67話 奪還作戦(後)
ロングビルが操作する馬車——というか屋根の無い荷台——に乗って3時間ほど進んだ所で少し遅めの昼食を摂った。
弁当はロングビルが馬車を用意する間の時間に学院の厨房に作らせた物だ。
俺は食べる前に『ディテクトマジック』をこっそり使い、俺達を眠らせたり、身体を麻痺させるような秘薬が混入されてないか調べたがその様な反応はなかったので安心してその弁当を食べた。
弁当を食べながら、ロングビルことフーケが俺達を招きよせようとしている理由を思い出した。
確か、破壊の杖の使い方が分からないから魔法学院の俺達にこっそり使わせて、その使用方法を探ろうとしていたことがその理由だったはずだ。
そういう理由があるので俺達を行動不能にすることなく、また俺達に破壊の杖を使わせた後に再び俺達の手から破壊の杖を奪うことが出来るという考えを持っていることがうかがえる。
それと同時に俺達のことを“戦闘経験など微塵もない、どうとでも扱える子供”と見下していると想像出来た。
仮に捜索隊に先生が付いて来ていたとしても、昨日ゴーレムが学院を襲った時に反撃も何もしなかった、いや出来なかったことを分かっているので同じ対応を取っていたかもしれない。
そんなことを考えているとめずらしくタバサから声をかけてきた。
「ヴァルムロートに少し聞きたいことがある。」
「ん?なんだ?聞きたいことって学院長室で言ってたやつか?」
「そう。昨日ヴァルムロードが使っていた『エア・シールド』みたいな魔法の正体を知りたい。昨日のゴーレムの攻撃を防ぐことが出来ていたのはワルド男爵とあなただけだった。あれも風の系統魔法の一種だと分かったけれど、シールドにモノがあたったときの動きがただの『エア・シールド』とは明らかに異なっていた。どういう魔法なの?」
普段は他のことに興味なんてないといった表情をしているタバサだがこの時は何かしら興味があるといった表情をしていた。
俺も風の系統はスクウェアランクの強さを持っているのでワルドと同じく『エア・シールド』で攻撃を防ぐことが出来ただろうが俺の後ろにキュルケやカトレアさん他数人の生徒がおり、咄嗟の判断でお義母さんとの模擬戦で唱え慣れていた『I・フィールド』を使ったわけだ。
それにしても上空から見ていたとはいえ風の系統魔法特有の“見えない魔法”なのにモノがあったときの動きだけで別の魔法を使ったと分かるなんて、かなり冷静にあの場を見ていたのだなと感心する。
まあ、『I・フィールド』は知られて困る魔法でもないのでタバサに教えても差し支えないだろうし、そもそもトリステイン王立魔法研究所に勤めているエレオノールさんに『IFG』を作ってもらった時点で秘匿性なんてものはほぼ無くなっているだろう。
それに今この場で一番気にしないといけないことはそばで聞いているだろうロングビルに知られることだが、それも俺が後でやることが成功すれば問題はなくなるはずだ。
「ああ。いいよ。」そう言ってから俺はタバサに『I・フィールド』のことを説明した。
食後に少しの間休憩をとったが、その僅かな時間でタバサは俺が教えた『I・フィールド』をほぼ自分のものにしていた。
「難しい魔法ではないとはいえ、こうも簡単に覚えられるとはな。“見える”魔法ではないからイメージするのが難しいかと思ったのだけど。」
「想像するのは得意。」
そう言ってタバサは普段崩さない表情を少しだけ柔らかくしたように見えた。
因みにキュルケやカトレアさんも『I・フィールド』を教えて欲しいということで教えはしたがタバサのようにすぐに使えるようにはならなかった。
ルイズにも同じように教えたがルイズはやはりどんな魔法も爆発に変えてしまうのだった。
休憩を終えた俺達が再び馬車に揺られること2時間弱、ようやく目的の小屋の近くまでやってきた。
馬車を止めたロングビルが俺達の方に振り返る。
「この近くにフーケが潜んでいると思われる小屋があります。このまま馬車で進むと気付かれる恐れがあるのでここからは皆さんには徒歩で近づいて貰います。」
「皆さんには、というこは貴方はどうするのですか?」
ロングビルの言葉に引っかかるものを感じたカトレアさんが言葉を返す。
しかしその言葉にもロングビルは顔色を変えずに淡々と答えた。
「私は周辺の警戒にあたります。フーケが小屋にいない可能性もありますので。もし外でフーケを見つけたら皆さんにお知らせしますわ。」
「でも、一人では危険じゃない?誰かほかの人を連れて行った方がいいんじゃ?」
ルイズが少し心配そうに言うとロングビルは「ふふっ」と微笑んで杖を取り出した。
「安心して下さい。没落しているとはいえ私もメイジの端くれ。フーケやゴーレムを倒すことは出来ずとも、逃げることは出来るでしょう。」
そう言って俺達を納得させたロングビルは一人森の中へと進んでいった。
そして俺達もこの先にあるという小屋に向かうことを決め、馬車を降りた。
少し進んだ所で俺は思い出したかのように声を上げる。
「あ!馬車ちょっと忘れ物したから戻って取ってくるよ。」
「もう。ダーリンってばたまに抜けている所があるわよね。」
「あはは。うっかりしてたよ。ちょっと戻ってくるから皆は先に進んでいてくれ。すぐに追いつくから。」
ゼファーにも「すぐに戻るから皆と一緒にいてくれよ。」と言って、俺は皆から離れて馬車の方へと向かった。
「忘れ物」と言ったが勿論そんなものはない。
馬車まで戻った俺は杖を取り出し、周りに誰もいないことを確認したのち『ユビキタス』の魔法を唱えて自身のコピーである偏在を作り出す。
「偏在1、お前は皆の所に戻ってくれ。」
「分かってるって。基本的に傍観に徹するけどお前が失敗して皆が危険になるようだったら問答無用でやるからな。」
「ああ、頼む。」
偏在1と軽くこれからのことを確認して、俺達は同時に別々の方向へと走り出した。
偏在1は皆の方へと向かい、俺はロングビルが歩いて行った方へと進んだ。
偏在1が皆と合流したことを何となく分かった頃、ロングビルの気配を探っていた俺は目的地であるだろう小屋が見える少し離れた場所にその姿を見つけた。
「こんな場所にどうしたんですか?ロングビルさん。」
俺が後ろから声をかけるとロングビルは飛び上がるほどの反応を見せ、慌てて後ろを振り返り俺のことを認識した。
