71話 力を求めた者たち
一夜明けて、アルビオンへ向かう朝となった。
「君たちはここで待っていてくれ。」
と、ワルドは一足早く宿を出て、フネ着き場で少しでも早くフネを出すことが出来ないか交渉しに行った。
俺たちは宿屋の1階で男子と女子に分かれて2つのテーブルにつき、それぞれ朝食を頼んだ。
料理が運ばれてきて、お祈りをし、さあ食べ始めるぞというときにルイズが口を開く。
「聞いたわよサイト。昨日夕飯前にワルド様と決闘したんですってね。」
ルイズはサイトの方をじっと見ながらそう言ってきた。
怒っているのかと思ったが、声色に怒りの色はなく、むしろ少し心配している節が窺われる。
「……決闘じゃなくて、手合せ。」
サイトは口に含んだパンを飲み干してから少しぶっきら棒に答えた。
「どっちも似たようなものじゃない。どうせワルド様にコテンパンにやられたんでしょう。」
「ぐっ。……そうだよ。」
ルイズの「やられたんでしょう」という言葉にサイトは少し動揺するもその返しの返事にはイライラしているといった感情は感じられない。
どうやら昨日のことをちゃんと受け止めて自分の中で気持ちの整理が出来ているようで俺は少し安心する。
俺の横でルイズとサイトの話を聞いていたギーシュも俺と同じようにサイトの様子にホッとしているようだ。
キュルケとタバサはワルドの魔法衛士隊隊長という肩書から予想される強さ、そしてルイズとカトレアさんは恐らくお義母さんから実際に聞いたであろうワルドの実力とサイトの使い魔になった日数を比較して、今のサイトでは勝てないのはしょうがないと慰めの
言葉をかける。
昨日の負けた直後のサイトだったらその慰めの言葉に反感を覚えたかもしれないが、今のサイトはすんなりその言葉を受け止めていた。
そして、
「次に手合せするときは勝てるように精進するさ。」
と、自信なさげだがルイズにそう返事をしていた。
それからは楽しくこれから行くアルビオンの話をしながら朝食を進めていった。
朝食後、ワルドに「ここにいてくれ」と言われたのでどこかに出かけるわけにもいかず、食後の紅茶を飲みながらワルドの帰りを待っていた。
ワルドが宿を出てから1時間か経とうというところでワルドがようやく戻ってくる。
「待たせたね君たち。」
「いえ、お気になさらいで下さいワルド様。それでフネの方は如何でしたか?」
「少し出港を早めてもらうことが出来たよ。1時間後の出発ということになったが、朝食は済ませたかな?」
「ええ。済ませました。」
「そうか。後1時間だが、ここでゆっくりしていようか。」
その言葉の直後にバンッ!と酒場の扉が強引に開かれると数人の身なりの悪そうな男が数人酒場に入ってきた。
その男たちから俺たち向かう殺気を感じた俺はすぐさま杖を取り出す。
そして、その男たちからキュルケたちを守るように前に出るとタバサも彼女の大きな杖を抱えて俺の隣に躍り出ていた。
俺とタバサの行動など気にも留めていないのか、酒場に入ってきた男たちは手に持っていたモノを俺たちの方に向ける。
次の瞬間、パンッ!という発砲音が酒場に響く。
音と共に鉄の玉が10メイルも離れていない俺たちへと向かって飛んできていたが、俺の張った『I・フィールド』とタバサの『エア・シールド』に阻まれて鉄の玉は俺たちに届くことはなかった。
しかし、そんなお構いなしに男たちは懐から新たな銃を取り出すと再び俺たちの方へ発砲する。
「な、なんなのよっ!?」
そう叫ぶルイズを守るようにワルドが寄り添う形に移動する。
しかし、ルイズはそんなワルドの行動には気が付かず、恐怖からカトレアさんの方に抱き付いていた。
「ルイズ大丈夫?」
「きゃっ!?なんで平民があんなに銃を持っているのよ!?」
