100話記念−IFの物語
「遊騎士ドーマ、雷卿マクガイ、ディカルバン兄弟、大渦蜘蛛スクアード……総数44隻!全て白ひげ傘下の海賊達です!」
歴史は僅かに姿を変え、けれどほぼ正史通りに推移する。
違いはリトル・オーズJrの特攻がなかった事ぐらい。当人は他と歩みを揃えて、海軍の巨人部隊を相手どっている。
やがて、後方に控える白ひげの傍らにスクアードが現れる。
そうして、叫ぶは自分達を裏切ったと伝えられた言葉。
白ひげ傘下の海賊の中でも古株、信頼度の高いスクアードの言葉に傘下の海賊達は……笑いを堪えていた。
「……なに?」
それ故に、センゴクは疑念を感じる。
嘗て、ゴールド・ロジャーによって船員を失った経験のあるスクアードならば、突然伝えられた真実に動揺するだろうと、そう睨んでの人選だった筈だ。赤犬が上手くやったのは、スクアードの叫びを聞けば明白、だが……。
一拍の間を置いて、白ひげ傘下の海賊達が爆笑を始めた。
「おお!本当に言われたのか、スクアード!」
「で、誰が言ったって?なに、やっぱり赤犬?よっしゃ!賭け当たり!」
「げえっ!俺、大穴に賭けちまったよ!」
彼らの反応に知らぬ者は呆気に取られる。
それは、一瞬白ひげに対して怒りを感じたクロコダイルとて同じ事。『一体何が起きた?』とばかりに珍しく目を見開いて、唖然とした顔を隠さないでいる。
ただ、1つだけはっきりしているのは、彼らの反応は明らかに海軍の策を知っていた、という反応。
それが分るだけに、策を知っている海軍側の中将以上の面々は歯噛みする。
「おんやぁ〜?知ってたのかい?」
「予想つくだろうよい?ああ、それともう1つ」
白ひげ海賊団一番隊隊長マルコと対峙する黄猿も訝しげな声を発するが、その目の前でマルコが懐中時計を取り出し、指で摘まむようにして黄猿にその盤面を見せる。
「なぁ〜んのつもりだあぃ?」
「すぐ分かるよい……3,2,1…ゼロ」
ゼロ、とマルコが呟いた瞬間、城壁の至る所から火柱が上がる。
海賊達はそこに近づいていなかった為に被害はなかったが、砲台についていた海兵達に多数の被害が出る。
「……!おい、センゴク!あそこは弾薬庫だぞ!」
「ああ……何故だ!何故こんな事が起きる!……壁をただちに起動させろ!戦線を立て直せ!」
センゴクは急ぎ、崩れ落ちた壁を塞ぐ為にも壁の起動を命じるが、それは壁を動かす装置が随所で破壊工作に会っており、作動不可能に陥っている事を告げられる。修理には少なく見積もっても数時間。到底この戦いには間に合わない。
余りに白ひげに都合のよいこの状況に、疑念の声を上げる海軍側だったが、そこに1人の男が海軍側から歩み出る。
彼の纏うは正義のコート。
階級は支部中佐。
帽子に、センゴクがかけているような黒縁の眼鏡。鼻の下にはゆったりした髭を蓄えている。
「分っていれば……先手を打つ事も出来る、そう思わないかい?センゴク元帥殿?」
ニヤリと笑ったその様子に、海軍側も事情を悟る。
そうして、それが我慢ならない者もいる。
「貴様が……貴様が裏切り者かあ!」
怒りの声と共に何時の間にか駆け寄っていた赤犬大将が赤く輝くマグマの拳を支部中佐に叩き込み……激しい蒸気と共にその体に大穴が開いた。
「……?」
その感触に訝しげな表情を浮かべる赤犬の前で、中佐はニヤリと笑った。
「……裏切ったとは酷いな?俺は最初から裏切ってなんかいないぜ?」
そう言いながら、胸に大穴が開いたまま、彼は帽子を取り、眼鏡を取り、それらを次々と地面に落とす。
髭を剥ぎ取り……どうやら付け髭だったようだ……それもまた捨て、最後にオールバックに固められた髪をぐしゃぐしゃと手櫛で乱す。
そこに現れたその姿は……。
「貴様は……!」
「白ひげ傘下の海賊の1人……オーケストラ海賊団船長『コンダクター』アスラ!」
そう、裏切ってなどいない。
何故なら、最初から彼は海賊なのだから。
「……貴様!どうやって……」
「今だからこそ」
赤犬の叫び声に静かにアスラは語る。
「今だからこそ、可能だった。海軍の目も世界政府の目も親父達の動向に完全に向いていて、普段は注視されている海軍本部内部への視線はまるでガラ空き」