その表情には「どうして俺がここにいるのか?」という驚きが見て取れた。
「ど、どうされたのですか!?ミスタ・ツェルプストー。皆さんと一緒に小屋を探しに行ったのではなかったのですか?」
「まあ、そうなんですが。実はロングビルさんにお話しがありまして、こうして探しに来たのです。」
「わ、私に話、ですか?周辺の警戒のことなら先程話した通り私だけで大丈夫なのですが・・・」
「いえ。そのことに関して、貴方がフーケに襲われる心配は微塵も持っていません。」
「え?そ、それはどういう・・・」
「それはですね。貴方がそのフーケ本人だからですよ。」
俺の言葉にロングビルは驚きのあまりか一瞬目を見開いていたがすぐに元の表情に戻っていた。
「ふ、うふふ。私がフーケだというのはなかなか面白いお話ですが、あまり笑えない冗談ですよ。」
ロングビルは軽く睨むように目を細めて俺の言葉を不愉快だとアピールしてくる。
「冗談ではなく本気です。」
俺がさらにそう言うとロングビルの視線がさらに強まり、僅かに殺気が混じり始める。
「・・・そこまで言うのなら私がフーケだという証拠はあるのですよね?」
「正直な話、物理的な証拠はありません。しかし不自然な嘘をついている。貴方がフーケではないと言うなら貴方の昨日からの行動を私に教えて下さい。」
「ええ、いいでしょう!昨日ゴーレムの襲撃があった時は学院長室で資料を整理していました。ほぼ真下に当たる宝物庫が襲撃されたので大きな地震にあった時のような揺れを感じ、机の下に避難しておりました。その後はなるべくゴーレムから離れるようにと行動をしましたわ。」
「では、今日の行動は?」
「今日はせめてフーケの居場所を突き止めようと思い、朝から馬を走らせました。そしてこの場所を見つけ、急いで学院に戻り、後はミスタ・ツェルプストーも知るところですわ。」
「朝というのはどれくらいの時間ですか?」
「・・・時間、ですか?時計を見ていないのではっきりとは分かりませんが空が朝焼けになる頃だったと思うのでかなり早い時間だったのではないでしょうか。」
「フーケを探す為に朝、夜が明けきらない時間に学院を出たのですか?」
「え、ええ。そうよ。」
「今の言葉でやはり貴方が嘘を言っていることがはっきりとしました。」
「え?」と信じられないモノを見る目でロングビルは俺に向けた。
「貴方が今朝学院長室に現れたのが午前9時過ぎ。そこから逆算すると貴方がおかしなことを言っていることがはっきり分かります。」
「どういうこと!?確かにここに来るまでは時間がかかるけど、だからこそ朝早く学院を出たと言っているじゃない!・・・はっ!」
先程まで冷静だったロングビルが少し感情的に俺の言葉に反論した時、何かに気が付いたように言葉を無くした。
「そうです。ここまで来るのに時間がかかるのですよ。それも朝早くに出たくらいでは済まない位にね。学院長室で貴方も言ってたじゃないですか「徒歩で半日、馬で4時間位かかる」って。馬でも往復8時間、学院長室に9時過ぎに着いたということは逆算すると学院を出たのは早朝ではなく深夜1時頃になります。これは先程の貴方の言葉と矛盾する事実です。風竜を使えば確かに発言通りのことは可能ですがトリステイン魔法学院に風竜はタバサの使い魔であるシルフィードだけですのでそれは不可能というもの。街まで行けば飛龍を貸してくれる所はありますが、さすがに風竜という希少な竜を置いている場所はこの近くにはないのでやはり時間通りに帰ってくるのは不可能ということになります。」
さながら推理物の主人公になったようにロングビルの矛盾とそれを可能に出来る可能性を消していく。
俺が喋っている間、ロングビルは俯いたまま動かなかった。
「以上のことから、貴方が不自然な嘘をついていることはほぼ確定となり、そのような嘘をつく必要があるのはフーケだけなのです。」
俺の言葉にロングビルが顔を上げるが、そこにはまだ観念していないと顔に書いてあった。
「ふふふ。じゃあ、私がフーケだとしてどうして私は破壊の杖を持って逃げずに、わざわざ学院に戻って貴方たちを連れてこようと思ったのかしらね?おかしいとは思わない?すぐ逃げればいいのにわざわざ取り返させようとするなんてバカみたいじゃない。」
ロングビルがフーケの不可解な行動に何か理由があるのかと俺に問うた。
確かにわざわざ捕まるリスクを冒すような行為であり、これまで聞いた噂ではフーケはそんなこと一度も行っていない。
もし、俺が純粋に初めからこの世界に生まれていたらこのロングビルの問いに答えることは出来なかっただろう。
しかし、俺は“転生者”。
前世の記憶を幸運にも引き継ぐことが出来ており、その記憶も何とか持ち続けている。
だからこそ、この問いになんの迷いもなく答えることが出来る。
「それは“使い方が分からなかった”からではないでしょうか。」
俺がそう言い切るとロングビルは表情を凍らせた。
「破壊の杖は国宝であると同時に“場違いな工芸品”です。多くの“場違いな工芸品”は使用方法が分からず、そのほとんどがただの置物同然だと聞きます。見栄えが良ければ置物として価値があったのかもしれませんが・・・そうではなかったのでしょう。となると破壊の杖としてちゃんと使い方を知り、武器として売らないと意味がないと考えたのはないでしょうか。」
俺の言葉が終わる前にロングビルは俺から距離を取ると杖を俺に向ける。
「あ、あんたは一体何者なんだい!?どうしてそんなことまで・・・あんた、ただのゲルマニア貴族のボンボンじゃないね!?」
「そうやって杖を私に向けるということはフーケであると認めたとみなしていいのですね?」
ロングビルはしまったという表情をしたがそれは一瞬だけだった。
「ああ!そうさ!私がフーケだよ!学院や軍に私を突き出すのかい!?そう簡単には私は捕まらないよ!」
スペルを唱え始めようとするロングビルことフーケを俺は慌てて止めようと声をかける。
「ちょっと待って下さい!私に貴方を捕まえるつもりはありません!私がしたい話というのは、ロングビルさんが実はフーケだった、ということではなく、もっと別の事なんです!」
争うつもりはない、そう続けて言った俺は自分の身に着けている斬艦刀やファング、そして杖さえも足下に置いた。
さすがのフーケも俺の行動は予想外だったようで目を丸めていた。
