第133話−サンジの悩み
サンジは悩んでいた。
船のコックは普通の店のコックとはまた違う。
頭では理解していたつもりだったが、現実に体験してみればまた違った事柄が続出していた。
エース達の船は小型船とはいえ、長期の航海にも耐えられるつくりになっている。
海賊を追う結果として、無寄港航海が1月近くに及ぶ事もない訳ではない。前回が正にそうだった。
サンジ自身が問題と思う事はその時起きた。
当初サンジは普通に食材を使って調理を行なった。
最初はそれで良かったが、次第に食料庫は貧相になっていき、メニューに頭を悩ますようになった。
最終的な海賊の捕捉が当初より遅れた事もあり、最後の頃のメニューはそれこそ魚とパンのような食事になってしまった。まあ、それでも魚に関してはそれなりに料理人としての意地を見せたが……。
(……俺が経験不足って言われたのはコレか)
サンジはそう思う。
無論、エース達はサンジを責めたりはしなかった。
一番サンジに対して怒っていたのが、サンジ自身だったからだ。
普通の店ならば、毎日食材が入荷する。
新鮮なものから使用し、その日その日の食材の様子を見ながら、最高の料理を作る。
船は違う。
新鮮な食材は限られる。
その中で、しかも航海の日取りから何日手持ちの食材のみで調理を行なうかを考えねばならない。最初に豪華な料理を出せば、次第に料理が貧相になっていくから却って不満を募らせる事になりかねない。
『ご利用は計画的に』
の、キャッチフレーズのある某会社ではないが、船のコックとは正にそれが要求される。
「こりゃ、もう一度勉強のし直しだな……」
そう呟いたサンジだったが、調理場に入って早々に。
「って何してやがんだ、手前は!?」
そう怒鳴る羽目になった。
理由は単純、調理場にエースが入り込み、食料庫を漁っていたからだ。
「いや、何か腹減って」
その言葉に、何かサンジの頭の中で切れたような音がしたような……そんな気がした。
これが港に停泊中の船なら問題はない。
たとえ、食料が不足しても、『あ、調味料が切れてら、ちょっくら買って来るわ』、ですむ。
だが、今は航海の最中だ。
しかも、航海の航路の関係上、20日余り島に立ち寄る事はない。そうして、この日程は嵐などで長くなる事はあれ、短くなる事は殆ど期待出来ない。
確かに余裕をもって、多めに食料は搭載してあるとはいえ、限られた食材だ。サンジが頭を絞って、『この日のメニューはこうこうして、この日は……』と、航海が予定通りに進んだ場合のメニューを一通り考えた上で、航海が長引いた事も考えて、5日程度のメニューも考慮して組んだというのに……。
例えるなら、こんな事を想像してみるといい。
難しく、大変な量の仕事なり宿題なりを懸命に片付けて、提出したら、当の相手が……上司でも先生でもいいが、『あ、それ必要なくなったから』と、そのままゴミ箱に放り込まれたら……どう思うだろうか?
サンジの答えは大爆発だった。
「ふざけんなあ!お前は船長だろうが!」
「おおうっ!?」
サンジにしてみれば、これは譲れない。
エース達の役割が戦う事であるならば、食事を作る事はサンジの役割だ。
己の職分を侵されたと感じた故の怒りだったが、その言葉を聞いた上でエースは言った。
「なあ、サンジ」
「なんだ!」
「俺達は戦う時、予定通りに行くなんて事はまずない。大抵何かしら予想外の事が起きて、事前の作戦通りに物事が終わった事なんて数える程だ。……お前は料理やってきたっていうが、これまで全部予定通りに進んでたのか?」
虚をつかれたような表情になったサンジだった。
思い返してみれば、予定外の事など幾らでもあった。
急に大量にやって来た客、伝票の間違いによる食料品の不足、届いた品が間違っていた、嵐で届くはずの荷が届かない。数え上げれば、きりがない。
そんな時、自分達はどうしてきた?
諦めたか?
周囲に当り散らしたか?
違う、ある物で工夫し、対応してきたはずだ。
それが料理人というもののはずだ。
……大事な事を忘れていた、それに気付いたサンジだった。
「……ありがとな、船長。確かにその通りだ、大事な事を忘れる所だったぜ」
計画を練るのは大事だ。
だが、計画に縛られてはいけない。想定外の事が起きた時、それで諦めてはならない。状況に応じて、新しい方策を探し、成し遂げてこそのプロだ。
「そうか、そりゃあ良かった。……じゃあ、俺はこれで」
そう言って、立ち去ろうとしたエースの肩をサンジががっしりと掴んだ。
「確かにその事には感謝する。感謝するけどな……手前が盗み食いしたって事実はちゃんと残るぜ?」
「……やっぱ駄目か?」
かくして、サボも混ぜて、みっちり説教を受ける事になったエースだった。
もっとも、この後もエースの盗み食いにサンジは悩まされる事になるのだが……。