「うーん。ただの物取り、とは思えないな。何故かは分からないが私たちに対し明確な殺意があるようだな。」
『I・フィールド』を張りながら相手の殺気を感じていると、俺はあることに気が付いた。
隣で『エア・シールド』を張っているタバサも何かを感じ取っているようだ。
「これは……。タバサ、分かるか?」
「うん。詳しい人数とかは分からないけどこの宿、囲まれてる。」
「ど、どういうことなの!?」
「め、メイジはこんな時でもあ、慌ててはいけな、うわああっ!?」
カトレアさんに抱き付いたまま叫ぶルイズに声をかけていたギーシュだが、その言葉の途中に今度は宿の窓を壊しながら矢が撃ち込まれてきた。
運悪くギーシュに向かった矢を間一髪のところでサイトがデルフで叩き落とす。
「な、なあ!どうにか出来ないのか!?このままここにいてもどうしようもないぜっ!?」
矢の襲撃の間に銃を撃っていた男たちは食堂から姿を消していた。
鉛玉が飛んでくることは無くなったが、その代わりに矢による攻撃が激しさを増していた。
「使い魔君の言う通りだ。少し早いが何とかここを切り抜けてフネ着き場に行き、フネを出してもらおうか。」
「そうですね。相手の数が分かりませんし、ここはそうした方が良さそうですね!」
「では各々部屋から荷物を持ち出し、フネ着き場に向かうとしようか。」
こうして宿からの脱出を行うこととなった。
「それではお部屋に荷物を取りに来ますね。ほら、ルイズも。」
「カトレアさん、私も行くわ!そんなにルイズがしがみ付いていたら、いざという時に動けないでしょうし。」
「私も部屋まで一緒に行こう。もしかしたら賊が上の階にいるかもしれないからね。」
「そうですわね。それではワルド卿、お願いしますね。」
「サイト、ギーシュ。僕たちの部屋に行って荷物を持ち出してくれ。僕の荷物もよろしく頼む。」
「お前はどうするんだ?」
俺がサイトたちに自分の荷物を頼んだことをサイトは疑問に思ったようだ。
「僕は外を取り囲んでいる輩を少しでも減らして逃げやすくしようと思う。」
俺がそういうとタバサが「私も行く」と言った。
そのタバサにキュルケが心配そうに声をかける。
「大丈夫なのタバサ?」
「うん。攻撃してくる位置は殺気を感じることである程度分かるし、それに防御系の魔法を使っていればそうそう怪我するような攻撃は受けないから。だから……」
「分かったわ。タバサの荷物もちゃんと持って出るわ。」
「お願い。」
「よし。では、行動開始だ。ミスタ・ツェルプストーとミス・タバサはくれぐれも気を付けたまえ。」
ワルドがそう言ってから『エア・シールド』を発動させ、ルイズたちを守りながら階段へと向かっていった。
「こっちも行くかタバサ。再度確認するけど本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫。あなたとの特訓で攻撃してくる相手の発する気配が読めるようになってるから攻撃を避けるのが以前よりも数段うまくなっている、気がするから。それに私は元々シュヴァリエだからこれくらい問題ない。」
「そうか。じゃあ僕は宿の回りにいる輩を相手にするから、タバサは長距離から矢で狙ってくる弓かボウガンを使っている輩の相手を頼む。」
「分かった。」
俺たちは矢の攻撃が途切れた瞬間にほぼ同時に動き出していた。
俺は宿正面の扉から外に躍り出て、タバサは矢によって割れた窓から『フライ』を使って飛び出していく。
正面の扉から出た俺を剣や銃で武装した十数人の男たちが周りにいる何が起こっているか分からず混乱している人たちを押しのけながら取り囲んでいく。
俺がたった一人で宿から出てきたことに男たちは動揺していたようだが、それでも一対多数であることかそれとも銃を持っていることのどちらかまたはその両方による有利性からか男たちは明確な殺意を俺に向けてくる。