「・・・あんた頭おかしいのかい?学院を襲った張本人を前にしてそんな無防備な姿をさらせるなんてね。」
「そうかもしれませんね。しかし、貴方が本当は優しい人だと分かっているので話を聞いてもらう為に無防備な姿をさらしました。」
「何を根拠にそんな戯言を言ってるんだい?」
「根拠は昨日のゴーレム襲撃の時のことです。正直あの時のゴーレムの攻撃で誰か死んでいてもおかしくなかったはずなのに結局はけが人だけで済んでいます。最後に壁の破片を投げたのも私がなんとかしなくてもスクウェアであるワルド男爵ならどうにかしていたでしょう。例えば姫殿下を抱えて『フライ』で横に避ける、とか。それにこれまでも盗みを働いている中で死者は誰も出していないと聞いています。」
「それがなんの根拠になるんだい?たまたま誰も死ななかっただけかもしれないだろう?」
「ええ。それもあるかもしれませんね。しかし、もしあなたが容赦ない人ならば私が無防備になった瞬間にきっと私を殺していたはずです。なにせフーケの正体を知っているのですから。」
その言葉にフーケはどこか困っているかのように見えた。
「それに“フーケ”として盗みを働き、お金を稼いでいる理由が分かれば、貴方が優しい人だということの裏付けになる。」
「盗みで金を稼いでいる理由?勿論、自分の為さ!ぱあーっと遊んで金が無くなったらまた盗んでるだけよ。」
フーケは少しオーバーなリアクションを取りながら俺の言葉を否定しようとした。
しかし俺はそんなフーケに対して最大のカードを切る。
「いえ、違います。貴方がお金を稼いでいる理由はアルビオンの森の奥で匿っている人に仕送りをする為ですよね。」
その瞬間、フーケから驚愕という感情以外の全ての表情が抜け落ちてしまったかのような顔を俺に向けていた。
「匿っている人の名前はティファニア。なぜトリステインにいる貴方が隣国とはいえアルビオンの人を匿っているかと言えば、貴方も元アルビオンの貴族だったからですよね・・・マチルダさん。」
「あ、あんた、本当に何者なんだい!?ティファのことだって私以外誰も知らないはずなのに!?それにとっくの昔に捨てた私の本当の名前さえ知っているなんて!?」
フーケことマチルダさんは混乱しているようで堰を切った様に思ったことを口に出していた。
因みに俺がフーケの本名がマチルダだというのを覚えていたのはガンダムに同名のかなり重要なキャラがいたおかげだ。
なのでマチルダさんのファミリーネームやミドルネームは覚えていないのが、マチルダというファーストネームを知っているだけで効果抜群だったようだ。
「あ、あんた、目的は一体何なんだい?」
マチルダさんは警戒しながらそう俺に尋ねた。
「話を聞いてくれますか。私から貴方に話、というか提案したいことが2つあるのです。」
「提案が2つ?まあ、話してみなよ。」
「ええ。では、まず1つ目の提案なんですがフーケに死んで貰いたいと考えています。」
「くっ!」
マチルダさんは俺からまた少し距離を取って杖を構え直した。
「待って下さい!「フーケに死んで貰う」と言いましたが貴方に殺すということではありませんから!」
「は?私を殺すのに私は殺さない?・・・あんたは何を言っているんだい?」
誤解を解くために慌てて俺は言葉を口にしたが、それはよりマチルダさんを混乱させることになってしまったようだ。
俺は言葉の真意を分かってもらう為にマチルダさんに補足説明を始めた。
「実はマチルダさんにお願いしたい事がありまして。あ、お願いしたい事2つ目の提案のことなんですけど。それは後で改めてお願いするのですけどその為に“フーケという名の人物”が存在したままでは都合が悪いのです。」
「はい?どういうことだい?」
「分かりやすく言えばマチルダさんに盗賊業から足を洗って欲しいのです。」
「ん?なら初めからそう言えばいいじゃないかい。どうして私を殺す必要があるんだい?」
「いえ、死んで貰うのはあくまでフーケであってマチルダさんではないのでお間違いなく。それでどうしてフーケを殺すのかというと、マチルダさんが盗賊業から足を洗った後の追跡を無くす為です。」
「足を洗った後の追跡?そんなものあるのかね?」
「あると思います。特に今回は国宝を盗んだということで国が威信を賭けてマチルダさんを捕まえようとするでしょう。足を洗ったからといって盗みの罪が帳消しになるわけでもありませんから。」
「ああ。確かにそれはあるかもしれないねぇ・・・」
俺の言葉に納得した様子のマチルダさんだが、実はマチルダさんというかフーケを追っているのはトリステインという国だけでなくレコンキスタという組織もあることを俺は知っていた。
しかし、マチルダさんとレコンキスタが初めて接触するのは捕まった後の牢屋なので今のマチルダさんとは全く面識はないと考えた俺はあえてそのことは言わないことにした。
ここでフーケが死んだという話がレコンキスタ、というかワルドに伝わればマチルダさんに関わってくることはないはすだ。
「それで2つ目の提案というのは何だい?お願い、とも言っていたけど。」
「はい。2つ目の提案なんですけど、私はゲルマニアの自治領に領地経営を任されている村があるのですが・・・」
「ん?何の話だい?それに貴族となれはあんたの歳位だと普通ではないかい?」
「そうなのですが・・・実はそこで平民向けの学校を経営しているのです。」
「学校!?それも平民のだって!?」
「はい。ご存じかと思われますがゲルマニアでは貴族の位がかなりの高額ではありますがお金で買えます。今はまだ貴族の位を買えるほど稼いでいる商人は少ないですが、今後増えていくことは簡単に予想出来ることです。貴族中心だった世界に商人という平民が入っていこうとするなかで他の平民もいつまでも無知ではいられない、と私は考えています。平民が単に小麦や芋を作り、家畜を育てる時代は終わりに近づいているのです。自らの労働で得た作物や家畜から得られるものをどう運用すればより高い利益が得られるかを考えていかなければいけないのです。そしてそれを行う為に“学”が必要になってくるのです。」
俺は自分が考えている平民が学校に通う必要性を語った。
自分では意識していなかったが少し熱くなっていたようでマチルダさんが少し引いていた。
