか今の状態を脱出したいと思っているのだろう。
しかしルイズは虚無なので俺が行なったような特訓をしても全くの無駄だろう。
虚無への覚醒は使い魔や指輪とか思った魔法のスペルが浮かぶ本が揃わないといけなかったはずだ。
「いや、止めておいたほうがいいだろう。特訓には個人個人に合ったものがあるからな。」
「そうですか・・・」
「それに・・・」
「それに?」
「・・・死ぬほど痛いぞ。」
そして4日経ち、俺は再び特別特訓場にいた。
「師匠、今日からまたお願いします。」
「ええ。今日からはスクウェアスペルの練習をするわよ。どのようなものがあるか知っているかしら?」
「そうですね・・・。」
俺が知っている風のスクウェアスペルは次の通りだ。
『ユビキタス』
別名偏在ともいう、まあ一種の質量を持った分身を作る魔法だな。
風のスクウェアスペルを代表する魔法だ。
これがあるから風が4系統で最強足りえるとも言える。
『カッター・トルネード』
巨大な竜巻で触れると切れる真空の刃を持っている風系統の最大威力の魔法だ。
因みにこの魔法をお義母さんが全力で行うと村が1つ消えるらしい。
『ブリズ』
『トランザム』以上の高速移動を可能とする魔法で恐らく『フライ』の上級魔法だろう。
この世界では最速を誇る風竜と同程度の速度を出すことが出来るらしい、この魔法の速度に勝てるのは恐らくゼロ戦と虚無の『加速』だけだろう。
『フェイス・チェンジ』
水との合成魔法で顔の見た目を変えることが出来る非攻撃性の魔法。
簡単にプチ整形、変身が出来るコスプレマニア必須の魔法だな・・・俺はコスプレの趣味はないけどな。
「・・・と代表的なものはこれくらいですかね?他にも水との合成魔法で氷を使った魔法とかもあったと思いますが。」
「そうね。まあ、初めは代表的なものから教えていくのでいいでしょう。それで先ずはすでに一度成功している『ブリズ』から練習していくわよ。」
「はい!」
そしてこの日1日、『ブリズ』の練習ばかり行なった。
結果から言うと・・・『ブリズ』出来ませんでした。
いや出来ないという訳では無いのだが、如何せん曲がることが出来ない。
どうやら過去に何人かに教えた時と同じで直進しか出来ていないようだ。
お義母さんにコツとかイメージなんかも教えてもらって、俺なりにアレンジして曲がるイメージを作ったが全く曲がる気配を見せない。
とりあえず直進しか出来ないので逃げる分にはいいが、戦闘において不利になりかねないのでとりあえず保留となった。
今後の要練習課題だな。
次の日は『カッター・トルネード』を習った。
威力はお義母さんには劣るものの十分合格点でしょうとのことだった。
ただやはり最高威力の魔法のためかスペルが結構長い。
あまり早口で言うと咬んでしまうのでそのことに注意しながら唱えると20秒弱かかってしまうのであまり使う機会は無いかもしれない。
・・・早口の練習をした方がいいかもな。
3日目は『フェイス・チェンジ』を習った。
攻撃用の魔法でないが変装などを行う時に便利だろう。
魔法で顔を変えているように“見せている”だけなので触るとその違いが分かってしまうし、コモンスペルの『ディテクトマジック』で簡単に見破られるのが問題だろう。
あ、そうそう。
なんでもトリステイン魔法学院に一晩だけ全身に『フェイス・チェンジ』の効果をかける鏡があり、さらに触っても分からない軽い催眠魔法もかかるのらしい。
確かアニメにもあったな、学院の行事でその鏡を使った仮装?舞踏会が。
4日目とうとう風の真骨頂『ユビキタス』の魔法を教えてもらった。
その日1日練習して何とか2人まで偏在を出すことが出来るようになった。
出せる偏在は風の素養に大きく関わっているがそれは最終的な人数なので俺の場合はこれから練習していけばまだ増える可能性があるらしい・・・頑張ろう!