「相手は一人だ!やっちまえ!」
誰かの声で銃を持っている男たちはその銃口を俺に向け、そのままろくに狙いも付けずに発砲していく。
銃の発砲音に何が起こっているか分からない人たちは悲鳴を上げて逃げ惑ったり、あまりのことに腰を抜かす人など混乱は激しさを増していった。
俺は自身に向かってくる銃弾の始末を『IFG』による防御に任せ、『IFG』により作られたその数秒の間に気配を詳しく読んでいく。
気配を読んでいく中で人間からこのような分かりやすい殺意を向けられることは正直お義母さんとの訓練以外で初めての感覚だったので、俺はこのときの僅かな違和感を「こんなもんだろう」と気にも留めなかった。
周りにいる俺に殺意を向けてくる男たちは大体半径約10メイル、全員射程範囲内だと分かった。
「『サイフラッシュ』!」
素早くスペルを唱えた俺の周囲に一陣の風が駆け抜けた。
風が通った後には俺に殺意を向けている者だけが深々とその身を切り裂かれ、血を流しながら地面に倒れこんでいった。
追撃のことなどを考えると手加減は出来なかったし、そもそも訳も分からずに襲ってくる輩に対して手加減する道理もないと俺は判断していた。
俺は第2陣が来るかもしれないと身構えたが誰も来る気配は無かった。
この光景を見て怖気づいたのか、それとも始めからからこの人数しかここにいなかったのかと考えていると俺に近づいてくる気配を察する。
「私の方も掃討完了した。」
と、飛んできたタバサがストンと俺のそばに降りた。
「そうか。こっちも……終わり、だろうな。フネ着き場に行こうか。みんな上手く脱出しているはずだからな。」
コクンと頷いたタバサと俺は『フライ』を使ってフネ着き場へと向かう。
飛び立った直後にチラッと宿の方を見ると窓から外の様子をうかがうマチルダさんの姿が見えた。
宿が襲撃されたことでマチルダさんの安否も気がかりだったが問題がなかったようなので安心して宿を後にした。
「ダーリン!タバサ!」
フネ着き場へ到着した俺たちにキュルケが抱き付いてくる。
キュルケたちも無事フネ着き場に着いていた。
どうも俺とタバサが囮の役割を果たしたようでキュルケたちの方はフネ着き場に来るまでの間襲われなかったらしい。
「さあ、あまりぐずぐずしていると追手がやってくるかもしれないから早くフネに乗り込もうとしよう。少し早い出港となってしまったが、船長も了承してくれている。」
ワルドのその言葉に俺たちはフネへと乗り込んでいく。
サイトから自分の荷物を受け取った俺は荷物から新しい風石を取り出すと『IFG』の使用済みの力を失った風石と交換する。
その際に緊急時だったとはいえ、襲ってきた輩をそのままにしてきて良かったのかと疑問に思い、そのことを一応この時点ではまだ仲間のはずのワルドに相談する。
「そのことについては心配しらないよ。君がここにくる前にこの町に滞在している兵士に応援を出しておいたからね。賊の処理はそちらでやってくれるだろう。」
流石に衛士隊隊長だけあって手際がいいなと思っているとマントが何かに軽く引っ張られている感覚を持った。
何かと思って振り向くとタバサがマントの端を持って何か言いたそうな顔をしていた。
「ん?どうかしたかタバサ?」
普段の無気力に見える目とは少し違った真剣な目をタバサは俺に向けていた。
「……あの魔法を私にも教えてほしい。」
「あの魔法?」
「そう。さっき使ってた十数人の賊を一瞬で無効化したときの魔法。」
「『サイフラッシュ』のことか。……そうだな。学院に戻ったら教えてあげるよ。」
「ありがとう。」
そう言ったタバサは少し微笑んでいるように見えた。
「そう言えば、僕の方は剣と銃を持っている輩しかいなかったけど、タバサの方に弓を使ってた輩がいたんじゃないか?」
