第114話−アスラの一日
アスラの朝は早い。
朝5時起きで、感謝の正拳突き一万本。
かつてはえらい時間のかかっていたこれも、今では1時間程で終わる日課に過ぎない。轟音を立てる訳でもなく、ただ静かに空を引き裂き、日々に感謝の気持ちを捧げつつ打つ。
当初は神様とかに願ってみたのだが、軍隊が仲間の為に戦うというのが戦う理由の一番に来ているように、具体的な形のないものへと祈るのはどうにもしっくりと来ない。やはり、愛する人がいて、その人との間に子供がいて……世界を回る子供達が平穏に暮らせている今に感謝を込めて、というのがここ数年来の彼の想いだ。
それが終わると風呂を浴びる。
時折、ハンコックも一緒に入る事があり、その入浴時間が妙に長引く事があるが……まあ、中で何が起きているかは覗かないのが吉というものだろう。
誰だって馬に蹴られるような野暮になりたくはない。
大体、それが終わると子供達を起こす時間、というか朝の7時頃になる。
朝食を食って、朝8時半には出勤。
まずは急ぎの仕事から片付けていく。現在の仕事は造船総監が海軍の役職としては与えられているが、こちらは余り急ぎという事はないので、やはりCPからの報告が主となる。
「……やはり、BWは活動を新世界に移しつつあるか……」
アラバスタ王国に目をつけているのは変わらない。
だが、その為の物資の調達や人員の雇用、その他の拠点の内、主なものを新世界に移しつつある。
無論、厳しい環境下にある新世界、移したはいいが潰れる人員もそれなりの数に及ぶようだが、その辺は実力のない者の淘汰と割り切っているのだろう。
(……砂漠の王国、クロコダイルにとっては正に最高の地だからな。早々狙いを変えるとも思えん)
アラバスタ王国はスナスナの実の能力者であるクロコダイルにとって最高に力を発揮出来る土地だ。
加えて、長い歴史に、多数の人口、豊かな国力と非常に美味しい国だ。
(……とはいえ、それだけに落とすのは容易い話ではない。ダンスパウダーの作用と思われる動きも別に王都に集中している訳でもないし、コブラ王と思われる影が別の街で目撃されている訳でもない)
そもそも、王たる立場にある者がそうほいほいと他の街へ姿を現すはずもない。
というか、現していたら国の他の人間の方が困る。それはフラフラと彷徨しているのと同じであり、仕事を放棄しているという事と同義だからだ。……加えて、これが青キジ大将のように襲われた所で返り討ちに出来る実力があるのならばともかく、国王が1人で出歩こうものなら、護衛が大変だ。
原作ではビビ王女がほぼ単独で潜入捜査なんぞ行なっていたが、あれだって反乱軍の成立による国内の混乱がなければ誰かが止めていただろう。
王都でダンスパウダーが用いられていたのは、コブラ王がいてもおかしくない場所だったから、な筈だ。
では、『今は何を企んでいる?』
現状、アスラが悩んでいるのはそこだ。
国内で移動しつつ、あちらこちらでダンスパウダーを用いているのは、国内を混乱させるつもりなのだろうか、とも思うが……何分材料が足りない。
そして、アスラ中将にとって大問題なのは……これらをじっくり考えている時間がない。
仕事はまだまだ山積みだからだ。溜息をついて、とりあえず判断を保留にして、仕事に戻る。
そうして、午前中は造船総監含めた海軍としての仕事をこなし、午後からはCP長官としての仕事をこなす。
夕方からは会議に参加する事も多い。
おつるさんは大参謀と呼ばれているが現代風に言うならば参謀総長に相当する。アスラはそのサブ、副参謀長とでもいうべき立場に任命されている。書類仕事もそうだが、CP長官として現在の世界情勢について最も知識を有している人物でもあるからだ。
時間があれば、この後、主にボルサリーノ大将こと黄猿、或いはクザン大将こと青キジと近くの訓練施設で汗を流す。
他の本部中将と手合わせする事もあるし、少将や大佐級をまとめて相手する事もある。今日のように。
「九尾——乱れ桜」
内心では別名:禁鞭モードと呼ぶ広域破壊モードだ。
無数の鞭へと枝分かれした銀の尾が周囲を破壊する……ただし、これでもかなり威力を抑えてはいる。
本気でやると、というか本気でやらないと意味がない大将相手はともかく、通常の相手ならこれで十分。周囲を粉砕してまとめて死屍累々の惨状になる。
これでも、海軍大将が相手となると勝率は5割を切るのだから、アスラとしては鍛錬を欠かす事など出来ようはずもない。
特に先だっての白ひげとの手合わせ以来、より早く、より鋭い一撃を追及している身としては尚更だ。
受け止めるのは限界があると紙絵の技もアレコレと試してみたりしている。
これらが終わるとまた残りの書類仕事がある。
文官や書類を待っている面々からすれば、こちらに専念して欲しいのだろうが、何しろ海軍本部中将だ。腕が鈍るようでは大問題だし、アスラとて望まない。
海賊相手の出撃とてない訳ではない。
というか、中将クラスの出撃が求められる事は案外と多いし、そういう時は大抵というか間違いなく億越えクラスの危険な相手である事が大半だ。
だから、センゴク元帥など上層部が文官らを牽制してまで、アスラの鍛錬の時間を確保する。
これらが終わるともうとっぷり夜も遅くなっている。
ハンコックは起きて、アスラを迎えたがるが、それをやると翌朝朝食の支度などの為に早起きするハンコックが体を壊すとアスラが説得して、遅くなる場合は先に寝るように説得したお陰で最近は先に休んでいる事も多い。
こうして、帰ったアスラは布をかけて置いてある晩御飯を食べて、就寝する訳だが……。
(……どう考えても、BWに対応する時間が足りん……)
最近思うのは、そればかりだ。
CP9は頑張ってくれているが、相手が相手だ。本来ならば、アスラとてもっと積極的に動きたいのだが……。
そう思いつつ、ふとCP9らの活動報告を思い浮かべた。