72話 力を求めた者たち・2
「亡命、ですか?」
ニューカッスル城に着いた後、ウェールズからアンリエッタの手紙を受け取った俺たちは現アルビオン王国の国王であるジェームズ1世から呼ばれ、ニューカッスル城の一室で謁見することとなった。
そこでジェームズ1世からウェールズをトリステイン王国へ亡命させたいという話を聞かされることとなった。
「父上!私も最後まで名誉あるアルビオンの王族として反逆者どもに抗うとお伝えしたではありませんか!」
自身を他国へ逃がす話を聞いたウェールズはジェームズ1世に詰め寄って声を荒らげる。
ウェールズの言葉を聞くにレコン・キスタが反乱を行った当初からジェームズ1世はウェールズに亡命することを薦めていたようだがウェールズ自身がそれをこれまで拒否していたようだ。
「このまま戦っても勝ち目など万に一つもないということがお前も分かっているはずだ。」
「確かに父上の仰る通りでしょう。……だからこそ!奴らに一泡吹かせたいと思い、空賊の真似事まで行いながら戦力の増強を図っているのではんですか!」
「それは分かっておる。が、お前をここで失えばアルビオン王族は途絶えてしまうことになるのだぞ。そうなれば私やお前をここまで逃がすのに戦った者たちの死が無駄ということになってしまうぞ。」
ジェームズ1世の言葉にウェールズは表情を曇らせる。
「う……。そ、それならば現国王である父上が生き残った方がいいのではないでしょうか?」
「私はここで最後まで指揮をとるつもりだ。」
「そ、それは先程までと言っていることが違うではありませんか!」
「そうだな。しかし、私にはここまで私たちを逃がす為に多くの兵たちに命をかけさせた責任がある。」
「そ、それなら私にも!」
「その責をお前まで負う必要はない。それにお前はまだまだ若い。お前さえ生き残っていれば、いつの日かアルビオン王国を再建することも出来るだろう。」
そう言うとジェームズ1世はこれまでの真剣な表情をふと和らげる。
「ふふ。まあ、国王としてではなくお前の父親として一人息子に死んで欲しくないという気持ちの方が強いかもしれんな。」
「ち、父上……」
ジェームズ1世の最後の言葉にウェールズはすっかり反論する気概を失っているようだった。
「客人の前でみっともない姿を見せてしまったな。」
「いえ。皇太子を生かしたいという陛下の強いお心を理解できたように思えます。」
ワルドが俺たちの代表として答える。
「そうか……。」
「私も陛下の御期待にすぐにでも応えたいのですが亡命ともなると国家間の問題もありますので少し考える時間を頂きたく思いますが、宜しいでしょうか?」
ワルドの言葉にルイズが何か言いたげに視線を向ける。
ルイズが何を言いたいのかは一目瞭然だがジェームズ1世の前ということもあったためか言葉を挟むことはなかった。
「こちらが無理を言っているのは分かっておるから、考える時間を設けるのは構わんぞ。むしろトリステイン王国衛士隊隊長に考慮してもらえることだけでも感謝に値するだろう。」
「勿体無いお言葉ありがとうございます。しかし、アルビオンの現状で時間がないのも理解しているので早急に考えをまとめたいと思います。因みにどれくらいの時間が残されていますでしょうか?」
そのワルドの言葉にジェームズ1世はそばに控えていた人にレコン・キスタの現状を説明させた。
その人の話ではレコン・キスタは現在陥落させたアルビオンの首都であるロンディニウムを発ち、明日の朝にはここへ到達すると予想される、とのことだった。
「そうですか……それでは遅くても明日の明朝までにはお返事したいと思います。」
「うむ。それに返事をするしないに関わらず、お主たちをここより脱出する手筈を整えるためにもそれが使える時間の限度となるだろう。」
こうしてジェームズ1世との話は終わり、俺たちは忙しい中わざわざ用意してくれた部屋へと案内された。
ワルドは国際問題にも発展しかねない重要な問題なので少し1人になって考えたいと言って部屋へ案内された直後に外へ出ていった。
残された俺たち自然と1つの部屋に集まり、ウェールズ亡命に対する話を行っていた。
ここで話したことをワルドに伝えてもそれは何の責任も力もない学生の意見であり、何の意味も持たないことは分かってはいたがこれから始まるであろう戦いの前に話さずにはいられなかった。
ルイズは「アンリエッタのためにもウェールズを亡命させるべき!」と個人的な感情の観点からウェールズを亡命させることを主張していたが、キュルケやタバサはアルビオンの現状やこれからの変動、そしてトリステインとゲルマニアの関係などの国際的な観点からウェールズを亡命させるのに批判的な意見を出し、ルイズと対立する形となっていた。
人数的に2対1と不利な状況のルイズはカトレアさんに助けを求めていたが、カトレアさんの考えがキュルケやタバサに近いことを知って肩を落としていた。
「そう言えば先ほどから黙っていますけど、ヴァルムロートさんはどうお考えなのですか?」
意気消沈しているルイズを申し訳なさそうにみていたカトレアさんだったが不意に俺に話を振ってくる。
ウェールズが戦闘とは関係ないところで命を落とすことを知っている俺としては亡命を進めることはあまり意味のないことのように思えるし、キュルケやタバサが言っているようにトリステインに亡命させるとアルビオンを完全に征服したレコン・キスタから引き渡し要求が来たり、ゲルマニアとの関係に亀裂が生じる可能性は大いにある。
事実、アンリエッタとウェールズはまだ恋人という関係ではなかっただろうが、ゲルマニアにあらぬ誤解を招かせないために今回のラブレター回収という極秘裏の頼み事をルイズに頼んでいるわけだ。
しかし、ウェールズを亡命させなくても結局のところレコン・キスタはトリステインに攻め込んでくることも、ゲルマニアとの関係が破綻することも俺は知っている。
勿論、原作通りに進めた方が今後の展開が読みやすくなるのだろうが正直なところ俺がいるせい——自分の意思を持って積極的に変えた部分もあるが——で少しずつだが確実に変わってきているところもあり、今後も確実に原作通りに行く保障はないと考えるのが自然かもしれないと以前から考えていた。
そんな理由から俺としてはウェールズを亡命させようがさせまいがあまり重要ではない気がしていた。
だから、俺はこう答えた。
「正直、僕はウェールズ皇太子を亡命させようがさせまいがどちらでもいいと思っている。これは主にアルビオンとトリステインの問題でゲルマニア貴族の僕がどうこう口を挟む問題ではないからね。ウェールズ皇太子を亡命させるとゲルマニアとの関係が悪くなるかもれない。でも、アンリエッタ姫やジェームズ1世の気持ちを少しでも知ってしまったからこのままウェールズ皇太子を死なせるのは忍びないという感情があることも確かだ。だから僕は……ウェールズ皇太子が「生きたい」と強く望むのであれば亡命に協力してもいいと思っている。」
俺は口を動かしながら、ウェールズのことを気にかけているようで実は全く気にかけてないとてもわがままでちょっと上から目線なことを言っているなと思った。
でも、これが俺の本心なのだ。
「でもダーリン。仮にウェールズ皇太子を亡命させたとすればトリステインとゲルマニアの関係が悪くなるんじゃないかしら?」
「確かにウェールズ皇太子を亡命させるとゲルマニアとの関係が悪くなるだろう。しかし、ゲルマニアの損得を考えれば普通ならいきなり国交断絶ということはないだろうからこれまでとあまり変わらない関係が続くだろう。」
「うーん。まあ、確かにそうかもね。」
「俺はヴァルムロートの意見に賛成かな。正直国同士のイザコザはよくわかんねえけど、知り合ったやつを完全に見放すのもなんだかなって思うからな。」
その後もなぜか俺を中立としてルイズとキュルケは言葉を交わしていったが、その口数が少なくなるころに遅めの晩食が部屋に届けられたので俺たちはそれを口にしながらウェールズ亡命の話ではなく今後の俺たち自身がどうやってアルビオンを脱出するのかその予想を話し合った。