静かに、けれどシンと静まった空間ではその声はよく響いて。
赤犬の足元にわだかまるマグマと触れ合い、アスラの足元に満ちる白銀の液体が蒸気を上げ、次第に自身と赤犬を包む中、静かにアスラは語る。
「世界中から万単位の海兵が集まる中、当然全員の顔を知り、全員の顔を覚えている者などいない。今、この時期だからこそ見知らぬ顔が島を歩いていても、海軍の制服を纏ってさえいれば不審には思われる事はない」
そう、見知らぬ顔が歩いていたからとて何だというのだ。
島1つだけではない、世界中から海兵が集まっている今のマリンフォードでは知らない顔がいて当たり前。故に海兵かどうかはその身にまとう服装だけが頼りとなる。
それに気付いて、互いに海兵が周囲を見回し、薄ら寒い表情になる。
気付けば、知らない顔が周囲に幾等でもいる事に気付いたが故に。
ひょっとしたら、この中にまだ海賊が紛れ込んでいるのではないだろうか?そんな疑心暗鬼が生まれる事は避けられない。それに気付いたが故に海軍の上層部は苦い顔になる。
「世界中から集まっているが故に、マリンフォードの地理を知らず、この時期ならば見知らぬ海兵が本来は立ち入り禁止の場所に入り込んだとて、そう強くは咎められる事はない」
北の海から、南の海から、西の海から、東の海から。
世界各地の支部からやって来た海兵達は当然マリンフォードの地理を知らぬ者もまた大勢いる。だからこそ、間違えて迷いこんだとしても、そう強くは言えない。精々、次は気をつけるように言われる程度だ。
その意味する所に気付き、更に苦い表情になる者が多数。
今、壁が展開されない理由に気付いたからだ。……おそらくは、そうやって入り込んだ先で、目の前の海賊アスラは壁の動力部を破壊したのだろう。
情報を握って、味方に流し、味方の混乱を未然に防ぎ、海軍側の作戦を崩す。
指揮者……コンダクター。
情報を握り、先手先手を打って、戦局を優位に運ぶ者。
伊達にそう呼ばれてはいない、という事かと海軍側は改めて実感する。
「ああ、そうそうそれと……」
まだ、何かあるのか、と何を言う気なのかと戦慄する海軍側に向け、アスラは何気ない事のように口を開く。
「機械の兵士って、敵味方識別装置が逆になったらどうなるんだろうねえ?」
大多数は意味が分らなかった。
分らないまま、次の瞬間襲い掛かった光に蒸発した者が多数出た。
分った者は戦慄した。それが意味する事を。
そして、それ故に次の瞬間襲い掛かった光に対応出来たが、それが海兵を薙ぎ払うのを止めるのが精一杯だった。
「あらら……これはやばい状況じゃないの」
青キジが呟くのもむべなるかな。
戦線後方、本来ならば壁で遮断した上で挟み撃ちにするはずだった海側から姿を見せたパシフィスタが、けれどその攻撃の矛先を海軍側に向けてくるのを見れば、ぼやきも出ようというもの。
あれ一台で費用は軍艦一隻分にも匹敵する。それだけの金がかけられた切り札の一つが少しの小細工で全てが敵に回ったと思うと、腹立たしくなる。
敵味方識別装置は海賊側に弄られないよう、一旦起動開始すれば弄れるような場所にはない。つまりは、停止するまで暴れまわるまま……海軍を敵として。
「最後に赤犬大将……知ってるかい?」
「……何をじゃ」
対峙する赤犬大将に向け、アスラは指を立てて、それを左右に振りながら、なんでもない事のように告げる。
「水銀の蒸気って猛毒だって知ってた?」
はっと周囲を見回す赤犬大将。
気付けば周囲には濃厚な蒸気が立ち込めている。ようやっと、周囲も先程までの会話が罠だった事に気がついた。
咄嗟に下がろうとするが……その前にアスラが距離を詰めてくる。
億を優に超えるグランドラインをその縄張りとする海賊の1人なだけあって、そんじょそこらの海兵では全く歯が立たない。
「く……!」
咄嗟に周囲を赤犬大将が確認すれば、黄猿はマルコとの戦闘が続いている。
青キジは白ひげ海賊団三番隊隊長ジョズとの交戦が続き、どちらも見た目こそ余裕だが、他に手が回せる状況ではない。
そして自分は……。
(拙い!)