「ん。4、5人はいたと思う。あなたに気配を読むことを教わったから矢を魔法を使わないで避けることが出来るようになって、その分攻撃に魔法を集中出来たから効率的に倒せた。」
「そうか。でも、相手側の不測の事態などで気配とは異なる攻撃がある場合があるからあまり無茶はしない方がいいぞ。」
「……分かった。今度からそうする。それにしても今日の賊は少し変だった。」
「ん?どういうことだ?」
「私がシュヴァリエとして任務を行っている際に相手から何かを感じることはたまにだけどあった。私はそれをメイジ特有の魔法を介した相手の認知によるものだと思っていたけど、あなたに気配を読むことを教わってから相手を認知することだけじゃなくて殺気
とか気配に類するものだと今なら分かる。」
「タバサは気配を読むことの上達が早かったけど、以前からそういう素質が高かったからなんだな。それで今日の輩から何か別のことを感じたってことか?」
「そう。確かに殺気もあったけど、純粋な、憎いから殺すというものではなかった。どこか事務的な印象を受けた。」
「そうなのか?確かに純粋な殺意ではないということは僕も分かったが……事務的な殺意、か。事務的、仕事……殺し屋?」
考えを声に出していると自分の言った言葉によって俺の記憶の引き出しが開かれ、あることを思い出していた。
アニメではこの町でワルドの手によって牢屋から脱走し、レコン・キスタに協力した土塊のフーケにサイトとギーシュが襲われていただった。
つまり、宿を襲撃してきた輩はマチルダさんの代わりということなのだろう。
「雇われた町のゴロツキ、か。」
「私もそう思う。殺し屋というには戦闘技術が無かった。」
「ああ。僕たちがアンリエッタ姫殿下の勅命を受けたことを知ったトリステインとゲルマニアが友好的な関係になると困る人からの妨害工作の可能性が高そうだな。」
そう言いながら俺はハッと気が付いた。
この可能性で一番高いのはトリステインとゲルマニア以外の国でこの2か国が力を合わせるとほぼ互角になると思われるガリアだと言っているようなものだと。
しかし、言外に「祖国が一番怪しい」と言われているタバサは表情を変えることなく俺の言葉にコクンと頷いて、同意を現していた。
「ちょっとダーリン!タバサと2人で何話してるの?……はっ!もしかして、私とカトレアさんというものがありながらタバサにも手を出してたのね!?」
俺が少し気まずささを感じていたところにキュルケが後ろから抱き付いてくる。
そして俺とタバサを交互に見つめてから、話が話なら修羅場に展開しそうなセリフを放つ。
しかし、その言葉とは裏腹に声は明るく、表情は少しにやけている。
「そんなのではないよキュルケ。」
「本当に?そうなのタバサ?」
「ん。この任務が終わって学院に戻ったら彼から新しい魔法を教えてもらうことの約束を取り付けたところ。」
「えー。ちょっとダーリン!タバサだけずるいわ!私にも何か魔法を教えてちょうだい!」
「え?キュルケにもか……分かった。何か考えとくよ。」
と言ったものの俺とキュルケは同じく幼少期を過ごしているので俺が出来ることは大体出来る。
出来ない魔法は俺が考えたオリジナルの魔法だが、キュルケは火のトライアングルメイジで他の系統もそこそこ扱えるが水の系統魔法は俺ほど得意ではないので『トランザム』は無理だろう。
そうなると『フランベルグ』ということになるが、接近戦をすることが無いことと『ブレイド』と用途が同じなのに精神力の消費が激しいことが理由で使わないだけでキュルケも扱うことは出来るはずだ。
キュルケは俺よりも繊細な魔法操作が可能なのでそれを活かした魔法がいいのだろうが……
