俺の双子の姉がキュルケ 70話 天空の大地 アルビオンへ
早朝の訓練にサイトとタバサが参加して2週間が過ぎた。
タバサは実戦経験が多い為かすぐに気配を読むことを覚え、俺には少し劣るがそれでもかなりの精度で気配を察することが出来るようになっていた。
一方、サイトはというと……
「はぁっ!このっ!」
ガンダールヴの力に任せて大振りの分かりやすい太刀筋を依然として振るっていた。
毎回注意していいるのだが熱中してくると太刀筋が大雑把になってしまうくせがついてしまったのかもしれない。
ギーシュとの決闘とゴーレムとの戦闘という実際に経験した実戦がどちらとも”力”で押し切れたせいだろうと俺は漠然と思っていた。
それにサイトには他にも問題が発覚していた。
その問題とは”目が良過ぎる”ということであった。
勿論この”目が良い”というのはかなりの利点なのだが、サイトの真っ直ぐな性格が災いして今現在は利点であり欠点ともなっていた。
本来はこの”目の良さ”とガンダールヴの身体能力強化を生かして後の先の戦い方を教えているのだが、見え過ぎるためか僅かなフェイントにさえ引っかかっていくのだ。
フェイントに引っかかればその分無駄に体を動かすこととなり、戦いの場ではそれは致命的な隙となることは容易に予想出来た。
「フェイントに惑わされずに相手の本当に行いたい行動を見抜け!」
と言ってはいるが、何せサイトは対人戦闘経験がほぼ皆無なので難しいことを言っているのは分かっている。
今は理解出来なくても言葉だけは覚えてもらえば後々何かに役立つかもしれない、と淡い期待を抱きながら今日もサイトに注意する。
この頃から模擬戦の後に俺が使っている片手剣とば別の武器に対する対処をサイトに簡単に教えていた。
勉強と聞いてサイトは最初嫌な顔をしたが「剣士として最前線でいろいろな敵の攻撃を受ける際に『知らないので対処出来ませんでした。』では恰好が悪いだろう?」と言うと、恰好が良いとか悪いの前に自分の命がかかっていることが分かったようで真剣に俺の話に耳を傾けるようになった。
俺がこの様々な武器に対する対処方をサイトに教えようと思ったのは自分が言った言葉通りの意味もあるが、一番はもうすぐ起きるであろうワルドとの対決に備えたものだ。
原作でもレイピアの対処方を知らなくてもガンダールヴの動体視力と反射神経でなんとか防いではいたが、以前フーケのゴーレムが予想外の攻撃を行ったこともあるので念の為というものだ。
そんな感じでサイトはまだまだ俺の訓練相手として不足しているので俺自身の稽古が疎かになっている、かというとそうではない。
実はサイトやタバサの訓練の相手を偏在の1人に任せ、俺自身は近くも森でもう1人の偏在と特訓しているので訓練不足に陥ることはないだろう。
因みにゼファーは怪しまれないようにサイトたちの訓練に付き合っている偏在と一緒にいるようにしている。
朝は訓練、昼は学校と特に代わり映えしない日を過ごしていたが、ある日学院長からルイズに1冊の本が渡された。
その本は”始祖の祈祷書”というトリステイン王家に伝わる古書でなんと始祖ブリミルが記した書物であるとルイズとカトレアさんが教えてくれた。
「……記したって言ってもこの本、全部白紙なんだけど?本当にそんな大層な代物なのか?」
ルイズの後ろから本を覗き込んでいたサイトは面白くなさそうにそう言った。
「あんたねぇ、これは姫様が婚姻されるときの儀式で姫様に祝辞を送る際に使う大切な本なの!大層なものなのか?ですって!?本来なら国宝もので国庫にあるようなものよ!」
サイトの言葉にルイズは少し怒りながら本の貴重性を説くが、そんなルイズにサイトはルイズの手に持っているものに指をさした。
「なあ?そんな大切なものなら何でルイズはその本に字を書き込もうとしてるんだ?国宝ものなんだろ?」
ルイズの手には羽ペンが握られており、先ほどから何か字を書こうとしているが言葉が出てこないのか書こうとして近づけるもすぐに離すという行為を繰り返していた。
「本来なら最高級品の羊皮紙を使うのだけど、姫様の婚姻はこれまでのものとはちょっと違うのよ。姫様自身大変な覚悟を持っているに違いないわ。その覚悟の表れが国宝である”始祖の祈祷書”を祝辞を記載するものとして選ばれたのよ。そして祝辞を記すという大切な役割を私に託してくれたのはきっとその婚姻において心の底では嘆いておられる姫様が友達だった私を頼りにしてくれているということなのよ。とても光栄なことだわ!」
ルイズの言葉に適当な相槌を打ちながら、サイトは俺の方に小声で訪ねてくる。
「なあ、婚姻なのに覚悟を持つとか、心の底では嘆いているとか、一体どういうことなんだ?」
そのサイトの疑問に俺はアンリエッタ姫の相手が隣国のゲルマニア帝国の皇帝であり、その婚姻が恋愛の結果によるものではなく政略結婚だということを端的に教えた。
説明している途中で「やっぱり婚姻は愛する人としないとね!」とキュルケが主張していたが、このご時世では貴族が好きになった人と結婚出来る人は稀なのだと思ったが反論すると話が長くなりそうなので言わないでおいた。
「ふーん。政略結婚とか本当にあるんだな。って、ゲルマニアってヴァルムロートの実家がある場所じゃなかったか?」
「ああ、そうだが。」
「自分のところがなんか悪い感じに言われてないけど、そこのところどうなんだ?」
「そうは言っても王族同士の婚姻に関しては政略結婚ではない方が珍しいからな。僕としては思うところはないな。」
「ふーん。そんなもんか。」
そう言ってからサイトがルイズの方に視線をやるとルイズは唸りながら白紙のページと向き合っていた。
祝辞を完成させるのにはまだまだかなりの時間がかかりそうだ。
俺はこの祝辞は決して完成することはないことは知っているし、その白紙のページに虚無の魔法の呪文が浮かび上がることも知っているので寧ろ1文字も書かないようにルイズを誘導しないといけないのだろう。
