69話 あなたはニュータイプ的?それともコーディネーター的?
ブン、ブンと早朝のトリステイン魔法学院に風を切る音が鳴る。
「98・・・99・・・100!っくあ、終わった!」
そう言ってサイトは素振りをしていた木剣を地面に置いて座り込んだ。
サイトが召喚されてからすでに2ヶ月近く経って、剣の稽古も同じくらい鍛錬を積んだことになろうとしている。
「ようやく基本がなんとか形になってきたな。始めてから2ヶ月ということを考えたら結構筋は良いように思えるな。」
「オレッちの相棒でガンダールヴなんだからそれくらい出来て当たり前ヨ!」
俺の言葉にデルフがカチカチと鍔を鳴らした。
座って息を整えていたサイトが「ガンダールヴ」という言葉に反応する。
「なあ。ガンダールヴってブリミルとかいう最初の魔法使いの伝説の使い魔なんだろ?」
「応ヨ!伝説の使い魔で使い手でオレッちの相棒サァ!」
ラグドリアン湖から戻ったあの日、俺達はその足でコルベール先生にサイトがガンダールヴなのかを尋ねた。
コルベール先生はどうして俺達の口からガンダールヴという言葉が出てきたのかと逆に尋ねてきたが、惚れ薬の下りを省いて水の精霊に会ったことを話すと納得したようだった。
そしてコルベール先生はサイトが召喚された当初に左手に現れたルーンを解読した結果からサイトがガンダールヴである可能性が高いと認識しており、ギーシュとの決闘で見せた力でその可能性は確信に変わったと言っていた。
サイトが伝説の使い魔だと分かると色々と面倒なことが起こるだろうと危惧したコルベール先生と学院長によりその事実は口外されなかったということも聞き、俺達にもサイトがガンダールヴだということはあまり言い回らないようにとのことだった。
「うーん、そうらしいんだけどよ・・・実感湧かないな。だって伝説だぜ!?伝説!神の左手とかいうすげえ名前までついてんだぜ?」
「でも、ルーンの力が発動したら手に持った武器の特製や扱い方が解るのだろう。それこそ幾多の武器を操ったという伝説のガンダールヴの能力によるものだろう。」
「・・・やっぱ、そうなんだろうな。っていうかデルフは本当にガンダールヴについて思い出せないのか?」
「それなんだがヨ。どうにも思い出せなくてオレッちも弱ってるんだゼ?」
水の精霊に会ったときにデルフは使い手がガンダールヴだということは思い出したがそれ以上は思い出せないでいた。
水の精霊は何やら知っている、というよりは理解したようだが恐らくデルフの記憶に封印が施されているのだろう。
その証拠にデルフが無理に思い出そうとすると頭——そもそも思念体のように大剣に宿っているデルフの頭がどこにあるのかは分からないが——に靄がかかり、それ以上奥を覗けいないという表現をしていた。
まあ、その封印も何かの切っ掛け毎に解けていくようなので気長に待っていればいいだろう。
それにすでにサイトがガンダールヴであることを初めから知っている俺にはそんなことは些細なことでもっと気になることがあった。
「なあ、サイト。因みにもういつでもガンダールヴの能力を発動することは出来るのか?」
「ん?どうだろう?ゴーレムのときにはちゃんと発動してたみたいだけどあの時も無我夢中って感じだったしな・・・」
と、不安そうに答えるサイトに対してデルフはカチャッカチャッと小気味好い音を立てた。
「イケると思うゼ。これまでの稽古やゴーレムとの戦いなんかで相棒にも戦うってことが少しは分かってきたはずだしナ!」
デルフの言葉を聞いた俺はこれならばサイトに剣術を教えている目的が果たせるかもしれないと期待を寄せる。
デルフの言葉に半信半疑のサイトだったがデルフに促されるまま、木剣からデルフに持ち替える。
「いいか?相棒。あの土のゴーレムの時みてえにオレッちを戦うという強い思いを持って握レ!」
