第104話−邂逅
アスラの旗艦メルクリウス号。
この船は、以前の旗艦マーキュリー号とは根本的に異なる。
以前のマーキュリー号は速度より搭載量、見た目より性能重視の一本槍で、大型で無骨な優美さの欠片もない、だが使い勝手に関しては折り紙つき、という船だった。
これに対して、メルクリウス号は見た目はまるで軍艦らしくない。
海軍のマークとでも言うべき模様やマリーンの文字さえ入っていない。代わりに、細かな彫刻や優美な船体を有している。
それも当然、この船はむしろアスラの世界政府の外交官としての役割を果たす為の船だからだ。
したがって、海軍の高速戦艦というよりは、世界政府の外交船に戦艦並の武装を施したものと考えた方がいい船だ。
まあ、何故こんな事をいきなり書いているかというと、襲撃を受けているからだったりする。
「九尾——枝垂桜」
伸びた銀の尾が一度幹を構成するかのように上空に絡み合いながら上昇し、そこから枝のように枝分かれして広がった尾が船の周囲に展開、砲弾を受け止める。
硬質な金属ではなく、液体の水銀であるからこそ砲弾はその表面で爆発する事なく、受け止められ、処理される。
さすがに防御に回しながら、同時に攻撃という事が出来る程ではないが、可能だったらこの砲弾を投げ返したい所だろう。
「……海賊か」
「この船、見た目は戦艦というよりは豪華客船だからな」
と、スモーカーが葉巻を何時ものように咥えたままアスラの声に応じる。
そう、どうしても船は見た目で判断される。
世界政府の船ではあるが、自分はあくまで海軍本部中将だ、と主張したいアスラが世界政府外交官としての旗を掲げるのを嫌う為、結果として海軍とも世界政府とも分かるものが上がってない立派な船だけが残る訳だ。
「せめて、海軍の旗あげりゃいいだろうによ」
「……しょうがないだろう。今回は外交官の仕事で赴かないといけなくなったからな」
だから、世界政府役人としての旗ならともかく、海軍本部中将ではいけない。
この辺軍人と文官での色々とややこしい駆け引きがあったりする。
ただ、元々はアスラが外交官となったのは、建前というか海軍での仕事の関係上だった為だ。それが、こうして外交官をやらされる事になったのには理由がある。
といっても、大した事ではない。
ただ、単に訪れる場所が、新世界なだけだ。
新世界。
グランドライン後半の海をそう呼ぶ。
上手い例えではある。
グランドライン前半の海を、新世界を訪れた者は口を揃えて「あの海は楽園だった」と言う。
それだけ、グランドライン後半の海はその様相を変える。
正に、新世界と呼ぶに相応しい。
無論、海軍の戦艦はこの海にも対応しているし、海軍本部中将クラスならば問題はない。多分。
逆に言えば、余り一般人レベルが行きたいような場所ではなく、かくしてアスラに押し付けられた訳だ。
(……とはいえ、断る事も出来る話ではあった)
世界政府とて、アスラの忙しさや海軍における役割は理解しているから、無理なら無理として別の人員を派遣する予定ではあった。
ただ、問題は……。
(……クロコダイルの野郎、新世界に拠点を隠していたとはな)
そう、BW(バロックワークス)との兼ね合いだ。
BW(バロックワークス)の拠点は旧来のものとは別に何処かに重要な拠点が隠されていると見られていた。
理由は単純。
密かにアラバスタ王国にダンスパウダーが持ち込まれている可能性が高いとの判断をCPの情報分析部門が出したからだ。
今回は首都に絞って持ち込み、王への不信感を煽るのではなく、複数の箇所にて分散して実行されている可能性が高く、しかも移動を繰り返しているらしく、そのお陰でなかなか捕捉出来ずにいた。
そこで、CP(サイファーポール)としては、そもそもの大元、すなわちダンスパウダーの持込方法か製造元のいずれかを潰す事を狙った訳だが、ここで重大な問題が発覚した。
まず、1つ目は持込方法。
どうも、クロコダイルが自分の船を使って運び込んでいるらしいのだ。
確かに何者かに勝手に積み込まれていたと下っ端に責任を押し付けて切り捨てたとしても、自身に火の粉が降りかかる可能性は高い、というか燃え盛る可能性も高い。
だが、反面王下七武海の一角であるクロコダイルの船や荷物を世界政府の人間だからといって検査する事は出来ない。ここら辺は外交官特権に近いものがある。
しかも、何ら証拠はない。
あくまで、状況的にクロコダイルがBWの黒幕と仮定した上で、その活発な行動や持ち込み方法が不明なダンスパウダーの事などから、『そうである可能性が高いと思われる』と判断しただけの話だからだ。
この時点で、持込ルートを潰すのは実質的に放棄された。
そもそも、クロコダイルが関わっている情報が把握出来れば、潰す以前にクロコダイルを堂々と正面から追求出来る。
次に製造元だが……こちらの問題が場所だった。
新世界。
確かに、クロコダイルもまた、新世界で活躍していた海賊だが……新世界にダンスパウダー製造工場を置くとは思わなかった。
理由は単純で、行って帰って来れる者が物凄く限られてしまうからだ。だが、それをクロコダイルは自身が関わるという大胆不敵にも程がある方法でクリアしてのけた。
さて、CPとしても潰したいのは山々なのだが、何しろ重要な戦力であるCP9はそれぞれに動けない者が多い。
何とか、やりくりして、ジャブラは世界政府の警備部門の人間という事で乗せる事が出来たが……他は無理だった。
アスラ当人はというと、こちらも理由が必要だった。
まさか、何もなしにぶらっと新世界行ってきます、という訳にはいかない。かといって、状況証拠だけでダンスパウダー作ってそうだから行って潰してきます、と言って出かけられる程アスラの職務は軽くない。
クロコダイルが絡んでいる、と言えれば納得はしてくれるだろうが、それを納得してもらう為の確たる証拠という奴がない。怪しい行動を取っているというだけならば、所詮、王下七武海は海賊。怪しい行動なんて誰もが取っているから、クロコダイルを特に指摘する理由がない。
どうしたものか、と思っている所へ舞い込んだのが今回の外交官としての派遣という訳だった。
「まったく……この忙しい折に……だが、まあ……」
放置しておく訳にもいくまい。
そう思いながら、向かってくる海賊船にアスラは視線をやった。
新世界といえど、全てが億を越える海賊ばかりではない。
確かに、下限は相当に上昇しているが、それでも原作の茶ひげが8000万ベリー越えだったように、或いは赤髪の新入りロックスターが9400万ベリーだったように、億に届かない者はいる。
今回の相手もそうだが、だからといって見過ごす訳にはいかない。
(まあ、白ひげらといきなり出くわして面倒事に巻き込まれるよりはマシか)
そう思ったアスラの目の前で。
いきなり海賊船が逃げ出す動きを見せた。が、次の瞬間襲い掛かった津波によって叩き潰された。
「……おいおい、ありゃあなんだ?」
スモーカーが思わず呟くぐらい、とんでもない光景だった。
「中将!新たな船が見えます!……あれは!?」
「口に出してないのに、本当になるとは……思うだけでもいけないのかね」
見張りの叫びに、しかし既に誰が来たのか理解していたアスラは思わずぼやいた。
近づいてくる船は白い鯨を模した船首を持つ巨大な海賊船。
世界最強の大海賊、白ひげの船、モビーディック号だった。