「平民に学ねぇ。面白いこと考えてるみたいだけどそれって本当に必要なのかい?今のままでいいんじゃないかい?」
マチルダさんの何気ない質問に俺は持論を話す。
確かに世界がこのまま現状維持でいいというなら貴族と無知な平民という搾取する側とされる側という構図を変える必要はない。
しかし俺が何もしなくても世界は変わっていく、当然のことだ。
現にゲルマニアでは平民である商人が金の力で貴族の位を手に入れ、本来搾取される側の人間が搾取する側へと変わっている事実がある。
さらに金のない貴族が商人に借金をして、その返済に苦労しているという噂を実家にいたときに聞いたことがあり、搾取する側とされる側が逆転している現象すらすでに起きている。
別に俺は学を得た平民がすべて商人になり、その財をもって貴族になればいいとは思ってはいない。
ただ一部ではあるが平民に力を持たせるという方法で国力が上がっていく——実際にゲルマニアは国力ではすでにトリステインを遥かに追い抜き、最大の国力を持つガリアに迫りつつある——のなら、他の国も平民をこれまでのように軽視出来なくなるだろう。
そうなればこれまでと打って変わって平民に学が求められる時代がくる可能性は少なくは無いだと考えている。
俺の話が終わるとマチルダさんは1つ納得がいかないと言った。
「話は理解出来なくは無いけど、平民に力を持たせたら危なくないかい?これまで無理な税収とかで不満を持っている平民とかから逆襲を受けたりとかしそうじゃないかい?」
「ええ。だからこそゲルマニアでは金で貴族の位を買えるようにしているのだと思います。」
「ん?そこが繋がるのかい?」
話が最初に戻ったことにマチルダさんは少し驚きを見せる。
「ええ。確かに平民のまま力を持たせるのは貴族にとって危険であるといえます。だからこそ力を持った平民を貴族側へと引き込むことで貴族と平民のパワーバランスを貴族側に傾けさせたままにしようというのがこの“平民でも金があれば貴族の位が買える”というシステムの根幹なのでしょう。それを分かっている商人はいると思いますが貴族の位を得られる、というのはこの世界では得難い魅力ですからね。そして一度貴族になってしまうと貴族を転覆させようとする平民の味方にはなれない。ライバル貴族を貶める為に裏で手を貸すこともありえるかもしれませんが、大々的な援助は出来ませんし、手を貸したことがバレれば他の貴族からの信用を失うことになるリスクを考えると行いにくい。良く出来たシステムではないでしょうか。」
「はぁー。まあ、そこのところは私にはどうでもいいことだよ。それであんたのとこの学校は商人を育成しようとしてるのかい?」
「そうですね。確かに商人育成コースもあり、他のところから特産品として徐々に認知されつつ紙を売るための販売ルートを自分たちで作らせようとしているのだからある意味では商人になることを推奨していることになるのかもしれないですが、それだけでなく普通に高い教養や礼儀作法を身に着けさせようともしています。」
「まあ、商人として貴族との商談もあるだろうし礼儀を教えるのは分かるが、教養もいるのかい?」
「商人として教養もあった方がいいとは思いますが、こちらは貴族に仕える使用人の為のものですね。」
「使用人?こっちも礼儀は分かるが教養が必要だとは思えないのだけど。」
「まあ、確かに掃除洗濯だけ行っているような使用人には必要ないかもしれませんが、私が考えているのはそのような使用人を束ねるメイド長や執事です。これらには部下の使用人を指導・教育する為に教養や礼儀作法を持っていなくてはいけません。また高い教養を持っていれば、普通ならその家で雇われている拾われた没落貴族や嫡男ではなかった貴族に任されるであろう子供の教育係に抜擢されるようなこともあるかもしれません。」
「本当にそんな風になるかね?」
マチルダさんは俺の話に疑心暗鬼だ。
そういう俺も「それは分かりません。まだ始まってもいませんから。」とまだ学校から使用人を輩出したことがないので分からないと素直に答えた。
「それで2つ目の提案って一体何だったんだい?」
「すみません。話が反れてしまいましたね。マチルダさんも薄々感づいているとは思うのですが、提案というのはうちの学校で“マチルダ”として教師をやってみないかということです。」
「私が教師!?しかも本名でかい!?」
「ええ。失礼ですが、マチルダさんは没落したとはいえ元は貴族。教養と礼儀作法については問題ないと思われます。それにフーケとして盗品の売買を行っていたということは裏ルートなどに詳しいはず。あ!これは裏ルートとかについて教えろっていうことではないですよ。ただそういう事を元にすれば、どこまで踏み込むときな臭くなるかということを少しでも教えることが出来ると思うのです。」
「裏ルートについてねぇ。まあ、教えれないこともないかもしれないがこればっかりは経験則の方が大きいと思うんだけどねぇ。」
「まあ、参考程度で構わないです。その参考があるのとないのではかなり違ってくると思いますし。」
「ふーん。因みにやるとしたらどれくらいの給料が貰えるんだい?」
「それなんですが、初めは少ないと思います。村の税収から給料を払う様にしているので紙などの販売ルートがある程度安定して村への収入が増えたり、学校の評価が上がれば給料は増えるのですが・・・」
「そうなのかい?仕送り分を稼げないといけないんだけど。」
給料の話で思わしくない現状を聞いたマチルダさんは難色を示す。
「それなんですけど、仕送りで足りない分は家から扶養家族援助という名目で出させてもらおうと考えています。学校の教師はその給料形態から村に雇われているようなものですが、その村を経営しているのが家なので、学校の教師は家が雇っているのとある意味で同じ意味なんです。実際、今は教師が足りなくて臨時で家のメイドや執事が教えている現状ですし。なので給料で仕送り分が払えるようになるまでは援助する用意はあります。」
「ふーん。そうなのかい。・・・そういえば、住むところはどうなっているんだい?」
「それでしたら一軒家を用意させて頂きます。」
「へえ、私の為だけに1つ家をくれるなんて豪勢だねぇ。まさかその家は兎小屋程度の1つしか部屋がないとか言わないよねぇ?」
