第118話−CP9:ブルーノ
「……こいつは×、こいつはここは○だが、どうもな……」
ブルーノは採点を行なっていた。
採点。
それだけ聞けば、勉強を思い出して嫌な気持ちになる人もいるかもしれないが、CP9本来の任務からすれば平和的に思えるかもしれない。
目前で、死体が生産されている状況を平和的と言えれば、だが。
そもそもは、最近の人手不足が原因だ。
アラバスタ王国に留まらず、BWの活動領域が新世界まで広がった為に、CP9も部隊を分割せざるをえなくなった。
こうなると、ブルーノも酒場の主人で拠点担当と言っていられず、最近ではフクロウ共々アラバスタ王国での調査活動に携わっている。
そんな時にアスラ中将から尋ねられたのが、『六式使いでない者でも何かに使える奴はいないか?』という事だった。
一瞬否定しかけたし、何でそんな事を、と思いもしたが、よくよく考えてみれば、アスラ中将の傍には五式使いにしてルッチ以外に勝利を収めうる(ちなみにブルーノも未だ勝てていない)グランタイガーのアリスがいる。
六式使いでなくとも勝てる実例がいては、頭から否定する訳にもいかないか、と思うと同時に確かに重要任務に使えないとしても何かには使えるかも、と思ったのは事実だ。
そこでまず、候補生に任務を命じた。
CP9の仕事に関わる可能性がある、などという事は告げたりはしない。
もし、捕まった場合に情報が洩れる危険があるからだ。
場所もBWとは全く関係のない組織の1つだ。
そこへブルーノは一足先にドアドアの実の能力を用いて潜入し、そこへ潜入してきた候補生達の動きを採点していたのだった。
さて、六式という武術はその名の通り六つの技とその派生技から生る。
迅速な移動と脱出を可能とする【剃】
空中移動を可能とし、活動の範囲を広げる【月歩】
全方位からの攻撃を防ぐ為の【鉄塊】
鉄を貫くような、けれどその分大振りとなりやすい攻撃をかわす為の【紙絵】
接近戦闘用の【指銃】
主に遠距離戦闘用の【嵐脚】
この六つだ。
こうしてあげてみると分かるが、それぞれは密接に関わっており、1つが欠けるとそれを補う何らかの方法がない限り、対応不可な事態が発生しやすくなる。
事実、候補生達もそれが原因で倒れていた。
無論、5名という少数で一介の組織に潜入する任務をテストとはいえ与えられるような連中だ。六式まではいかずとも、それなりの技は使える、のだが……。
まず、【鉄塊】【指銃】の使える二式使いが倒れた。
幾等攻撃を弾いても、他が【剃】を使える中で1人使えない、では次第に遅れがちになり、孤立していく事は避けられない。
最期は包囲されて、連続攻撃を受け、【鉄塊】が解けた所に集中攻撃を受けて倒れた。
「……矢張り基本的には六式全てが使えん事には意味がないか」
あの虎はあくまで類稀な例外、という事だな、とブルーノは内心で溜息をつく。
まあ、あの虎……アリスの存在は『六式が使えれば強いという訳ではない』という大事な事を思い出させてくれた。『六式全てを使えずとも強い奴は強い』という事も思い出せてくれた。
その点に関しては感謝している。
「……後は『海イタチのネロ』のみか」
四式使いという事だが、成る程、使える技を見れば足を使った系統は取得しているようだ。
「接近戦闘に難あり」
【嵐脚】を掻い潜ってきた相手を拳銃で牽制する。
拳銃で怯むなり、回避した隙に【剃】で距離を取る。
距離を取れば、【嵐脚】なりでトドメを刺し、それでも接近してきて一撃を加えてきた相手の攻撃は【紙絵】で回避する。
上手くいっているように見える、だが……。
「やはりこうなったか」
最大の難点は防御が【紙絵】一本槍という事にある。
回避の【紙絵】と受けの【鉄塊】。
前者は相手が少数ならばいいが……集団で攻撃を受けると一気に脆さを露呈する。
吹き抜けの空間で、周囲から銃弾を撃ち込まれ、懸命にかわしていたが……。
「せめて、空中で技を使えるようにしておくべきだったな」
一発が命中。
体勢が崩れた所へ二発目が。
三……四……五……。
力なく地面に叩きつけられるまでにネロの体には無数の銃弾が撃ち込まれ、既に絶命していた。
「……全滅。使える者なし」
空気開扉(エアドア)。
大気をドアと化し、ブルーノはもう用済みになった組織の施設から離脱する。離れた場所へ移動した後、手元のスイッチを押すと、施設は大爆発を起こした。……仕掛けておいた爆発物によるものだった。
「上手く潜入出来なければ、1度脱出を図るのも手だ。柔軟な判断が欠けているようではCP9は務まらん」
別に1度で任務を果たせとは命じられていない。
今回の仕事で命じられたのはあくまで、『某組織の某施設の機密書類の奪取』のみ。一応期日は定められているが、その間なら幾度でも挑戦して良い。
潜入に失敗して、発見された時点で強硬策に彼らは出た訳だが……取れる手段は他にもあったはずだった。
諜報員に求められるのは強さだけではない。
柔軟な判断、冷静な思考、必要なら何年でも耐える忍耐に一定水準以上の専門的な知識など数多い。だからこそ、CP9は少数精鋭なのだ。
ブルーノはそれ以上紅蓮の炎に包まれる施設に目を向ける事なく、必要な書類を抱えてその場を離れていった。