第117話−CP9:クマドリ
鋭く突き出された棍の先が掠める。
錫杖を牽制とばかりに突き出すが、するりと避けられる。
その瞬間の隙をついて、棍がクマドリの腹を抉った。
「ぐっ!」
咄嗟に【鉄塊】をかけたものの、衝撃は鋭く内部浸透する。
クマドリは呻き声を上げつつも、錫杖を大きく振り回し、それを相手は軽やかに回避するが、結果として距離が開いた。
(容赦ないのう……)
内心で苦笑しつつも、表情に出すような真似はせず、目の前の『敵』を睨む。
……BWのMr.6、すなわち、ロブ・ルッチの姿を。
そもそも、クマドリが新世界を訪れる事になったのはルッチとの連絡の為という面が強い。
これまでは、ブルーノがアラバスタ王国王都に設けた酒場が連絡場になっていた。
だが、新世界に行ってしまっては、そうはいかない。
そこで、新世界にあるBWの拠点の情報の受け渡しの為、或いはそうして得た施設を探る為にクマドリが赴いたという訳だった。実際問題として、新世界にBWが重要拠点の幾つかを移したというのは非常に面倒な状況を生み、前半の海と後半の海(新世界)双方の連絡が大きな問題となっている。
ブルーノの酒場は潰す訳にはいかないが、とにかく人手が足りない為、最近でCPからの要員を派遣して、ブルーノ当人も動かしている有様だ。
グランドライン前半にはカクとカリファが潜入状態、フクロウとブルーノが情報の受け渡しと入手した情報を元に捜査。
後半こと新世界にはルッチが潜入、ジャブラとクマドリが以下省略。
そうして、クマドリが現地協力者から渡された情報を元に、ある施設に潜入し……そこの警備に当たっていたMr.6と遭遇し、今に至る、という訳だ。
何故、こんな状況になったのか?
それを一言で言えば、『運が悪かった』としか言いようがないだろう。
ルッチがいる施設にクマドリとて潜入するつもりはなかった。
ところが、ルッチが移動中、新世界の突発的な異常気象により船が破損、急遽この島の施設に意図せず立ち寄る事になった。無論、本来の目的地がある為、翌日には移動予定だったのだが他ならぬその異常気象によりクマドリの到着は逆に早まり、当初予定より1日早く到着し、施設への潜入を行なった所、こっそり盗み食いをしていた警備に運悪く遭遇。
更に拙い事に盗み食いがばれていた為に駆けつけていた他の者達に見つかり……現在に至る。
(……ルッチ以外はどうとでもなるんじゃが……)
更に言うならば、ルッチは六式を一切用いていない。
だが、そもそもの実力に大きな差がある以上、余り慰めにならない。
「ええい……!【生命帰還】!」
髪がうねくり、ルッチを絡めとろうとするが、ルッチは棍をぐるぐるとすかさず回転させ、逆に髪を絡めてそのまま振り回す。
絡まった為にすぐに切り離せぬまま、その大元の体ごと振り回されたクマドリはそのまま床に叩きつけられた。
『もう1度言う。素直にどこの手の者か吐け。そうすれば、命は助けてやるかもしれんぞ?』
ルッチの肩のハトが言うが、そんな訳がない。
ルッチならば、CP9の情報を守る為に、きっちりと自分を情報を吐く前に始末してくれるだろう。その点に関しては、クマドリは確信というか信頼しているし、怨む気は毛頭ない。
逆の立場なら、自分でもそうするだろうからだ。
「生憎、そういう訳にゃあ〜いかんのう〜よよいっ!」
全身痛むが、そこは見得を切る。
だが、ここで幸運な事が起きた。
一部の者が加勢すべく、という名の元に功名を上げようと弱ったと見えたクマドリの背後から襲い掛かったのだ。
無論、クマドリがそんな連中にやられる筈もなく、逆に彼らを盾に逃走を図る。
「それじゃあ〜これでおさらば、じゃあ〜よよいっ」
【剃】でもって全速力で駆ける。
入り口付近に固まっている連中は壁を走り、そのまますり抜ける。そこはビリオンズであっても所詮は雑魚。【剃】の速度に目がついていかず、あっさり抜かれる。
ルッチは見えていたし、追う事も可能なのだが……六式を披露出来ない以上、『邪魔だっ!』と障害物と化した連中をわざわざ掻き分けて、進むが既にこちらを見ているビリオンズ連中の頭上を駆け抜けて言った後だった。
「あれ?あいつはどこに?」
と言っている連中に、『何を馬鹿な事を言っている。お前達の頭上をぬけて行ったぞ』と叱咤し、急ぎ後を追わせるが、無論追いつける筈もなく、また少数で勝てる筈もなく、3名程が返り討ちにあって、脱出される事になる。
とはいえ……ビリオンズ連中にしてみれば、邪魔をした挙句逃げられるという失態を重ねた事になる。その事を指摘した上で、ルッチはビリオンズ達を精神的に追い詰めながら、BW上層部に報告すると告げた。そうなれば、当然ビリオンズ達の階級は下がるだろう。
焦った彼らは何とか上に黙っていてくれと懇願した挙句、ルッチの肩のハトは『……今回だけだ、次はないぞ』と告げた。
無論、ルッチとしてはそうなるように仕向けた訳だが……。
そして、何もなかった事にする以上、特にこの島に滞在する理由もなく……翌朝には予定通り出航した。
ビリオンズ達は自分達で捕らえて、功績を!と動くが……結果から言おう。
クマドリは怪我を負いはしたものの、ルッチがそこは巧妙に行動不能になるような怪我は避けていた事もあり、翌日傷の応急処置を済ませ、再度潜入。
無事、必要な一式を確保し、島からの脱出に成功する事になるが……ビリオンズ達はまさか、再度戻ってくるとは思わず、施設の外の捜索に熱を上げ、施設をがら空きにしていた為気付かなかった。
そして、報告が為されていない事をいい事に、結局見つからなかった為に『何事もなし』と偽りを続ける事になる。