「いえいえ、普通にいくつか部屋のある家を用意させて頂きますよ。要望があればなるべく叶えられるように努力はしますが。」
「・・・給料の低さは少し問題だが、それを補填してくれるのなら文句はないよ。住むところについては後でまた話をしようじゃないか。」
「それじゃあ、この話は受けてくれるのですね!」
好意的なマチルダさんの言葉に喜ぶ俺だったが、そんな俺にマチルダさんはやれやれといった顔をする。
「ティファのことまで知られいたら断れるはずがないじゃないかい。私がはいと言うことは分かりきっていることなのにそういう反応をされるとこっちが反応に困るよ。」
「あはは、すみません。」
「まあいいさ。しかし、捨てたはずのマチルダ・オブ・サウスゴータの名前を再び名乗ることになろうとはね。ふふ、これからよろしくね。」
「ええ!よろしくお願いします。」
右手を差し出してきたマチルダさんと握手した。
「ふう。俺の出番が無くてなによりだ。」
目の前にいるはずの俺の声が自分の後ろから聞こえたことにマチルダさんは驚いて手を離し、後ろを振り返った。
マチルダさんの後ろにはただ森の風景が続いていただけのはずだが、すぐにその一部が歪み、そこにもう一人の俺が現れる。
「こ、これは・・・偏在、かい?あんた風の系統もスクウェアランクだったのかい!?それに今のは?」
偏在の俺を見ながら声は俺の方に質問を投げかけていた。
「はい。仰る通り、私は風の系統もスクウェアで、彼は私の偏在です。今現れたのは全身を『フェイス・チェンジ』を応用したもので覆い、周りの風景に溶け込ませていました。」
『フェイス・チェンジ』は水と風の混合魔法で見た目を変える魔法だ。
そして俺は「見た目を変えることが出来るのなら、むしろ見えなくすることも出来るのでは?」と思って試していったところ、今のように周りの風景に同化することが出来ることが分かった。
仮にこれを『フェイス・チェンジ・ステルスモード』と名付けてよう。
ただ常に変わる周りの風景に同化することはかなりの集中力を要することなので同時に扱えるのは精々コモンスペルが限界だった。
今回はここまで来る途中に偏在2を出して、このステスルモードを使い、足音を消す為に『レビテーション』を使って移動させていた。
「なるほど、なかなか味なマネしてるじゃない。私の本名やティファのことを使って自分に有利に話を進めたたり、もしもの時の為に偏在を隠すなんてなかなかどうして。あんた、見た目より腹黒いね。」
「なんていうか、恐縮です。」
「そういう下手な態度も本音か芝居か分かんないねぇ。坊やのくせになかなか食えない男だよ。」
悪い顔をして笑うマチルダさんに俺は乾いた笑いを返すことしか出来なかった。
「それでこれからどうするんだい?」
「あ、はい。そろそろ小屋に向かった皆がそこの小屋にくると思うのでその時に提案の1つ目を達成しちゃいましょう。」
マチルダさんは今日何度目かの驚いた顔を見せた。
「今日、するのかい!?しかも、あの子達相手に?」
「はい。まあ、向こうにも僕の偏在がいるのでいざと言う時は大丈夫ですよ。」
「2人目の偏在が出せるのかい!?」
「ええ。それでこの後の行動なのですが、僕の偏在やサイトが小屋に入って破壊の杖を発見したら、小屋をゴーレムに襲わして欲しいのです。その時にフーケにはゴーレムの傍にいて欲しいのですが、マチルダさん本人がその役をやると本当に死んでしまうので別の存在にその役目をやらせます。」
「別の存在?言っとくが私は風の系統は得意じゃないから偏在なんて出せないよ?」
「ええ、分かってます。そう思っていいものを持ってきました。」
俺はごそごそと腰につけた袋から人形を取り出した。
その人形はパッと見、デザイン人形のようにのっぺらぼうで装飾など微塵も施されていない実に地味な人形だった。
しかし、この人形を見たマチルダさんはこれがなんなのかすぐに分かったようだ。
「これはスキルニルかい!?こんなめずらしいものよく持っていたね。」
ただの人形にみえるこのスキルニルというのは、マジックアイテムであり人の血を与えることでその人のコピーを作ることが出来る代物だ。
記憶や思考、覚えた技術も完全にコピーされるのだが、コピー元がメイジであっても魔法は使えないので劣化偏在みたいなものだ。
「ええ。なぜか僕の誕生会のプレゼントにはこのような変わったマジックアイテムとか珍しいモノを贈ってくれる人が多いのですよ。」
「でも、それって普段はほとんどガラクタ同然というものなではなくて?」
「・・・」
マチルダさんの的を射た言葉に俺は何も返せなかった。
俺のことを不憫に思ったのか、それとも話が進まないと思ったのかは分からないが黙っている俺にマチルダさんが声をかけた。
「ま、まあ。今回は役に立って良かったじゃない。このスキルニルに私の血でもう一人の私を作ればいいのね。」
「え、ええ。そうです。あと、顔も変えた方がいいのでこれを。」
そう言って俺は袋からさらにもう一つのアイテムを取り出した。
「イアリングね。これは・・・『フェイス・チェンジ』の効果があるマジックアイテムかしら?」
俺が何か言う前にこのアイテムが何なのかピタリと言い当てられてしまうことに俺は少し驚いていた。
というのもマジックアイテムは作った人の趣向が色濃く出たりするので同じ効果のものでも外見がかなり異なることも珍しくないので、このマジックアイテムの効果を言い当てたことにフーケとして数々のマジックアイテムを見て来たことで鑑定眼みたいなものが高められたのではと推測してみる。
マジックアイテムを作成するのは土のメイジなのでもしかしたら元々そういうのが得意なのかもしれない。
「その通りです。これをスキルニルのフーケに着けて、顔を変えればマチルダさんがフーケとばれることなく、フーケの存在だけを消すことが出来ます。」
そう言って俺はスキルニルのフーケに『フェイス・チェンジ』のイアリング渡して着けてもらい、顔をマチルダさんとは別人にしてもらう。
そうしている間に俺の偏在と合流していたキュルケ達が小屋の近くにやって来る。
俺達はキュルケ達が小屋の中に入っていくのを隠れて見ていた。
しばらくすると偏在とある程度意識を共有している為がサイトが破壊の杖を見つけたことがなんとなくわかった。
「マチルダさん。今です!」