俺の背中から離れて、今度はタバサに抱き付いて「一緒に頑張るわよ!」と笑っているキュルケを見て、今回のイベントはワルドの裏切りなどはあるが、俺自体は特にすることはなく一緒に行動していればいいはずなのでその間に考えればいいかと気楽に思ってい
た。
しかし、その考えは甘いものだと思い知らされる。
ただいればいいと思っていた俺という存在自体がすでに物語の歯車を大きく狂わせていたことを。
アルビオンまでフネで半日かかるという話だったので部屋で睡眠をとることとなった。
ふかふかのベッドで、とは言わないがちゃんとしたベッドで寝ていたはずだったのだが、次に目を覚ますと俺は暗い部屋の床に転がっていた。
上半身を起こし、回りを見ると同じ部屋で寝ていたサイトやギーシュだけでなく別の部屋にいたはずのキュルケたちやワルド、そしてフネを動かしているはずの船員たちまでも同じように床に無造作に寝転がされていた。
「おい。サイト、大丈夫か!?」
俺は起き上がると近くにいるサイトの肩を軽く叩きながら呼びかけた。
最初は寝ている為か反応が無かったが2、3回同じように呼びかけると薄らと眠たそうに目を開けた。
「ん、なんだ?もう着いたのか?……って、何だここ!?客室で寝てたはずだよな?」
「ああ。しかし、いつの間にかここに運び込まれていたようだ。そして俺たちだけでなくキュルケやワルド、船員たちまでここにいるということはかなりの異常事態になっているようだ。」
「ええっ!?どういうことだよ!?」
「分からないがみんな眠らされているだけのようだし、手分けして起こしていこう。」
俺の言葉にサイトは同意するとそれぞれ近場の人を順に起こしていった。
全員を起こし終わると、現状を把握する為にそれぞれ分かることを話していった。
とは言っても俺やキュルケ、ワルドはアルビオン上陸後に向けて睡眠ととっていたので有力な証言を出来るはずはなく、もっぱら船員から話を聞いていった。
船長や船員たちの話をまとめるとこのようになる。
正体不明のフネが接近してきた。
そのフネから10人位の人数が乗り込んできた。
船員たちは応戦しようとするも謎の睡魔に襲われ、そのまま現在まで意識を失っていた。
俺たちがいるのは今回は使われていなかった荷物室だそうだ。
因みに寝ているところだったので杖を持ってなければ、武器になりそうなものも部屋にはない。
「つまり、このフネは賊に……空賊に襲われた、ということか。」
「空賊!?」
ワルドの言葉にサイトやルイズたちは驚いていた。
「しかし、アルビオンに空賊がいるという話はあまり聞いたことはないが、最近のことなのか船長?」
「え、ええ。私も聞いたことはありませんでしたがここ最近それらしい話を耳にするようになっております。今のアルビオンは内戦の真っただ中。軍による見回りがなくなれば、空の治安も悪くなりましょう。」
空賊の存在は最近のものでそれまでは船長でも知らなかったようだ。
それもそうだろうな、と俺は1人思っていた。
何せ、空賊なんて本当はどこにもいないのだから。
「それにしてもこれまらどうしましょうか、ワルド卿。」
「そうだな。空賊ならば金銭による問題の解決が出来るかもしれない。しかし、その為には話をしないことには始まらないな。」
「それより脱出した方がいいんじゃねえの?この部屋誰も監視いないみたいだしさ。部屋の扉も木造だし、体当たりで壊せるんじゃねえの?」
「ちょっと待つんだ、サイト!」と声をかけようとしたがすでにサイトは少しの助走をとって扉へ体当たりをしていた。
ドン、と勢いよく扉にぶつかったサイトは少しよろけたが「もう一度!」とばかりに再び助走をとり始める。
「サイト、何度体当たりしても無駄だぞ。止めておくんだ。」
「止めるなヴァルムロート!1回じゃダメかもしれないけど、木でできた扉だし数回やれば壊せるだろ!」