まずはぶっつけ本番で書き始めるのではなくて、何か別の紙で文章を考えるように仕向けるとしよう。
ルイズが始祖の祈祷書を手にしてから数日後の夜、俺が部屋で休んでいると『アンロック』の魔法で扉の鍵が開けられた。
何事かと思っていると、勢いよく開けられた扉からキュルケとカトレアさんがやってきて問答無用で俺を連れ出すと、そのまま女子寮のルイズの部屋まで俺を引っ張っていく。
突然のことで驚いたが、連れていかれている最中に何が起こったのかを俺は理解し、とうとうやってきたのかと思った。
ルイズの部屋ではルイズとサイトは当然として、ギーシュと何故かいるタバサがマントを羽織った紫色の髪をした女の子に向かって頭を下げていた。
俺を連れてきたキュルケとカトレアさんも部屋の扉を閉めるとすぐに頭を下げた。
紫色の髪の女の子が誰か分かっているので俺もすぐに膝をついて頭を下げる。
「こ、これはアンリエッタ姫殿下!?ご機嫌麗しゅう御座います。」
俺はさも驚いたように声を少し張り上げるようにして慌てた様子を出す。
アンリエッタは落ち着きを払った仕草で俺に声をかける。
「ミスタ・ツェルプストー……ですね。フーケの件では国宝を取り戻すのに尽力してくれましたわね。それにゴーレムの攻撃から私を守って頂いたことにまだお礼を言っていませんでいたね。あの時は本当にありがとうございました。」
「恐れ多いお言葉、ありがとうございます。」
「それでミスタ・ツェルプストーにはご迷惑かもしれないのですが……また私を助けては頂けないでしょうか?」
「姫殿下をお助けする、ですか?」
俺はアンリエッタの言葉をオウム返しにすることでアンリエッタが何を言っているのか分からない、という意思表示を行う。
勿論、アンリエッタがこれから言う言葉を俺は大体理解しているが。
俺がそんなことを考えているとは露知らぬアンリエッタは芝居がかったようによろよろと近くのテーブルに寄り掛かるとここに来た経緯や理由を話し始めた。
話の内容はやはり思っていたことと同じでアルビオンの王子に出した恋文が万が一、ゲルマニア王に知られると今回の婚姻が台無しになってしまうので秘密裏に回収しなければいけないと考えたようだ。
そしてそんな誰にも言えないようなことを頼めるのは旧友のルイズしかいないと考えたため、ゲルマニアからの訪問から戻ってすぐに密かに城を抜け出してここに来たらしい。
この話をルイズたちはすでに聞いていたのか然程驚きなどはないようだが、アンリエッタが悲しみの表情を受けべている様子をルイズは「御労しい……」と嘆いていた。
その話を聞いた俺が真っ先に思ったのが、フーケの事件から学院の警備は強化されているはずなのだがそれでもメイジとはいえ、隠密のおの字も知らないようなアンリエッタにやすやすと侵入されてしまうのはいかがなものかと頭を抱えた。
「……姫殿下。失礼を承知で申し上げるのですが、どうして話をゲルマニアの貴族である私に?私の口から陛下にこの話をするとは考えないのですか?」
「いえ。それは勿論考えました。しかし、ルイズがあなたならゲルマニアにはこの事を告げずに、私がウェールズに当てた手紙の回収を手伝ってくれると言ったので私はルイズが信じるあなたを信じてみることにしました。」
そう言い切ったアンリエッタは少し不安が混じる表情を俺に向ける。
横目でルイズを見るとその顔には「お義兄様なら受けてくれますよね!」と書いてあるかのように真剣な目で俺を見つめていた。
キュルケたちも俺の返事を固唾を呑んで見守っていた。
まあ、返事は最初から決まっているのだが簡単に言葉を返したのでは変に思われるかもしれないのでここはそれらしく言葉を選ばないといけないだろう。
「……分かりました。私は姫殿下と陛下のご婚姻に異存はありませんし、今後の両国の同盟のために微力ながら姫殿下の助けになる所存です。」
「あ、ありがとうございます。ミスタ・ツェルプストー!」
嬉しさのためか涙ぐむアンリエッタにルイズがそっと寄り添った。
そんな様子を見ながらこれで舞台は整ったのかな?と思っていると、1つの疑問が頭に浮かんだ。
「あ、あの姫殿下。重ね重ね失礼を申し上げるのですが、こちらのタバサはガリアからの留学生なのですが彼女にはこの話をしてもよかったのでしょうか?」
ガリアはハルケギニアにある国では1番国力が大きいところではあるが、ゲルマニアが最近力を伸ばしてきているので両国の差は縮まってきている。
そんな時にゲルマニアがトリステインと同盟を組めば、力関係はほぼ互角になるだろう。
普通に考えれば、ガリアの人ならトリステインとゲルマニアの同盟ついては両王家の婚姻をやめさせたいと思うのだろうが。
「ええ。ミス・タバサなら今回のことをお国に言わないどころか、むしろ助力することを申し出てくれました。」
原作ではキュルケに連れられてなし崩し的に手伝うことになったはずだ。
どういうつもりなのかとタバサ本人を見ると、
「私は別に国のこととかあまり興味はない。ただ、あなたが行くなら私も行く、それだけ。」
どうやらタバサは俺の監視役の延長として今回の件を手伝うことに決めたようだ。
「それではこちらの準備などもありますので、アルビオンへの出発は明後日の明朝でいいでしょうか?」
アンリエッタの言葉にルイズがはきはきした声で答えた。
「問題ありませんわ!姫様!しかし、急いでいるのならもう少し早い出発の方がよろしいのではないでしょうか?」
「そうなのですが、一応魔法学院の生徒をお借りするので学院長に書状であなた方が数日の間、授業を出なくてもいいように計らっておきたいのです。」
「ああ、姫様!姫様のお心遣いに感謝します!」
「それにアルビオンは今内乱が起きているのでルイズたちだけでは心配ですから、私の方からも信頼できる人を就かせるようにします。」