「さっきも言ったけど、あの時は夢中でやったからな。・・・こう、かっ!?」
そう言ってサイトがデルフに力を込めた瞬間、サイトの左手のルーンが輝き出した。
「お、おおっ!?出来た、のか!?」
「何とか成功したナ相棒!・・・まあ、思いの込め具合はあの時よりも弱いけどナ。」
ぽつりと呟くようデルフはに静かに鍔を鳴らす。
「なあ、デルフ。そう言うってことは思いの込め具合によってガンダールヴの発揮する能力に差が出るということなのかい?」
「まあ、そういうことだナ。ただ慣れや相棒の戦いに対する思いがより真摯になれば、同じくらいの思いでもガンダールヴの力は強くなるゼ。」
すらすらとガンダールヴについて話すデルフに対しサイトが感心した表情をする。
「なんだよデルフ。ガンダールヴのこと結構思い出してるじゃねえか。」
「オ?そう言われればさっきまでは思い出せなかったのになんでダ?」
自分でも不思議がる声色のデルフに対しサイトは「俺が知るかよ」と困った表情をした。
そんなやり取りを見ていた俺は先程サイトが自分の意思で自由にガンダールヴになれるようになったことがデルフの記憶の封印を一部解除した原因だろうと思ったが、俺はそれを言わなかった。
別に話してもいいのだがあえて言わない理由はデルフの記憶に封印が施されいるということも、その封印がサイトの行動によって解除されたということもそれも俺の勝手な仮説に過ぎず、この仮説を2人に教えて変に考えるようになるよりも自然体のままの方がうまく事が運びそうな気がしたからだ。
何たってサイトは“ゼロの使い魔”の主人公なのだから。
「じゃあ、サイト。その状態で僕と試合をしようか。」
俺の言葉に最初サイトは驚いた顔する。
俺の申し出はそんなに驚くものだっただろうかと疑問に思っているとサイトが返事を返してくる。
「いいのか!?身体の感覚からしてギーシュと決闘したときと同じくらいの強さだと思うけど・・・」
ギーシュの時と同程度ということを聞いた俺は、弱いといってもこの2ヶ月で少し地力が付いたおかげなかな?と思いながらに言葉を返した。
「ああ、問題ない。試合の形式は時間は・・・今は計るものがないから無制限の1本勝負でいこうか。本当に当てると痛いじゃすまないから有効打の寸止めで1本としよう。出来るな?」
「あ、ああ。たぶん今の状態なら出来ると思うけど・・・本当にいいのか?」
「ああ。・・・あ、あとこれとこれとこれは邪魔にならないところに置いておくか。」
そう言って俺はIFGと斬艦刀、そして杖を少し離れた場所に置いて、片手の木剣を手に取った。
「なあ、相棒。メイジが杖を手放すとか・・・かなり舐められてるゼ?」
「うーん。どうなんだろ?ヴァルムロートが決闘してるとこはほぼ毎日見てるけど、あいつがちゃんと戦ってるところって実は見たことがないんだよな・・・正直、強さが未知数過ぎて判断つかねえや。」
「まあ、確かに避けてばっかだしナ。でも、街の武器屋にオレッちを買いに来た時はかなり剣士としては強い分類だったようナ?」
「まあ、あれこれ考えるよりもやってみた方が早いな!」
「サイト。始めるぞ!」
「よっしゃっ!いくぜ!」
そう言うとサイトはデルフを上段に掲げて俺に向かって走り出した——
——数分後、息も絶え絶えにサイトは地面に横たわっていた。
「ぜぇーはぁーぜぇーはぁー・・・な、なんで当たんねえんだよ?」
「完全に相棒の動きを読まれてたナ。最後も綺麗にフェイントにはまって終わっちまったしナ。」
「はぁ、はぁ。お疲れ、サイト。これくらい動けるのだったら明日からは基礎の後にガンダールヴ状態での試合も組み込もう。次からは1分間に時間を制限した上で数分のインターバルをおいて数回繰り返そうか。」
「ぜぇ、はぁ・・・ヴァルムロートはまだ余裕あるな。なんでそんなに体力が残ってるんだよ・・・」
