第106話−考察
「一体何があったんだ?」
メルクリウス号に戻り、右手を見詰めながら、幾度も握ったり開いたりを繰り返すアスラに、スモーカーが尋ねた。
当然だろう、モビーディック号に乗り込んだのはアスラのみ。
何も起きないだろうとは思っていても、気にはしていたら、いきなり轟音と共に空が割れた。
これで何もなかったと考える方がおかしい。
「大した事はない、ただ単に白ひげと一撃合わしただけだ」
「ああ、そうか……っておい、十分重要な気がするんだが?」
冷や汗を流しながら、スモーカーが思わず、アスラに視線をやる。
アスラは武器を持たない。
武器をそもそも使おうとしない。
武術を鍛え、拳を蹴りをその武器とする。
裏を返せば、白ひげともその拳で一撃を交わしたのだろう。
(……今の俺には無理だな。つうか、こいつも大概化け物だよな……)
自然系は確かに最強といわれているが、だからといって超人系・獣人系が劣っている訳ではない。
事実、スモーカーは未だアスラに勝てないでいる。
そのアスラはといえば、右手を未だ見詰めていた。
あの瞬間。
白ひげとの激突で、さすがに素手な分、こちらが速かった。
だが、瞬間拮抗した後、押し切られた。
刃が届く寸前、瞬時に刃を返し、刃の背で甲板に叩きつけられたが、その一瞬でアスラもまた『鉄塊・剛』にて受け止め、大した怪我も負う事なく、足をふらつかせる事もなく、自身の船へと帰還した。
だが……。
(……あの時、白ひげは武器を片手で持っていた。両手で持てば、当然威力も速さも増す……速さはまだこちらに分があるだろうが、片手に負けたんだ、両手持ち相手じゃ抵抗も出来んな……それに……)
白ひげはグラグラの実による衝撃を使いはしなかった。
すなわち、あれでも白ひげは未だ全力を出してはいなかったという事。
(化け物め。さすが世界最強と謳われるだけの事はある)
既に水平線に消えようかというモビーディック号の姿に視線をやり、苦笑する。
(……次にアレとやりあうなら、力勝負は厳禁……いや、真っ向勝負そのものを避けるべきか)
アスラの悪魔の実は超人系メタメタの実モデル:水銀。
その能力を悔いた事はない。
だが、この能力では強者との戦闘には強さの上積みがしづらいのもまた事実だ。
防御は自然系並。
確かにその通りだが、裏を返せば攻撃は自然系に及ばないという事でもある。
例えば、先程の白ひげとの一撃。
白ひげはあそこから、まだグラグラの実の能力を破壊力に上乗せ出来るが、アスラにはそんな事は出来ない。そう、マグマならば拳を鍛えると共に熱という付加要素がつけられる。青キジの氷ならば触れる事自体が武器となる。だが、水銀単体では覇気を纏った攻撃同士では無効化も出来ない。かといって、水銀を使って威力に上乗せ可能な要素はない。
無論、広域大破壊を可能とする技はあるが、あれはあくまで周囲に味方がいない時のみ使える技だ。
それに、一対一の勝負向けの技でもない。
もし、白ひげと戦うなら、とシミュレートしてみるが、可能性としては2つ。
水銀で相手を包み込むか、それとも速さでもって手数で勝負するか。
(……包み込むのは無理だな。全方位に衝撃を放てる白ひげ相手じゃまとめて吹き飛ばされるのがオチだ)
となると、手数か。
命令がないのにやりあう訳にはいかない。だが、それは裏を返せば、命令があればどんな相手であろうとも殺りあう必要があるという事でもある。
そして、アスラには白ひげとの戦争の記憶がある。原作と今の世界は違うとはいえ、それは戦う可能性がゼロになったという事を意味するものではないから、アスラは戦う事も考えていた。
【SIDE:白ひげ】
「親父、あの男どうだったよい?」
既に定位置とも言える椅子に再び座り込んだ白ひげに、マルコが語りかける。
正直、単なる制裁ならば白ひげが直々に赴く必要はなかった。
白ひげ海賊団は世界最大級の海賊団だ。しかも、配下を含めて一味を家族としての結束力は鉄の団結力を誇る。
今回の馬鹿への制裁に関しても、配下の隊長クラスは元より、傘下の海賊団からも怒りの声が上がっており、許可が出れば我先にと乗り出していただろう。そういう意味では、一瞬で始末されて、あの馬鹿達は幸せだったのかもしれない。他の連中に捕まっていれば、楽には死ねなかっただろうから……。
とにかく、白ひげが足を伸ばしたのはこれまで実力を測る機会のなかった海軍本部中将の話を聞いたからだ。
といっても、別に警戒したとかそういう話ではなく、単なる暇潰し程度の感覚だったが。
「そうさな……」
白ひげは思い返す。
さすがに、海軍本部中将に任じられるだけはあったという所か。
今の海軍本部大将らは図抜けた者が多い。
比べれば、今はまだ物足りない。
だが……まだ若い。
今、世界最強の一角なぞと呼ばれている自分とて、若い頃からそう呼ばれていた訳ではない。
今の力に奢る事なく、研鑽を積み重ねれば……その先は?
「まだ、若い。だが、本物ではある」
「……成る程」
厄介な奴がまた増えたよい。
そうぼやくマルコに白ひげは顔を崩して大笑した。
前回の手合わせを振り返って、でした
実際、毒の蒸気とか搦め手ならありますが、水銀だと純粋な破壊力の向上にはあまり役に立たないのですよね
特に、このクラスの連中相手だと