そう言ってサイトは扉を指さす。
確かに見た目は完全に木でできた扉だし、実際に木でできているのだろう。
普通ならサイトの言う通り数回体当たりを行えば壊せるだろうが“今”は違っていた。
「いや、その扉を体当たり程度で壊すことは不可能だろう。」
「いやいや、イケるって!」
「その扉には『ロック』の魔法は勿論だが、『固定化』の魔法までもかけられている。『固定化』のかけられた木の扉は見た目は脆そうだが実際は石で作られた城壁並の強度になっているはずだ。」
「マジか!?流石に城壁は体当たりじゃどうにも出来ないな。」
サイトが意気消沈すると扉の向こうに人の気配が近づいてくるのが分かる。
サイトが扉にぶつかった音や話声を聞きつけた近くにいた賊が様子を見に来たようだ。
「おい!うるさいぞ!何をしている!」
扉の向こうから中の様子を確認するかのように怒鳴り声が響く。
「使い魔君の行動も存外無駄というわけではなかったようだね。ではこの機会をちゃんとモノにしなくてはな。」
ワルドは扉の外にいる賊には聞こえない位の声でそうつぶやくと、立ち上がり扉に近づいていく。
そしてワルドは扉の外にいる賊と交渉を行い、最終的に俺たち全員が賊のボスと実際に会って話が出来るようにことを進ませたのだった。
以外にスムーズに話が進んだのはワルドの交渉能力が高いことも一因かもしれないが、それ以上に賊のボスは俺たちがトリステインからやってきたことは分かっていて、そんな俺たちと話がしたい、ということもあるのかもしれない。
賊に促されてワルドから順に部屋を出ることになった。
「はぁ。姫様の願いを叶えて差し上げたいだけなのにどうしてこんなに面倒事が続くのかしら……」
ルイズはそう言いながらカトレアさんに続いて部屋を出ていった。
そんなルイズを見ながら、内戦状態にある国にいくだけでもお釣りがくる位に面倒な事だと思うぞ、と心の中でつっこみを入れた。
キュルケたちがその後に続いているのを見送りながら俺は少し暴走しそうな雰囲気をもつサイトに話しかける。
「サイト。変な行動を起こすなよ。」
「変な行動って?」
「そうだな。例えば、賊の武器を奪ってそのまま大立ち回りをする、とかな。」
「……それで脱出できればいいんじゃね?ダメなのか?」
少しの沈黙からの言葉に俺は懸念が現実味をおびていたことを知る。
そして現状をあまり考えていないサイトの考えにため息をついた。
「ダメに決まってるだろう。サイト1人で大勢の武器を持った賊やメイジからみんなを守れるのは無理だろう?誰も怪我させないで脱出出来る自信はあるのか?」
「あー。無理、かな?」
「だろう。これからワルド男爵が交渉してくれるのだからじっとしておいた方が得策だぞ。」
「ああ。分かったよ。」
サイトに釘をさしたところで最後に残っていた俺とサイトは賊に早く部屋を出るようにと促されるのだった。
賊に回りを囲まれながら移動いていき、このフネの船長室へとやってきた。
中に入るとぼさぼさの髪と髭を蓄えた少し羽振りの良さそうだがボロボロの服を着た人物が椅子にふんぞり返るように座っていた。
部屋の壁際には左右に数人ずつ賊が立っており、この警備体制から目の前にいる椅子に座っている賊が彼らのボスであることは明白だった。
しかし、ネタが割れてしまっている俺からしてみれば服は確かに一見ボロボロだが布自体に汚れは少なく比較的新しいものだと分かるし、ぼさぼさの髪と伸ばした髭は歳をとっているように見せているのだろうがよく見ると目元などにしわが無いため、実際の年齢
は若いのだろうと察しがついてしまう程度の変装だ。
「お前たちがこのご時世にアルビオンまで行こうとしている貴族様か。まったくお気楽なものだな。まあ、そのおかげで俺たちはたんまりと身代金を頂ける算段もつくってもんだがな。」