俺の合図にマチルダさんは平べったく寝かせていたゴーレムを起き上がらせる。
ゴーレムが小屋の近くに出現したことを小屋の外で周りを警戒していたカトレアさんとタバサが気付き、小屋に入っているメンバーに早く小屋から出てくるようにと声をかけていた。
小屋に入っていた全員が外に出た頃を見計らって、マチルダさんはゴーレムに小屋を潰させた。
魔法を使えるメンバーと使い魔達は一斉にゴーレムに攻撃を仕掛けるがどれもゴーレムに致命傷を与えるものではなく、与えたダメージは周りにある地面の土ですぐに修復されてしまっていた。
俺の偏在も周りにキュルケ達がいることで『フランベルグ改』は使えないと皆に説明いたのち『フレイム・ボール』を使っていた。
ゴーレムに対しダメージらしいダメージを与えられず、ジリ貧となっているキュルケ達は破壊の杖奪還という目的は果たしたのだから早くこの場から離れようと皆がシルフィードに乗ろうとしている中でルイズだけがゴーレムに向かって走り出す。
「ちょっとあの子危ないわね!どうするの?」
「本当に無鉄砲な子ですみません。少しゆっくりした動作で踏み潰そうとしてください。あ、もしもの為にぎりぎりで避ける位でお願いします。」
「まったく、しょうがないね!」
マチルダさんが少し念じるとゴーレムは近づいてきたルイズを踏み潰そうと右足を上げた。
それにいち早く反応したのはサイトだった。
サイトはデルフを握るとギーシュとの決闘で見せた動きを再現させていた。
素早くゴーレムに近づいたサイトはデルフでゴーレムの左足を切りつけてバランスを崩させると、その隙にルイズを抱えてゴーレムから距離を取った。
助けたサイトはルイズの無謀な行動に怒り、またルイズはそのサイトの言葉に反論していた。
そんなサイトとルイズの上空を旋回しているシルフィードに乗っている俺の偏在は破壊に杖が入った箱をサイトに向かって投げた。
箱を受け取ったサイトは素早く中の破壊の杖を取り出すと、カチャカチャと立てたり、伸ばしたりして準備を整えたのち、向かっているゴーレムにその砲門を向けた。
次の瞬間、ドオォンという激しい音と共に上がった爆発は30メイルあるゴーレムの上半身を綺麗に吹き飛ばしていた。
「な、なんなんだいアレは!?あ、あれが破壊の杖の威力だっていうのかい!?」
自慢のゴーレムの上半身は吹き飛ばされたマチルダさんはその破壊の杖の威力にただただ呆気にとられているようだった。
実際破壊の杖の威力は火のスクウェアスペルの『ヴォルケイノー』とほぼ同じ威力だろう。
しかし脅威なのはその威力を引き金を引くだけで発揮してしまうところだろう、地球の近代兵器マジぱねえ。
まあ、弾がなければただの筒だけどね。
「ええ。本当にすごいものですね。・・・マチルダさん、あのゴーレムはまた動かせます?」
「・・・あ、ああ。こちらもまだ精神力は残っているから問題ないよ。」
「それでは一気にラストスパートかけましょうか。まず、スキルニルフーケに破壊の杖を奪い取ってもらいます。その場で破壊の杖を使おうとせずに一旦ゴーレムの所までスキルニルフーケを下げ、ゴーレムの上からサイトたちを狙うように使おうとしてください。」
「ええ!?あの威力だよ?大丈夫なのかい?」
「はい。恐らく大丈夫でしょう。実はゴーレムが爆発する前に破壊の杖から何やら弾のようなものが発射されたのが見えました。破壊の杖は銃の一種なのではないかと思います。銃であるなら弾は1発しか込められないので弾切れになっているはずです。」
まあ、破壊の杖から弾が発射されたのが見えたというのは嘘なんだけど、本当のことだし問題ないだろう。
この世界の銃は火縄銃なのでいちいち銃口から火薬と弾を込める単発式なのだが、あのロケットランチャーも別の意味で単発式なので言っていることは間違いではない。
マチルダさんは不安そうだったが俺が妙に自信あり気なところを見て、その作戦でいくことを了解してくれる。
「そうなのかい?それでどうやってスキルニルフーケを殺させるんだい?」
「それはですね。破壊の杖が使えないことが判明したら逆切れとして特大の『ブレッド』を作り、発射して下さい。それを相殺するためにあっちの偏在に志向性を持たせた爆発型の『ヴォルケイノー』を使わせます。恐らく『ヴォルケイノー』の方が強いので相殺どころか打ち勝ち、その爆発でスキルニルフーケは炎の中に消える。という作戦です。」
「・・・私の特大の『ブレッド』が負けること前提なのは気に喰わないですが、まあいいでしょう。」
「う、それはすみません。・・・それでは作戦開始!破壊の杖が奪われたら取り戻そうとするはずなので、サイト達やそらを飛んでいるタバサの使い魔にゴーレムで攻撃をして近づけさせないようにしてください。」
「ああ。分かったよ!」
森の木や草に隠れながら近づいたスキルニルフーケがゴーレムの半身を吹き飛ばした事で少し安堵しているサイトから破壊の杖を奪い取る。
奪われたサイト自体は慌ててはいないがルイズやキュルケなどは大慌てでスキルニルフーケから破壊の杖を取り戻そうと近づこうとするも動き出し、失った上半身の代わりに下半身から生えてきた岩の触手のようなものから飛ばされる岩の攻撃によって防がれていた。
シルフィードに乗ったままでは近づくことも、安定して攻撃することも出来ないと考えた偏在の俺とキュルケ達は使い魔をシルフィードに乗せたまま自分たちだけでサイトとルイズの近くへと降りたが、そこでゴーレムが繰り出してきた岩の雨によって防御系の魔法を使って凌ぐことで足を止められてしまう。
タバサなら本来は動きで翻弄し、攻撃を避けつつ接近することも可能だっただろうが一度攻撃範囲内に入ってしまっていては『エア・シールド』を展開したまま移動しても追跡され、岩の雨の中で迂闊に『エア・シールド』の魔法を解いて急速離脱することも出来ないし、と攻撃範囲から離脱することは出来ないようだ。
偏在の俺は今から俺達——本体の俺とマチルダさん——がすること分かっているので動かないが、もしマチルダさんが敵の状況で俺本体があそこにいたならばタバサと同じ状況に陥っていただろうと考えらえる。
というのも、ゴーレムの飛ばしている個々の岩はマチルダさんが意図的に飛ばしているのではなく、完全なランダム状態なので普段のように気配を読んで避けるということが出来ないのだ。