食事を摂り終わり、しばらくワルドが帰ってくるのを待っていたがまだ帰ってくることはないように思えた。
このままではワルドが答えを出すのが明日の明朝前になるように思えたので少しでも体を休めておくためにキュルケたちは女子に手配された部屋に戻っていった。
俺は念の為近くにワルドがいないか探してくるという名目で部屋を出て、城の中を軽く探索することにした。
貴族や兵士が思いの外にぎやかに過ごしている部屋の前をいくつも通り過ぎながら俺はワルドとルイズについて考えていた。
原作ではワルドはルイズとの結婚式の仲人をウェールズに頼むはずなのだがそんな様子はまだ見ていないし、ルイズもルイズで結婚式という重要な出来事があるにしては普段となんら変わりがなかったのだ。
先ほど食事の後にでも聞いてみたらよかったのかもしれないが、もしそのことをルイズが直前まで隠しているとすれば、その質問をすることはなぜ俺が知らないはずのことを知っているのかと不用意な疑問を抱かせかねないことになってしまうので話題にできなかった。
そんなことを考えながら頭を捻っていると、前の部屋からウェールズが出てくるところに遭遇した。
「これはミスタ・ツェルプストー、どうかしたのですか?」
「いえ、ワルド卿が未だに部屋へ戻ってきていないので少し様子を窺えればと思いまして……まあ、姿を見つけることも出来ていないのですが。」
そう言いながら俺はウェールズと共に廊下を歩くこととなった。
正直、王族と二人きりというかなり緊張するシチュエーションだがウェールズの人柄がなせるわざなのかあまり緊張することなく話しかけることができた。
「そう、ですか……。難しい問題ですし、衛士隊隊長とはいえ男爵が一存で決めるとなるといろいろあるのでしょう。」
「そうかもしれなせん。それにしても、随分と城の中が賑やかな様子を受けますがいつもこうなのですか?」
「いえいえ。普段はもっと静かですよ。もしろ今日だから、ということですね。私も出来る限り労いの言葉をかけたいと思い、こうして部屋を回っていたのでして。」
「あ……」
ウェールズの言葉からこれが最後の晩餐であるということが窺えた俺は言葉を詰まらせる。
「お気になさらないで下さい。今日の日がくることは帝都から落ち延びたときに覚悟していましたから。」
「そうですか。」
そう言うと会話が途切れ、宴の楽しそうな声を後ろにコツコツと足音だけが廊下に響く。
沈黙の間、何か話題は無いかと考えていた俺だったが今がウェールズの亡命に対する思いを直接聞くチャンスだと思い、思い切ってそのことを口にする。
「あの、ウェールズ皇太子殿下。ここで尋ねるのは失礼だと重々承知しているのですが、敢えてお聞きしたいと思います。」
「いえ、私で答えられることであればいいですよ。それでなんでしょうか?」
「殿下はご自身の亡命についてどのようにお考えになっていますか?」
「そうですね……。正直、初めは亡命などということは卑怯者の行為だと思っていました。国や国王である父を置いて、自分だけ安全な他国に逃げるなんて、と。」
ウェールズは足を止めて、窓の外の二つの月を見上げながら自分の中の感情や思いを整理しているようだった。
俺は言葉を挟まず、ウェールズの次の言葉を待った。
「しかし、今日父が貴方たちに私の亡命のことを話した時やその後に少し父と話す時間を持ったことで亡命は逃げではなく、次の機会へのチャンスを窺うための行為なのだと考えを改めました。このままではアルビオン王家が滅ぼされるのは火を見るより明らか。ならば卑怯者と蔑まされようとも生き延びて、いつの日か再びアルビオン王家を再建するのが父やこれまで犠牲になった者たちへの恩返しとなるはずです。」
「殿下のお考えはりっぱだと思います。卑怯者などではないでしょう。」
言葉ではそう言ったが貴族や王族としての義務として生き残る道を選ぶのは俺としては手助けする理由としては不足しているように思えたが、その後の言葉で考えを改めるのだった。
「ありがとう。でも、私が亡命をすることにした一番の理由は国王としてではなく、一人の父親として私に生きて欲しいと言ってくれたこと、かな。これまで父が個人的な願いを私に言ってくれることは無かったから、最初で最後の願いくらいは叶えてあげたいと思う。まあ、それもワルド卿の答え次第なのだがね。」
そう言ってウェールズは照れくさそうに笑った。
「ワルド卿の答えはまだ分かりませんが、もし亡命を手伝うことになれば私も出来る限りのお手伝いをする所存です。」
「ありがとう、ミスタ・ツェルプストー。しかし、君はゲルマニアの貴族と聞いているがいいのかい?私がトリステインに行くことでゲルマニアとの関係が悪化してしまう可能は大いにあると思うのだが?」
「確かにトリステインとゲルマニアの関係は悪化する恐れはあるでしょうがそれでも国交断絶という悪手を打つことはないでしょう。それに今の私はゲルマニアの貴族としてではなく、ルイズの義兄としてここにいます。言葉は悪いですが、ルイズを守る範囲に殿下も含まれていた、ということにすぎませんから。」
「あははっ!私は彼女のついでか、それはいいな!……もし亡命できなくてもミスタ・ツェルプストーの言葉にこの場で感謝を示したい。ありがとう。」
「勿体無いお言葉です。」
「おや?この声はウェールズ皇太子殿下とミスタ・ツェルプストーだね。」
誰かの声がしたかと思うと、廊下の曲がり角からワルドが姿を現した。
「今、丁度殿下を探しておりました。」
「そうか、すまないな。それにしても私を探していたということは亡命に関する話でもあるのですか?」
「ええ。その通りです殿下。」
「では、早速国王に謁見しましょう!」
「いえ、まずはここで殿下に報告を、と思いまして。国王にはそのすぐ後にでも。」
「そ、そうか?それでワルド卿が出した答えはどのようなものなのですか?」
「殿下の亡命を……認めるわけにはいきませんね。」
「そ、そうか。それがワルド卿の答えというならしかたないな。」
先程、俺に生きる気力を見せてくれたウェールズにとって、それを活かせないと知り、落胆の色が隠せないでいた。
その時、俺は自然と懐の杖に手を伸ばしていた。
臨戦態勢をとった理由は目の前にいるワルドがウェールズと話していく度に殺気が強くなっていたからであった。
「そう。亡命を認めるわけにはいかない。なぜなら、お前はレコン・キスタにとってまだ利用価値があるのだからな!」
そう言うなり、ワルドは腰に下げていたレイピア型の杖をつかみ、詠唱時間の比較的短い『エア・ニードル』を繰り出してきた。
「なっ!?えっ!?」
ウェールズに向かって放たれた『エア・ニードル』はワルドが動き出したのとほぼ同時に動き出した俺の展開した『I・フィールド』によってウェールズに届くことなく空を切る。
「ちっ!やはり、君は厄介なやつだな!私と同時動き出せたということは君も烈風カリンと同じように気配とかいうものを感じ取れる輩なのかな?私には気配とかいうものを感じ取ることができずに眉唾ものだったが……伊達に烈風カリンの下で鍛えられたわけではない、ということか。」
「わ、ワルド卿!?こ、これはどういうことなのですか!?どうして私に魔法を!?」
「殿下。危ないのでお下がりください。」
ワルドに詰め寄ろうとするウェールズを俺は制した。
ワルドは俺の行動を見るとニヤリと笑う。
「ミスタ・ツェルプストーはすでに私を“敵”と認識したようだな。その危機判断力、それも烈風カリンに仕込まれたのかな?」
ワルドの言葉に「実は始めからお前が敵になると分かっていた」という訳にもいかず、無言でワルドを睨み付ける。
「まあ、それはどうでもいい。どうして、と殿下は私に尋ねられましたね。それは私が“レコン・キスタ”の一員、だからですよ。」
ワルドがそう言って笑うとズズンッと離れているがそう遠くない場所で何かが爆発したような音がした。