そう言うとアンリエッタはマントに付いているフードを深く被ると杖を取り出し、部屋の窓の方に向かう。
「それでは皆さん。私事で大変申し訳ないのですが、どうかよろしくお願いしますね。」
「ええ!お任せください、姫様!」というルイズの言葉を聞いたアンリエッタは微笑んだ。
そして窓を開けると『フライ』の魔法を使い、夜の闇へと飛び去って行った。
アンリエッタが飛び去った後の部屋で最初に言葉を発したのはギーシュだった。
「うわー……緊張した。まさかアンリエッタ姫様から直々にお願いされるなんてね!」
「あんたはたまたま部屋の外にいて話を立ち聞きしてただけでしょう。っていうか、何で男のあんたが女子寮を普通にうろついているのよ!」
「え!?あ、そ、それは……そう!愛しのモンモランシーに会いに」
「モンモランシーは1つ下の階でしょう?本当は誰に会いに来たんだか。」
「おいおい。まさかまた浮気か?この間、それで大変な目に合いそうになったのを忘れたのかよ?」
ルイズはあきれたような物言いでギーシュの言葉を遮り、サイトもまたあきれたようすでギーシュに声をかけた。
「さ、サイト!ルイズ!このことはどうかモンモランシーには内緒にしていてくれー!」
「姫様からのお願い事もあるわけだし、言えるわけないでしょう!」
ギーシュがルイズとサイトに責められているときに俺はキュルケとカトレアさんに声をかけた。
「そういえば自然にその場に収まってたから見逃してたけど、キュルケも今回の件は手伝うってことでいいのか?」
「ええ!勿論よ!タバサには先に言われちゃったけど、私もダーリンが行くところにはどこまでも付いていくわ!」
「はは。ありがとな。そういえば、どうしてキュルケたちは今回の姫殿下のお願いに関わることになったんだ?」
原作では部屋にいたルイズとサイト、そして部屋を覗いていたギーシュにしか話は伝わっていない。
キュルケとタバサはサイトたちが出発したのを偶然見かけて、慌てて追いかけたから同行するようになったわけなので、今ここにキュルケたち自体がいることがおかしいと言える。
「ああ。それはね。私とタバサって寮の中では結構一緒にいることが多くてね。今日はカトレアさんと一緒に部屋でお茶を飲みながらくつろごうとしてたところにルイズがやってきたのよ。後はダーリンと同じようなものね。」
「ふふ。ルイズを呼びに行こうかとしていたら本人がやってきたから少し驚いちゃったわ。」
カトレアさんの言葉を聞いていると、ルイズからキュルケの言葉に訂正が入る。
「私が呼びに行ったのはあくまでちぃ姉様だけなんだけね。まったく、まさか今日に限ってキュルケたちまでちぃ姉様の部屋にいたなんて。」
「でも、私たちも一緒に話を聞いててよかったでしょう?そのおかげでダーリンをすぐに連れてこれたんだし。」
「まあ、そう、かもしれないけど……」
反論できないためかルイズは少し頬っぺたを膨らました。
「少々、強引な手段だったけどね」というと、キュルケは「まあ、いいじゃない。私たちとダーリンの仲なんだし!」と笑った。
2日後のまだ太陽が出ていないような時刻、少し霧が立ち込める正門前に俺たちは立っていた。
昨日、鷹便にてアンリエッタからルイズに手紙が送られてきて、無事俺たちを手伝ってくれる人が見つかったと書いてあったのだ。
学院長にも書状が行っていたらしく、数日間学院を休む許可を得ることも馬を借りることもスムーズに行うことが出来た。
そして、俺たちがそのアンリエッタが頼んだ助っ人を待っていると、ルイズとギーシュの使い魔であるヴェルダンデがじゃれ始めた。
その様子を見た俺はルイズはちゃんとアンリエッタから指輪を預かっていたのだな、と思うと同時に俺が気配を察することが出来るぎりぎりの距離からの魔法の発動を感知していた。
とっさに俺はルイズの前に出て杖を取り出し、素早く『I・フィールド』を唱えたところで「しまった!」と思ったが後の祭りだった。
次の瞬間に空気の塊が『I・フィールド』に弾かれて霧散する。
「え?何!?魔法による攻撃?まさか姫様の手紙回収を邪魔する者が!?」
突然の俺の行動にルイズは目を丸くしてし、ギーシュはヴェルダンデをルイズの上から剥がすようにして引き離し自分の後ろへと誘導した。
「いや、違う……」
この魔法は無視してもいい、いや無視するべきだと事前に考えてはいたが、霧による視界不良の中での上空からの魔法発動という状況において無意識のうちに対応する行動に出てしまっていた。
今のことに多少の後悔はあるが、それでも無意識レベルでここまでの対応が出来るようになったいることに良しとしよう、と思い直す。
皆が状況を呑み込めないでいると、上空からバサバサと何かが羽ばたく音と共に鳥のような影が霧の中から現れた。
その生き物はライオンの身体に鷲の頭と翼を付けたグリフォンと呼ばれる生物で、その背中に誰かが乗っているのが分かった。
グリフォンが地面に降り立つと、背中に乗っていた人が一目散にルイズへと駆け寄り、その小柄な体を抱き上げた。
俺たちの目の前で行われた行為に驚いていたが、サイトだけは不快そうな目を向けているようだった。
「ま、まさかトリステイン魔法衛士隊のグリフォン隊隊長ワルド男爵!?」
と、ギーシュが驚きと感激に似た声を発していたが当のワルドはそんなこと気にも留めていない。
「大丈夫だったかい?私のルイズ。ジャイアントモールに襲われそうになっているのが分かったときは気が気ではなかったよ。」
「え?わ、ワルド様!?どうしてここに?」
突然現れたワルドに抱きしめられているルイズは驚き、戸惑いながらワルドへ質問をした。
「アンリエッタ姫殿下にルイズたちを助けるようにと仰せつかってね。ここに馳せ参じた、というわけさ。」
「姫様のお手紙に書かれていた人とはワルド様のことだったのですね。そ、それにしてももう離してください。」
