第105話−対話
「中将、どうされますか?」
「……とりあえず、海軍旗と中将座乗旗を上げろ。それで勘違いによる戦闘は避けられるだろう。もっとも……」
接舷の準備はしておいた方がいいだろうな。
艦長である大佐の問いに、アスラはそう答えた。
「ああ、乗組員には間違っても攻撃なぞさせるなよ?危なっかしい奴は大砲から引き剥がしておけ。以上徹底しろ」
念の為に、と付け加えた。
結果から言えば、その通りになった。
確かに攻撃を受ける事はなかった。
だが、白ひげのモビーディック号は海軍旗が揚げられても平然と接近し、メルクリウス号の隣に船を泊めた。
メルクリウス号もそこで振り切るなどという真似をせず、速度を合わせ、双方見事な操船を見せた。
ここら辺は海軍と海賊、その頂点に位置する操舵技術を持つ者同士の意地と意地のぶつかり合いと言えた。あいつらには負けてなるものか、と。
「……さて、それではお邪魔するとしよう」
「……あんたが行くのかよ?」
海軍の方から海賊の船に出向くのはかまわないのか?言外にそんな意味を込めて、スモーカーが言うが……。
「なに、ご老人は労わるべきだよ。それに……モビーディック号に乗る機会なぞ次があるか疑問だからな」
そう告げると、白銀街道を発動させ、アスラはモビーディック号へと乗り移った。
当然だが、周囲は海賊だらけ。
ただし、雑然とした様子はなく、整然と隊列を組み、白ひげへの道を開いている。
(秩序というか躾というか……敵対したら厄介なのがよく分かるな、これだけ見ても)
そう思いつつ、平然とした様子で歩んでいく先には老いて尚堂々たる威容を誇る巨漢。
口元には反り返る……アスラからすれば(そういえば、こんな髭みたいなのをつけたガンダムがあったなあ)と何となく懐かしい思いになっていたりする。
「白ひげか?」
「そうだ。お前は?」
「アスラ、海軍本部中将アスラだ」
悠然と口元に僅かな笑みを浮かべてアスラの問いに答えた老人。
全身に点滴の管やら何やらつけて……とても健康とは思えないが……さすがに威圧感が凄まじい。
ふと周囲に視線をやれば、手配書なりで見た顔がちらほら。
左右には白ひげ海賊団一番隊隊長マルコと二番隊隊長ジョズ。
他にも複数の隊長格がいるようだ。
とはいえ、襲い掛かってくる様子はない。皆分かっているからだ。ここで下手にどちらかが手を出せば、それは戦争になると。
原作では、家族に手を出された白ひげが仕掛けた訳だが、アスラが倒されれば、海軍が面子の問題で黙っていられない。ただまあ、白ひげ側としても、手を出してこないだろう、とアスラは確信している。
ここで戦えば、実際はどうあれ、外部からは中将1人を白ひげが一同でなぶり殺しにした、と思われかねない。
海賊というものは面子も大事なだけに、こちらから手を出さない限り、向こうが手を出してくる事はない、とむしろアスラはその点に関しては、白ひげを信頼していた。
「グララララ……そうか、手前が赤髪の言ってた若造か」
口ではそう言っているが、実際には聞く前から把握していたんだろうなあ、と思っていたりする。
海軍でも海軍本部中将というのは僅かに16名。
海軍元帥と大将、中将クラスまでは白ひげが把握していないとは思えない。とはいえ、指摘した所でただの時間の無駄だ。
それに、赤髪海賊団の新入りロックスターみたいに折角名乗ったのに、それなりに知名度はあると思っていたのに「お前なんぞ知るか、アホンダラ」などと、まるで相手にされないなんぞよりマシだ。
「こちらは白ひげの話はよく聞いているよ。だがこうして会うのは初めてだな」
「グラララララ……そりゃあ、会う機会なんぞ普通はないからな」
とりあえず、案外と機嫌が良さそうなので先程の海賊について聞いてみた所、あっさりと教えてくれた。
何でも、名を上げようとしたのかどうか詳しい事は知らない、白ひげのナワバリに手を出したらしい。
……アホだな。
原作でも四皇のナワバリに手を出した海賊はいた。ただ、あちらは覚悟というか、その事を知った上で望む所とばかりに手を出した。だが、先程の海賊はあのモビーディック号を見るなり逃げようとした態度からして、ただ単に名前を上げる為の暴走だろう。
白ひげとやりあう覚悟なんぞ全くなしに、おそらくは……新世界へ入ってきたルーキーという所だろうか?
まさか、白ひげが直々に出てくるとは考えていなかったのだろう、考えが浅い奴だ。かくして、いざ実物の白ひげを目の前にしてびびって逃げようとした所を、グラグラの実の力で起こされた津波で船ごと粉砕された訳か……。
「それでどうだ、お前も俺の首を狙ってみるかい?」
「やめておこう。上の命令もなしに、勝手に戦争の引き金を引く訳にはいかん」
そう……戦争だ。
世界政府の保有する最大の戦力たる海軍であっても、白ひげと戦うのならばそれは戦争になる。
それが四皇だ。
「だが、逆に言えば……上からの命令があれば、戦う。それだけだ」
そう言って、覇気を放つ。
……ふむ、抑え気味にしたとはいえ、殆どの連中は意識を失うには及ばなかったか。さすがに白ひげの船に乗るだけの連中だけの事はある、な……。
無論、白ひげ以下隊長クラスは顔色も変えなかった。
中将クラスの海兵達は皆、この力を操っている。使えて当然と思っているのだろうし、海軍本部中将の覇気がこの程度ではないと判断しているのか……挨拶程度のものなのだと判断しているのか……。
さて、こちらの目的は新世界の国での外交と表向きの理由を……いや、正式なものはそれで間違いない訳だが、それでこちらも引き上げかと思ったのだが……。
「グララララ……折角来たんだ、本気の一撃ぐらい見せていけ」
言いつつ、白ひげが傍らの巨大な槍に手を伸ばす。
……いや、あれは槍と言っていいものなんだろうか?むしろ、薙刀の方がしっくり来るような気もするが……まあ、いい。こちらとしても世界最強の海賊と謳われる白ひげの力、1度拝見してみたい。
さすがに白ひげが立ち上がった事で、周囲の連中も慌てて退避を命じている。
そうして、白ひげの一撃とアスラの拳砲とが互いに覇気を纏って、激突した。
結論から言おう。
原作の赤髪との一撃同様互いの覇気の激突は大気を割り、天を割った。
結果?
……押し負けたよ。残念ながら。
これで、グラグラの実の能力まで重なったらどうなる事やら。
……メルクリウス号の艦上から次第に離れるモビーディック号を見送りながら、アスラはそう思った。