第120話−ある1日の出来事
アリスは虎だ。それもグランタイガーと呼ばれるグランドラインの一部の島にのみ生息する大型の獣。
アスラの元の世界に生息する虎より2回り以上大きいその巨体は初見の者を圧倒する。
……とはいえ、アリスがマリンフォードにやって来て以来既に10年以上の月日が過ぎた。さすがにそれだけいれば、マリンフォード在住の一般人も慣れる。
最近ではアリスを見てびっくりするかどうかで、以前から暮らしていた人かどうかが見分けられる程だ。
「おっ、アリスちゃん散歩かい?」
「みゃう♪」
今日も今日とてマリンフォードの街並みを散歩するアリスだった。
マリンフォードは治安がいい。
海軍のお膝元の島だ。それでも悪事を働くものが全くいなくなる訳ではないが、事故や突発的な衝動的なものによる以外殺人なんてものはまず起きないし、盗みを働く奴もいない。
街の住人に聞けば、『そうだね、そういえば昔、某准将の息子が不良ぶってお店から物を盗んだ事あったんだけど傍にいたセンゴクさん……ああ、当時は大将に追いかけられてとっ捕まってね、そのまんま海軍に強制入隊だよ。え?ああ、今は生真面目に海軍大佐なんてやってるよ』という話が聞けたりするだろう。
治安がよければ、安心して商売も出来るし、活気も生まれる。
そんな賑やかな街の中を全長数mに達する大型の虎が機嫌良さそうに散歩する。ある意味とてもシュールな光景だが、誰も気にしていないどころか、小さな子供がよじ登って背中ではしゃいでいたりする。
これが、小さな動物なら餌とかを貰ったりする事もあるのだろうが、さすがに巨大な虎に餌をやるのは少々この街中では難しい。
とはいえ、アリスは困る事などない。
おなかがすいたのなら、マリンフォードの幾箇所かに行けばちゃんとご飯が貰えるからだ。
「おや、久しぶりだね。ご飯食べていくかい?」
「みゃ?みゃあ!」
ある場所を通りがかった時、白衣を着た人物から声を掛けられた。
ちなみに傍には腹巻にマサカリを担いだ男がいて、アリスは小首を傾げたが見覚えがある事に気付き、頬を摺り寄せる。
「うおっ!?だが、俺は口の固い男、気持ちいいとかもっとやってくれとは口が裂けても言わねえぜ!」
などと当人が言っている間にご飯が用意される。
ここのご飯は少し変わっているが、美味しい。何というか、毎日食べると飽きてしまうが、時折無性に食べたくなるとでも言えばいいのだろうか?
綺麗に平らげ、遊んで帰ったアリスを見送った人物は傍らの戦桃丸から電伝虫を受け取るとある所へと連絡を取った。
「……やあ、センゴク元帥。問題なし、順調に推移しているよ」
『お手数をおかけします、Dr.ベガパンク』
「なに、兵器をただ作るより余程楽しいさ」
実の所、アリスは元々『スペシャル』な個体ではあった。
グランタイガーは本来、群れる種族ではない。
基本的に家族をその生活単位とし、成長して新たに家族を得ると、場合によってはそれまでの家族と戦う事すらある獰猛な種族だ。
なのに、アリスにはそれがない。
兄妹なのか姉妹なのか或いは姉弟かは知らないが、もう1匹の行動が本来のグランタイガーとしての行動であり、かといって番としてアスラ中将を見ている訳でもない。
家族としてアスラを、更にハンコックを受け入れ、更に他の一同も受け入れている。
はっきり言ってしまえば、このマリンフォード全体を自分の属する群として受け入れているとしか思えない行動を取っている。
「ただ、それだけに前のままでは群を攻撃すると思った相手に対する過剰反応の危険があった」
『そうだ、特に天竜人の方々がいるからな……』
その結果、アスラ中将が離反なりという事になったらえらい事だ。
そこでセンゴク元帥がDr.ベガパンクに相談の上、特別な食事をアリスに与える事で知性とでも言うべき部分を、自制の部分を高めている。
ベガパンク自身は武器の開発が好きではない。
だが、どんな技術とて結局の所使い方次第だ。
例えば、サイボーグ技術を現在も鋭意開発中だが、これを兵器として使うのがパシフィスタ計画であり、その素体として選ばれた王下七武海の一角、バーソロミュー・くまが原作においてどうなったかは言うまでもない。
だが、この技術を兵器ではなく、他の部分に使えばどうか?
例えば、事故や海賊との戦闘などで腕や足を失った人に使えば?そうすれば、日常生活を普通に送る事も可能なはずだ。
Dr.ベガパンクはお金や技術レベルの不足がどういう事を招くかよく知っている。
故郷のバルジモアで、幾度或いは資金が不足して、或いは必要な加工技術が足りなくて断念した事か。
自らの技術を使えるレベルに開発し、コストダウンを果たし、世界の人々が使えるようにする。その為には世界政府の支援が必要であり、その為には兵器開発を行なう事も必要だと理解している。
とはいえ……やはり、こういう事の方がまだ気楽なのも確かだ。
さて、そんな風に言われているなどと考える事もせず、アリスはご飯を食べた事もあり、のんびりと海辺の港近くの岸壁でお昼寝としゃれこんでいた。
街中ではさすがに子供達が群がってくる。
普段なら遊び相手を務めるのも楽しいのだが、やはりおなかが膨れた後は少しゆっくりしたい。
そんな時にはアリスはここに来る。
或いは海軍本部に入り込む。
今日は何となくこっちの気分だった訳なのだが、間が悪かったようだ。
「ん?何で、こんな所で畜生が寝てやがる。おい、どけ!」
えらそうな声にひょいと顔を上げるとそこには大柄で厳つい顔の男がいた。
肩には海軍本部大佐の真新しい階級章がついているのだが、アリスには分からない。首を傾げていると、大佐は苛立ったのかアリスの尻尾を踏んづける。
「みぎゃあ!?」
さすがに驚いて飛び上がったアリスはなにをするんだ、とばかりに睨みつける。
一方、海軍本部大佐の方はといえば、所詮グランタイガー1匹という考えがある。これぐらいなら、海王類でも相手する俺ならどうとでもなる、と……。
実の所、この海軍大佐、その実績が認められ海軍本部に誘致が決まり、今日到着した人物なのだった。
「ふん、畜生でも怒るか……ほれ、かかってこい」
余裕の姿勢で手招きする海軍大佐にアリスは怒って飛び掛った。
……ちなみに周囲の『知っている』面々は海軍本部大佐に哀れみのこもった視線を向けていた。……結果?言うまでもないだろう、しばし後に機嫌良さそうに尻尾を振りながら立ち去るアリスが立ち去った後には、ボロクズと化した大佐が転がっていた……。
アリスの日常はこんな感じだ。
ちなみにこの大佐に関しては後日談があり……あの猫野郎!とばかりにどこの家で飼われているのかと探ったのだが、有名なだけにすぐに分かった。
そこで殴りこみをかけて、ハンコックの美しさに目を惹かれて口説きだしたのだが……相手にされず逆上した。
のだが。
「おい!俺は海軍本部大佐……!」
「人の嫁さんになにしてやがる?」
旦那か、ちょうどいいとばかりに振り返った先には海軍本部中将。
更には横にはアリスがついて、不機嫌そうに唸っている。
……結局、この大佐。アスラの配下になり、連日しごかれているそうである。