「どうしてだい?久々に再開した婚約者の行動としては抱きしめるくらい普通ではないかな?」
「そ、それは、もう、うぐぅ……っ!」
そう言うとワルドはルイズを抱きしめている腕の力を少し強めたのか、顔をワルドの胸に押し付けられる形になったルイズは言葉を発することが難しくなっていた。
このままではワルドが満足するまで時間が過ぎるだけだと判断した俺は先程のことであまり気が進まないがワルドに声をかけることにした。
「ワルド卿。ルイズが苦しがっているようなのでルイズを離して下さらないでしょうか。」
「ん?そうか。会えたのが嬉しくて、つい力を入れ過ぎたようだね。すまない、ルイズ。」
ワルドから解放されたルイズはワルドから2、3歩後ろに後ずさりながら距離をとった。
「わ、私は大丈夫です。……少し苦しかったですけど。それとワルド様。私たちが婚約者という話はすでに過去のもととなっているはずですが……」
「ああ、そういえばそうだったね。」
「なので今後はこのようなことは控えてほしいのです。」
「ああ、そうだね。……それにしても」
ルイズとの会話が一通り終わったワルドの視線がルイズから俺へと移る。
「君はカトレア嬢と婚約をしているミスタ・ツェルプストー、だったかな。使い魔披露の時の活躍、よく覚えているよ。」
「い、いえ。あの時は必死でしたので。」
「それに先程の魔法に対する反応も素晴らしいものがあった。あの反応は衛士隊でも出来るものは少ないよ。さすがはカリーヌ様が直々に指南していることはあるな。」
「……ありがとうございます。現衛士隊隊長のような方からそのような言葉を頂けるとは光栄です。」
近い将来——というか数日後——に敵になると分かっている相手に対しあまり手の内を見せたくはないのだが、そう簡単にことは運ばないようだ。
それに俺がお義母さんに稽古をつけてもらったことが知れていることに少し驚いたものの、すぐに納得する。
引退しているとはいえ、生きる伝説の”烈風カリン”が約2年間もマンツーマンで稽古をつけていて、それが次女のカトレアさんの婚約者となれば、それは噂にならないわけがないし、元々ヴァリエール家と交流があったワルドならもう少し細かい情報を持っていても可笑しくはない。
しかし、奥の手の『トランザム』はまだ家族とゲルマニアの実家の兵にしか見せたことがないので知られていないはずだ。
ちゃんと奥の手を切り札として切るべき時に切りたいものだ。
ワルドが来たことで全員揃ったので出発出来る体制となったところで普段の状態となったサイトがルイズに質問をしていた。
「なあ。それでここから直接、アルビオンとかいう国に行くのか?」
「バカねぇ。アルビオンは浮遊大陸なんだから陸路で行けるわけがないでしょう。」
「浮遊大陸!?すげえ!めっちゃRPGっぽいな!」
サイトはバカにされたことよりもこの世界に浮遊大陸があるということに感激しているようだった。
まあ、俺自身も知識として知っているだけで実際に目にしたことはないのだから浮遊大陸を目の当たりにしたら感動するだろうが。
「今から向かうのはトリステインの南の方にあるラ・ロシェールという町よ。そこからアルビオンに行くためのフネが出てるのよ。」
「ふね?アルビオンって浮遊大陸なんだろ?なんで海に出るんだ?」
「その船じゃなくて空を飛ぶ方のフネよ。サイトのところには空飛ぶフネはないのね。」
「空飛ぶフネ!?ますますRPGだな!あ、空飛ぶフネはないけど飛行機っていう空を飛ぶ乗り物ならあるぜ。」
サイトとルイズの会話が弾んできたところにワルドが割って入るように俺たちに声をかけた。
「ラ・ロシェールは馬で2日かかる距離にあるが、今回の任務はアンリエッタ姫殿下の心情への考慮とアルビオン王国の情勢を考えると早急な対応を求められるものである。」
「確かに姫様を少しでも早く安心させてあげたいですものね。」
ルイズが頷いている横でギーシュが杖を掲げてワルドに質問する。
「ワルド卿!アルビオンの情勢はそんなにも悪くなっているのですか?」
「ああ。すでに反乱軍により王都が陥落したという話だ。王都が陥落したとはいえ、まだ正規軍は抵抗しているようだな。」
「そ、そんな!?ワルド様!アルビオン王国のウェールズ王子はご無事なのでしょうか?」
「うむ。王都が陥落した後も拘束されたという話は出ていないので恐らくは正規軍とともに逃げ延びているのだろうが、正直安否は不明とか言いようがない。現地へ赴いてみないと分からない、といったところだ。」
「そうですか……」
「それでは早速出発するとしよう!」
こうして俺たちは学院を後にした。
学院から借りた馬は3頭で俺とサイトとギーシュがそれぞれ乗っている。
ルイズはワルドが乗ってきたグリフォンに乗り、キュルケとカトレアさん、それに俺たちの使い魔もまとめてはタバサの使い魔であるシルフィードに乗せてもらっている。
急ぎでラ・ロシェールに向かうのならば馬に乗らずに俺たちもシルフィードに乗せてほしいところだったがすでに3人と4匹が乗っているので全員をのせることは出来ないと言われたので男は皆公平に馬に乗ることとなったのだった。
常に馬を走らせているので馬の体力を考慮して約2時間毎、というか町や村に馬を貸してくれる処がある毎に馬を乗り換えながらひたすらに進んだ。
尻へのダメージと引き換えにして日が沈む前に何とかラ・ロシェールに着くことが出来たのだが……
「えっ!?もうフネは出た後だから次のフネを待つ?で、その次のフネがあ、明日!?ま、マジかよ……」
そう言ってサイトは崩れ落ちた。
ラ・ロシェールに到着し、休む間もなくフネ着き場に向かった俺たちを待っているフネは無かった。
「まさか、フネが出る時間や便自体の数に変更があったとはね……」
どうやら以前だと今の時間でギリギリ間に合っていたようなのだが、ここ最近フネの便に変更があったようだ。