サイトがよろよろと上半身を起こしながらそう俺に尋ねる。
「体力の地力が違うのは言うまでもないが、一番の理由はサイトの動きには無駄が多いってことだろうな。」
「はぁ、はぁ・・・そ、そうなのか?」
「ああ。剣の振りは大振りで足運びなどの身体の動かし方もガンダールヴの身体能力の向上という特性が無ければバランスを崩しそうなくらい・・・というか何回か実際にバランスを崩してただろう?」
俺がそういうとサイトは先程の試合のことを思い出すように空を仰ぎ、それから「ああ。確かに・・・」と言って頷いた。
「ま、バランスを崩すようにフェイントなどで誘導したのは僕なのだけど、それでバランスを崩してしまっているのは体が突っ込み過ぎているからだな。大剣はただでさえその重量ゆえに重心を崩されやすいのだから、もっと重心を意識するように。」
「重心ね・・・一応気を付けてみるけど、出来るかどうかは分かんねえぞ?」
「出来るようになるまで反復練習あるのみだよ、サイト。」
俺の言葉にサイトは少し嫌そうな顔をして、デルフは「頑張れよ相棒!」と鍔を鳴らした。
「でもさ、ヴァルムロートの回避率の高さは体力や体の動かし方だけじゃ片付けられねえだろ!しかもこっちの攻撃が始まる前に回避する動きを始めてただろ?」
今度は俺が先程の試合でサイトの攻撃を尽く避けたことに声を上げる。
俺がサイトの攻撃を避けたのはデルフが未だに錆びついている状態であったとしても木剣で攻撃を受けたら切れてしまわないか心配した為だ。
因みに木剣を使ったのはサイトをなめてかかる様に見せることで少しでもガンダールヴの力が強く発動されないか、ということを狙ったもので次回からは斬艦刀の峰うちで試合を行うつもりではいる。
まあ、斬艦刀を使う時でも場合によっては避けるけどな。
それにしても俺が攻撃の前に動き出していることを直感で感じたのかそれとも見えたのかは分からないがどちらにしろ、それを断言出来したことに俺は驚いた。
「確かにナ。動きや剣速自体は相棒の方が速いっぽいのに当たらねえのは・・・つまりは“気配”、相棒の攻撃する軌道やタイミングを読んだってことカ。」
「ああ。デルフの言う通りだよ。僕はサイトの攻撃する気配を読んで、その攻撃を避けていたんだ。」
「うおー!気配を読むとかマジ卑怯!俺にも教えろー!」
「いいよ。丁度そろそろ教えようと思っていたところだからな。」
「え。ま、マジで?・・・ぃやったああああああ!!」
俺が気配を読むことを教えると伝えるとサイトは最初鳩が豆鉄砲を受けたような表情をしていたがすぐに座っていた状態から飛び上がってガッツポーズをとった。
サイトが喜んでいると俺の後ろに人の気配がしたので何気なく振り向いた。
「・・・私にも、教えて欲しい。」
そう言ったのは少し離れた所に立っていたタバサだった。
俺はそれを快く受け入れ、今日はもう朝食の時間になってしまうこともあり明日から始めることとなった。
翌日、基礎訓練を終えたサイトとどこからかやって来たタバサに気配を読むことを教え始める。
「と、その前にタバサ。これからは一緒に練習するのだからもう隠れて俺を監視することは辞めていいのではないかな?」
俺がそういうとタバサは僅かに——普段のタバサからすれば大きな変化ではあるが——驚いた表情をみせる。
「いつから気付いていた?」
「んー。たぶん初めから、かな?僕が早朝訓練を始めた当初から監視してたろ?」
まあ、それを分かっていたので偏在をおとりに使ったり、普段よりも時間をずらすなどしてタバサの監視から逃れて森の方まで毎回自主練に行っていた。
これが意外に面倒だが監視も毎日というわけでもなく、タバサがシュバリエの任務でどこかに行っている日があったりしたがそれでも多くの日には監視に来ていたので今度からその監視がなくなればいいな、という下心を隠しながら話を進める。