「な、なんなのだ!?」
「レコン・キスタが攻めてくるのは明日だと教えてくれましたがそれは間違いだったのですよ。私以外にもすでに数人のレコン・キスタの同士が潜入していたことに気が付かないとわな!」
「くっ!?誰か!」
大声で叫ぶウェールズだったが近くの部屋から誰も出てくる様子はなかった。
それどころかつい先程はあれだけ賑やかな声が聞こえていたのに今は怖いほど静かになっていることに今更ながら気が付いた。
「な、何をしたんですか!?ま、まさか!?」
「いえいえ。流石に私がいくらスクウェアとはいえ、この城にいるすべてのメイジや兵士を殺すことは出来ませんよ。先に潜入していた者たちと協力してもね。そこでコレを使って眠ってもらいましたよ。」
そう言ったワルドの手には小振りの鐘が握られていた。
「“眠りの鐘”っ!それで皆を眠られたのか!」
「ええ。殿下を始末するのに邪魔が入っては面倒ですからね。うるさいくらいに騒いでいたので誰も鐘の音には気付きもしませんでしたよ。」
そう言うとワルドは恨めしそうに俺に視線を向ける。
「……まあ、結局は邪魔が入ってしまいましたが。」
「邪魔して悪かったね。」
「し、しかし先程ワルド卿は私がレコン・キスタにとって利用価値があると言ったのに殺すのは矛盾しているのではなでしょうか!?」
「私もそこは疑問に思っていますが、どうやら虚無の奇跡によって死者を生き返らせることができるようです。そしてその奇跡を体験した者は感銘を受けて皆レコン・キスタに参加している、ということらしいですね。つまり殿下の御遺体を持っていけばいい、ということなのですよ。」
「クロムウェルが虚無の奇跡を扱った、というのはただの噂ではなかったということか!?」
「ええ。そうでなければレコン・キスタなどというものが出来上がりませんよ。では、そろそろ死んでもらいましょうか。」
そこまで言われてようやくウェールズは杖を握る。
しかし、ワルドは言葉とは裏腹に殺気は先程よりも随分弱くなっていた。
「……と、言いたいところですがスクウェアとトライアングルのメイジの2人、それも1人はとびきりの強敵だ。負ける、とは思えませんがこのまま戦って目的を達せるとは私も思っていないのでここは退散させてもらいましょうか。そろそろ“もう1つの目的”は達成できたでしょうから。」
「に、逃がすか!」
ウェールズは『エア・ハンマー』を放つが当たる前に窓を突き破って外に出ていった。
俺とウェールズは急いで後を追おうとするも待機していたと思われる仲間が操る風竜に乗って去っていくところだった。
「逃げられてしまったか……」
「しかし、殿下がご無事でよかったです。」
「いや、これもミスタ・ツェルプストーが最初の攻撃を防いでくれたおかげだ。ありがとう。」
そう言って頭を下げたウェールズにどう対応していいかわたわたしていると誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。
「ダーリン!」
廊下の向こうからやってきたのはキュルケだった。
普段なら廊下を『フライ』で飛ぶことははしたないと叱られるところだが、そんなことも言っていられないという緊急性をキュルケの様子から見て取れた。
「ダーリン大変!ルイズがワルドに攫われちゃったの!」
「えっ!?」
「何だって!しかし、ワルド卿は先程までここにいたが?」
「殿下、ワルド卿は風系統のスクウェアメイジです。恐らくどちらかが偏在だったのでしょう。」
「偏在……『ユビキタス』の魔法か!確かにそれは考えられることだな。しかし、どうしてアルビオンとレコン・キスタとの戦いに関係のないルイズ嬢を攫って行ったのだろうか?」
ウェールズがいうことはもっともだが、それ以上に原作ではルイズがワルドに攫われるということはなく、この事実が俺を混乱させていた。
しかし、よく考えれば先程この城でワルドがウェールズを襲ったことがそもそもおかしいのだ。
ワルドが現れた時、俺はてっきりルイズと挙げる結婚式の仲人を頼むのだと思っていたがそうはならなかった。
そんな俺の疑問はキュルケの次の言葉で納得できそうなものへと変わった。
「もしかして……ルイズが結婚を断ったから、かしら?」
「それと何がか」
「何!?結婚を断った!?それは本当か!」
ウェールズがキュルケの言葉に疑問に思っているのを他所眼に俺はキュルケに詰め寄るように問いただしていた。
「え、ええ。ダーリンたちと別れた後にルイズから相談を受けたの。ラ・ロシェールを出たすぐ後にワルド卿から話があったって。あの若さで王国衛士隊隊長になっている人からのプロポーズを断るなんて余程のことがない限りあり得ないと思うんだけど……あ、私はそのあり得ない方だどね。ルイズもすでに口約束だったけど婚約が無効になっていることや学業に専念したいこととか色々考えた上でそのプロポーズを断ったけど、それで良かったのかと少し悩んでいたみたい。」
「そう、なのか。」
ルイズがワルドのプロポーズをどうして断ったのか分からないが、ルイズがワルドと結婚しない選択をしたから今の原作とは異なる状況に陥っていることは察しがついた。
「つまり、ワルド卿がルイズ嬢を攫ったのはどうしても結婚したかったから、ということなのか?」
「仰られる通りだと思いますわ。ワルド卿の行動は炎のように情熱的でもありますがいささかその炎が大きすぎるようですわね。」
ルイズがどうして攫われたのかが大体分かった頃にタバサとカトレアさんの2人と一緒にサイトとギーシュも俺たちを探してこちらにやってきた。
「ごめん。シルフィードで追跡したけどうまく撒かれた。」
「ううん。タバサちゃんは悪くないわよ。それにしてもワルドさんが攫うほどルイズのことを好きだったなんて分からなかったわね。」
少し悔しそうにするタバサの表情を少しでも和らげようとしているカトレアさんだったが、口調は普段通りだが気配に少し焦りの雰囲気があった。
ギーシュは突然の出来事で心構えができていないようであたふたしていていた。
そんなギーシュとは対照的にサイトは神妙な顔つきでやけに口数が少なくなっていた。
「どうしたサイト?大丈夫か?」
「あ、ああ。俺自身は何ともないと思うんだけど、ルイズが攫われた時ぐらいからなんか、こう……胸がもやもやするっていうか。焦燥感ってやつなんだろうか、居ても立っても居られないっていうかなんか変な気持ちなんだよ。」
そう言ってサイトは自分の胸のあたりを押さえた。
サイトが感じている感覚は召喚したメイジと使い魔との間に発生する感覚の共有が現れたものだろう。
事実、原作でもサイトはその感覚によってルイズの危機に颯爽と現れることができたわけだし。
「それはきっとメイジと使い魔との間に発生する感覚の共有が“気持ち”という形で発現したものかもしれないな。因みに居ても立っても居られないというが自然と体が向かいそうになる感じはしないか?」
「……するな。自分でもよく分かんねえけど、あっちの方に行かなきゃいけない気がする。」
そう言うとサイトはワルドが去って行った方向を指さした。
原作とはいろいろ異なってはいるが攫われたことを考えるとあまり時間に猶予はなく、すぐに決断しなければいけないのだろう。
「よし。サイトのその行かなければいけない方向にきっとルイズがいるはずだから、それを頼りにルイズを取り返しにいこう。」
「お、おう。分かったぜ!」
「ルイズ奪還には僕とサイトが行く。」
「だ、ダーリン!?私たちも行くわ!」
キュルケの言葉にタバサも頷いた。
「いや、キュルケたちは城に残って消火の手伝いと負傷者の救護を頼む。眠りの鐘で場内のほとんどの人が眠らされて人手が足りないはずだ。」
「わ、分かったわ。」
「我が国のイザコザに巻き込んでしまってすまない。」
「いえ。ルイズが攫われた時点でこれはもう僕たちの問題にもなりました。殿下は陛下の安否のご確認と眠りからさめた城内の人への指示をお願いします。」
「ああ。分かっている。」
