74話 新スキル獲得イベント発生中?
「ゼファー『かえんほうしゃ』」
俺がそう命令するとゼファーが口からこれまでの『ひのこ』よりも強力な炎を俺が魔法で作り出した水の的に向かって勢いよく噴いた。
バスケットボール程度の大きさの水の的に炎が命中するとジュウ…と水が激しく沸騰する音を立てて数秒後には蒸発した。
「いいぞ!ゼファー!」
俺が前よりも高くなった位置の頭を撫でながら褒めるとゼファーは「ガウッ!」と嬉しそうに返事をした。
「それしてもポケモンだから可能性としては考えていたけど本当にヒトカゲからリザードに進化するとはね。」
ポケモンのなのだから進化するのは当然のように思えるがここはポケモンの世界ではないのでヒトカゲは進化せずにずっとヒトカゲのままなのかもしれない、ということも考えていたのでリザードに進化したことは素直に嬉しかった。
ただこのままいくとリザードからさらにリザードンに進化するのは確実だろう。
「リザードンか……まさかこの目で見られるなんて、楽しみだな。」
リザードンになると翼が生えて、これまでサラマンダーの変わった個体という位置づけだったのが変わってきて、皆不思議に思うかもしれないがコルベール先生なんかは元々ゼファーのことをサラマンダーとは別の種類のモンスターではないかと思って調べているみたいだし、それに乗っからせてもらおう。
「まあ、進化したばかりだしリザードンになるのはまだまだ先かな?よし。ゼファー、他にはどんな技を使えるようになったんだ?」
こうして俺はリザードに進化したゼファーの能力を知る為にまた新たな的を空中に作り出すのだった。
俺がこうして学院の近くの森でゼファーのことをじっくり調べることが出来るようになったのはアルビオンから戻ってから初めてのことだ。
というのもアルビオンから戻って数日はトリステインの王都に滞在していたからだった。
アンリエッタにウェールズからの手紙を渡したり、ワルドが実はレコン・キスタ側の人間だったことなどアルビオンで起きたことの報告などアルビオンに行ったルイズに付き添った人としていろいろ話を聞かれていた。
他にも個人的にウェールズがアルビオンから亡命する際に俺がレコン・キスタの艦隊をぶっ飛ばしたことを公にしないようにウェールズやアルビオンの兵士たちに頼んだり、と色々走り回っていた。
さらには学院への報告とかも終わって、ようやく俺の生活も元通りに平穏なものへと変わりつつあった。
「よし、いいぞ。やれ!ゼファー!」
俺が自分で作り出した水の的を指さすとゼファーはぐぐっと一瞬の溜めてから『かえんほうしゃ』と同じように口を開く。
しかし、今回は『かえんほうしゃ』とは異なる青い炎のような攻撃を繰り出し、水の的を爆発霧散させた。
「い、今のは一体……。一瞬、炎が竜の顔のように見えたが、あれは……まさか『りゅうのいかり』!?」
俺の言葉にゼファーは肯定するように「がう」と鳴いて首を縦に振った。
それから小1時間ほど技の確認と訓練を行ってから学院に戻った。
「『ひっかく』が『きりさく』に変わってたな。覚えるレベルは高かったように思うけど、あまりレベルは関係ないのかな?」
『かえんほうしゃ』や『きりさく』を覚えていることから、もしかしたらゲームよりもアニメに近いのかもしれない。
そんなことを考えながら学院の近くまでくると学院の外周を走っているサイトを見つけた。
「サイト。基礎訓練はもう終わったか?」
「はぁ、はぁ……ああ。このランニングで最後だ。……ふう。」
膝に手をついて肩で息をしているが訓練を始めた頃に比べたら格段の進歩だ。
俺はサイトと一緒に学院の中へと入る。
「お疲れ様です。軽食を用意しているので召し上がって下さい。今お茶をお持ちしますね。」
俺とサイトはテラス席に座り、シエスタの用意してくれていた軽食で朝食前ではあるが本格的に動く前に軽く空腹を満たす。