この場面で唯一この岩の雨を避けつつゴーレムに近づくことが出来るのはガンダールヴの力で身体能力と動体視力が強化されたサイトだけだろう。
しかし、そのサイトはというとガンダールヴの力が発動しているのだが後ろにいるルイズを守る為に岩の雨をデルフで叩き落とすことに専念させられてその場を動けずにいた。
全員が動けない状態を作り出すことが出来た俺達は次の段階に進む。
「では、マチルダさん。『ブレッド』をお願いします!」
「ああ!これ以上は精神力が持たないからね。一気にいかせてもらうよ!」
マチルダさんがそう言って気合を入れるとゴーレムの触手の1つが徐々に膨らんでいくのが見える。
その様子に気が付いたキュルケ達の動揺が偏在の俺を通して本体の俺に伝わってくる。
それを感じた俺は偏在に作戦通り『ヴォルケイノー』を使わせるようにと念じる。
すると、あちらで2、3言葉が交わされた後にキュルケ、カトレアさん、タバサの3人が偏在の俺の前にスペルを唱えるまでの盾となるように移動した。
偏在の俺が『I・フィールド』を解いてスペルを唱え始める。
その様子を見たマチルダさんが俺の方を見る。
「こっちはもう準備完了したよ!」
ゴーレムの触手の先はすでに直径10メイルほどの球体と化していた。
「分かりました。では10秒後に『ブレッド』を発射して下さい!」
「ああ!」
ゴーレムはゆっくりと巨大な球体が付いた触手を偏在の俺の方に向け、何かに弾かれたかのようにその球体を発射した。
発射された特大の『ブレッド』はその巨体でありながら重力に逆らうかのように真っ直ぐ偏在の俺へと進む。
「しゃがめ!」というこちらまで聞こえてきた大きな声によって身を屈めたキュルケ達の上を偏在の俺が放った『ヴォルケイノー』が走る。
迎え撃つように放たれた『ヴォルケイノー』は特大の『ブレッド』を受け止め、その巨体を溶かしながら押し返し、ついには『ブレッド』を発射したゴーレムへ逆に『ブレッド』を炎のおまけ付きで突き立てていた。
『ヴォルケイノー』は逃げる演技をさせたスキルニルフーケごとゴーレムの周囲を灼熱の炎に包んだ。
岩をも溶かす灼熱地獄では人間など悲鳴を上げる間もなく灰と化し、その様子を見ていたキュルケ達にはどこか重苦しい空気が流れ、サイトは少しショックを受けているようだった。
「終わりましたね。それではマチルダさん、疲れているとは思いますが“騒動を聞いてやってきたら、すでに事が終わっていて詳細は分からない”という風な体でキュルケ達のところへお願いします。」
「あ、ああ。分かったよ。あんたはどうするんだい?」
「隙を見て偏在と入れ替わります。あ、タバサ以外は人の死、それも自分たちが間接的にでも殺す場面に遭遇するのは初めてだと思うのでそれについてフォローもお願いできますか?」
「ん?それは構わないがあんたも違うって言いたそうだね?」
「僕は以前に経験がありますし、その時に覚悟みたいなものはしているので・・・」
「ふーん。あんた位の歳だとまだ盗賊討伐に参加するのは早いような気がするけど。ま、あんたがそういうんだったら別にいいんだけどね。」
そう言ってからマチルダさんは「よっこいしょ」と言って中腰から立ち上がるとキュルケ達のところへとさも現状に驚いている様子で駆け寄っていった。
そして俺が言ったことを行ってくれているのかフーケを殺したということを重く見ている皆に対し「正当防衛ならしかたない」と言って、少しでも皆の心を軽くしてくれようとしているようだった。
しばらくして、炎が治まった頃合いでマチルダさんがスキルニルフーケが奪ったまだ熱を持っているロケットランチャーを触らないようにと『レビテーション』で回収していた。
回収されたロケットランチャーは熱のせいか若干歪んでいたようで皆冷や汗を流したが、ガンダールヴの力でこのロケットランチャーの知識を得たサイトから「これは単発式の使い捨てで、もうどうやっても使い物にはならない」という趣旨の言葉を受け入れ、とりあえず箱に入れて持ち帰ろうということになった。
帰る馬車の荷台にはマチルダさんがフォローしてくれたおかげか約1名を除いて表面上は普段通りになっていることを偏在を通じてなんとなく理解した。
途中の休憩でなんとか偏在と入れ替わることが出来た俺を乗せた馬車はまだ重苦しい空気を携えたサイトに気を使ったのか、もしくは実戦で疲れたせいなのかは分からないが言葉数少ないままの凱旋となった。。
「ふむ、なるほどのう・・・。フーケは死んだか。」
俺達は学院に返ってくるとすぐに待っていたコルベール先生と一緒に学院長室へと向かい、奪還作戦の一部始終を学院長に話した。
フーケを殺してしまった——本当は違うのだがそれを知っているのは俺とマチルダさんの2人だけで他の人には今後一切言うつもりもない——ことに関しては学院長は特に気にはしていない様子だった。
取り返した破壊の杖を提出した時は少し細部が変形してしまったことや使ってしまった事でただの筒になってしまったことに少し動揺が見られたが、元々使い方が分からなかった物であり、後でサイトから破壊の杖がどのような物だったのかを使い方も含め詳しく聞くということでお咎めはないようだった。
「はい。足を止められてる状態でフーケが巨大な岩の塊をこちらに発射しようとする意図が見えたので皆を守る為に私もスクウェアスペルで対応してしまいました。生け捕りにできればよかったのでしょうが、何分咄嗟のことだったので・・・」
「よいよい。破壊の杖が戻ってきただけで御の字じゃよ。それにスクウェアスペルは細々した手加減など無理と言うモノじゃろうて。」
「そう言って頂けると助かります。」
「まあ、破壊の杖も学院に戻ってきたわけじゃし、今夜は祝勝会を開くかのう。」
その学院長の言葉にキュルケやルイズは表情を明るくさせた。
「祝勝会!?いいわね!」
「い、いいのですか!?」
「君達は学院を襲った卑劣な盗賊から国宝を取り戻した英雄じゃからな。これくらい当然じゃろう。ロングビル君、手配を。」
「ええ。分かりました学院長。それでは厨房に話をつけて来ますわ。それと他の教員や生徒にも告知するようにしておきますね。パーティーの開始は調理に時間がかかるかもしれないので普段の夕食より1時間遅い位でいいでしょうか?」
「うむ。それでよかろう。」