「こっちが済んだらすぐにダーリンたちの援護に行くわ!だからそれまで無事でいてよ!」
「ああ!サイト、いくぞ!」
「おう!って、うわあっ!?」
『レビテーション』で浮かせたサイトが少し情けない声を出したのは気にも留めず、俺は窓を開けるとサイトが指さし、ワルドが去って行った方向に向かって飛び出す。
背後でピーッという口笛が聞こえたかと思うとシルフィードが俺の近くへと飛んできたので俺が後ろを振り向くと小さくっていくタバサがコクリと頷いていた。
そしてシルフィードも「きゅい!」と鳴いて俺とサイトに自分の背に乗れと目で訴えかけてくる。
タバサの好意を受けて、俺がサイトを誘導しながらシルフィードの背に降りると「かげっ!」とシルフィードの背に掴まっていたゼファーが俺に抱き付いてきた。
「ゼファーも付いてきていたのか。正直今回は相手が相手だからあまり無理するなよ。」
ゼファーの頭を撫でながら俺はサイトに再度ルイズを感じる方角が今飛んでいる方向で合ってるのか尋ねた。
「ああ。合ってる、と思う。方向が変わったら伝えるから頼んだぜシルフィード!」
サイトの言葉にシルフィードは「きゅいっ!」と力強い返事をするとさらに速度を上げた。
時速100キロ以上のときに体感する風を体に浴びながら俺はシルフィードに乗っているならすぐに目的地に着きそうだなと考えていた。
なぜなら原作ではさほど離れた距離ではない森の中の教会でルイズの結婚式が行われていたはずだからだ。
そして事実、ルイズとの距離が近くなるほどサイトの感応力の精度が上がる為か、僅か1、2分の間にサイトはシルフィードに細かい軌道の修正を指示していた。
「んっ!?何か近い気がする。」
サイトがかなり近くにルイズを感じた時、森から3体の風竜が現れた。
アルビオンは風竜が多く生息している場所なので野生の風竜がいてもおかしくはないし無視することもできたが、今回現れた風竜を無視することはできないようだ。
3体の風竜は体の各所に鎧をつけ、背にメイジと思われる騎手を乗せていたのだ。
「待ち伏せか!?」
風竜に乗った騎手たちは何の勧告もなしに魔法を放ってきた。
シルフィードは上手に放たれた魔法を避けるように飛んだのだが、そのためにアクロバティックな動きをしたので必死にシルフィードにしがみ付いていた俺たちは途中で振り落されてしまった。
落としてしまった俺たちを助けようとするもシルフィードの行く手を阻むようにレコン・キスタの風竜が立ちふさがっていた。
「くっ!サイト!ゼファー!」
俺は落下していく中で『レビテーション』を使い、自分のところにサイトとゼファーを引き寄せてから地面にゆっくりと着地した。
「危なかったな!ヴァルムロートのおかげで無事に済んだけどシルフィードの方は大丈夫なのか?」
サイトが心配そうに上を見上げると3体の風竜に乗るそれぞれの騎手から放たれる魔法を避け続けるシルフィードの様子があった。
「今は大丈夫だがそれもいつまで持つか分からないな。」
「じゃあ助けなきゃいけないだろ!」
「そうだな。シルフィードを助けなくてはいけないし、でもそもそも誘拐されたルイズを助けにきているってことを忘れてはいけない。そしてそのための時間があまり残されていないことも。」
「それはそうだが……でも!」
「大丈夫だ。やることは2つ。そして僕たちも2人いる。僕は空を飛ぶことは出来るがルイズの居場所は分からない。逆にサイトは空は飛べないがルイズの居場所が分かる。何が言いたいのか分かったかな?」
「ああ。俺がルイズを助けにいくってことだよな。」
「そうだ。そして今ならルイズの近くにいるのはワルドだけだろう。」
「え!?」
「恐らく、だが。ワルド本人が城に潜入していたレコン・キスタは少数と言っていたからな。この待ち伏せでその人員と風竜をほぼ使っていると考えていいだろう。」
原作で教会にワルドしかいなかったから、とは言えないな。
原作ではウェールズの死体を操るのに来ていたが、それでも最初から教会にいたと考えるよりも後からやってきたと考える方が自然だろうし。
ただ今は結婚式というイベントが起きていないので教会にいるとも限らないし、もし教会にしても俺たちの追跡が迎撃するまでの短い間の滞在と考えているかもしれないので急がないと他の場所にに移動される可能性もある。
「……あいつ1人か。」
そう言ったサイトは表情が硬くなっていた。
「昨日負けたことを気にしているのか?」
「あ、ああ。なんたって昨日の今日だしな。でも、やるしかない……だろ?」
「そうだ。なに、大丈夫だ。サイトが本来の力を発揮すれば勝てない相手じゃない。自分を信じろ!」
「お、おう!やるだけやってやるぜ!」
「その意気だサイト。デルフ、サイトのサポート頼むぞ。」
「言ワレルマデモネェゼ!」
「じゃあ2人ともルイズを頼むぞ!」
「任せろ!」
そう言うとサイトはデルフを鞘から抜いてガンダールヴの力を発動させると、あっという間に森の中へと消えていった。
そして俺は杖を斬艦刀の溝にはめ込みながらゼファーに目を向けた。
「ゼファー。相手は空の上でお前の炎は届かないかもしれないが、近くに来たら思いっ切り炎を吐いてやれ!倒せなくても十分な隙ができるだろうからな。」
「かげっ!」とゼファーの元気の良い返事を聞いた俺はシルフィードを助けるために『フライ』を使って空へと向かった。
真下から一直線にシルフィードのところへ飛び、相手から放たれた魔法を『I・フィールド』で防いで見せた。
「3体の風竜相手によくもってくれたな。すごいぞシルフィード。」
シルフィードは「きゅいっ!?」と驚いたような声を出していたが、俺は労いの意を込めてポンポンと体を軽く叩いた。
「わざわざやられに来たようだな。もう1人落ちたと思ったがまずはこいつとそこの風竜を片付けてから探すとしようか。」
3人いる風竜の騎手の中でもリーダー格の男が俺が現れたことに呆れているようだ。
確かに普通は何かしらのモンスターに乗っている相手に向かってメイジその身だけで戦いを挑むのはバカのすることだろう。
しかし、これから俺は相手からしたら更に愚かしいことを口走った。
「シルフィード、お前は城に戻れ。」
俺の言葉にシルフィードは「きゅい!きゅい!」と一緒に戦うとばかりに首を振る。
「まあ、聞け。城を鎮火した後で応援に駆けつけてくれるとキュルケが言っていたが場所が分からなければその心強い増援も望めない。シルフィードにはみんなをここまで案内して欲しいんだ。頼めるな?何、僕なら大丈夫だ。普通のメイジが駆る風竜3体くらいどうということはないよ!」
困った顔をしたシルフィードだったが決心したように「きゅい!」と鳴くと城の方向へ向かって動き出した。
しかし相手からはシルフィードがこの場から逃げているように見えるのだろう。
去っていくシルフィードを反射的に追おうと方向転換して減速した1体の風竜をその騎手ごと素早く詠唱した『フランベルグ改』で一刀両断する。
「何っ!?くっ!こいつから距離をとれ!やられるぞ!」
残った2体の風竜は騎手の操作により『フランベルグ改』の射程にはいらないように俺の回りを旋回する。
俺は騎手が放つ魔法と風竜のブレスを避けながら『エア・ストーム』を唱えた。
俺は魔法やブレスを避けてはいるが基本同じ場所に浮遊していたので風竜側から見れば浮いている的と同じように思えるのかその動きは同じ場所をグルグルと回る単調なものなので次にくるタイミングと場所を見計らって魔法を放った。
俺が放った『エア・ストーム』は1体の風竜をその風の渦の中へと呑み込んだ。
きりもみ状態となった風竜とその騎手が別々に風の渦の中から弾き出されたところに態勢が整う前に素早く近づき、まず弾き出された騎手を逆袈裟斬りにし、風竜は首の内側から斬り付けてそのまま振り抜いた。
騎手は空中だったため一撃で絶命させることはできなかったが潜入していたからか鎧を着こんでいなかったのでかなり深手を負わせることが出来たし、この高さから落ちれば致命傷は免れないだろう。
