第131話−バラティエ
海上レストラン、バラティエ。
海に浮かぶ船を店とするそこは、知る人ぞ知る名店だ。
海の上という、ある意味辺鄙な場所にあるにも関わらず、客が足を運ぶのは料理が美味いからに他ならない。
オーナーの名は赫足のゼフ。
かつては海賊として名を馳せた男だ。
彼はかつて、海賊でありグランドラインを1年航海し、無傷で帰還した大海賊であった。
だが、オービット号を襲撃した際に起きた嵐が全てを彼から奪った。
オービット号もクック海賊団の船も、そして客船の乗員も海賊団の団員も皆、全ては海に呑まれた。
助かったのは孤島に流れ着いたゼフとサンジのみ。
荒れ果てた食い物もない孤島で、サンジに食料を譲る為に自らは同じく流れ着いた財宝を詰めた袋を食料に見せかけ、切断した自らの右足を食って生き延びた。
その後、嵐の中でサンジの声をかすかに聞き取っていた船が、再び孤島の近くを通った際に『声が聞こえた』という証言から今度は晴れていた事もあり立ち寄った結果、2人はかろうじて救出された。
とはいえ、ゼフは名の知れた海賊であり、当然高額の賞金がかかっていた。
そんな彼が、救出された時、海軍に逮捕されなかったのは、1つは長い孤島での窮乏生活で手配書と同一人物とは思えない程に痩せ細り、髪の色も変わっていた為に手配書の『赫足』のゼフだと気付かれなかった事。
そしてもう1つがサンジのお陰だった。
オービット号は何故消息を絶ったのか。
その理由を一足先に元気になったというか、話を聞ける程に回復したサンジに当然質問が飛んだ。その結果として、オービット号が嵐で沈んだ事が判明した。
そこまではいい。
海賊に襲われたか、自然現象かと看做されていたが、自然現象ならば問題はない。だが、問題は残るもう一人の人物だ。
サンジはオービット号の見習いとして正式に書類にも記載されていた。
だが、ゼフは当然だが、書類に名前などない。
もし、サンジが『沈む前に自分達を襲ってきた海賊だ』と証言していれば、きっとゼフは逮捕されていたであろうし、長い窮乏生活で体が弱っている上、利き足を失ったゼフには抵抗する余地もなかっただろう。
だが、サンジはゼフに恩義を感じていた。
当時の調書によると、サンジはゼフを『コックの1人が怪我をして調理が困難になった為、足りない人手を補う為に船長が現場で雇った臨時雇いのコック』として説明したらしい。
何しろ、本当に怪我をしたコックが出たのか?とか、船長が臨時雇いを行なったのか?など確かめる術はない。
全ては海の底で、当人達はこの世の住人ではない。
サンジが『実は……』ともっともらしく語れば、それを信じるしかない。
まさか、自分達を襲った海賊を庇っているとは誰も思わないから、それが疑われる事もなく、2人は衰弱した体が回復した後、解放された。
この時、運が良かったのはオービット号の流れ着いた財宝の相当量が彼らのものとなった事だ。
持ち主のはっきりしている物、所謂家宝とかそういうものは相続者の手元に戻った。
だが、宝石などは非常に面倒な事になった。
何しろ、所有者を確定する方法がない。
『そのネックレスは母が愛用していたものです』
と名乗り出た者がいた少し後には。
『そのネックレスは妹の誕生日に父が贈ったものです』
と名乗り出る者がいる始末。
では、双方ともその証拠を、と言われるとどちらも出せなくて、証拠は海の底だと主張する始末。
とうとう会社が匙を投げた結果として、『オービット号の乗員の物』とする判決を出し、生き残りである(と看做されていた)ゼフとサンジの2人にある意味押し付けられたのだった。
無論、その後人を雇って奪おうとした者、騙しとろうとした者なども出たのだが……サンジだけならばともかく、如何に全盛期より劣ってしまったとはいえ、赫足のゼフがそんじょそこらのチンピラ如きに負ける訳がない。全て返り討ちにされた。
その後、海上で飢える事の辛さを身を持って味わった2人は海上で食事の出来る場所を、と願い、それを形としたのが海上レストランであるバラティエだ。
もちろん、最初から海上レストランを造った訳ではない。
最初は店をある島に開き、そこでサンジも鍛錬に励んだ。
サンジは元々見習いだった。
だからこそ、本当の意味でコックになる為に料理の腕を磨き、加えて、財宝を奪おうとして雇われた連中に足手まといとして狙われたのが悔しくて、足技もまた、ゼフから習った。ゼフも未熟な腕を見かねたのか、或いは戦いの度に足手まといになるのを面倒に思ったのか、しっかりと教えてくれた。
そうして、店の知名度を上げると共に、コックらを勧誘し……。
遂に海上レストランは開店したのだった。
「うん、美味い」
「美味いな」
「美味え」
「美味しい……」
その日、バラティエにやって来た船には6人が乗っていた。
内、4人は美味い美味いと言いながら気持ちいい食べっぷりを見せていた。下品な食べ方ではない。確かに大食いだし、速度も速いのだが汚くはない。
ここら辺はハンコックの教育の賜物と言えよう。ゾロはゾロで、矢張りたしぎの前では、くいなに見られているような気分がするらしく、がっつく様子はない。
彼らに対して、残る2人は真剣だ。
美味いとも何とも言わず、料理を味わって食べている。静かに見極めようとしている。
この様子にはエース達も何も言わない。
エース達にとっての海賊との戦い同様、バティ達にとっては今こそが真剣勝負の場なのだと理解しているからだ。
「「シェフに会わせてくれ」」
食い終わったバティとカルネは真剣な表情で頼み込み——ここで働かせて欲しいと願った。
その目を見たゼフはただ一言。
「よかろう」
と了承した。
本物は本物を知る。バティらはまだまだ腕は未熟だが、熱意は本物と見たゼフは彼らを受け入れた。
溜息をついたのは、むしろエースらである。
「「「「はあ……これで美味いメシともおさらばかあ(ですね)」」」」
そんな彼らの様子を見ていたゼフは一言告げた。
「サンジ、お前、こいつらと旅に出てみろ」