第115話−CP9:ロブ・ルッチ
ウーツ鋼製の棍が振るわれる。
凄まじい勢いで放たれた突きは、一発目が目標とされた海賊が獲物を持つ右腕の肩を砕き、二発目が左の肩を砕き、三発目が腹にこちらは少し手加減されて打ち込まれ、海賊は瞬く間に意識を失い倒れた。
それでお仕舞い。
30人からいた海賊達は全員が全員大怪我をして呻いていた。
「いや、さすがです!Mr.6!」
「素晴らしいお手並みです!」
それまで隠れていた、というか、Mr.6ことロブ・ルッチが(邪魔だから)隠れていろと言って下がらせていたミリオンズが海賊が全員ぶちのめされたのを確認して、出てきて、口々に褒め称える。
『煩い、褒めた所で何も出んぞ』
と肩にとまるハトが言うが、ルッチ本人はミリオンズの姿を見ないまま、どこからともなく取り出した酒瓶をドンとミリオンズ達の前に置いていた。
「「「「「ゴチになりまーす」」」」」
一斉にミリオンズ達から声が上がった。
無論、ルッチ当人は背を向けているのだが……。
その夜。
テントを張り、ぶちのめした海賊達の見張りはミリオンズ達に任せ、ルッチ当人は棍の手入れをしていた。
ウーツ鋼が強靭な硬度を誇るとはいえ、あくまで本来得意とする素手戦闘の技術を見せない為の一時的な相棒とはいえ、戦闘に用いる以上手入れを怠るべきではない。
(……とりあえず、ここまでは来たか)
フロンティア・エージェントの最高峰。
ここから先はオフィサー・エージェントの領域だ。
周囲には気配がない事は分かっているが、口には出さない。無論、ハトも全く口を開こうとしない。
ミリオンズとなっているが、あの中にはビリオンズが混じっている事をルッチは知っている。間違いなく、自分を監視する目的だろう。
ここで、ルッチが先程見せたような、『無口無愛想無表情で、会話は全て肩にとまったハトが行なっている変人』『棍を武器とする武術家』『褒められると、或いはおだてられると、口ではどう言ってもつい酒だのを出してくれる、おだてに弱い人間』といった顔を作っているのも偽装の一環だ。
(……ブルーノが伝えてくれたが、ジャブラが先だって新世界でMr.1とやりあったという……俺が誘われているのもそれか?)
ルッチが賞金稼ぎとして活動をして程なく勧誘があった。
ちょうど、フクロウとクマドリがダンスパウダー船を壊滅させた辺りで、BWが戦力強化を図って募集を強化した辺りだ。
そこから上がってくるのは簡単だった。
幾等実力を隠しているとはいえ、ルッチはCP9最強の戦闘要員だ。そこらのミリオンズ・ビリオンズなどと名乗っている雑魚に負けはしない。オフィサー・エージェントでも連れてこなければ、相手にもなるまい。
とはいえ、そこまで大っぴらにやる訳にはいかなかったので、それなりに時間はかかったが、お陰でここまで来た。
そんなルッチに異動の話が来たのはつい先日だ。
『とある島での警備任務』。
警備という事で当初は渋っていたが、向こう曰く『退屈する事はない』仕事だと言っていた。
当初はそんなに襲撃の多い島か?と思っていたが、新たに情報を得てみると、新世界の島の可能性が出てくる。
(であるならば、受けるべきだな。施設の情報が得られるのも大きい。……新世界で鍛えられるのならば、それもまた良い)
ルッチは以前、アスラCP長官に敗れた。
別に怨むつもりはないが、このまま負けたままというのも純粋に悔しいという気持ちもある。
(……俺にもまだ武術家としての心があったという事か)
手入れを終えた棍を確認しながら、内心で嘲う。
殺人を合法的に行なえるからと所属していたはずだった。
これまで何十人何百人ではすまない数を殺してきた。
自らの両手は所謂『血で真っ赤に染まっている』状態だろうが、それを悔いる気は微塵もない。全て自分が選んだ道だ。
その翌日受諾の意思を伝え。
Mr.6ことロブ・ルッチは新世界へと旅立つ事になる。