「そ、そんな!?風竜に乗った我々がこうも容易く!?」
残ったリーダー格の騎手はすでに俺への敵意を無くし、ただ恐怖だけがその心を占めていることを感じることができた。
「戦意喪失か。……だが、それは俺に対するものだけでキュルケたちへはその限りではないだろう。だからここで倒す!」
俺が向かっていこうとするとリーダー格の騎手は俺から逃げるように低空飛行で俺から全速力で離れていく。
「貴様が強かろうが風竜には追いつけまい!じきに応援がくる。貴様は終わりだ!」
リーダー格の騎手はそう逃げ台詞を吐いた。
しかしその行為はシルフィードから落ちたのは2人と“1匹”だということを忘れている時点で悪手だと分からなかったようだ。
逃げるリーダー格の風竜に向かって森の中から突然火球が放たれ、それに当たった風竜はパニックを起こしていた。
俺はその隙を見逃さず『トランザム』を使って最高速度で近づき、斬艦刀を頭上に掲げる。
「『伸びろ!斬艦刀』!はあああっ!」
「な、なんだ、それはああああああっ!?」
大剣と化した斬艦刀と『トランザム』を使った速さと力で騎手と風竜の胴体を上から下へと振り抜き、そのまま地面に着地した。
『戻れ。斬艦刀』と言って斬艦刀を元の刀の大きさに戻してから振り向くと地面に真っ二つになった騎手と風竜が落ちてくるところだった。
「……うっぷっ。人、というか生き物を真っ二つにするのはかなりグロいな。料理目的で家畜を捌くのとはなんか違うな。」
そういいながら俺は2人目に倒したメイジの気配を探るがそれらしい気配を感じることはできなかった。
生きていれば、例え気を失っていようと多少の気配は感じるものなので恐らくこちらも死んでいるのだろうと考え、死体の確認はしなかった。
「さて、ここでみんなを待ってもいいが……やっぱりサイトを探すか。たぶん勝ってるとは思うけど、リーダー格のやつが言ってたレコン・キスタの応援っていうのが気になるしな。さて、サイトはどっちに行ったんだったけな?」
俺がそう言って悩んでいると「かげっ!」とゼファーが俺のところに走ってくる。
俺はそんなゼファーを抱きかかえた。
「よくやったぞ、ゼファー!ちゃんと俺の言ったことやってくれたな。えらいぞー。」
そう言って俺が頭を撫でるとゼファーは「かげぇー」と目を細めて嬉しそうに鳴いた。
「それにしてもしまったな。ワルドの潜伏先の可能性がある場所としてウェールズに教会の場所を聞いておけばよかった。」
俺が愚痴をこぼすと抱きかかえられていたゼファーが「かげ!かげ!」とある方向を指さした。
もしやと思い、ゼファーにサイトが行った方向を覚えているのかと尋ねると「かげっ!」と自信ありげな返事が返ってきた。
「あっちか!ゼファー、そのまま掴まっていろよ!」
俺はゼファーが指差した方向に森の木々を縫うように『フライ』を使って最短距離をとるように飛んだ。
しばらく進むと森の中に開けた場所に教会のような建物が目の前に見えてきた。
「あれか!……くっ!?」
建物まであともう少しというところで森の中から殺気を感じた。
その直後、俺に向かって火や水系統の魔法が放たれたが殺気を察知していたことでなんとか回避することができた。
魔法を回避した俺は木の陰に隠れ、魔法が飛んできた方向に気を配る。
「あれを避けるとはなかなかできるやつだな。もしや貴様がワルドの言っていた烈風カリンの弟子とかいうやつか?」
そう言いながら1人の男が暗い森の奥から姿を見せる。
迂闊に姿をさらしているように思えたがこの男の他に何人かの気配が森の暗闇に紛れて俺を包囲するように静かに移動しているのが分かる。
恐らく自分に注目させることで他のやつのことを悟らせないようにしているのかもしれない。
俺のように気配を察知することができない相手にはかなり有効な手段だっただろう。
俺と男は木を挟んでいるが周りで俺を包囲しているやつらは木のこちら側にいることが分かったので俺は敢えて木の陰から出て男と対峙する。
こうすることで俺を攻撃できる方角が左右と後ろから左右と目の前の男からになり避けやすくなると踏んだ行動だ。
「ほう?自ら姿を見せるとはなかなか大胆な行動だ。風竜に乗った騎手3人を排除してここにきたのだから相当自分の腕に自信があるのか、それともただのバカか……」
男がそう喋っている間にも他の仲間が俺を狙えるようにと位置を変えているのが分かる。
しかし俺もただ包囲されているだけではない相手の人数や居場所を詳しく知る為に回りの気配へ集中する。
その結果、どうやら俺を包囲しているのは人数は4人で左右に2人ずつおり、目の前の男を0時方向とすると3時、5時、7時、9時方向にそれぞれ配置しているようだ。
それに俺からの距離も左右とも近い奴と遠い奴で構成されており、いざという時に接近攻撃・防御と遠距離からの攻撃・援護ができるようになっているのかもしれない。
「あなたがレコン・キスタの増援なのか?それにしては随分人数が少ないようだが?」
周りの配置はすでに特定しているが情報が得られるかもしれないと思い、俺はあえて男に話しかけた。
男はまだ俺が周りの連中に気が付いていないと思っているのか増援が自分1人であるかのように振る舞った。
「ん?ああ。増援第1弾と言ったところだ。それに俺は独断専行を好むのでな。後から本体がやってくるさ。まあ、お前にはもう関係ないことだろうが。」
「そうか……」
「抵抗しなければ楽にいかせてやるぞ?」
男はここで俺を始末できると踏んでいるのかペラペラと情報を教えてくれる。
目の前の男や周りの連中がどれくらいの強さなのかはまだはっきりしないが、先程放たれた魔法はトライアングルクラスのメイジのものだったことを考えれば、おおよそ全員がトライアングル以上と考えるべきだろう。
周りの敵メイジの強さが最低でもトライアングル、最高で5人がスクウェアと考えたとき、お義母さんとの特訓を思い出して少し笑みをこぼしてしまった。
「この状態で笑うとは恐怖で可笑しくなったか。」
俺はそっとゼファーを地面に下ろし、斬艦刀から杖を外した。
「この程度の数なら俺1人で相手出来るな。」
「何っ!?」
俺は一番素早く詠唱ができる『ファイアー・ボール』を唱えて3時方向に隠れている少し離れた敵に向かって放ち、そのまま5時方向の敵との距離を詰めると隠れている場所に向かって斬艦刀を振り下ろす。
隠れていた敵が炎に包まれて声を上げるのと斬艦刀によって絶命させられた敵の叫びがほぼ同時に上がった。
アンドバリの指輪によりゾンビ化している可能性が考えられたので念の為首をはねて詠唱ができないようにし、未だ炎でもがき苦しんでいる敵に近づいて袈裟斬りして絶命させた後同じように首をはねた。
「貴様っ!仲間が隠れていることを分かっていたのか!」
すでに先程のまでの場所に隠れていた敵の気配や男の姿はなく、暗い森の奥から男の声が聞こえた。
あまり深追いをすることもないように思えるが、ここで放置するとサイトやルイズ、それに後から来るキュルケたちに危険がおよぶと考えた俺は敢えてその誘いに乗り、森の奥へと移動する。
「くっくっく、やはりな。貴様、教会でワルドと戦っている仲間の為にわざとこの暗い森の奥への誘いに乗っただろう。甘い、本当に甘いな。さすがはあのコルベールが教えているだけはある。」
森の暗闇の向こうからの声にいきなりコルベール先生の名前が出てきたことに少し驚くもすぐに周りの気配を探るために集中する。
しかし、相手が俺に向かって殺気を常に発してしるのですぐに居場所を特定することができた。
「そこっ!」
俺は見つけ出した気配に向かって攻撃を悟られないように不可視の風の魔法を放つ。
「ぐあああっ!」
「次はそっちか!」
声で当たったことを確認してから、別の移動している気配に向けて次の攻撃を放った。
「ぎゃああああ!」
そしてそれぞれ声のしたところに行き、死体の首を念の為に切り離した。