猛毒の立ち込める中、完全に相手のフィールドで戦闘。
それに確か、海賊アスラは……。
(防御においては自然系並!メタメタの実モデル水銀の能力者!)
時間が経てば経つ程、自身が不利に陥る。
悪魔の実の能力者とて毒は効く。だからこそ、インペルダウン所長たるマゼランが恐れられている由縁でもある。そして、それは赤犬大将とて同じ事。
中将らが前に出るが、同時に白ひげ自身も前線へと出てくる。
王下七武海は、ミホークは花剣のビスタと、ゲッコー・モリアはジンベエと、バーソロミュー・くまはオカマ王イワンコフと交戦中、ドフラミンゴは水牛アトモスに対して優位に戦闘を進めていたが新たに白ひげ海賊団十六番隊隊長イゾウが割り込んだ事により、振り出しに戻った。ハンコックはやる気がないのか、攻撃してきた者達に対してのみ反撃している。
ここで赤犬は覚悟を決めた。
本来ならば、防御壁を展開の後、青キジが凍らせた湾内を赤犬が砕いて足場を奪う予定だったが……最早、そんな余裕さえない。故に、敢えてアスラを無視し、背を向ける。
「俺を無視するとは余裕だな!」
背後から覇気を纏った一撃が叩き込まれる。呻き声を上げながら、だが、赤犬大将は己の役割を果たさんとする。そもそも、赤犬はスクアードの演技に気がつく事も出来なかった。あの時、気付いていれば、また別の対応もあったのではないかという思いがある。
「大噴火!」
炸裂した巨大な拳が火山弾となり、湾内に降り注ぐ。
その光景を確認して、赤犬大将は反撃に戻る。
海軍は世界の秩序の象徴、正義を背負うもの。ここで敗退する訳にはいかない!
結論から言おう。
白ひげ海賊団は二番隊隊長エースの奪還に成功した。
救出したのは、白ひげ海賊団の援護を受けた、麦わらのルフィ。
これに対して、海軍側も反撃に移ったが、既に毒に犯されていた赤犬大将は満足に動ける状態ではなく、黄猿はマルコに足止めされた。
足止めされていなければ、レーザーによる攻撃が可能だった筈なのだが……。
白ひげ海賊団の旗艦モビーディック号らを沈めたものの、肝心要のエースの処刑に失敗し、白ひげ達には遺体さえ残さず配下の海賊団諸共逃げ切られた。
誰が見ても、海軍側の敗北だった……。
この時、黒ひげは近くまで来ていたものの、白ひげが勝利して、離脱に成功するとみるや、自身が割り込んだとしても無駄に戦力をすりへらすのみと判断して、離脱。またの機会を待つ事にした。
赤髪は自身の出番がない事に加えて、ルフィが活躍していた事を喜びつつ、姿を見せる事なく同じく離脱。
激震が起きたのは、この戦いの後の海軍側だった。
戦争終結後、敗北の責任を取ると称して、海軍元帥センゴク、猛毒に犯され軍務の継続が困難になった赤犬大将、更にはガープ中将が辞任を表明する事になる。
世界は白ひげの力を改めて目の当たりにすると同時に、海軍へのひいては世界政府への失望へと繋がり、新たなうねりが生じてゆく事になってゆく。同時に白ひげが、『一つつなぎの大秘宝』、ゴールド・ロジャーの財宝は実在すると去り際に言い残した事によって、海賊もまた活発化。世界各地の海賊はグランドラインを目指す事になり、皮肉にもこれによって世界各地の海の治安は改善される事になった。
また、当初熱意をもって進められていた海軍の兵器パシフィスタに関しては、この戦争での印象が余りに悪かったのだろう。永久凍結される事になる。
世界は尚も動き続ける……。