「全くですな頭。笑いが出ちまいますな。くっくっく。」
誰かがそう言うと回りの賊も同調して笑い出す。
「笑われてしまうのも無理はないな。しかし、身代金で身の安全が保障されるなら是非と言いたいところだ。」
笑われている中でワルドは相手をなるべく刺激しないように下手に出ながら話始めた。
そんなワルドを見たボスが手を軽く振る仕草をすると周りの笑い声がピタリと止んだ。
「まあ、身代金の話はおいおいするとしてだ。お前たちは貴族派か?それとも王党派か?」
「ん?私たちはただの旅行者だよ。そんな私たちが貴族派でも王党派でも空賊である君たちには関係ないのではないかな?」
「くっくっく。ただの旅行者、ね。まあ、理由なんでなんでもいいさ。答えな。」
先ほどのおちゃらけた雰囲気から一転して俺たちを見るボスの目はかなり真剣だ。
ここで下手に嘘をつこうものなら即座にばれてしまいそうな印象を与える眼力を放っている。
「なあ。貴族派とか王党派って何?」
俺に近づいてきたサイトが小声で聞いてくる。
確かにサイトは“今から行くアルビオンという国は内戦をしている”位の情報しか知らないのだから内線の情勢など全く分からないのも無理はない。
「アルビオンは現在内戦状態でこれまでアルビオンを治めていた王族が率いる軍勢を王党派と呼び、王族に反旗を翻した貴族の連合軍を貴族派と読んでいるんだ。」
「そうなのか。で、どっちが勝ってるんだ?」
「貴族派が圧倒的に優勢だな。何せ王党派との戦いの末、王都を陥落させた程だからな。」
「そこの黒いのと赤いの、授業はそこまでにしておきな。しかし、黒い方はバカっぽいが赤い方はアルビオンの貴族じゃねえのになかなか耳が早いじゃねえか。」
かなり声を潜めて話していたとはいえ同じ部屋、しかも目の前にいれば話しているかどうかなんてすぐに分かってしまうのは当然のことだった。
そのままボスは俺の方にその鋭い眼光を向け続ける。
この行為は俺に貴族派か王党派どちらに付くかを言え、と言っているようなものだった。
ここは覚悟を決めて言うしかないと口を開く。
「僕は王「貴方たちは一体何なの!?このような無礼な振る舞いをするなんて、さては貴族派ね!」
俺の声にかぶせるように声を上げたのはルイズだった。
ボスの目が俺からルイズに向かう。
「ち、ちょっとルイズ!」
カトレアさんとキュルケが両脇から制止するように促すが依然としてルイズはボスを睨み付ける。
「ほう?威勢のいいお嬢ちゃんだな。なぜ俺たちが貴族派だと思うんだ?」
「決まってるわ!王党派ならこのような無礼な行いをするはずがないもの!そもそも正規軍が空賊と協力関係をとるはずがないわ!」
「なるほど。そういうお嬢ちゃんは王党派かい?」
「ええ!そうよ!」
「そうかい。しかし、仮に俺たちが貴族派だとすると王党派であるお嬢ちゃんやその仲間を王党派に対する人質、最悪の場合処刑することになるんだがそれでもまだお嬢ちゃんは王党派と主張するつもりかい?」
「え、ええ!嘘をついて生き残ってもそれは貴族の風上にも置けない行為だわ!それに長年国を統治してきた王族に対する謀反を起こした貴族派とは一緒にされたくはないわ!」
「その言葉に嘘は……ないようだな。」
睨み付けるルイズの瞳をまじまじと見ていたボスだったがフッと笑い、視線を外した。
「くっくっく。なかなか肝が据わったお嬢ちゃんだ。おい。彼らの荷物を返してやれ。」
ボスがそういうと部屋の扉が開き、客室に置いてあった俺たちの荷物と杖がそれぞれ手元に戻された。
ルイズたちはいきなりのことに困惑を隠せないようだったがボスがカツラと付け髭をとって見せたことにさらに驚いていた。
そして俺たちの前に歩いてきた。