「な、なぜだ!?どうして場所が分かる!?ま、まさか…俺がコルベールに光を奪われ、その復讐の為に死ぬ思いで会得した暗闇の中で相手の熱を認識する能力を貴様も持っているというのか!?何の不自由のない貴様のようなガキが!?」
その言葉の間、間に男は暗闇の向こうから常に場所を移動させながら『ファイアー・ボール』を俺に向けて放ってくる。
男が怒り混じりの声で言うようにかなり視認の難しい暗い森の中でもその『ファイアー・ボール』はどれも正確に俺に向けて放たれていた。
男の位置は常に把握してはいるが相手もこちらの位置を把握しているので迂闊に近づく訳にはいかず、先程から不可視の風魔法で攻撃を繰り返しているのだがそのどれもが避けられいたので膠着状態に陥るかのように思われた。
しかし、男が重要な情報を怒りにまかせて口走っていたのを聞き逃さなかった。
「熱を認識する、か。」
サーモグラフィーのように物質の熱を感知できるのは火系統のメイジの特性だ。
勿論、俺にも可能だが目をつぶったままこの森のように障害物がたくさんある場所を難なく歩くことはできないだろう。
そう考えた時、男のそのメイジとしての特性は物質1つ1つの僅かな温度差を正確に感じ取れるまでに昇華したものなのだろうと予想できる。
不可視の風魔法を避けることも可能ということから僅かな風の流れによる温度差を察するほどその感度は鋭敏であると結論付けた。
「しかし、そうなると近づくのは無理だな。けど、目が見えなくて気配を察することができないのであれば……」
俺は2つ魔法を使った後、その場を離れて男の居場所に回り込むように移動しながら当たらないと分かっている魔法を連発する。
男は俺が放った魔法を避けながら、俺との距離を一定に保つように応戦しながら移動していく。
「当たらないことに自棄を起こしたか。所詮、ガキ……がっ!?」
突然、男の胸が刀によって貫かれる。
男が独り言を言っていた場所は先程まで俺がいた場所の近くであり、俺は男をそこに誘導するためにやたらめったに魔法を連発していたのだ。
男が驚愕の瞳で後ろを振り向くとそこにはもう1人の俺がいるのだがその存在を男が感じることはないだろう。
もう1人の俺、偏在の姿は普通に見えているので目が見えていたらその存在に気付かないはずはないのだが、熱探知による認識を行う男には偏在はいないも同然だった。
「ばかな……ここには何もなかったはず……なの、に……」
刀が抜かれた胸からは大量の血が流れ出て、男はその場に倒れこんだ。
「あんたは自分の最大の利点を怒りに任せて口走ったのが失敗だった。相手を察知する方法が分からなければもっと苦戦を強いられただろうが、ネタが熱探知だと分かったから対応できた。熱っていうのは真空で遮断できるんだよ。」
偏在を熱探知にかからないようにしていたのは『サイレント』の魔法だ。
以前魔法についていろいろ調べている際に『サイレント』の遮音する原理が真空の層を作っていることにあるのではないかと予想していた。
そして当然、真空の特性である遮熱効果についても実験し、その効果が得られたことは実証済みだった。
まあ、『サイレント』で遮熱していても動くとその対流で居場所がばれてしまうから動けないので相手に近くまで来てもらう必要があった。
「しんくう?何だそれは?ぐうっ、まさか……コルベールに、復讐するための、力がこんなガキに……」
男はそういうとこと切れた。
コルベール先生との関係は分からないがとりあえずレコン・キスタの増援はこれで最後だと首を切断する。
「さて。思ったより時間をとられたな。サイトの方は大丈夫かな?」
そう言いながら俺は再び教会を目指した。
——少し時間を戻し、ヴァルムロートが足止めの風竜部隊と戦っている時、サイトはルイズを強く感じる方向へ向かっていた。
しかもガンダールヴの身体能力強化も相まって凄まじい速度で森を駆け抜けていく。
その時デルフは昨日ワルドと試合した時よりもより強くガンダールヴの力をサイトが引き出していることを感じていた。
そのまま森を突っ切っていると突如開けた場所に出た。
「あそこだ!」
サイトは走る速度を緩めることなく森の中の広場の中心に立つ教会のような建物の前まで行き、中を確認するより先に思い切り両開きの大きな扉を開けてルイズの名を叫んだ。
「これはこれは使い魔君じゃないか。ここが分かるとはやはり君はルイズの使い魔なんだね。」
教会の祭壇の前にワルドとその横にへたり込むように座っているルイズの姿がサイトの目に入る。
「ルイズっ!」
再びサイトはルイズの名を叫ぶがルイズは反応を示さない。
「ワルド!ルイズに何をした!?」
「少し大人しくしてもらっているだけさ。風竜の上で暴れられたら厄介だからね。」
「安心シロ相棒。ドウヤラ娘っ子ハ魔法デ眠ラサレタダケミテェダ。」
デルフはルイズの気配を読んでその状態をサイトに伝える。
「ワルド!あんたレコン・キスタ側だろうがそれはどうでもいいが、どうして関係ないルイズを攫ったんだ!」
「くっくっく、トリステイン王国衛士隊隊長が国を裏切ってレコン・キスタに就いていることがどうでもいい、か。所詮他の国から召喚された使い魔らしい意見だな。まあ、いいだろう。どうしてルイズを攫ったのか、その質問に答えてやろう。君という存在がルイズを攫うことを決定付けた一因でもあるのだから。」
「どういう、ことだ?」
「相棒、ガンダールヴダ!」
「そういうことだ。インテリジェンスソードの方が理解が早いようだね。君が伝説の虚無の使い魔ガンダールヴならば、君を召喚したルイズは伝説の虚無ということになる。虚無、それは偉大なる始祖の力だ。始祖と同じ力を行使できるメイジはすべてのメイジの頂点に立てる力をもつだろう。そして私は力を欲している。故に私はルイズを攫ったのだよ。」
「あんた衛士隊隊長で国で一番強くなったんだろ?それじゃあダメだったのかよ。」
「確かに私は衛士隊隊長という騎士としてはほぼ最高の位に着いた。しかし、腕っ節がいくら強くても結局権力を持っている方が“強い”ということを思い知ったよ。全く無駄な努力だったよ。」
「権力ヲ得ルタメニ娘っ子ト結婚シヨウトシタッテコトカ?」
「違うな。ルイズは三女なのだから後ろ盾としてヴァリエール家の力を得られるかもしれんが、私が欲していることには恐らく効果がない。だから権力をも超える純粋な力を私を得る。そのためのルイズ、虚無の力だ。」
「て、てめえ……」
ワルドがまるでルイズをモノ扱いしていることにサイトは怒りを覚え、デルフを握る手に力が自然と籠る。
「相棒!」
そのデルフの声にサイトはハッと気づき、少しでも怒りを鎮めようと手の力を抜く。
その様子を見ていたワルドは関心したような顔をした。
「へえ、昨日の君なら今ので斬りかかって来てもおかしくはないと思ったが、昨日の今日で成長したのかな?まあ、そのインテリジェンスソードのおかげ、だろうがね。」
「まあな。」
「成長といえばルイズもだ。まさか結婚を申し込んだとき、断られるとは思いもしなかったよ。私の知っていたルイズはもっと弱弱しい印象で、私の言葉なら最終的に受け入れると思っていたのだがね。」
「それはルイズが強くなったってことだろ。」
「ルイズは元来魔法を扱えないことによる劣等感から自分を強く信じるようなことはしなかった。しかし、今のルイズにはそれがあるように思える。いろいろ理由があるのだろうが一番の理由は君を召喚できたことだろう。だから私はルイズに要らん強さを与えることとなった君をここで断罪する。」
「俺が会う前のルイズのことは分からないけど、俺と会ってからのルイズはずっと偉そうだったけど、失敗しても努力を続ける強さはあったぞ!」
「そういう強さは私には不要だ。まあ、ルイズをレコン・キスタの本陣に連れていき、クロムウェルに会えばその強さも意味を持たなくなるがね。」
「どういうことだ?」
「クロムウェルも虚無らしいのだが使い魔はおらず、その真偽は不明だ。しかし、ヤツには力がある。死人を蘇らせることも相手を意のままに操ることもできる虚無如き力がな。」
