第135話−準備運動(前編)
ドン・クリーク。
東の海では大物の彼の特徴は卑怯とその海賊団の規模だ。
海賊艦隊を擁し、その数は実に50隻に及ぶ。
原作と違い、現時点で既にこの隻数に達する程に彼の配下の規模が膨れ上がったのには、原作のアーロンが早々に潰されたり、或いはそれなりに名の知れた海賊が東の海で次々とエースらによって潰された結果として、特に弱小規模の海賊が『このままでは次は自分だ』との危機感から傘下に入るようになったのも大きい。
クリーク自身は『これだけの規模の海賊となれば』と遂にグランドラインへと入る事を内心で決めており、艦隊を集結させていた。
普段から全ての船を集結させていては目立つ事この上ないし、稼ぎも悪くなる。
結果として、普段は大体3〜4隻程度の船団を組ませて行動させていた。
そうして、集結し、グランドラインを目指そうか、と船を進める途中で、客船と思われる優美な艦とそれに寄り添う小型の船を発見する事になる。海賊の常として、彼らはその2隻に襲撃をかけた。……地獄を見るとは思いもよらず。
アスラは旗艦メルクリウス号に家族を乗せてやってきた。
それだけではない。
エースらに会うという事でマリンフォードに戻っていたルフィも同行していた。ちなみに、ガープも来たがったのだが、実は仕事をさぼりまくっていた事が判明し、元帥大将総出で缶詰にされている。
ただし、予定外の同行者もいた。
王下七武海『鷹の目』のジュラキュール・ミホーク。
ふらりとやって来た彼は、特にする事もない、とばかりに同行していた。どうも、シャンクスが最近何かと白ひげを除く他の四皇と小競り合いをしているらしく、手が離せないのでアスラの所に来たらしい。
そして、エースらと合流した所でクリーク海賊団に襲撃を受けた。
エースらは想定外の事態に緊張していた。
クリーク海賊団はその規模故にエースらは手を出せないでいた。
数とは力でもある。
1つの船団ならば潰せるだろう。
だが、それをすればクリーク海賊団自体が敵に回る。もし、1つ2つの船団では埒が明かないと艦隊全てが向かってきては、自然系であるエースなどはともかく、他は危険だし、そもそも船が沈められる可能性が高い。
それだけに偶然とはいえ、クリーク海賊団の全艦艇集結した状態での遭遇に緊張を隠せなかった。……もっとも、それは僅かな間で消えるのだが。
半包囲の形で近づいてきた海賊団だったが、先手を打ったミホークの一撃が炸裂した。
ただ、刀を抜き振りぬくのみ。
それだけで、艦隊の先陣を切った船団の1つが2隻が沈没、2隻がその余波で航行不能に陥った。
その2隻はアスラの『大嵐脚』で次の瞬間には真っ二つにされて沈んだが。
海軍本部中将アスラ、そして、王下七武海ジュラキュール・ミホーク。
世界でもトップクラス、上から数えた方が遥かに早いような実力の持ち主を相手にして、東の海の……弱いが故に群れているような連中が敵う訳がない。
何しろ、ミホークが刀を1度振るえば船が1隻沈み。
アスラが拳を1度振るえば船が1隻沈み。
ミホークが刀を振りぬけば、射線上の船がまとめて沈み。
アスラが九尾を展開して、荒れ狂えば周囲の船がまとめて沈んだ。
他の面々は……どうしていただろうか?
ハンコックは全く動揺する様子も見せず、子供達の相手をしていた。
子供達も全く恐れもせず、母や久しぶりに会うエース達にまとわりついていた。
アリスは『自分の役割はこの船を守る事』と船首に陣取っている。
「ふみゃ!」
と、一声鳴くと空へと飛び上がり、飛来した砲弾を前脚でぺしっとばかりに打ち返していたりする。
ルフィはと言えば、「おおおーーーすげえ!」と目の前で展開される一大スペクタクルに歓声を上げている。
とはいえ、自分自身もその中に飛び込もうとはしない。
今の自分では、あの拳と剣の嵐の中に飛び込むのは足手まといにしかならないと分かっているからだ。素直にアリスと共に砲弾を弾き返したりと船の護衛に共に回っていた。
エース達は……アスラの『まあ、休んでいろ』との言葉に最初こそ気兼ねしていたのだが……最初は顔をしかめ、次に呆気に取られ、最後は達観したような顔になっていた。
もっとも、ゾロは目をギラギラさせていたが。
目の前に展開されるのは自身の目指す世界最高の剣豪の技。
(今の自分にあいつに立ち向かえるだけの力があるか……?)
そう思い、幾度も脳裏で戦ったら、と仮定してみたが、まともに技も通じず切り伏せられる結果しか思い浮かばなかった。もっとも、ゾロの顔には諦めではなく、だからこそ目指す意味があると言わんばかりに目は輝き、口元にも笑みが浮かんでいた。
クリークは訳が分からなかった。
グランドラインへ入る前の前祝いというか、前菜のつもりで軽く片付けるつもりのたった2隻の船。
だが、そこからは巨大な斬撃が放たれていきなり船団の1つが全滅し、そこからは一方的だった。
「馬鹿な……!どうなってやがる!」
逃げようにも、クリークの船は船団の中央付近にいた。
そうして左右に展開した暴風は荒れ狂いながら挟み撃ちにする形で迫りつつあった。
既に後方の艦にも被害が出ていて、全滅は時間の問題という有様だった。
(何故だ!?何故こうなった!一体何が起きてやがる!)
クリークが内心で喚いている間にも次々と艦は沈む。
何しろ、2人の前では特別な技など必要ない。
普通に剣を振るえば放たれる剣風で船が沈み、集団戦闘用とアスラが割り切っている能力を振るえば船がまとめて沈むのだから、正に作業そのものでしかない。
もし、片方だけであれば、艦隊を生贄にして逃げる事も出来たかもしれないが、2人であった事がクリークから逃げ場を奪っていた。
そして、気付けば艦隊は全滅し……左右からほぼ同時に着地したものがいた。
その姿を見て、クリークは目を見張った。
片方は一目で分かる。
海軍本部中将。
もう一人も高名故に覚えがあった。王下七武海の一角。
世界でも最高峰に位置する両者の登場に、何故東の海にこんな化け物どもが!?と混乱と動揺を隠せなかった。
「時間的にはほぼ同刻か……こちらは25だ」
「こっちは27だ。まあ、範囲攻撃ならこちらの方が得意だからな」
特に気負うでもなく、軽い日常会話のように聞こえるが、その会話に含まれる数は彼らが沈めた艦隊の船の数なのだろう。
……逃げるにしても、元々海賊である王下七武海だけならともかく、海軍本部中将という立場にある人間が海賊を見逃してくれるとは思えない。
(いや!何を恐れる事がある……!確かに、配下の連中はやられたが……どうせグランドラインに入れば戦う相手だ)
すっとクリークの前に立つ男達がいる。
片方はクリーク海賊艦隊戦闘総隊長、通称『鬼人』のギン。
もう片方は第2部隊隊長『鉄壁』のパール。
(そうだ、俺にはまだこいつらがいる)
そう気を取り直した。
しかし、こういう奴らがいるとは……グランドラインの情報を手に入れねばならない。雑魚はどうせすぐにまた集められるが、盾代わり以上のものにはなりそうにない。もう少し質を厳選する必要がある。
野望も実力も本船の部下どもを配下に持つ俺にはある。だが、情報がなければ、余計な手間と思わぬ損害が避けられそうにねえ……それはある種の逃避だったのかもしれない。無論、クリーク自身は気付いていなかったが……。