「どうぞ。そう言えば今日は皆さんで稽古されているのですね。」
シエスタが皆さんと言ったのは別の場所で約束通り、魔法を教えてもらっているキュルケたちのことだろう、とお茶を飲んでいるとシエスタが言葉を続けた。
「あれ?でも、あちらにもミスタ・ツェルプストーがいらっしゃったような?」
「ああ。それってこいつの偏ざ、むぐっ!?」
「はは。空腹だったからといって慌てて食べるものではないぞ。ほら、お茶だ。」
サイトがシエスタの疑問に普通に応えそうになっていたので俺は慌ててサイトの口を『念力』で塞いでそのことがシエスタに不自然に思われないようにと無理矢理お茶をサイトの口に流し込んだ。
そしてサイトに小声で釘を刺した。
「サイト。僕が風のスクウェアスペルを使えるのは秘密だと言っただろう。知られると色々と面倒なんだ。頼むよ。」
俺がそういうとサイトはコクコクと首を縦に振ったので俺は『念力』を解いて、サイトの口を塞ぐのをやめた。
そんなことをしながら、空腹を満たして喉の渇きを潤した俺たちは木剣を持ち、軽く打ち合いを始めた。
「そういえば話すのが遅くなったんだけどさ。」
そう言ってサイトが話しかけてくる。
ガンダールヴの力を使っていない状態でこのように軽い打ち合いとはいえ会話ができるようになったのは最近のことでサイトの上達具合が伺えるな、と思いながら聞き返す。
「何だ?」
「俺がルイズを助けるためにワルドのやつと戦ったときに俺も気配?みたいなものを感じることが出来たんだよ。」
「それは本当か!」
俺はサイトの言葉を聞いて驚いてしまう。
これまで俺との訓練ではどうやっても気配のけの字すら感じることができなかった。
やはり、実践での本当の殺気みたいなものは違うのかな、と思いながらサイトからその時の状況を詳しく聞き出そうと話を促す。
「その時の俺の状態?そう言われても結構無我夢中だったからな……よく覚えてねえな。あ、でもよくわかんねえけど、デルフの考えていることとかが会話するよりも早く分かったかな?」
「そうなのかデルフ?」
俺は意識はサイトとの打ち合いに向けたまま、そばに立てかけてある大剣に声をかけた。
「オウ!アノ感覚ハ俺ッチト相棒ノ意識ガ少シ繋ガッタミテエダナ。」
「あー。そう言われればそういう言い方がしっくりくるな。」
「因みに今日までの間にワルドと戦ったとき以外で気配を感じたことはあるか?」
「んー。……ないな。」
「アルビオンを脱する際にフネを防衛していた時も気配を感じなかったのか?」
「……そう言われればあの時は何にも感じなかったな。」
「デルフ。その時、サイトをお前を扱っていたか?」
「イヤ。空ヲ飛ブヤツニ俺ッチハ悔シイガ無力ダカラナ。相棒ハ弓ヲ使ッテタゼ。」
「なるほど……」
サイト自身が殺気を感じられるようになったのであれば、フネの防衛の際にも少ながらず相手の殺気などを感じるはずだ。
しかし、それが無いということはサイト自身にまだ殺気を感じることは出来ていないと考えられる。
ワルドのサイトへの殺気が尋常ではなかったと言われれば殺気の1つも感じることが出来たのかもしれないと考えた俺はデルフにそのことを尋ねたところ、ワルドから発せられた殺気は異常と思えるほどではなかったようだ。
そうなるとデルフの言った「意識が少し繋がった」というのが重要だろう。
元々デルフ自体は気配を察することは出来ていたのだから、サイトが何らかの方法でデルフのその力を借りた、と考えるのが妥当だ。
そしてサイトには”武器の力を完全に扱える”ガンダールヴという使い魔としての力がある。
そう考えた俺はサイトの木剣を打ち返しながら頭の中で1つの仮説を立てた。
「つまり、サイトはガンダールヴの力でデルフの気配を察するという“インテリジェンスソードの能力”を扱えるようになった、ということか。」