「しかし鏡でもないのに自分が他にいるって不思議な感覚ですね。」
「そうね。でもそのうちなれるから大丈夫よ。」
「オリジナル、ちょっとこっち来い。」
俺がお義母さんと話していると偏在、ここではAとしておこう、偏在Aが肩をトントンと叩いてきてもう1人の偏在Bがいる方に誘った。
「師匠、ちょっとすみません。」
俺はお義母さんに断ってお義母さんから少し離れて偏在Bのところに行った。
そして3人で輪になってコソコソ話を始めた。
しかしただのコソコソ話ではない!
スクウェアになって風の扱いが上手くなったので声という空気の振動を口から相手の耳しか届かないように操って完全に話が漏れないようにと無駄に高度なことをして話し始めた。
「何だよ?話って?」
「お前は俺なんだからもう言いたいことは分かってるだろ。折角俺が3人いるんだし合体攻撃を考えてみようぜ!」
「そうそう。しかも俺らって偏在だから仮に致命傷を負っても本体のお前に全くディメリットが無いんだぜ!」
「つまりお前らが巻き添えになっても構わないほどの威力の合体魔法をやってみようということか・・・面白そうだな!」
「「だろ!」」
「それで特訓中の俺を呼んだってことはもう何か考えているんだろ?」
「へへ、当たり!なんだと思う?」
「ヒントは俺が火の魔法を使って、こいつが水の魔法を使うってことかな。」
「そんなの簡単じゃん!分身で火と水の合体攻撃って言ったら“あれ”しかないじゃん!」
「やっぱ、簡単に分かっちゃうか。さすが自分!」
「そりゃそうだろ。同じ思考なんだから。」
「じゃあ、念の為に答え合わせをしようぜ。せーの、で言えよ!・・・せーの!」
「「「グレートゼオライマーの『トゥインロード』!!!」」」
そして俺はお義母さんのところに戻り、試したいことがあると言ったら快く承諾してくれた。
「よし!いいぜ!」
俺がそう言うと二人は俺達から離れ、さらにお互いに距離を開けた。
「何をするのかしら?」
「まあ、見てて下さい。・・・上手くいくか分かりませんが。成功したときのことを考えて一応魔法で防御しておいて下さい。」
そう話している間にも準備が進んでいった。
偏在Aは頭上に巨大な火の玉を出現させた、あれは火の系統最高魔法の『ヴォルケイノー』だ。
対する偏在Bの方は周囲から水分を集めて大きな水の玉を作っていた。
そして2人がそれぞれの玉を小さく縮めていき、最終的に直径30サント位の大きさになった。
そして2人は杖をお互いに向けたと思うとそれぞれの玉が相手に向って一直線に飛んでいった。
そして2人の中間地点で火の玉と水の玉が接触した。
その瞬間、ドオォォオン!という大きな音が強い衝撃と共に周囲に放たれた。
「お!おお!!」
俺は『I・フィールド』を展開していたのだが激しい空気の振動が俺を襲った。
俺達よりもその爆発の近くにいた偏在AとBはその衝撃を無防備に受けたことでそのまま消えていった。
地面には大きな穴が開いており、その衝撃の強さを物語っていた。
「これは・・・すごいわね。どうやったのかしら?説明して欲しいわね。」
お義母さんが練習場に出来た穴を覗き込みながら俺に言った。
この科学が発達していないところで水蒸気爆発なんて言ったら不味い気がするし、そもそも理解されない可能性が高い。
俺は少し頭をひねってこの世界でも理解できそうな事例で表現することにした。
「これはなんて言えばいいかな・・・そう!熱した油に水が入るとその油が飛んで危ないという料理で誰しもが一度は体験することがあるのですがこれはその状態をもっと大規模で行なったものなのです!」
「そう、なの?私は料理はしたことが無いので分かりませんが・・・まあ、ヴァルムロートが言うならそうなのでしょうね。」
「ええ!そうなんです!」
「・ァ・・ィン」
「・・・ん?」
何か聞こえたと思い、周りを見渡すと家がある方の特訓場の壁の上にキュルケがいた。
さらにその後ろからカトレアさんやルイズ、さらにはミス・ネートまで来た。
4人からそれぞれ質問攻めに会い、今起こったことを説明するのに骨が折れた。
集められる水の量がもっと多かったらもっと強い威力だったかもということは何だが今以上のさわぎになりそうなので黙っていた。
それから残りの1ヶ月間、新しい魔法を教えてもらったり、覚えた魔法の練度を上げるために練習を繰り返した。
結局この休みの間にどんなに練習しても『ブリズ』は直進しか出来なかった。
偏在は2人のままだが今はこの状態に慣れる方が先かもしれない。
いろいろ課題は多いが苦では無いから頑張れるだろう!