「・・・監視に気付いたのも気配?」
「ああ。早朝に物陰に人1人分の気配がしたら怪しいと思うだろ?」
「・・・それは、そうかも。」
「さっきも言ったけど、これから、まあ、気配を読むことを習得するまでかもしれないけど、一緒に訓練をするのだから隠れて監視する必要はないんじゃないかと思ってね。どうかな?」
「・・・分かった。監視は一旦中止する。」
その言葉を聞いて俺は内心ガッツポーズをとった。
しかし、気配を読むことを教える為に“俺が1人”この場にいないといけないので偏在を織り交ぜながら、今後も森でも自主練を続けていくことにする。
「それでは気配を読む練習を始める前に1つ質問だ。人が外側、というか誰か相手に向かって発する気配で一番に近い強さをもつものってなんだと思う?」
俺のこの質問にサイトは腕組みして考え込み、タバサも考えているのか首を少し傾げている。
10秒くらい経った所で俺はサイトを指名した。
「ちょ、早えよ!まだ考え中なのに。んー?・・・愛、とか?」
と、サイトは少し恥ずかしそうに答える。
ここで「愛」と答えられる人はそうそういないだろうな、と俺は感心した。
「確かに愛も強い分類だろうが、ここで僕が欲しい答えじゃないな。」
「ぐ、理不尽な。」
「まあ、気配を読めるようになれば愛だけじゃくていろんな感情を察することも出来るようになるのだけどね。じゃあ、タバサはどうかな?」
「気配を読むのは戦いのスキルだし・・・殺気、とか?」
「正解!」
タバサはすでにシュバリエとして危険な任務をこなしていることや父親を殺され、母親が自分の代わりに毒を飲んで精神に異常をきたしていることなどの経験からか殺気にさらされたこともあるかもしれないのでポンと正解を出してもおかしくは無いだろう。
「先程タバサも言ったけど気配を読むのは相手の攻撃を読んだり、隠れて不意打ちしようとするのを防いだりと、主に戦いに関することだと思う。そして戦闘において相手に発する気配の多くは殺気だ。」
「でも、それっておかしくねえか?だって殺気とかなくても攻撃は出来るし、タバサが監視してたのだって殺気は発してなかっただろうし。」
サイトの何気ない疑問の例に出されたタバサだが、当のタバサも俺を監視しているときに殺気を出していなかったのでサイトの言葉に頷いていた。
「確かにサイトの言う通りだ。相手を殺さないで行う試合や監視なんかの時には殺気を発することは滅多にないだろう。けど、気配を読むことが必要になる多くの場面は恐らく相手が本気で殺しにかかってくる時だと思う。」
俺がそういうとサイトとタバサは納得した表情をしたが俺は話を進める。
「それに最初に質問した通り、殺気というのはかなり強い気配を発するものなんだ。だから最初に気配を読む感じを掴むのに殺気は最適なんだよ。僕も気配を読むことを習ったときには強い気配を読む訓練から初めて、徐々に読む気配を弱く、小さくしていったからね。」
「はー、なるほどね。それでその殺気は誰が出してくれるんだ?」
「ああ。それは僕がやるよ。それじゃあ、早速始めようか。2人とも後ろを向いてくれ。」
「え、ヴァルムロートがか?・・・分かった。」
「・・・よろしく。」
そう言って不安そうな顔でサイトとタバサは俺に背を向ける。
「絶対に振り向くなよ」と声をかけてから、俺は斬艦刀を抜いた。
「え!?今、スラーって何か嫌な音が聞こえたんですけど!?」
斬艦刀を抜いた音に驚いているサイトに再度「振り向くなよ!」と念押しすると、俺は斬艦刀を上段に構えて手に力を込めるように二人に対する殺気を高めていく。
この状態でも前にいる2人に見かけ上変化はないように思えるが、わずかにタバサの気配に揺らぎが察しられた。
俺は身動きしない状態で殺気を乗せたまま2人の間に斬艦刀を振り下ろすイメージを発した。