これまでもデルフを扱いながら気配を察する訓練をしていて出来なかったことがワルドとの闘いの最中に出来るようになった、ということはサイトのガンダールヴとしての力のレベルが上がったということなのだろう。
俺が自身の言葉に納得しているとサイトがまたも重要なことを世間話のように口に出していた。
「デルフの力を扱えるようになったか。あ、そういえば、なんか魔法を吸収出来るようにもなったんだった。それもデルフのインテリジェンスソードとしの能力を扱えるようになったからか!」
「なに!?」
原作でもデルフは魔法を吸収できるよになったのはワルドと戦った時だったはずだ。
ガンダールヴとしてのレベル的には今のサイトは原作の同時期のサイトとほぼ同じということらしい。
それにしても接近戦最強能力で魔法無効化というのはほとほとこの世界では最強と言わざる得ない。
それなのにサイト自身はそのことを軽く考えていたようだ。
俺がサイトに気配を読めるようになったことよりも魔法を吸収できるようになったことの方が重要だということを強く主張するも当のサイトからは「そうなのかー」程度の反応しか返ってこなかった。
「まあ、いいだろう。それでは今日はその気配を読めるようなったことと、魔法を吸収できるようになったことについて軽く調べてみようじゃないか。」
「実践でできたんだし、別に調べなくてもいいんじゃね?」
「できた、と言ってもサイト自身無我夢中でそのときのことをよく覚えていないのだろう?」
「ああ。」
「どの程度のことがどのくらいできるのかをちゃんと知っておいた方が今後また戦いになったときに役に立つ。できると思っていたけど、できなかったからやられました、じゃあ済まないからな。」
「それもそうだな。じゃあ、一丁よろしく頼むぜ。」
「それじゃあ、まずは気配を読むことからだな。まあ、これはいつもやってる魔法を避ける訓練なのだが、今日はデルフからの直接の指示はなしだ。意識が共有されているのならデルフの感じた気配をサイトも感じるはずだ。」
「おう!」
「それに今回は分かりやすいように魔法に乗せるイメージをなるべく強くするつもりだ。殺気ではないのでワルドのときとは勝手が違うかもしれないが、まあ気配が読めるのならあまり関係ないだろう。じゃあ、いくぞ。構えろ!」
俺の言葉にサイトは少し離れるとデルフを鞘から抜いて構えをとった。
その時点で以前と明らかに違う箇所があることに気付く。
この間まで刀身がさび付いていたデルフだがその刀身の錆びが1つ残らずなくなって、剣本来の銀色の刀身が輝いている。
そのことに感心しながらも俺も杖を構えた。
「よし。いくぞ。」
「こい!」
俺はサイトに向かって風の系統魔法を放った。
数分後、そこにはボロボロになって地面に倒れているサイトの姿があった。
「サイト。全然できてないじゃないか。」
「いてて……」と言いながらサイトは起き上がり、地面に胡坐を組む。
「おかしいな。あの時は出来てたのに、なんでだ?なんでか分かるかデルフ?」
「オウ。アノ時ノ感覚ガ今回ハナカッタカラダロウナ。」
「あの時の感覚って、意識の少し繋がったとかいうやつか。」
「ソウダ。相棒ハ確カニ力ヲ使ッテイルガ気持チガアノ時ホド高マッテイナイコトガ原因ダロウ。」
「なるほど。つまり普通の状態での再現は難しいってことだな。」
サイトのガンダールヴの力は気持ちの強さによって強さを増していくから戦闘時のように高揚、っていうのは語弊があるがデルフの気配を読む力を使うにはある程度気持ちが高ぶらないといけないっていうことのようだ。
と、いうことは同じくデルフの能力を使う魔法吸収の方はどうだろうか?と試してみたところこちらは普通の状態でも難なく使うことが出来た。
つまり、サイトが新しく使えるようになったデルフの力で魔法吸収は常時発動型、気配を読むことは気持ちの昂ぶりによる開放型ということなのだろう。
