第107話−情報収集
さて、傍から見た時、とっても大きいイベントがあったような気もするが、アスラ中将は今回の任務を果たすべく、目的地となる国へと到着した。
アインセル連合帝国。
国としては中規模、アラバスタには及ばないがそれなりに大きい。
この国は周辺幾つかの島をまとめて国という、島1つ=国という事が多いこの世界では珍しい国だが、それもこれも諸島という複数の島が連なっているから成立するともいう。
この国は珍しく帝国議会というものが存在し、皇帝に直言する権利を持つ。
議会に選ばれるのは各島の代表者であり、それは貴族とは限らない。
このような制度が作られる理由となったのは、やはり複数の島から構成される国、という要素が大きいだろう。何せ、新世界の国だけの事はあり、諸島で近場にある癖に島ごとに違うのだ、その特性が。
夏島の隣が冬島だったり、凶暴な肉食植物が繁茂する島の隣が平穏無事というのが相応しい緑溢れる楽園だったりする。種が飛んできそうな気もするが、どうも島ごとの気象の違いがそれぞれの島ごとの植生が移動する事を阻んでいるらしい。
そんなアインセル帝国の首都は一歩町の外に出れば、凶悪極まりない植生を持つ島にある。
何で安全な島じゃないのかといえば、帝国発祥の地がここだからだ。やはり、平和平穏な島と危険な島とでは住人の意識や鍛え方も異なるらしく、統一に動いた時、この島の住人を阻める者がいなかったからだ。
海賊も下手に森に踏み込むと襲撃前に酷い事になるから、そういう防御の面も考えてというのもあるが。
「さて、では行って来る」
「ああ」
アスラが外交団を連れて町へ出ると、船を守るのはスモーカーになる。
ジャブラもまた、アスラと共に船を降りた。世界政府の護衛の1人と表向きなっているので当然だが、アスラが何事かを命じる形で途中で別れる。
自分から別れるとなると、周囲に疑問を持たれる可能性が高まるからだ。
そのジャブラはというと、ごく普通に疲れるなあ、というぼやき気味に一団を離れる。あれこれ命じられている事や場合によってはスモーカー同様手合わせの相手までやっているを知っていた一同からは笑いながら、『大変だな』と言われながら。
一団から離れると、ジャブラはそのまま町中へと向かう。
もちろん、ジャブラは表向きはぼやいていても、本当はそんな事は考えていない。色々命じられていたと思われているのは、下準備の為だったし、手合わせは彼の仕事柄むしろ望む所だ。
そうして、ジャブラは一軒の裏通りに近い店に入る。
雑貨屋風のその店は、それなりに繁盛している店で、間取りもそれなりに大きい。
「やあ、店主はいるかい?」
入ると、ジャブラは愛想の良い顔で、店員に尋ねる。
厳つい顔だが、妙に愛嬌があり、店員も特に警戒などした様子はない。まあ、見た目からして警戒されるようでは、諜報員失格だが。
「店主ですか?失礼ですが、どのような……」
「ああ、昔馴染みの知り合いでね……すぐに思い出せないようなら、『ジーン島の酒は美味かった』と伝えてくれるかい?多分、それで思い出してくれると思う」
分かりました、と言って、店員は下がる。
ジーン島は帝国を構成する諸島の1つで、酒は知る人ぞ知る美酒の生産地だ。ただし、原料が特殊な為なかなか手に入らないし、高い。そんな酒を酌み交わすとなると、店主とも親しい人間なのだと分かるだろう。
無論、これは合言葉だ。
ひょっとしたら同じ事を言ってくる知り合いの人間がいるかもしれないが、先に書いたようにジーン島の酒は珍しい上に高い。そんな酒を酌み交わす相手となれば、それなりに親しい人間しかいない訳で、店主が会っても問題ない人間となるだろう。
「会われるそうです。こちらにどうぞ」
程なく店員が戻ってきて、案内してくれた。
店主はやって来たジャブラを見ても、笑顔を崩さない。ジャブラとは初対面なのだが、そんな様子は微塵も顔には出さない。ただし、代わりに……。
「おお、よく来られましたな。『あの時の酒はぺネシーでしたか?』」
「いやいや、『あの時の酒はスコッティですよ』」
「おお、そうでしたそうでした。いや、あの時は『互いに酔いつぶれてしまって』」
「そうそう、『朝、目が覚めたら今度は請求書の値段につぶれそうになりました』ね」
にっこりと笑顔になると、店主は『さあさあ奥に』、とジャブラを誘う。
ジャブラも、『それじゃお邪魔するよ』と笑顔で入って行く。
店員もそれに疑問を持つ事なく、店へと戻って行った。
奥へと入ると、2人の様子は一変する。
元々、この店はCPから金が出て設立された店だ。店主自身に案外商才があった為に、今はこの規模だが、仕入れルートの構築やCPからの商品情報の提供など未だあれこれと恩恵も受けている。
さすがに新世界においてはCPといえど活躍の規模は抑えざるをえず、こうした各地の割と安定した国に拠点を置いての情報収集が中心になってしまっている。一応支部はある事はあるのだが、他と比べると活発な活動は困難だ。
「さて、事情は知ってると思うが……」
「分かっています。現状で届いているのはこれですね」
さすがに、新世界の無人の危険地帯にクロコダイルとて工場を置くはずがない。
何しろそんな事をすれば、必要な物資も全て現地調達ないし運び込む必要があるからだ。それは却って目立つ。水くらいなら現地でも大丈夫だろうが、食料だの材料だのはそうはいかないからだ。食料はともかく、自然とそうした原料調達がある程度可能な場所が選ばれる事になる。それがこの帝国だった、という訳だ。
植生が豊富なこの国では、薬の生産も活発だ。というか、国の産業としてはそれがメインだったりする。
したがって、分散して複数のルートから複数の店を通じて仕入れを行なえば、想像以上に目立たない。
「成る程……この島か」
「ええ、この島は帝国内でも割と製法が秘密なものが作られているというか、秘伝の薬の生産が多いですからね。工場への立ち入りを厳しく制限していても誰も疑問に思いません」
可能ならクロコダイルの尻尾を掴みたいが、クロコダイルはそこまで馬鹿ではない。
事実、この工場は一般的なものや、貴重な薬の製造も行なっており、別に貴人が買いに来ていてもおかしくはない。
「ペレイナ島……」
それが、ダンスパウダー製造工場があると思われる島だった。