「そんなことさせるか!」
サイトはデルフを構えた。
その握る手には無駄な力は入っていない。
自身に剣を向けられたワルドもレイピア型の杖を抜く。
「ゆっくり相手をしてやりたいところだが、時間がなくてね。全力でいかせてもらおうか!」
「……ッ!相棒気ヲ付ケロ!コイツハ!」
目を離した瞬間は無かったのにワルドが杖を軽く振ると、いつの間にかワルドの姿がいつの間にか3人になっていた。
「なっ!?分身の術か!?」
初めて偏在を見たサイトは驚き、ワルドに斬りかかるタイミングを逃してしまっていた。
「相棒、アレハ偏在ダ!風デ作ッタ偽物ダガ、強サハ本物ダ!クルゾ!」
デルフが警告するとの同時にワルドの偏在の1人がレイピア型の杖で接近戦を仕掛けに地面を滑るように移動してサイトに迫り、残りの2人はその場を詠唱を始める。
サイトに接近戦を仕掛けてきたワルドの偏在は昨日の試合よりも素早い突きを繰り出してきた。
昨日のサイトならばその時点でやられていたかもしれないが、今のサイトが出せるガンダールヴの力と怒りに任せない無駄の少ない動きによって繰り出されたレイピアの突きを受け流し、弾き、躱していった。
「ほう?昨日とは随分動きが違うじゃないか。」
「ヴァルムロートの言った通りか。これならなんとかなりそうだぜ。」
「強気だね。しかし、これならどうだい?」
そう言って偏在ワルドは再び突きを繰り出してくるもサイトはそれを防ぐ。
偏在ワルドの攻撃を防いでいる最中にサイトはその動きに慣れてきたのか偏在ワルドが構えたレイピアを突き出し、そして引くという1つ1つの工程が徐々にはっきりと見えていくような感覚になっていった。
その感覚の中で偏在ワルドがレイピアを突き出して引く間に攻撃できれば偏在ワルドに一撃を加えることができるのではないかと考えが頭に浮かび、実際に今の自分ならその隙をつくことができそうな気がしていた。
偏在ワルドが突き出したレイピアをデルフで受け流し、偏在ワルドがレイピアを引く動きと同じタイミングでサイトは偏在ワルドへ一撃を加えるために一歩踏み出した。
「相棒!罠ダ!避ケロ!」
偏在ワルドへ一歩踏み出したサイトだったが偏在ワルドとの距離が近づくどころか、何故かむしろ遠ざかっていた。
サイトが偏在ワルドの一挙手一投足が見えたような気がしたのは、実は偏在ワルドがわざと動きの速度を僅かに遅くしたために起こった嘘の感覚だった。
常人から見れば偏在ワルドの動きの変化は分からないものだがガンダールヴの力によって身体能力と共に動体視力も大幅に強化されたサイトには効果抜群、まさにサイトのために用意された罠だった。
そこへまんまと踏み込んでしまったサイトに向けて後ろの2人のワルドから魔法が放たれる。
ワルドが放った魔法は目で見ることができないものだったのでデルフの声を聞いた瞬間にサイトはその場から弾かれるように踏み出した足に力を込めて、教会の横に並んでいる椅子を飛び越すほど大きな横跳びをした。
後ろ手に先程まで自分がいた場所に何かがぶつかり、ベキベキッと板が壊れる音を聞きながら、離れた場所に何とか着地すると3人のワルドに注意を払うように再びデルフを構える。
「流石ガンダールヴ、素晴らしい瞬発力だ。それにしても魔法は君ではなくインテリジェンスソードが察知しているようだね。1人と1振りでようやくメイジと戦える一人前ということか。」
「悪いかよ。俺とデルフは2人で1人、一心同体だぜ。」
「ソノ通リダゼ相棒!」
ワルドとしてはバカにしたつもりの言葉だったがサイトはそれを当然のように受け入る。
サイトは自分が「一心同体」と良い、デルフがそれを肯定した直後、少し不思議な感覚が生まれたことに気付いた。
ワルドがそう軽口を叩いている間にも残りの2人の偏在が魔法の詠唱を始めていた。
「相棒!来ルゼ!」
デルフはそう言ってサイトに注意するがそれは必要ないことのようにデルフは感じていた。
「ああ。横平べったい魔法が俺の左右を挟むように来るんだろ?」
これまで気配を察することができなかったサイトがさも当然のように次の偏在ワルドの攻撃を理解していた。
何故ならば先程の不思議な感覚の時からサイトとデルフ、互いの気持ちが少しわかるようになっていた。
サイトは魔法が放たれた直後にそれをジャンプして躱すと、椅子の背を蹴り、一気に一番近くにいる接近戦を仕掛けてきた偏在ワルドとの距離を詰める。
「くっ!」
魔法を放った直後で次の詠唱が間に合わないと悟った偏在ワルドはサイトに向かってレイピアの突きを繰り出すもサイトはそれを紙一重で避けた。
偏在ワルドの懐に飛び込んだサイトは偏在ワルドが次の行動をとるよりも早く横一文字、デルフを横に振り切っていた。
胴体を斬られた偏在ワルドは血を出すこともなく、幻であることを象徴するかのように霧散していった。
次にサイトは本体と思われるワルドに向かって走り出そうとしたがもう1人の偏在ワルドがその間に割って入る。
サイトの目の前に躍り出た偏在ワルドは『エア・シールド』を展開し防御を固めていた。
デルフと心を通わせている今のサイトなら偏在ワルドが魔法で不可視の盾を出していることが分かり、その不可視の盾が普通の攻撃では通用しないものだということも何となく理解できていたのでサイトの心に不安がよぎった。
「今ノ俺ッチタチナライケルゼ相棒!」
そのデルフの言葉を信じたサイトはデルフを肩に担ぐように構え、偏在ワルドの前での踏み込みの勢いで思い切り上段からデルフを振り下ろす。
「はあああっ!」
サイトの気合の入った声と共にデルフの刀身が激しく輝きを放って錆びの下の本当の刀身が現れた瞬間、デフルは不可視の盾を何の抵抗もなく偏在ワルドと一緒に切り裂いていた。
兜割りの如く頭から一刀両断された偏在ワルドは先程と同じように霧散し、残すは本体のワルドのみとなった。
「こ、これがガンダールヴの本当の力だというのか!?」
「これで終わりだワルドおお!」
ワルドが苦し紛れに放った『エア・ハンマー』をデルフで無効化してサイトはワルドに接近した。
後1歩でデルフの刃がワルドに届くという距離でワルドはそのままサイトが自分に近づいてくると踏んでサイトの頭がくる位置を予測し、そこへレイピアの最速の一撃を放つ。
サイトがそのままの速度でワルドへと近づいていたらサイトの頭は串刺しにされていただろうが、デルフと一心同体となっている今のサイトはそのワルドの行動を起こそうとする殺気を感じ取っていた。
ワルドが伸ばしたレイピアは何も貫くことはなく、ギリギリのところでサイトの足が一瞬止まっていた。
「な、にっ!?」
サイトの行動に一瞬動揺して動きを鈍らせたワルドに対しサイトは後1歩を踏み出し、デルフを斬り上げる。
「ぐぁああああっ!私の、私の腕がああああああっ!」
デルフはレイピアを突き出していたワルドの右腕を二の腕あたりから切断していた。
左手で右腕の切断されたあたりを強く握って痛みに耐えようとワルドは表情を歪ませる。
ワルドのその様子を目にしたサイトはこれ以上ワルドは戦いを続けることはできないと判断し、止めを刺さずに未だ意識がはっきりしていないルイズに駆け寄った。
「ルイズ!おい!大丈夫か?」
ルイズの肩を持って軽くゆすりながらサイトが声をかけるとルイズはゆっくりと目を覚ました。
「さ、サイト?私……ワルドに誘拐、されたんじゃ……?」
「だから助けに来たんだろ。ほら、立てるか?」
サイトはルイズの手を取って立たせようとするがルイズはまだ体に力が入らないのか立つことは出来なかった。
そんなルイズにサイトは「しょうがねえな」と言いながら、ルイズの前に背を向けてしゃがんだ。
「うう。しょ、しょがないからおぶられてあげるわ。」
ルイズは恥ずかしいのか少し顔を赤らめながら、サイトの背中に抱き付いた。
サイトも背中に感じるルイズの柔らかい感触と髪の香りで心臓が早鐘のように打っていた。
ルイズをおぶり、その場を立ち去ろうと立ち上がったサイトにルイズは気になっていたことを尋ねた。