イメージの刀が2人の間に差し掛かったその瞬間にタバサが素早い身のこなしでその場から離れる。
離れたタバサは俺の方に杖を向けて、額にはわずかに汗をかいているようだった。
そんなタバサをサイトは何が起こったのか不思議な様子で見ていた。
俺は一旦殺気を解いて、斬艦刀を降ろす。
「殺気を感じたようだね、タバサ。やっぱりシュバリエとして戦いの場に身を置くことが多いから元々殺気には感覚が鋭くなっていたのかな。」
「どうかな?でも、今のははっきり身の危険を感じたからつい身体が動いてた。」
「それでいいと思うよ。その感覚を研ぎ澄ましていけばもっと敏感に殺気を感じるようになるし、慣れれな殺気以外の気配も感じ取れるようになるだろうね。」
「分かった。でも、その為にももっとあなたに稽古をつけてほしいから、これからもよろしくお願いする。」
「ああ。任せとけ。」
「あの・・・俺は何にも感じなかったんですけど、これってどうなの?実は気配とかもメイジじゃないと感じられないとか?」
俺とタバサが話していると不安そうな顔をしたサイトが弱々しく声をかけてきた。
それを聞いた俺は日本人っていい意味でも悪い意味でも平和ボケしているから殺気を感じたりという危機回避能力は地球の中でも断トツに衰えていそうだと思いながら返事を返した。
「いや、気配を読むのにメイジも平民も関係ないって教わったから、サイトがメイジじゃないというのは関係ないだろう。むしろ以前聞いたサイトの元の世界はかなり平和な国のようだから、もしかしたらそれが関係しているのかもしれないな。」
「そうそウ!殺気を感じるのはメイジじゃなくても出来るゼ!実際さっきオレッちも分かったゼ。」
「マジかよ!?まさか生き物ですらないデルフに負けるなんて・・・ヴァルムロート!もう1回頼む!」
「ああ。いいよ。」
俺が再度斬艦刀を上段で構えると「私も」とそう言ってタバサがサイトの横に並んだ。
そして俺は先程と同じように殺気を込めた斬艦刀を振り下ろすイメージを作り出すも、反応したのはタバサとデルフだけだった。
「もう1回!」
その後、朝食の時間ぎりぎりまで何度もサイトは挑戦したが殺気を感じることは出来なかった。
次の日も同じことをしたが、やはりサイトは欠片も殺気を感じることは無く、それはガンダールヴ状態になったときでも同じだった。
俺にはお手上げ状態となってしまい、後はヴァリエール家に行った時にお義母さんに頼むしかないだろうと考えた。
お義母さんの方が俺よりも殺気の出し方もその大きさも桁違いだから、それがダメならサイトはある意味で鈍感主人公という訳だなと思った。
その次の日、基礎の素振りの後のガンダールヴ状態での試合の最中もサイトは落ち込んでいるようで気が入っていなかった。
「はぁー。ヴァルムロートはあんなに気配を読んで俺の攻撃をめちゃ避けてるのに俺にはそれが出来ないなんてな・・・」
「まだ言ってんのか?相棒。出来ねえもんをいつまでも悔やんでもしかたねえゼ?まあ、気配を読むのはオレッちに任せときナ!」
「・・・それがちょっと腹立たしいんだけどな。」
デルフの言葉に追撃されてサイトは肩を落としていた。
気配の稽古の為にシルフィードと戯れるのを止めてこちらにやってきたタバサに「稽古は少し待ってくれ」と伝えて、俺はサイトに声をかける。
と、いうのも傷心のサイトを慰めるという訳ではなく、少し気になったことがあったからだ。
「なあ、サイト。デルフの言葉ではないけど、今出来ないことよりも出来ることをやってみた方がいいと思うんだ。」
「・・・それは気配を読むのは諦めろってことか?」
「一旦、だな。」
「・・・まあ、しかたねえか。それで出来ることって何だ?ガンダールヴの力のことか?」
「まあ、そうなんだが。一つ聞くが、僕が攻撃の前に回避行動に移っているのが分かったのはどうしてだ?」