魔法吸収の方は鍛えることが出来るのか分からないが、気配を読む方はデルフの感知する力が高まればサイトが能力を発動したときの力も同じように高まるはずなので今後も同じように訓練していくとしよう。
「今日はここまでにしておこう。明日からはまた同じメニューをこなしていくことにしようか。」
「おう!あ、そういえばシエスタがさっき皆で訓練してるって言ってたけど、何かやってんのか?」
「ああ。アルビオンに行ったときに何か魔法を教える約束をしたからな。あっちも一通り終わってることじゃないかな。」
——少し時間が戻って俺がまだ近くの森でゼファーの訓練をしている時、ヴェストリの広場に偏在の俺とタバサとキュルケそしてカトレアさんの4人が集まった。
集まって早々にキュルケが質問してきた。
「ねえ、ダーリン。どうしてアウストリの広場じゃくて寮からわざわざ遠いこっちの広場を選んだの?」
「寮から遠いから、だよ。アウストリの広場は後から本体とサイトが訓練を始めるからね。偏在の僕と本体が2人いるところを見られたらまずいことになるだろう?僕が風のスクウェアスペルが扱えるということは公にしたくないからね。」
俺が風のスクウェアスペルを扱えることを知っているのは元々知っているうちの家族とヴァリエール家の人、アルビオンに一緒に行ったサイトとタバサと亡命してきたアルビオンの人たちそしてアルビオンの出来事を報告した学院長とコルベール先生くらいだ。
アンリエッタにもアルビオンの出来事を報告したが正直、アンリエッタは口があまり固くなさそうなのでアルビオン脱出はなんとかレコン・キスタの包囲網の間を縫ったということにしておいた。
それにメイジのランクとしてトライアングルやスクウェアだと口だけで言っても納得する人はあまりいないのでわざわざ実力を見せなければいけない、もしくは既に実力者として認められている人が証言してくれないといけない。
「確かにやっかみが多そう。」
「そういうこと。」
「そうよね。特に風の系統魔法の授業を受け持っているギトー先生とか面倒くさそうよね。これまで秘密にしてたこともあって、バレたら教師と学院性という関係を忘れて決闘を申し込んできそうよね。」
「いや、それは流石にないと思いたいけど……」
俺はキュルケの言葉をやんわり否定したがこれまでの様子を考えると否定しきれなかった。
これ以上この話題を続けても仕方がないと思った俺はカトレアさんに話をふった。
「そう言えば、カトレアさんも来たんですね。」
「ええ。何やらヴァルムロートさんから魔法を教えてもらえるとキュルケさんに聞きましたので。」
「そうそう。私とタバサだけだとカトレアさんを除け者にしたみたいじゃない?だから誘ってみたの。」
「……ルイズはいいのか?」
「ルイズは、ね?爆発の規模はなんとかなるようになってるけど、爆発させることしかできないからね。」
ルイズは呼んでも仕方ないという判断だったようで、キュルケのこの考えにカトレアさんも概ね賛成なのか反論はしなかった。
下手に教えるより知らない方が幸せ、ということだろう。
まあ、俺もルイズが来ても教えることはないに等しいのでよかったといえばよかったのだろう。
「でも、ルイズが後で知ったら相当機嫌悪くなりそうだな。」
「そうね……まあ、そうなったら私とカトレアさんでなんとかなだめてみるわよ。」
「ええ。」
「そうなったらよろしく頼むよ。それじゃあ、始めようか。」
俺の言葉に3人それぞれの反応を返してくる。
「タバサは『サイフラッシュ』を教えてほしいのだったな。」
「うん。よろしくお願いする。」
「ダーリン!私には何か考えてくれたの?」
「ああ、一応な。『炎の蛇』にちょっと手を加えたものを考えてみた。カトレアさんは……いきなりだったのですぐには思い付きませんが、何か教えてほしい魔法とかありますか?」