「このフネの積荷を空賊に奪われたかのように偽装して密かに運ぶ任務中だったのだが、君たちのような人に会うのは想定外だったのだ。そのためこのようなことをしてしまったことを大変申し訳なく思う。すまなかった。」
サラサラの金髪で顔が隠れるほど頭を下げながらボスであった人物を俺たちに謝っていた。
「あ、あなたは……いえ、貴方様はもしかして……」
「申し遅れました。私はウェールズ・テューダー。アルビオン王国の皇太子にて、現在はこの輸送部隊の隊長の任についています。」
「ほ、本当にウェールズ皇太子様なのですか?」
「ええ。っと言っても信じられないのも無理はありませんが。何か証明できるものは……そうだ。」
そう言ってウェールズ皇太子は懐から何かを取り出し、こちらに向けた。
その手にあるのは丁重な細工が施されたリングに透明な石がはまっている指輪だった。
「これはアルビオン王家に伝わる風のルビーの指輪です。」
しかし、こちらとしてはその指輪が本当に王家に伝わる指輪かどうか判定できないので依然として本物かどうかの判断のしようがなかった。
そんなときにルイズがハタッと気が付いたように荷物を漁り出し、あるものを取り出した。
「やっぱり……あの指輪、姫様にお借りした指輪と同じような装飾が施されているわ。」
そう言って俺たちにも見えるように指輪を動かした。
確かにルイズの持っている指輪は嵌っている石の色がこちらは青色と異なるがリングに施されている装飾は同じように思えた。
「そ、その指輪は!私にもよく見せてくれ!」
そう言ってウェールズ皇太子が見比べるくらいに指輪同士を近づけるとそれぞれの石から光が放たれた。
放たれた光は2つの石を結び、七色の虹のように輝きを放った。
「やはりこれはトリステイン王国に伝わる水のルビーの指輪!そうすると君たちはアンリエッタの知り合いなのかい!?」
「は、はい!私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。アンリエッタ姫殿下より密命があり、ウェールズ皇太子様にお会いするためにアルビオンを訪れるところでした。」
「ヴァリエール……トリステインの公爵家だったな。それにルイズか、君の名前はアンリエッタから何度か聞いたことがあるな。とても仲のよい友人だとよく言っていた。」
「姫様そんなことを……」
「うん。君たちのことは信用してもよさそうだね。それにしてもアンリエッタからの密命とは穏やかではないね。……いや、アルビオンがこのような状況ではそれも当然と言うべきか。それでその密命とは?」
ウェールズに尋ねられたルイズは現在アンリエッタが国のためにゲルマニア皇帝との縁談を進めていること、そしてそのために以前アンリエッタがウェールズに宛てて出した手紙の存在がゲルマニアに知れるとここまで進めた縁談が流れてしまうことを危惧してい
ることを伝えた。
「……そうか、あのアンリエッタが。」
そう言ってウェールズは黙ってしまった。
声をかけられる雰囲気ではなくルイズだけでなく、俺たちや回りの部下たちも困ってしまう。
しかし、しばらくするとどこか吹っ切れたような表情でして顔を上げた。
「君たちの目的はわかった。あの手紙はここにはないのですまないがこのまま一緒に来てもらうことになるがいいかい?」
「も、勿論です!」
「ありがとう。それでは案内しよう。アルビオン王国最後の砦、ニューカッスル城に。」
こうして俺たちはアルビオン王国に残された最後の城へと向かうことになった。
<次回予告>
第72話『力を求めた者たち・2』
思ったより話が長くなりそうなので一旦切ります。
あと、全然予告通りに更新できずに申し訳ありません。
デジモンが思いの外おもしろすぎてスパロボの直前までやってしまいました。
次は5月末頃の更新を目指して頑張ります。