マチルダさんは学院長が了承したのを見て部屋から出ていこうとした時、ずっと俯き加減だったサイトが叫んだ。
「ちょっと待てよ!人が、人が死んでんだぞ!?なんでもう割り切ってるみたいになってるんだよ!」
「ん?君はミス・ルイズの使い魔じゃったかな。まあ、今回は君達が行かなくても軍が出動する予定じゃったから、この結末は早いか遅いかの違いじゃったじゃろうて。国宝奪還が主な命令であり、フーケを捕えることは二の次じゃろうからのう。国宝強奪にこれまでの余罪も考えれば、仮に生きて捕えても待っているのは死刑じゃったかもしれん。」
「マジかよ・・・」
「ふむ。君がいた所がどうなのかは分からんが、ここハルケギニアではメイジもメイジで無い者も争うことがあるなら命を落とすことも珍しいことではないのじゃよ。特に貴族は領地を管理していう中で“盗賊討伐”などで直接手を下すことも少なくはないじゃろう。」
「そ、そんな人を害虫かなんかみたいに!?」
「そうじゃな。言葉は悪いかもしれんが盗賊は害虫のようなものと言っても過言ではないじゃろう。他者から金品を奪い、酷い時には命すら奪うなどの行為で領地の治安を脅かす者を生かしておくことは何の利益もないからのう。領地の治安を守ることは貴族の義務といえるものじゃしな。」
その学院長の言葉にサイトは反論できなようで黙り込んでしまう。
そして部屋を出ていくタイミングを折られていたマチルダさんはサイトと学院長の話を見届けると部屋から出て行った。
「では、王室には儂からフーケ死亡の経緯も併せて連絡しておくとしようかのう。」
「皆さん、今日はお疲れ様でしたね。サイト君は破壊の杖について詳しく聞きたいのでこのままここにいてもらってもいいですかな?」
そう言われたサイトは少し考えんだ後首を縦に振った。
「いいですよ。俺の方も聞きたいことがあるので。」
そうして俺達はサイトを残して学院長室から出た。
階段を下りている途中、ルイズはサイトの聞きたい事とはなんなのかを気にしていたようだがその事をキュルケに指摘されると慌てた様子でそれを否定していた。
そんな様子を微笑ましく見ているカトレアさんの横でタバサは「ハシバミサラダ出るかな?」とこれからの祝勝会について思いを巡らしているようだった。
そんな皆の普段と変わらない様子に安心しながら、サイトは今頃このハルケギニアとサイトのいた地球とが何らかの繋がりを持ち、それによって帰ることに希望を見出しているのだろうなと考えていた。
俺達の為に行われた祝勝会は突然のものだったにも関わらず豪勢な料理が振舞われた。
街から急遽呼ばれた音楽隊によるダンスタイムもあり、普通にパーティーの体を成していることに驚きを覚えた。
まあ、料理の種類や内装とか音楽隊の人数などはちゃんと段取りをしたパーティーとは比べることは出来ないのだけど、それでもあの短時間でここまで用意したマチルダさんには脱帽だ。
そのダンスタイムでルイズがサイトと踊っている様子を見て、俺は胸を撫で下ろした。
まだどこか割り切れないと風なサイトだが元の世界に帰ることが出来るかもしれないという希望を持ったおかげか少し表情が明るくなっていたのだ。
それから数日後、コルベール先生の元気が無いようなのでちょっと話を聞いてみるとマチルダさんが学院を辞めることが決定したことが原因だと分かった。
マチルダさんは学院には「一身上の都合」という理由で学院長の秘書を辞めるようだ。
学院長の秘書という重要そうなポストを辞めるので新しい人を雇って、その人に引き継ぎなどはしなくてもいいのかと思ったが、よく話を聞くと以前は学院長に秘書はいなかったようでそれでもマチルダさんを秘書として雇っていたのは単に学院長が気に入っていたからだそうだ。
秘書的な役割はこれまで教員のだれかがやっていたことでマチルダさんが来るまではコルベール先生がやっていたようなので引き継ぎの心配はない、と学院を離れる前に引き抜きを行った俺に新しい職場についての最終確認に来たマチルダさんがそう言っていた。
「しかしマチルダさん。実家にヴァイスにある学校の為に教師を雇ったこととその人の為に家を作って欲しいということを書いた手紙はこの前出したばかりなのでまだ家は出来ていないと思うのですが、それまでどうするつもりなのですか?」
「ふふ。しばらくアルビオンのティファ達の所に戻っているつもりさ。いろいろあってなかなか戻れなかったからね。」
「そうですか。家を作るのはそんなに時間はかからないと思うのですがヴァイスに行く前には連絡して下さい。実家とヴァイスに僕の方から何時頃着くという連絡をしていた方がいろいろとスムーズにいくと思うので。」
「ああ。分かったよ。」
そうしてマチルダさんはトリステイン魔法学院から去っていった。
もともと学院長秘書ということもあり、マチルダさんがいなくなっても俺達の日常には変化はなかった。
俺は序盤、というか最初のイベントが終わったことに少し安堵し、そしてこれから序盤の山場である“アルビオン訪問”があることを思い出し気を引き締め直した。
<次回予告>
私の名はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。
トリステイン魔法学院の2年生よ。
“香水”の二つ名を持つ通り、私は秘薬の調合が得意でよくオリジナルの香水なんかを作っているわ。
そんな私の目下の悩みは恋人?であるギーシュの浮気性なのよね。
隙あらば他の女の子に声をかけて・・・なんなの!?
ふふ。だから実家にあったあの禁断の秘薬『惚れ薬』でギーシュの視線を私だけに向けさせるわ!
って、ちょっと!?
なんで貴方がそれを、あ!ああああああ!?
第68話『惚れ薬は用法・用量を守って正しくお使い下さい。』
次は8/31頃の更新を目指して頑張ります。
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コメントでルイズの呼び方がおかしいという指摘があったのですが、ミス・ヴァリエールだとカトレアさんと区別しにくいと思った為、ルイズはミス・ルイズと呼ばれています。
原作だとカトレアさんは病気のこととかあって別領地を貰ってるから苗字が違うけど、この二次創作ではそれがないのでルイズとカトレアさんは苗字一緒ですからね。