とりあえずこの夏休みはいろいろあって充実したものになったと俺は内心満足した。
「何感傷に浸っているのですか?ほら、始めるわよ!」
「え?何をですか?」
「決まっているじゃない!今日が最後なんだから特訓の成果を確認しないと!」
「え!?もしかして模擬戦ですか?でもあと少しで出発なんですけど・・・。」
「大丈夫!大丈夫!時間が無いのは分かっているから最初から飛ばしていくわよ!ささ!ヴァルムロートは偏在を出して準備して!」
俺は言われるがまま、偏在を2人出した。
「出しましたけ、ど!?」
俺がお義母さんの方に目をやるとお義母さんが7人いた。
本体がいるから1人減らしても偏在は6人ということになる。
「え!?師匠って出せる偏在は4人では無かったのですか?」
「ヴァルムロート、あなたいつから私の出せる偏在の数が4人なんて勘違いしていたのかしら?」
「マジかよ・・・」
「ないわ・・・」
俺の後ろで偏在AとBが小さな声でつぶやいていた。
「因みに私はあと3人の偏在を出すことが出来るわよ。」
とニコッとお義母さんは笑った。
「「「なん・・・だと・・・」」」
普段見せない笑顔を見せたお義母さんに僅かに恐怖を感じながら模擬戦が始まった。
「あいたたた・・・『ヒーリング』」
俺は馬車に揺られながら、自分自身に回復魔法をかけていた。
「もうダーリンてば直前までカリーヌ様と特訓するなんて無茶し過ぎよ。」
「お義兄様、大丈夫ですか?・・・でも、なにも学院に出発する今日模擬戦をすることは無かったのでは?」
「そういうことはお義母さんに言ってよ。お義母さんがやるって言い出したんだから。」
「あらあら、お母様もしょうがないわね。」
出発直前に急遽行うことになった模擬戦はすぐに終わった。
数の優劣をいうのは今更だがなにより俺と偏在達でちゃんとした連携がとれていなかったのが大きな敗因だった。
自分自身だからやることは分かっているから連携くらい朝飯前だろうと考えていたが、実際はそんな甘いものではなかった。
これまで主に1人での戦闘が多かったせいで誰かと連携をとるということが頭に無かったのでお義母さん達に個体撃破されていった。
今後は偏在との連携プレーもきちんと考えないといけないな。
学院での自己鍛錬の時にやることが盛りだくさんだな!
「・・・ん?」
俺は何かを忘れているような気がした。
何のことだろうかと考えていると、水の系統はまだランクがトライアングルだということに改めて気が付いた。
でもお義母さんはもう強制レベルアップはしないとか言ってたし・・・水は無視なのだろうか?
・・・地道に頑張れってことかな?
<次回予告>
魔法学院に入って早一年。
学期末の最後の大イベント、スレイプニィルの舞踏会が始まる。
皆思い思いの姿へと変身し、つかの間の時を楽しむ。
俺は一体何に変身しようかな?
第59話『スレイプニィルの舞踏会、という名のコスプレイベント』
次は4/9頃の更新を目指して頑張ります。
yukiminさんのコメントでゲルマニアの識字率が高いということでしたが、ハルゲギニアでも庶民の間で小説が流行っているようですし都市部では結構高いと思います。あと読み書きできる人が出稼ぎ目的で都市部に集まることで識字率が極端に高くなり、その代わりにそれ以外の場所は低くなっていると考えています。