「そう言えばワルドはどこに行ったのかしら?この場所にいたのよね?」
「ああ。あそこに……って、いねえ!?」
ルイズの言葉に先程までワルドが痛みに耐えていた場所に目を向けるもそこには血だまりと切断したワルドの右手があるだけだった。
ワルドの姿を探して正面の出口や左右にキョロキョロと視線を動かしていると鞘にしまったデルフから声がかかった。
「相棒!後ろロダ!」
その声で後ろを振り向くと教会の後ろの勝手口のような場所のそばに息も絶え絶えという顔のワルドが立っていた。
ワルドは左手にレイピア型の杖を持ち、右腕の切断部分からはすでに出血はしていなかった。
ワルドの右腕からの出血が止まっているのは自分で切断部分に回復魔法をかけて傷を応急処置的に塞いだからだが、どうして切断された右腕をくっつけないのかというとしたくてもできないからだ。
切断された腕や足の接合は水のスクウェアメイジやトライアングルメイジが数人いて初めて可能となるものだ。
レコン・キスタ本陣までいけば可能だろうがその前に出血多量による死が待っていることはワルドが一番分かっていたので生きるためには水系統の魔法をあまり得意としないワルドでは傷口を塞ぐしか手はなかった。
「私に止めを刺さずにルイズのところに行くとはなかなか主人思いの使い魔じゃないか、使い魔君。しかし、私に止めを刺さなかったことを君はすぐに後悔するだろう。」
「ワルド!まだやるつもりなのか!」
「まさか。すでに私が君に勝てる見込みはないことは分かっている。しかし、これからすぐに来るレコン・キスタの増援を相手にルイズを抱えたままどれだけやれるか見物だな。くっくっく、あっはっはっ!」
ワルドは高笑いをすると魔法を唱え、教会に火の系統魔法を放ち、自身は勝手口から外へと出ていった。
「やばい!とにかく外に逃げよう!」
「ワルド……」
自分の過去のワルドとの乖離を改めて感じて悲しみにくれるルイズを背負い直したサイトは炎に包まれつつある教会から飛び出した——
俺が再び教会に戻ると教会から黒い煙が上がっていた。
急いで中に入ろうとすると教会の扉が乱暴に開き、中からルイズを背負ったサイトが飛び出してきた。
「サイト!ルイズ!大丈夫だったか!」
俺が2人に駆け寄り、満足に動けないルイズを『レビテーション』で預かるとサイトは少し安心した表情をみせたがすぐに表情が曇った。
「あ、ああ。なんとかな。でも、すぐにレコン・キスタの増援がくるらしいんだよ!急いでここを離れないと!」
「一応、さっき増援にきた奴らは倒したけど、第2、第3の増援がないとも言い切れないな。」
とりあえず、城に戻るかと話をしていると上空を1頭の風竜がこちらに向かって飛んできた。
「レコン・キスタの増援か!?」
身構えるサイトだったが俺はだれが来たのか分かったので肩の力を抜いた。
「いや、よく見ろ。あれはキュルケたちだよ。城の消火活動が終わったんだな。」
そうしているうちにもシルフィードに乗ったキュルケたちが俺たちのところに降り立った。
「ダーリン!大丈夫?どこか怪我はない?」
「ああ。大丈夫だよ。」
「ルイズはちょっと元気がないけど、でも大丈夫そうで安心したわ。」
「心配をかけてしまってごめんなさい、ちぃ姉様。」
「衛士隊隊長であったワルド卿を退けてしまうとはさすがはあの烈風カリンを師事していることはありますね、ミスタ・ツェルプストー!」
「いえ。ワルド卿を倒したのは僕ではなくサイトです。」
俺がそういうと皆の視線がサイトに集まる。
その集まった視線が照れくさいのかサイトは頭をかく仕草をする。
それからサイトはワルドから聞いたレコン・キスタの増援と本隊が近づいてきていることをウェールズに伝えた。
「なるほど。増援も気になりますが、レコン・キスタ本隊が我々の予想通りに明朝に攻撃を仕掛けてくることがはっきりしましたか。」
「そ、それって不味くないかい!?明朝までもう時間がないよ!?」
ギーシュの言う通り、あと数時間で夜明けという時間になっていた。
ワルドがこの時間にルイズを攫ったのは本隊と合流をある程度早めることができ、かつ前線からはある程度距離をとれる時間があるからか?と何となく考えた。
「ええ。もはや私の亡命を手助けするという余裕はないでしょう。まだ時間はありますので急いでアルビオンを離れた方がいい。」
そう言ってシルフィードの主人であるタバサに皆をのせてアルビオンを脱出することを薦めた。
タバサが何かを言おうとするが、それをギーシュが遮る。
「そ、そうだ!いっその事、皇太子殿下も一緒にお逃げになったらいいのではないでしょうか?僕たちは逃げれて、皇太子殿下も亡命が出来る。一石二鳥だと思いませんか?」
いい考えだとばかりにギーシュは皆の顔を見て、最後にタバサを見た。
しかし、タバサから帰ってきた返事は非情だった。
「……シルフィードによる全員でのアルビオン脱出はできない、と思う。」
タバサの言葉にギーシュはショックを受けていたが内心一番ショックを受けていたのは俺だろう。
何故ならば、原作ではウェールズが提案したようにここからシルフィードに乗ってアルビオンを脱出するからだ。
ギーシュは納得できずにタバサにその理由を聞いていたので俺はタバサの答えに注目した。
「重量過多。今、飛んできた人数でもギリギリだったからこれ以上人が増えたら、飛べることは飛べるけど速度が出ない。」
「一応飛べるんならいいんじゃないか?」
「万が一、レコン・キスタの風竜部隊に見つかったら逃げきれない。応戦しようにも多勢に無勢となる可能性が高い。」
「そ、そうか……。」
タバサの答えを聞いてもまだギーシュは少し不満そうだったが、俺は妙に納得してしまう。
原作よりも人数が俺とカトレアさん、そしてウェールズがおり、使い魔もゼファーとクーがいるので総重量として200キロくらい増えることとなる。
レコン・キスタに見つかった場合、必然的に空の上での戦闘になると思うのでこちらは行動を著しく制限され、さらにレコン・キスタはハルケギニアでもっとも強い空戦能力をもつアルビオン軍を吸収しているので正直分が悪過ぎる。
「うーん。ここは皇太子殿下には申し訳ないけど私だけならレコン・キスタに見つかっても関係ないから素通りできるんじゃない?」
「いえ。元々こちらの都合に巻き込んでしまったのですからそういうことはお気になさらず。」
「いやー、ワルドに逃げられたから俺たちも目を付けられてるかも……」
「えっ!?ワルドを取り逃がしたって、止めを刺してなかったの!?あーもー、さっき少し感心した気持ちを返してよー。」
「まあまあ。そういうなキュルケ。退けるだけでもすごいんだからな。」
「皆さん、このままこの場にいるのは増援がこないとも限りません。一旦、城に戻ってみませんか?もしかしたらお貸しできる風竜があるかもしれませんし……」
ウェールズのその言葉にはあまり力がなかった。
戦力の中核となる風竜が俺たちに貸せるほど余っているとはウェールズ自身、あまり自信がなかったからだろう。
俺たちもそれは分かっていたがそれでも他に頼れるものもないので一度城に戻ってみることとなった。
皆がシルフィードに乗ると重量オーバーでヨロヨロと飛ぶのが可哀そうだった。
俺を含め何人かは『フライ』でゆっくりと飛ぶシルフィードに並走して城まで戻る間、俺はどうするべきか頭を悩ませるのだった。
あらすじ
=
前書き =
後書き
=
<次回予告>
第73話『レコン・キスタ包囲網を突破せよ』
明朝、レコン・キスタ軍はニューカッスル城を完全に包囲していた。
ヴァルムロートたちが全員無事に学院に戻り、さらにウェールズの亡命を手助けするためもにレコン・キスタの包囲網を突破しなければいない。
そのためにもヴァルムロートはこれまで出していなかった(お義母さん以外に)全力を出すことを決意する。
すみません。前の更新予定の月末っていうを6月末だと勘違いしていました。(まあ、それでも少し遅れたけど)
次は7月末頃の更新を目指して頑張ります。