第110話−読み合い
【SIDE:アスラ】
「……そいつは西の海の殺し屋として有名なダズ・ボーネスだな」
アスラは踏み込んだ先の工房でぼやいた。
工房はよくぞこれだけの施設をと思うぐらいに大規模なものだった。
これだけの大地の掘削を周囲に気付かれずに行なうだけで大仕事だろう。少なくとも、この地に鍾乳洞なんてものは存在せず、また天然の洞窟が存在したという記録も存在しなかった。つまりは自然にあったものを拡張したという訳ではない、という事。
(……とすると、それなりの金がかかっている、という事か?)
だとすれば、問題ないのだが……。
今回の一件は帝国としてもかなりの問題となっているらしい。
ダンスパウダーは新世界であろうと関係ない。世界中どこでも製造禁止・所持禁止の一品だ。それはこの帝国においても同じ事。
それだけに、今は問題となった工房が何時からダンスパウダーを製造していたのか、どこの商人からどれだけの品を卸していたのかを捜査しているらしい。
どのみち、アスラはここにこれ以上は長居出来ない。
元より、ここでのBWへの探索は本来の予定にねじ込んだもの。せめて、証人と証拠物件を押さえられていたならまた打つ手は増えていたのだが……現物を押さえたとはいえ、証拠がない。これでは、アスラが残って動くにはどうにも弱い。
そもそも、今回の一件とて、ダンスパウダーの密造という情報を得て、近海にいた海軍本部中将が応援に駆けつけた、という体裁をとって帝国の内部捜査に介入している状態なのだ。
帝国が面子をかけて、『後は我々が』と言い出しては、これ以上『いや、私もまだ介入させて下さい』とは言えない。
「すまねえ、義兄貴。俺があそこでBWに気付かれなけりゃ……」
「……いや、お前はよくやった。まさかBWの中でもトップに近い所が詰めていた、とはな……」
全てにおいて完璧を望むのは無理だ。
最善を望み、次善を得られれば良しとする。それが現実で、実際下手を打たなくても、次善さえつかめない事はザラだ。
そういう意味では、今回のケースは元々地下にあった時点で厳しい条件だった。
地下というのは侵入経路が限られ、脱出経路もまた限られる。
そもそも、余計な場所を作っていないという事は見張る場所も限られるという事。
あの時、個室も探っていればMr.1の存在には気付いていただろうが、その場合はそもそも、その時点で侵入に気付かれていただろうから、だから、これは最善を求めた上での実際の状況から得た次善。
そう判断すると、アスラは撤退を決めた。
【SIDE:クロコダイル】
「そうか、ダンスパウダーは押収されたか。まあいい、近くでほとぼりを冷ましてから移動しろ」
電伝虫の向こうで詫びるMr.1の声を聞きながら、クロコダイルは答えた。
然程機嫌が悪くはない。
(ふん、やはり奴は気付いていたか)
元々、あの拠点は獣人系悪魔の実の能力者、モグモグの実の能力者であるミス・メリークリスマスが掘ったものを整えたものだ。
代わりなぞ幾等でも作れる。
(同じ島に1つだけとは限らないぜ?アスラCP長官さん)
前のダンスパウダーを抑えられた後、雌伏の時間を使って、戦力の拡張と鍛錬を重ねた。
懐かしい新世界に、配下の者を送り込んだのもその一環だ。
別に全員が一騎当千の実力を持たずとも良いが、オフィサーエージェントというある意味切り札的な連中には高い実力を持ってもらわないと困る。
死に掛けた奴らもいたが、そのお陰で能力頼りの連中にも喝を入れる事が出来た。
悪魔の実の能力は便利だが、食った後どうその能力を活かすかは、能力者次第だ。
折角強力な実を食ったのに活かせないまま果てる奴もいれば、食った実の能力自体は特筆するようなものではないけれど、万全に能力を活かす戦いを行なう事で恐るべき強者となる者もいる。
クロコダイル自身がダンスパウダーの密輸を行なったのも、実の所鈍っていたように思えた自分を今一度昔の現役の感覚を取り戻す為だった。新世界へ行き、そこで実戦経験を積む事、それこそがクロコダイルの真の狙いだった。
そうして、帝国はしばらくは躍起になって探るだろうが、既にあの目立って敵の目を惹き付ける囮にはそれなりのダンスパウダーも残してあった。
そう、あの施設は最初から囮だった。
それなりの金と人員をかけた囮だったが、相手が相手だ。クロコダイルはケチではない。
Mr.1を警備においたのも、自分があそこを重要視してると相手に信じさせる為だったし、迅速な撤収が上手くいったのも偶然ではなく、元々ばれたらさっさと撤退する予定だったからだ。
まあ、相手の手際が良くてギリギリになってしまったのにはヒヤリとさせられたが。
(運び込んだ材料は地下道を通じて、既に別の場所へ運び込んでいる。購入された資材と実際に見つかったダンスパウダーや資材の量がつりあわないと分かっても、俺が運び出したという事が分かっている以上、あのCP長官も既に運び出されたものと判断するだろう)
以前は相手にしてやられたが……今回はこちらの勝ちだ。
ニヤリと笑うとクロコダイルは自らの仕事に戻った。