内乱している国にフネを出す便を少なくするのは当然かもしれないが、それと合わせてフネの動力である風石の主な仕入先がアルビオンだということが問題になっていた。
アルビオンの内乱でアルビオン産の風石の仕入れが困難になったことにより、以前に比べてフネの動力として使用できる風石の数や質が落ちてしまったのもフネの便を変更した原因である、とフネ着き場で対応した人が言っていた。
ワルドはなんとかフネをすぐに調達できないか交渉をするもその旗色は悪い。
「……どうやらすぐにフネを出すのは無理のようだ。明日の便を待つしかないな。」
交渉から戻ってきたワルドが残念そうに俺たちに告げる。
そういう訳なので俺たちはフネ着き場にほど近い宿を借りることとなった。
宿の1階が酒場になっていることと昼をまともに食べていなかったこともあり、すぐにでも食事を摂ることにした。
食事を注文すると夕食時の混雑の影響か調理時間が少しかかるとあらかじめ教えられた。
先に来た飲み物でのどの渇きだけでも、とグラスを傾けているとワルドがサイトに話を振った。
「ああ、そうだ。ルイズの使い魔君。ちゃんと聞いていなかったが、名は何というのかな?」
「ん?俺の名前は平賀サイトだけど。あと、こっちとは苗字と名前の並びが逆だから、サイトの方が名前だぜ。」
「そうか。私は知っているかもしれないが、私の名はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。位は男爵だが、トリステイン魔法衛士隊グリフォン隊の隊長を務めさせてもらっている。」
「はー。で、その隊長さんが俺に何の用で話かけたんだ?ルイズと積る話もあるんじゃねえの?」
サイトは面白くなさそうな顔をしながら返事をするが、ワルドは大人の余裕からはそんなサイトに動じずに話を進める。
「まあ、そう言わないでくれ。勿論、ルイズとは食事の後でゆっくりと話をするつもりだがね。それよりもサイト君はあの伝説の使い魔“ガンダールヴ”と同じ力を持っているそうじゃないか。」
「……持ってたらどうだっていうんだ?」
「ガンダールヴの力が本当に伝説と違わぬ力を持っているのか興味があってね。それに、仮にも私の婚約者であるルイズの使い魔なのだから、彼女を守る力があるのか私自身が確かめたくてね。」
「ルイズは元、婚約者じゃなかったのかよ。」
「おっと!そうだったね。まあ、食事前の軽い運動と思って、少し手合せ願えないかな?」
「……ああ。いいぜ。」
そう言ってサイトはデルフを片手に立ち上がり、ワルドもそれに続くように席を立つ。
そしてワルドはテーブルに着いたまま飲み物を飲んでいた俺に声をかけた。
「ではミスタ・ツェルプストー、立会をお願いできるかな?」
「え?いいですが、僕はサイトに剣術指南のようなことをしているのですがよろしいのでしょうか?」
「ええ。構いません。むしろ、それくらいのハンデがあってもいいでしょう。」
そのワルドの言葉が癪に障ったのかサイトの機嫌はますます悪くなっているようだった。
ついでに同じテーブルにいたギーシュも見学したいということで付いてくることになった。
別のテーブルにいるキュルケたちには「男子だけで親睦を深めてくる」と言ってその場を離れた。
酒場の中を出口に向かって進んでいる最中に俺は見知った背格好の人を見かけたので3人には手合せする場所だけ聞いて先に行ってもらった。
宿では1階で頼んだ料理を2階の自分の部屋に持ち込んで食べることも出来るのか、女性がお盆に料理を乗せて階段を上がっていく。
俺は緑色の長い髪の女性に周りを気にしながら駆け寄ると本人だけに聞こえるくらいの音量で声をかけた。
「マチルダさん。マチルダさんですよね?」
「おや?ミスタ・ツェルプストーじゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だね。」
マチルダさんは俺の顔を見て少し驚いていたが、ゲルマニアにいるはずのマチルダさんがここにいたことに驚いていた。
どうしてゲルマニアにいるはずのマチルダさんがトリステインとアルビオンとを橋渡しするような町にいるのか、と俺は尋ねた。
「ああ。ちょっとアルビオンの方に”最後の荷物”を取りに行っててね。それより、どうしてあんたもこんな場所にいるのさ。」
「まあ、ちょっとアルビオンに行くことになりまして……」
「本当かい!?あそこは今、まさに内乱の最終局面に突入しようっていうのにさ。」
「そうなのですが、だからこそ、行くというか……」
「なんだか面倒なことに巻き込まれている……いや、あんたのことだし自分から巻き込まれてのかね?まあ、どちらにせよ今はまだ私の雇用主なんだから死ぬんじゃないよ。」
「僕としてもみすみす死にたくはないですよ。」
俺が軽く笑って返事を返したのを見たマチルダさんは「おっと、料理が冷めちまうよ」と言って宿の2階へと上がっていった。
その姿を見送った俺は、そう言えば最後の荷物とは何だったのかと疑問に思ったがサイトたちをあまり待たせてもいけないと考えて、サイトたちが手合せを行う場所へと急いだ。
——階段を上がったマチルダは両手で持っていたお盆を片手に持ち変えると、開いた手でコンコンと自身がとった部屋の扉を叩いた。
「はーい」と中から返事が聞こえると、マチルダは外開きの扉の動きを邪魔しないように横によけた。
ガチャっと扉が開かれると中から金髪の女の子が姿を現した。
年は15、6くらいだろうか目立たないくする為か地味を服を着てはいるが、その地味を服とは対照的に整った顔立ちと服の下から強烈に自己を主張する胸のせいでむしろ印象に残りそうな女の子だ。
しかし、ハルケギニアの人間が彼女に出会ったときに最初に目が行くのは顔でも胸でもなく、彼女の耳であろう。
彼女の耳は長く、尖っているような形をしていた。
この耳の形はハルケギニアでは1つの意味を持っている。