「ん?それは簡単だよ。見えたんだ。」
「見えたって。あの剣を振る一瞬に起こったことがか?」
「ああ。」
それを聞いて俺は改めてガンダールヴの能力向上について感心させられる。
数日前に初めて試合をしたときにも見えていたということなのだろうが、それにしてもすごい動体視力だ。
でも、その人間離れした動体視力と反射神経に対応出来る身体能力があるガンダールヴならば出来ることがあるというものだ。
そして俺はそのことをサイトに話す。
「・・・後の先?」
「ああ。気配を読むのは先の先だが、ガンダールヴの能力を持ってすれば相手の行動を見てから反応することが出来る、後の先が可能だと俺は思う。」
「へぇ、それはすげえな・・・。で、先の先とか後の先って何?」
分からないのに相槌を打ったのか、と突っ込みを入れるのをぐっと我慢する。
すると、俺が説明するよりも先に横にやって来たタバサがサイトに説明していた。
「先の先は相手が攻撃しようとする前に攻撃すること。後の先は相手が攻撃した後に攻撃をすること。」
「ん?それってただの後手じゃねえのか?」
「後の先は後手だけど攻撃は相手の攻撃よりも早く相手に届いているものを指す。先の先も難しいけど、後の先はもっと難しいかも。」
「まあ、後に出した攻撃が先に出しているはずの攻撃よりも先に届くっていうのは確かにちょっと難そうだな。でもガンダールヴの力ならそれが出来るってことなのか?」
「ああ。そうだ。ガンダールヴの身体能力向上によって人並み外れた動体視力で相手の動きを観察し、相手の動きに素早く反応出来る人並み外れた反射能力とそれに対応出来る身体能力があれば後の先は可能だ。」
「なるほどねえ。」
「それにこの後の先はサイトとガンダールヴの力にのみ依存しているからメリットも結構あるぞ。」
「メリット?なになに?」
「先の先は気配を読むことで成立しているから気配のないものには対応出来ないんだ。トラップや予め動きが決められている自走のガーゴイルとかね。その点、後の先は気配があろうがなかろうが相手の動きに対応したものだから相手に制限がないのがメリットだ。」
「でもさ、デメリットもあるような・・・。アレだ。潜んでいる相手を発見出来ない、とか。」
「確かに難しいかも。」
「物陰からのいきなりの襲撃なら対応出来るかもしれないけど・・・弓や銃などの遠距離攻撃系はちょっと厳しいかな。まあ、そのときは」
「オレッちに任せナ!」
俺が「そのときは気配を読むことが出来るデルフに頼んだらいいのではないかな?」と言おうとしたが、すでにデルフがいち早く反応していた。
サイトが気配を読めなくても遠距離の攻撃ならデルフが攻撃を察することが出来るだろうし、接近戦においてはガンダールヴの能力を発動すればいいだけの話になる、というわけだ。
こうして今後タバサは気配を読む稽古を積んでいくこととなり、サイトは後の先が出来るように鍛えていくこととなった。
しかもサイトはデルフに気配を読むことを担当してもらうことで乱戦の中でも遠近両方に対応出来るようになるはずだ。
・・・後の先を鍛えるのに何かいい方法を考えないといけないな。
しかし、先の先の攻撃の仕方は「ピッキーン!そこにそこそこの敵!」って感じでどこかニュータイプ的な感じを思わせるな。
後の先の方は身体能力が並外れてるからコーディネータ的な感じだな。
<次回予告>
アンリエッタの依頼によりルイズがアルビオンへと向かうこととなり、当然のようにヴァルムロートも同行する。
姫様の言いつけによりワルドも加わり、一同はアルビオンを目指す。
ワルドを警戒するヴァルムロートとは別にサイトもワルドのことをよく思っていないようで・・・
第70話『天空の大地 アルビオンへ』
次は来年の1月中旬頃の更新を目指して頑張ります。