キュルケには新しい、とはまでは言えないがそれなりのものを考えたつもりだ。
しかし、予定外だったカトレアさんにはいきなり新しいものと言われてもすぐに思いつくようなものではなかった。
俺に逆に尋ねられたカトレアさんはにこにこしながら答えた。
「そうですわね……私は水系統のメイジなので水の魔法。あ、そうですわ。確か『ヴェスミー』だったかしら?あれを教えて欲しいですわね。」
「『ヴェスミー』ですか。ええ。分かりました。」
こうしてそれぞれ教える魔法が決まったので順番に教え始めようとするとキュルケから声がかかった。
「ねえ、ダーリン。偏在を使えば3人まとめて教えることができるんじゃないの?」
「それは無理なんだ。さっき言った通り、既に僕という偏在を1人出しているのでもう本体だったら1人出せるのだけど、偏在がいくら『ユビキタス』のスペルを唱えても偏在は出せないんだ。」
偏在、という実体を持っている幻のような存在を作り出す魔法の性質上幻から幻を作ることはできないらしい。
「そうなの残念ね。じゃあまずは最初に約束したタバサからかしらね。」
「よろしく。」
「ああ。タバサに教える『サイフラッシュ』という魔法は一言で言ってしまえば『ディテクトマジック』と何かしらの攻撃魔法の組み合わせに過ぎない。」
「そうなの?ラ・ロシェールで見た時は風の系統魔法かと思ったけど?」
「まあ、風の系統魔法が一番手っ取り早く相手を無効化できるからな。でも、これは火でも水でもやろうと思えばできる魔法だ。」
「できるけど、戦闘時のとっさの判断が必要とされる時には難しいかもな。」
「どうして?」
「戦闘時に『サイフラッシュ』を使う際の『ディテクトマジック』の探知方法が自分に向けられている殺気、だからだよ。キュルケやカトレアさんは気配を察する訓練をしてないから、使うにはまず気配を察知できるようにならないといけないね。」
「そう……残念ね。」
「その点、タバサは既に僕と遜色ないほど気配を察することができるから、やり方さえ教えればすぐにでもできるようになるだろう。」
「わかった。頑張る。」
こうして俺はタバサに『サイフラッシュ』のスペルを教え、これまで使ってきた中で俺が感じたちょっとしたコツみたいなものも伝えた。
スペルの方はすぐにでも覚えそうだが、コツの方は感覚的なものなので俺が伝えたかったことがちゃんと伝わったかどうか不明だが。
「あと『サイフラッシュ』は狙いを付ける際の『ディテクトマジック』を自身の感覚とリンクさせることで自動で殺気に反応するようにしているけど、中のスペルを少し変えて自分で狙いをつけるようにすればこんなこともできる。」
そう言って俺は『サイフラッシュ』のスペルを一部変えて『ディテクトマジック』の狙いを自分で決めれるように変えて魔法を発動させる。
すると俺の杖から放たれた風が3人が持っていた杖を持っている手から弾きとばす。
「とまあ、こんな感じで任意のものだけを攻撃対象とすることもできる。特にメイジは杖をどうにかさせると無力だから狙い目、かな。」
そういいながら俺は飛ばした杖を『念力』で拾って3人に返す。
実際の戦闘などでは杖の破壊を狙ってもいいかもしれないが杖には大抵『固定化』と『硬化』の魔法を何十にもかけて防御しているのがほとんどなのでなかなか壊すのは難しいかもしれない。
「じゃあ、次はキュルケだな。」
「ええ!優しくおしえてね、ダーリン!」
「はいはい。」
微妙に誘惑してくるポーズをとるキュルケを軽く流しながら俺は説明に入る。
「さっきも言ったけど、今から教えるのは『炎の蛇』を変化させたものなんだが、キュルケは『炎の蛇』を使えるよな?」
子供の頃に数回使っていたのを見た覚えはあるが、それ以降使っているところを見たことがないので念の為にまだ覚えているか聞いてきたが愚問だったようだ。