それはこの少女が”エルフ”ということだ。
エルフは人とは異なる人型の種族で人よりも長い寿命を持ち、原住魔法という精霊と呼ばれるもの介して系統魔法よりも強力な魔法を使う。
そしてエルフは人間が聖地とした場所に住んでいて、その強力な原住魔法で人間の聖地への侵入を頑なに拒み続けていることから人間からは恐怖の象徴となっていた。
その恐怖の象徴に対しマチルダの反応は恐怖というものではとてもなかった。
「ちょっとティファ!何やってるんだい!」
そう言いいながらマチルダは料理の乗ったお盆でティファと呼んだ女の子を部屋の中へと押し込み、机にお盆を置くとすぐに扉のところで2階に人がいなかったか確認してから扉を閉めて、さらに鍵をかけた上に『ロック』の魔法をかけた。
「全くさっきの姿が誰かに見られたらどうするつもりだったんだい!ほら、もうコレを外してはダメよ!」
マチルダは机の脇に置かれたイヤリングを手に取るとティファの耳たぶあたりに付けた。
するとたちまちティファの耳の形が先ほどの長く尖ったものから短くて丸い、普通の人間のものと同じになった。
「ねえ、姉さん。コレって部屋の中でもつけてなくちゃいけないの?」
「そうだよ。部屋でもお風呂でも寝るときにも基本外すことがないようにね。」
少し不快そうに耳につけられたイヤリングを触るティファにマチルダは念を押すように言う。
「そのイヤリングをつけていればどこからどう見てもティファは普通の人間……エルフだとは思わないさ。あ、触らせたら形がバレるから絶対に触らせるんじゃないよ!」
そう言いながらマチルダは森の小さな小屋からティファを連れ出せる切っ掛けを作ったヴァルムロートに少しだけ感謝する。
エルフだと分かる長い耳のままでは迂闊に人がいる場所にはこれなかったが、耳さえ変えることが出来れば話は簡単だった。
そしてそのティファの耳の姿を変えているイヤリング型の『フェイス・チェンジ』のかかったマジックアイテムもヴァルムロートからもらっていた。
まあ、ヴァルムロート自身にマチルダにイヤリングをあげたという感覚はないだろう。
それもそのはず、マチルダは『スキルニル』で作った偽フーケの死亡場所からこっそり偽フーケの顔を変えていたイヤリングを回収したのだから。
その後イヤリングを自身で修理・改修を行い、以前のように顔全体を変えるのではなく、今のように耳だけを変化させるようにして、さらに長時間使用することを可能にした。
まあ、それでも週に2、3回水と風の魔石を交換しなくてはいけないが、純度はそれほど高いものを要求しないので金額的にはかなり優しいものだ。
「はーい。ねえねえ、今度私たちが住むようになる場所ってどんな所なの?」
「小さな村だけど活気がある場所だね。それに雇い主が結構いい家を用意してくれてね。先に行った子たちも喜んでたよ。」
「わぁー!楽しみ!それにしても私たちが住める家を提供してくれたり、姉さんに新しい仕事をくれたりとその雇い主さんってきっと良い人なのね!一度会ってお礼をいわなくちゃ!」
「まあ、そいつが領地経営の一環で任される村だからそのうち会うこともあるだろうね。そんなことより早く食べないと食事が冷めちまうよ!」
お盆からそれぞれの前に料理を並び終えたマチルダはティファを促し、二人で今後のことを楽しそうに話しながら食事を始めたのだった——
宿の裏手に行くとすでにサイトとワルドが向き合い、いつでも手合せを始められそうな雰囲気になっていた。
少し離れた場所で観客と化しているギーシュを横目に俺は二人の間に立つ。
「すみません。お待たせいたしました。」
「別に構わないさ。私としては少しでもサイト君と親睦を深めるために雑談でも楽しみたかったんだがね。」
「別に話すことは俺には無いぜ。さあ!さっさと始めようぜ!」
俺の言葉に余裕ある返事を返すワルドと余裕のなさそうなサイト、というか先程よりもより好戦的になっているような気がするのは気のせいだろうか。
観客のギーシュは「衛士隊隊長と直接言葉を交わす機会なんてそうそうないというのに……」と残念がっていた。
「確かに食事が出来る時間が迫っているだろうから始めましょうか。」
俺が二人から距離を取ると、どちらともなくサイトとワルドも適度に距離を取った。
二人の距離が10メイル位になるとそれぞれ剣に手をかけた。
ワルドの剣はお義母さんと同じようなレイピアと杖が一体化したものを使うようだ。
お義母さんも元魔法衛士なので魔法衛士隊になった時に杖と剣を一体化させるのが常なのかもしれないと思った。
「イイゼ、相棒!今マデデ一番ノ感情ノ高ブリヲ感ジルゼ!」
デフルの言葉にサイトは口を横一文字にしたまま開かず、むしろ相手のワルドの方が「ほう……インテリジェンスソードか。珍しいモノを持ってるね。」と反応していた。
「それでは二人とも、共に抜き身の剣を使っているから寸止めは勿論ですが喉や心臓、股間などの急所は狙わないこと!いいですね?」
俺の言葉に二人は肯定の返事を返す。
返事を確認した俺は懐から杖を取り出す。
「後、危険だと僕が判断した時は途中でも力づくで止めるので存分に手合せを楽しんで下さい。それでは……始めっ!」
俺の言葉にすぐさま反応したのはサイトだ。
デルフを振り上げ、近づいていく勢いそのままに振り下ろす。
この手合せは寸止め形式だということを忘れているのか?と俺は握る杖に力を込めたものの、ワルドはその攻撃を半身になることで難なく避けていた。
1撃目を避けられたサイトは上や下、左右へとデルフを振り回す。
傍から見るとガンダールヴの能力のおかげでサイトがすごい連撃を繰り出しているように思えるが、その攻撃は雑と例える以外に言葉はない。
「サイト!感情的に闇雲に振り回すな!もっと相手の動きをよく見て、1つ1つの攻撃を大事にしろ!」と剣の稽古の延長で注意しそうになってしまうが今の俺は立会人なのでそこはぐっと堪えた。
