第109話−手合わせ
ジャブラの戦闘方法は鉄塊拳法と称されるように、【鉄塊】をかけたままでの戦闘だ。
CP9ではジャブラしか出来ないのだが、CP長官の家でペットの虎がやってた時は正直へこみそうになったのはジャブラの秘密だったりする。
まあ、それはさておき、踏み込んでの一撃にジャブラは顔をフードの奥でしかめた。
音も手応えも生身の人間を殴ったものではなかったからだ。
もっとも、それを感じたのは相手も同じだったようで、Mr.1もまた顔をしかめた。
「……妙な技を使うな」
言いつつ、踏み込んできたMr.1が手を開いたままジャブラに向けて振るう。
能力者と見たジャブラは相手の能力が分からない事から回避するが、舞い上がったローブの裾に4本の切れ目が入る。
着地したジャブラの視線が一瞬そこにいったのに気付いたか、Mr.1は告げる。
「俺はスパスパの実を食った刃物人間。俺の体は全身が刃だ」
手を顔の前にかざしてみせる。
確かに良く見れば、指の1本1本が刃物と化しているようだ。
成る程、と納得がいった。
とはいえ、ジャブラからすれば、まだやりようがある、という気分だ。
何しろ、ジャブラが知っているのは海軍上層部の面々だ。CP長官のアスラの水銀なんてどう殴れというのか、という気分だし、海軍大将らの自然系など殴ったらこちらが酷い事になるか、その前にもっと早い速度で蹴り飛ばされるかのどちらかだろう。
そういう意味では、殴れる相手なだけまだマシだ。
「そして、お前は何者だ?……先程殴られた感触はまるで鉄だった。貴様も能力者か?」
正解。
能力者である事は間違いない、ただし、Mr.1の想像とは異なるが。
「……だんまりか、いいだろう。それなら力ずくで聞きだすとしよう」
そう言って。
Mr.1は踏み込むと、まるでチョップを行なうかのように腕を振り上げ。
瞬間、ジャブラは壮絶に嫌な予感がして、全力で跳び退った。
……それが正解だった事は見事に真っ二つに切り裂かれた鉄の作業台のなれの果てが示す事になった。
(……おいおい、斬鉄かよ)
斬鉄。
文字通りの意味で鉄を斬る技の総称だ。
単純な力任せの技では出来ない。
刃とは想像以上に繊細であり、力任せに叩き付けた所でひしゃげるのは刃の方だからだ。
力ではなく技。
同じ鉄の刃でもって鉄を断つそれは、達人の証でもある。
「……以前なら出来なかっただろうがな。新世界ではこれぐらいが出来なければ生き抜けんという事だ」
ジャブラが沈黙を守っている分、Mr.1が話す、という状況が続いている。
もっとも、お互い相手がどう思っているかは気にしていないから、これはこれで構わないのかもしれない。
(……相手が斬鉄が出来るとなると、無闇な接近は厳禁だな。とはいえ、さすがに指の刃で握った程度で斬鉄が出来るとは思えないが)
そんな事が出来るのはミホークかシャンクスレベルの連中ぐらいだろう。
(とはいえ、相手が刃物だと素材は鉄だろうからなあ。さすがに、嵐脚程度じゃ通用しねえだろうし)
とはいえ……。
(ま、仕方ねえ。久方ぶりにこのレベルの相手ってのも面白いか)
元々六式は格闘技だ。
今でこそジャブラも鉄塊拳法を身につけているが、かつてはそんな事は出来なかった。
殴り殴られ、斬られ……鉄塊を修得してからも僅かな油断が怪我に繋がった。
考えてみれば、刃物で斬られれば痛いのが当然だ。
どうにも感覚が狂っていたらしい、とフードの下で苦笑する。
とはいえ……。
(まあ、脱出が最優先なのは確かなんだがな)
言いつつ、ジャブラは腕を上げ、拳を握る。
それを見て、Mr.1もまた戦闘態勢に入る。
そして。
瞬間、ジャブラがMr.1の内懐に飛び込んだ。
「!?」
驚いたのは無理もない。【剃】の速度はMr.1にとっても予想外だったからだ。
だが、そこはMr.1も歴戦の強者。
ジャブラの一撃を自ら後方に飛ぶ事で勢いを弱め、今度はお返しとばかりに踏み込んで蹴り上げる。
普通なら蹴りなら受け止める所だが、相手はスパスパの実の刃物人間。当然、その足全体が刃物と化している上、これだけの一撃ならば斬鉄も可能とみて、ジャブラは【紙絵】で避ける。
(……本当なら、きっちり片をつけるまでやりあいたい所なんだがな……今は任務が優先だ!)
書類は一部しか手に入らなかったが、ダンスパウダーの現物は手に入った。
これがあれば、強制査察でアスラ中将が入る事も可能だろう。
……もっとも、迅速に行なわねば、即効で潰されるなりして証拠隠滅される可能性があるが。
それだけにジャブラは一刻も早く帰還せねばならない。
(鉄塊拳法・狼弾(オオカミハジキ)!)
【鉄塊】をかけた両腕でMr.1を弾き飛ばす。
ダメージこそなかったものの、距離を取った事で瞬間隙間があいた。
その瞬間を見逃さず、【剃】で駆ける。
Mr.1も今度は距離があったからか反応するが、さすがに大降りの一撃、すなわち斬鉄の一撃は放てず、手で掴もうとするに留まる。その手を払い、そのままジャブラは逃走する。
一旦逃走してしまえば、ジャブラに追いつける速度がMr.1にはない。
加えて、先に警備を始末したお陰で、邪魔される事なく通用門からの離脱が可能だ。
無論、鍵がかかっていたが……。
(鉄塊拳法……重歩狼(ドン・ホー・ロウ)!)
拳の一撃で鍵が壊れ、扉が開く。
離脱してゆくジャブラの姿をMr.1は見送るしかなかった。
鋭く舌打ちすると、即座にビリオンズに連絡を行う。
ばれた以上は長居は無用だ。奴が早いか、こちらが早いか、後は手集の速度の勝負になる。
……結果からいえば、この勝負は痛み分けという形に終わる事になる。
ジャブラはアスラへと連絡を取り、島の近海に滞在していたアスラは即座に駆けつけ、工場へと飛び込むが、僅かな差で証拠となる書類や人材には逃げられた。
ただし、生成されたダンスパウダーまで持ち出す余裕はなかったらしく、こちらは抑える事に成功した。
BWとCPの勝負は、未だ続く……。