第111話−世界の片隅で
世界は広い。
そして、広いようで案外狭い。
アスラがクロコダイルとそんな騙し合いの陰謀劇をやらかしてるのとほぼ同時刻。南の海ではアスラのよく知っている面々が実に単純に暴れていた。
「ゴムゴムのぉ———!」
ここは南の海に浮かぶ島の1つ。
分かりやすく説明すると、水と果物と獲物が豊富なこの島で網を張っていた海軍の軍艦。
この島には片方には広く穏やかな湾が。
反対には狭く入り組んだ入り江があった。
海軍側は入り江側に軍艦を停泊させ、湾に入り込んで停泊し、船を降りた海賊団に対して襲撃をかけたという訳だった。
「鎌!」
長く伸びたルフィの足が横薙ぎに振るわれ、まとめて海賊団を吹き飛ばす。
現在前線で暴れているのはルフィのみだ。
とはいえ、別に残りの面々が遊んでいる訳ではない。
ルフィはゴム人間だ。それ故に打撃は効かず、後世のそれと異なり球形の弾丸を用いる銃弾も通用しない。それを利用して、海兵らはルフィを巻き込むのを怖れる事なく、銃撃を浴びせている。
無論、何発かはルフィにも命中しているのだが、ルフィもまた喰らった弾丸をそのまま弾き飛ばすのではなく、少し方向を修正して海賊団に浴びせるようにしている。
無論、そんな必要がない面々もいる。
ガープ中将とアリスだ。
何故アリスがここにいるかというと……。
【回想シーン】
マリンフォードで、ハンコックがアリスに語りかけている。
「ルフィがガープ中将に連れられて出撃するそうなのじゃが……あの2人ではどうにも不安じゃ。ついて行ってやってくれんか?」
「みゃう♪」
とアリスは了承して頷いた。
以上回想終わり
という訳で、ついてきたアリスだが、ガープ中将が時折手元の銃弾を指弾の要領で弾いて、ルフィがうっかり気絶させ損ねた奴をきっちり落としている。
アリスはというと、こちらは鉄塊拳法モドキの使い手だ。
平然と銃弾の飛び交う中を闊歩し、張り倒していたりする。
今も、ルフィの死角から忍び寄った2人の刀と剣を持った海賊の前に【剃】で瞬時に出現する。
「みゃう♪」
ぎょっと目の前に突如出現した巨大な虎に足を止める海賊達だったが、アリスはそんな事お構いなしに、右前脚を振るう。
一撃目で刀と剣がまとめてへし折れて飛んで行き、二撃目で人も飛んでいった。
「ちくしょう!」
追い詰められ、ルフィと渡り合っているのは、この海賊団の船長だ。
名は『鉄槌』のゼン。
名前の通り、巨大な鉄槌を武器として戦う海賊なのだが……槌というのは当たり前の話だが、打撃武器だ。そして、ルフィはゴム。相性は最悪と言っていい。こんな南の海で燻っているような海賊が覇気が使える筈もない。懸賞金は300万ベリー。
そもそも、大振りすぎて、全然ルフィに命中していない。
「ゴムゴムのぉ——バズーカ!」
「げぶほぁ!?」
六式を使い、インパクトの瞬間【指銃】の要領で拳を固める。
鉄並の硬度に達した拳がゴムで加速され襲い掛かってきたその一撃に敵うはずもなく、ゼンはぶっ飛ばされて、気を失った。
その様子をガープ中将は思わず涙を流しつつ、ハンカチで目元を抑えて見ていた。
ガープ中将にしてみれば、孫と一緒にこうして海軍の一員として海賊退治なんて事が出来る日が来る事をどれ程待った事か、という気分だったりする。分からないでもない。息子が息子だし、孫同然に思っていたエースは結局賞金稼ぎとして海に出て、当分戻ってきそうにないし。
ただ、中将自身が感動していても、現実は未だ戦闘が終わった訳ではない。
もちろん、ハンカチで顔を抑えつつも、空いた左手で破れかぶれで特攻してきた海賊団の突撃隊長を、そちらに視線さえ向けず拳の一撃で容赦なく大地に沈めているが。ちなみに、その隊長は膝から上が砂に埋もれてしまい、慌てて海兵らが掘り出そうとしている。膝から下ではない、膝から上が上下逆で埋もれているのだ、中将の拳骨の一撃で。
この場合、『さすがガープ中将』と褒めるべきなのか、『手加減してやってください、大人気ない』と叱るべきなのかとても微妙かもしれない。
「中将!」
「うん?なんじゃい」
顔を緩めてルフィしか見ていなかったガープ中将だったが、呼ばれればそちらに意識も向ける。
「はっ!海賊船が動き出した模様です!どうやら仲間を見捨てて逃走を図ったものと……」
見れば、確かに海賊船がこっそり錨を上げて、逃走を図っている。
どうやら、船長が勝てるかどうか様子を伺っていたようだ。しかし、負けてしまったので船に残っていた面々が慌てて、逃走を図ったという事だろう。
海軍の軍艦は島の反対側だ。
もし、ここで逃走を許せば、相当面倒な事になるだろう。
ガープもそれは理解しているはずだが、焦る様子は微塵もなかった。拳骨流星群用の砲弾が別に積まれている訳でもないのだが……。
ちらり、とガープが視線を海賊船の上空に向ける。
釣られるようにして、海兵も視線をそちらに向ける。
そこには小さな獣の陰が1つ。
何時の間にか、逃走を図る海賊船の上空へと舞い上がっていたアリスだった。
更にそこから天を駆けるようにして、【月歩】による轟音と共に船へと舞い降りる。
「みゃううううううううう!」
【六式我流/天槌】
自らを砲弾と化したアリスの一撃はそのまま甲板を粉砕し、その下をぶち抜き、更にその下を……と貫通し、遂には船の竜骨をへし折った。竜骨を折られた船がそのままでいられるはずもなく、停止し、次第に沈みつつある。
慌てて、船から逃げ出す連中もいるが、島から別の島へと泳ぐのはこの連中では無理だろう。
かといって、既に湾は海軍の目が光っており、逃げ場所もまた、ない。
ふわり、とガープの傍らに舞い降りたアリスは、『もう、自分達の出番もいらないでしょ?』とばかりに毛繕いを始めていたりした。
アスラがグランドラインでクロコダイルと互いに相手の思考を読み合っての武器を交わさぬ戦いを繰り広げている一方で、ルフィらはそんな事をやっていた。
元々、海軍本部中将がわざわざ出張るような相手ではない。
そんな彼らがここに来ていたのは、見回りがてら、ルフィの実戦経験蓄積の為、という一石二鳥を狙ったものだ。
……哀れなのは、海賊団の連中だったかもしれない。
「えーと、とりあえず崖に刺さっていた『鉄槌』のゼンは回収完了しました」
副官の報告を受け、ガープはまた網を張る。
何しろ平和な島だ。
食い物は豊富、危険な動植物もない。海賊を待つ間は海兵らにとってもバカンスのようなものだから、不満が出るはずもない。
「ようし、そんじゃまた、交代で休んでおいていいぞい」
中将の声に、歓声が上がった。