「ええ。勿論使えるわ!」
そう言ってキュルケは『炎の蛇』のスペルを唱えるとキュルケの持っている杖の先から炎が現れる。
杖の先からおよそ3メイル位の炎の先には蛇の頭のような形をした所があり、実際にこれの口の部分を対象にかみついたり、炎の身体の部分で巻きついたりすることができる魔法だ。
「それでダーリン、これからどうすればいいの?」
「『炎の蛇』は本来ラインスペルなんだけどスペルにさらに火の系統を追加してトライアングルスペルにするんだ。そして強くなった火の力をそのまま威力を高めるのではなくて……こう使う。」
俺は実際にスペルを唱えて実践してみせる。
俺の杖の先には先程キュルケが使った『炎の蛇』よりも炎でできた蛇が1匹増えて2匹になってそれぞれうねうねと身体をくねらせていた。
「蛇を1匹増やしたのね。」
「ああ。1匹増えることで1匹で攻撃しながらもう1匹で防御を固めるなど攻守にかなりの幅を持たせることかできるはずだ。それに炎の威力が強くなったことで蛇自体の大きさも『炎の蛇』よりも自由に変えることができる、はずだ。」
こうして話している間にも2匹の蛇を形作っている炎の強さが右が大きくなったり、それを修正しようとして今度は逆に左側が大きくなったりと安定していなかった。
「ねえ、ダーリン。なんだか蛇の炎の身体が不安定なんだけど……こういうものなの?」
「うぅ……やっぱり慣れてないからか難しいか。見た目的には1匹増やしただけで単純そうに見えるけど、実際は別々に動かすとなると結構集中力がいることに加えて炎を維持するのに細かな調節が必要になっててね。」
「慣れてないって、炎を維持することはダーリンがよく使う『フランベルグ』もそうじゃないの?何か違うのかしら?」
「ああ。見かけは同じように炎が常に出ているようにみえるけど、『フランベルグ』は次から次に新しい炎を出し続けているイメージなのに対して『炎の蛇』の強化型である『ダブル・スネイク』は『炎の蛇』と同じく1つの炎を維持するイメージなんだ。」
「何となく分かったわ。蛇の身体を作る炎は1つの炎だけど『炎の蛇』よりも強い炎を複雑に操作しないといけないから細かな調節が必要なのね。でも、それなら精神力の消費はあまり多くなさそうね。」
「そういうこと。炎をうまく調節するのに手間取るかもしれないがキュルケは昔から僕よりも細かな魔法の調節が上手だったしこの『ダブル・スネイク』を上手く扱えるんじゃないかな?」
「どうかしらね。でも、ダーリンが手取り足取り教えてくれるのなら頑張っちゃうわよ。」
「はいはい。手取り足取りまではいかないけどちゃんとできるように手助けするよ。」
「ええ。よろしくね。」
軽く流されたはずのキュルケだったが俺の答えが分かっていたのか不機嫌そうな顔はせず、むしろ微笑んでいた。
「それは最後はカトレアさんですね。」
「はい。お願いしますね。」
『ヴェスミー』のことを教えている時にカトレアさんから質問がきた。
「ヴァルムロートさん。教えてもらって気付いたのですけど、水の玉を作る場所は腰の位置でなくてはいけないのでしょうか?」
「いえ、そんなことはないですけど。僕は動くことを前提にしているのでどこか一か所に決めていた方がイメージするのも楽なんですよ。」
「前々から気になっていたのですけど、そういうことだったんですね。」
こうして皆に一通り教え終わるとちょうどいい所にシエスタが軽食とお茶を持ってこっちにやってきた。
「皆さん、お疲れ様です。」
「あれ?どうしたのシエスタ?こっちにサイトはいないけど?」
「これですか?これは昨日ミス・グナイゼナウから要望がありましたのでお持ちしました。サイトさんへは後で別のをお持ちします。」
俺の質問に答えながらもシエスタは慣れた手つきでテーブルに軽食とお茶を用意していく。