そんな雑な攻撃も速さだけはあるので一般の兵士などには有効だったかもしれないが、衛士隊隊長であるワルドには通用しないようだった。
それどころかワルドは魔法も使わずに体裁きだけでサイトの猛攻を避けていた。
「成程。確かになかなかやるようだね。……”平民にしては”だが。」
「……ッ!!」
その言葉が更に頭に来たのかサイトはうるさいと言わんばかりにデルフを振り上げ、そのまま地面に叩きつけるように今日最速となる1撃を繰り出した。
しかし、その攻撃も空を切る。
「君の攻撃は大体見させてもらったよ。今度はこちらからいかせてもらおうか!」
次の瞬間、ワルドのレイピアがサイトへと素早く繰り出された。
サイトはその目の良さと身体能力の高さからデルフを使って何とか剣先を逸らした。
サイトの行動はワルドに一瞬関心した表情をさせたがそれも束の間、次々に正確な攻撃を繰り出すワルドにサイトは防戦一方になっていた。
「マズイゼ相棒!魔法ダ!避ケロ!」
じりじりと後退していくサイトにデルフが叫ぶ。
しかし、レイピアの突きの檻に閉じ込められたサイトには逃げ場はなかった。
デルフの忠告後、すぐにワルドがスペルと唱える。
それはとても簡単な風の魔法のスペルだったので詠唱は1秒足らずで終わってしまう。
その次のレイピアの突きと同時に魔法の風がサイトへと襲いかかった。
『ウインド・ブレイク』によって生み出された強い風はサイトを数メイル吹き飛ばした。
吹き飛ばされたサイトは建物の壁際に積み上げられていた樽の山へ放り込まれようとしていた。
「サイト!」
俺は『レビテーション』の魔法でサイトが樽の山にぶつかる前にその動きを止めることが出来た。
空中で止まっているサイトを地面に下ろした俺は杖を掲げて手合せの終了を宣言する。
俯いているサイトにレイピアを鞘に戻したワルドから声がかかる。
「手合せ感謝するよサイト君。しかし君はもっと剣術の稽古はきちんと受けた方がいい。剣はただ闇雲に振り回せばいいというものではない。それが腕力を必要とする大剣であっても、だ。」
ワルドの言葉にサイトは下を向いたまま答えない。
そんなサイトに向かってワルドは言葉を続ける。
「それにしてもガンダールヴの力、その程度なのかと正直失望すら感じる。……いや、所詮伝説は伝説ということか。そして確信した。君はルイズの騎士足り得ない、とね。」
その言葉を聞いたサイトは俺やギーシュが止めるもの聞かず、その場から走り去ってしまう。
「ワルド卿。失礼ですが少し言葉が過ぎたのでは?」
俺の言葉にワルドは少し困った顔をしながらサイトが走り去っていった方向を見つめる。
「ふむ。彼の言動や態度が少々無礼だったから灸をすえたつもりだったが私の言動もまた大人げなかったかもしれんな。」
「いえ。私はサイトを探してきますのでワルド卿は宿に戻って食事を摂って下さい。」
「ああ。済まない。彼には悪かったと伝えておいてくれ。」
「はい。ギーシュ!悪いけど、宿に戻って僕とサイトの分は後で改めて注文するから下げてもらってくれ。」
「ああ、分かった!ただし、下げてもらう料理は3人分だ。僕もすぐにサイトを探すのを手伝うよ。」
俺は「ありがとう。頼むよ!」と言ってからサイトが走り去っていった方向へと駆け出した。
町中をうろうろと路地裏や物陰などを隈なく探しながら早1時間が経とうとしていた。
気配を探ろうにも人が多い町の中では気配が重なり合い過ぎて判別が難しいので特定の人物を探し出すことは俺の気配を察する能力ではほぼ無理だ。
殺気などの自分に向けられる強い感情なら話は違うのだが……。
そんなことを考えていると町を見下ろせる展望台のような場所にたどり着いた。
「サイト……こんな所にいたのか。」
デルフを肩から下ろして横の柵に立て、まるで黄昏るように町を茫然と眺めていたサイトは俺の声に気が付いてこちらを向く。
一瞬俺を見たサイトだったがすぐに視線を下に落として再び町の方を向いてしまう。
「……何しに来たんだよ。あんなに粋がってたのに無様に負けた俺を笑いに来たのか?」
「ご飯が出来たから呼びに来たのさ。まあ、戻ったらまた作り直してもらうからまたちょっと時間がかかるけどな。」
俺の言葉にサイトは更に俯いていく。
「なん、だよ……何なんだよ!お前はッ!!」
俯いたまま突然感情を爆発させたように叫んだサイトの声に近づこうとしていた俺は体を強張らせる。
「いっつもいつも全て分かってますっていうぐらいに冷静で!他の貴族とは違って平民相手にもなんか気持ち悪いくらいに優しいしさ!それなのに剣が強くて、おまけに魔法使いとしても強いとか!本当何なんだよお前はッ!」
ワルドに負けたショックか、それともワルドにルイズの騎士足り得ないとい言われたショックかはわからないが感情のたがが外れたのかサイトはここにいる俺に対して普段思っていることを暴露してしまっているようだ。
俺は暴露されているサイトの感情の大きさに押されて、その場に貼り付けにされてしまう。
「……俺なんて、伝説の使い魔とか言われてても結局はお前にもあいつにも勝てない位にクソ弱いし……」
「ア、相棒……」
俺がどうか分からないが、ワルドは男爵という位の低い貴族であるに関わらず20代後半位の若さでトリステイン軍のエースが集うトリステイン魔法衛士隊の隊長になっているのでその実力は実質トリステイン軍で1番強いと言っても差支えないだろう。
そのワルドに勝てないから落ち込むというのはなかなか大物の資質を秘めているな、と思ったがその軽口を声に出せるほど今の場の雰囲気は軽くなかった。
「飯が出来たから呼びに来たとか、そんな言葉じゃねえだろ、今俺にかける言葉は!今、お前が俺に言わなきゃいけない言葉は、なんで普段の稽古で言われてることが実践出来ないのか、だろ!」
その言葉を境にサイトの感情が少しずつ小さくなっていき、同時に俺が感じていた重圧も無くなっていく。
