第128話−旅立った者
ウソップは海軍の軍艦で鍛錬の合間の休憩時にふと島を出る事を思い返していた。
最初にウソップが海軍入りを話したのは、ウソップ海賊団の面々、たまねぎ、にんじん、ピーマンにだった。
もちろん、彼らからは責められた。
それはそうだろう。少し前まで『ごっこ遊び』のレベルとはいえ、海賊を名乗っていたのに突然、正反対の組織である海軍に入ると言い出したのだから、当然だ。
彼らからの言葉を黙って聞いた上で、ウソップはモーガンからの言葉を語った。
「俺は今まで、海賊になるって事の意味を深く考えた事がなかったんだ。いや、海賊になった奴にも結構いるんだと思う。憧れだったり、夢を追うだったり、或いは周囲に流されたりで」
じっと3人の目を見て、ウソップは語る。
3人も真剣な表情でウソップを見ている。
「俺だって海賊になるなんて言ってた以上、自分が捕らえられたら、なんて事は覚悟してた、けどな……」
ウソップの夢を砕いたとも言えるのは、やはり罪もなしに巻き込まれる人達の事だった。
たまねぎ、にんじん、ピーマンも語られた事を聞けば、そして問われたなら考えざるをえない。
海賊の道とは突き詰めれば、他者に迷惑を与える道だ。
海賊という行為に基本、生産性はない。
もちろん、中には例外もいる。例えば、原作に出ていたサルベージ王マシラや海底探索王ショウジョウなどだ。彼らは船を襲う事よりも沈んだ船を探索し、そのお宝を入手していた。その目的は海に沈んだと思われる黄金の島ジャヤの探索であった。
海底探索という仕事はそれだけを正式な仕事として世界政府と契約すれば、賞金がかけられる事もなかっただろう。実際、気のいい面々であった事だし。
だが、普通の海賊は異なる。
自分達がメシを食う為にどこかの港に腰を落ち着けて、商売で金を稼いだ上で世界に冒険に出るのならば構わない。だが、そんな酔狂な人間はまずいない。
誰かから奪う。
それが海賊だ。
そうして、海賊王になったとて……最期は周囲の人からすら、ただ日々の平穏すら奪う。
海賊王と呼ばれた男、ゴールド・ロジャーの事を語られては、3人にも反論は出来ない。
3人も考えてみた。
海賊として名を上げて……その先に何が待つ?それまでどうやって生活する?今はいい。今はウソップは父の残した財宝がある。3人は親に養われる立場だ。だが、一人前になったら、海へ出たら自分で稼ぐ手段を考えねばならない。それはどうやって稼ぐ?
そして、海賊になったとて……賞金がかけられれば、この村へ戻ってくる事さえ難しくなるだろう。下手に戻れば、それは村の人間に迷惑を与える事になる。
原作のココヤシ村とて、あれは賞金をかけた海軍にもネズミ大佐という存在ゆえに村人が反発を抱いていたのが大きい。
「俺にだって守りたいもんがある。傷つけたくないもんがある。お前らは……どうだ?」
「「「…………」」」
こんなに早く。
こんなに早く、現実というものが突きつけられる事になるとは思わなかった。
ウソップを団長にして、3人で嘘を言ったりして遊んで……。
彼ら3人はまだ、それも出来るだろうが、ウソップはそろそろ卒業しなければならない。今なら、海軍の記憶も鮮明だ。動くならば早い方がいい。遅い程、『ああ、そういえばそういう事があったな……』で終わってしまう。
それに3人だって、親が処罰されるなんて見たくない。カヤが泣く事になる光景なんて見たくない。
だから、涙を堪えて俯いた。
「本日をもって——ウソップ海賊団の解散を宣言する!」
ウソップはぼろぼろと涙を流しながら。
3人も涙を遂に耐え切れず流しながら——けれど、それに反論する事はなかった。
それに比べると、カヤとの別れはさらりとしたものだった。
「そっか、行くんだ」
ウソップの決心を込めた言葉に、カヤはあっさりとした口調でそう言った。
一大決心という気分のウソップの方が、え?という気分だ。
「決めたんでしょ?行くんだ、って」
「あ、ああ」
「なら行って来なさい。……止めたくはないの、決断したのなら」
にっこりと微笑むカヤは可愛くて……思わず、ウソップは視線をそらしてしまう。
そうしてカヤは告げる。
そう決めたのなら、私は応援するだけだ、と。
「諦めないでね?勇敢な海の男になるんでしょ?」
「お、おう……」
何か、それ以上口に出せなかった。
カヤもそれ以上は口にしなかった。
けれど、静かに2人は並んで座っていた。
そんないい雰囲気を見ている者が二組程。
「うおおおおおお!あの小僧、カヤにーい!」
「貴方、少しは大人しくしてなさい」
びったんびったんとふん縛られた体を海老のように跳ねさせる夫を足元に転がして、夫人は温かい視線で娘とそのボーイフレンドの様子を双眼鏡で見ていた。
そして、もう1組は。
「……カヤ姉ちゃんを泣かしたら、俺らでボコろう」
「「うん」」
たまねぎ、にんじん、ピーマンが元・団長への決意を固めていた。
そうして、この二日後。
モーガンの船に同乗させてもらい、ウソップは島を出る事になる。