「朝食までにはまだ時間があるじゃない?やっぱりお腹が空いてたらやる気が上がらないかなって思って頼んでおいたのよ。さあ、皆食べましょう!」
「どうぞ。茶も用意してありますので御代わりが必要な方は仰って下さい。」
キュルケが声をかける、皆椅子に座り軽食のサンドイッチを頬張った。
俺の食べたサンドイッチは普通にハムやレタスを挟んだものだったがタバサが食べたものはハシバミが挟まれた特製のものだったようで瞳を輝かせながらペロリと平らげ、御代わりを要求してシエスタを困らせていた。
軽食を食べて、少し休憩してから本格的教えた魔法の練習を始めた。
流石に教えて1日目でできるようにはならず、今後は分からない場所やアドバイスが欲しいときに話を聞く程度で基本自分たちで練習していくこととなった。
数週間も経つ頃には皆すっかり教えた魔法を自分のものとしていた。
タバサは『サイフラッシュ』で狙いを定める際の『ディテクトマジック』による任意に狙いをつける時の速度が俺よりも断然早く、その速さは『ディテクトマジック』の殺気の自動検出したときとほぼ同じ速さなのには驚いた。
タバサの元々のセンスもあるのだろうが、シュバリエとなれるほど実践を経験したことによる判断力の差というものだろうか。
キュルケはたった数日で俺よりも『ダブル・スネイク』の扱いが上手くなった。
そして炎の蛇を2匹にしてもまだ強化した炎の力に余裕のあることに気が付いたキュルケはその余剰分の炎の力を上手いこと扱うことでなんと3匹目の炎の蛇を作り出すのだった。
この数週間のほとんどは3匹目を出してからの訓練がほとんどで俺が手伝えることはあまりなく、精々『ディテクトマジック』で炎の分布度合いを客観的に指摘して炎の調整の補助をすること程度だった。
炎の蛇が3匹になったことで魔法の名前を『ダブル・スネイク』から『トライ・スネイク』に変更したが今後まだ蛇の数が増えないとは言い切れない様子だった。
カトレアさんは圧縮する水の玉を腰の位置に固定することなく、自由に動かせるようになっていた。
メイジは後ろであまり動かずに魔法を打つのが普通なのでカトレアさんが行ったように水の玉を動かして攻撃する方が一般的である。
さらにカトレアさんは水の玉に圧縮されている膨大な水を自由に扱えるようにもなっており、水の弾を発射するだけでなく玉から鞭状に水を伸ばして攻撃することができるようになったり、水の玉を広げて『ウォーター・シールド』状にして防御に使ったりとかなり汎用性が高いものとなった。
水の魔法は元々水を集める魔法『コンデンセイション』が基礎となっており『ヴェスミー』はそれを追求した形になっているのでカトレアさんのように扱えるのは当然というか、ガンダムの武装からヒントを得たということに俺が囚われ過ぎていたということなんだろう。
それにしてもここまで用途が変わるようになると既にこの魔法は『ヴェスミー』とは言えないな、と思う俺であった。
朝はサイトさけでなくキュルケたちと訓練し、昼間は授業と休み時間に決闘して過ごす、という実に平和的に過ごしていた俺たちに2回目の夏休みがやってこようとしていた。
<次回予告>
ヴァリエール家に行ったり、実家に帰ったりと夏休みは意外と忙しい。
それに今年は宝の地図でちょっと冒険なんかしちゃったり。
そしてレコン・キスタが攻めて……こないのか?
第75話『俺たちの夏』
10月は色々(ゲームとかゲームとかゲームとか)あるので次は11月中頃の更新を目指して頑張ります。
因みにサイトの能力をスパロボ的に表すとこんな感じに思っています。
魔法吸収:必要気力なし。魔法によるダメージを5000まで軽減する。
意識共有(シンクロ状態):気力140以上で発動。命中率・回避率・クリティカル率に+30%。さらに25%で攻撃を完全回避。