「……悪い。ヴァルムロートに文句が言いたかった訳じゃない。分かってんだ……悪いのは頭に血が上って普段の稽古以下のことしか出来なかった俺、だってこと……」
「まあ、それが分かっているならいいんじゃないか?」
「えっ!?」
俺はサイトの隣まで行くと柵に肘をおいて町を見下ろした。
「確かに動きも太刀筋も雑としか言えないものだったが、体の動き自体はこれまでで1番素早く動いていた。そうだろデルフ?」
「ア、アア!今日ノ感情ノ昂ブリハスゴカッタカラナ!コレマデデ1番使イ手トシテノ力ヲ振ルエテタゼ!」
「そう……なのか?」
デルフの言葉を聞いたサイトは少し顔を上げる。
「しかし、今日の手合せでこれまでで最高の身体能力を持ってしても単調かつ雑な攻撃では勝てない相手がいることが分かっただろう。」
「ああ。」
「だから、相手を冷静によく見るんだサイト。よく見て、相手が次にどんな攻撃をしてくるかを判断してから攻撃すればどんな相手でも勝てる。サイトにはそういう戦い方が出来る能力があるのだから。」
「お、おう。」
返事をしたサイトだが本当にそんな戦い方自分に出来るのか疑心暗鬼といった表情をしていた。
そこへデルフが疑問を口にした。
「シッカシヨー。冷静ニナルト気持チノ昂ブリガ少ナクナルンジャネエカ?」
「確かに気持ちが昂れば冷静さを失いやすいが、だからと言って冷静さを保っていると気持ちが昂ぶらない、ということは無いと思う。」
怒りのスーパーモードは確かに力は強いかもしれないが、明鏡止水モードの方が総合的に強くなっていたからな。
「今のサイト、それに僕もだが、戦闘の最中完全に冷静でいることは難しいし、まだまだそんな境地には至ることは出来ないだろう。でも、今も僕たちでも出来ることはある。」
「そんなのがあるのか?」
「それは少しだけでも\”冷静さを保つ”ということを頭の片隅に置いておくこと。冷静さを失っていても何かの切っ掛けでそれを思い出すことが出来たら活路を見出せることもあるだろう。」
明鏡止水はある種、武道の真理だ。
ドモンは死の間際に明鏡止水の境地に至ることが出来きたが、俺やサイトが同じように死の間際になったとしても明鏡止水の境地に至れるとは限らない。
というか俺は出来るとは到底思えない。
「でも、普段から散々言われてたのに今回は始めから冷静さなんて欠片も無かったしな……。正直、それすら出来るかどうか……」
不安そうにするサイトに対し俺もどうするべきかと考えているとふと、サイトの脇のデルフに目が留まる。
「それなら頭に血が上っていて冷静さを欠いている時はデフルに声をかけてもらえばいい。」
「おお!それ、いい考えだな!デルフ頼めるか?」
サイトに持ち上げられたデルフはカチャカチャと鍔を鳴らす。
「オウ!俺ッチニ任セナ!俺ッチト相棒ハ一心同体、手ハ貸セネェガ口ハ出シテヤルゼ!」
「じゃあ頼むぜ相棒。俺って今後も頭に血が上って冷静さを無くしちまうことが多いと思うけど、そん時はガツンと俺を叱ってくれよな!」
デルフの言葉でサイトの表情に明るさが完全に戻ったことが傍から見ていても分かる。
どうやらもうワルドに負けたことやルイズの騎士足り得ないと言われてくよくよ悩むサイトはいなくなったようだ。
太陽は完全に顔を隠し、街灯のない町を家や店の窓からの明かりと二つの月が照らす。
「もうすっかり暗くなってしまったな。早く宿に戻って夕食を頂こうか。」
「そうだな。今更腹減ってたことを思い出したぜ。」
言葉の後にベタに腹の虫を鳴らしたサイトを可笑しく思いながら俺とサイトは宿に向けて歩き出した。
「そう言えば、何でヴァルムロートはここまで俺に優しくしてくれるんだ?……はっ!?まさか俺までハーレム候補に」
「ないから。別に他の貴族ほど無下に接していないってことだおう。」
「んー。でもなんか俺にだけ特別目をかけてくれてないか?」
「それは義妹であるルイズの使い魔だしな。それに……」
この物語”ゼロの使い魔”の主人公だから、と危うく口を滑らせそうになる。
「それに?」
「……最初に言っただろう。サイトが強くなれば最高の僕の剣の稽古相手となるかもしれないって。」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたな。なんだ。何だかんだ言ってもヴァルムロートも貴族なんだよな。」
「有用な人材がいれば平民でも徴用する。これが今後主流になるさ……まあ、10年後か20年後かは分からないが。」
「へぇ、そんなこと考えてるんだな。やっぱ俺、貴族じゃなくてよかったかも。なんか面倒くさそうだし。」
そんな会話を交わしながら俺たちは少し速足で宿へ向かう。
途中でサイトを探し回っていてへとへとになったギーシュと合流出来て、3人で新たに頼んだ料理を食べた。
明日にはリアルラピュタこと、アルビオン大陸を初めて目にすることが出来るので楽しみに思いながら眠りにつく。
——深夜、すでに店も閉まり、家の明かりもほとんどなくなった時刻。
その時刻であってもラ・ロシェールの一番治安の悪い裏路地にある町のゴロツキが集まるバーにはいまだに爛々と明かりが灯っている。
そんな場所に布袋を肩にかけた1人のフードを被った人物が現れた。
ゴロツキたちはフードの人物を不快そうに睨み付けるが、フードの人物はそんなことお構いなしに部屋の中央へと歩を進めた。
「貴様らのようなゴミに仕事をやろう。」
フードから僅かに見える口が歪んでいた——
<次回予告>
なんか色々あったが、やってきましたアルビオン!
さっさと手紙を回収して帰りたいところだけど、一波乱あるのは分かっている。
ここからが正念場だ!
第71話『力を求めた者たち』
かなり時間がかかってしまいましたが更新です。
4月頭に発売するスパロボまでに2話投稿してアルビオン編を終わらせることが出来るように頑張ります。