第136話−準備運動(後編)
「どちらがいい?」
「……まだ、あちらの方が多少は試し甲斐がありそうだ」
隊長格なのだろう。
というか、知っているんだが、『鬼人』のギンと『鉄壁』のパール。
格としては前者が遥かに上だ。
なので、一応聞いてみたのだが、ミホークはあっさりとギンを選んだ。まあ、予想出来ていた事だが……単純な実力という面ではギンが一番上だろう。
アスラとミホークが敵の目前でそんな話をしている前で、1人の男が名乗りを上げていた。
「はあーっはっはっは!鉄壁!よって無敵!」
巨大な盾を前後につけ、腕や足にも盾のついた盾男。
それが、第2部隊隊長『鉄壁』のパールだ。
軍艦の砲撃も効かない鉄壁の防御が自慢で、今まで経験した61回の戦闘で一滴たりとも血を流したことがないという事が自慢だ。
もっとも……。
「あれ?」
パール自身が胸を張った後、目を前方に向けると既にそこには誰もいない。
思わず疑念の声を上げたパールだったが。
「拳砲……」
自分のすぐ前から声がしたのに気付いて、視線を向けると既にそこには海軍の姿。
一瞬慌てたが、『大丈夫だ!自分の防御を破る事は軍艦の砲撃でも無理だったんだ!』と思い直す。……軍艦の砲撃なんてものが、この世界の本物達の一撃に比べれば玩具に等しい事は先程まで艦隊の沈む光景で散々見せられていたと思うのだが……。
「弾種:徹甲!」
瞬間、アスラの腕が銀色に輝き、貫通に適した形状へと拳が変形する。
その叩き込まれた一撃は、ただそれだけで盾を叩き割り、パールの体を「く」の字に変形させ、余りの勢い故に背中の盾まで割れた。更にそのまま吹き飛び、転がり……海に落ちる事はかろうじて避けられたが、完全に白目を剥き、口元からは泡を吹いていた。
誰が見ても、戦闘不能だ。
シン……と静まり返った艦上では、新たに巻き起こった剣戟の音だけが響いていた。
「どうした、それで終わりか」
ミホークの手にあるのは小さな短刀。
首から下げていた十字から抜いた、その小さな短刀で鉄球がついたトンファーを思わせるギンの武器を軽くあしらっている。アスラ以外、周囲の誰も気づいていないのだが、ミホークの足はその場から一歩も動いていない。ギンは回り込もうとはしているのだが、ミホークの技がそれすら封じている。
自分達の最強の隊長が軽くあしらわれている。
それは、クリーク海賊団の気持ちを打ち砕く光景だった。
原作のギンは情に目覚めた男だった。
だが、あれはグランドラインで心を挫かれ、窮地の中でかけられた情けが身に染みたからこそ一皮剥けたと言える。
今のギンはまだ、情のない、クリークに絶対忠誠を誓っただけの非情な男に過ぎない。
それはただの機械と大差がない。
それでも懸命に戦うギンごとミホークを狙っている男がいた。……言うまでもないが、この海賊団の長、ドン・クリーク当人である。
役立たず、と看做した相手には容赦しない。
一対一の戦いに横槍を入れるのは卑怯だという感覚もない。
むしろ、好機。
そう見て、毒ガス弾を構え、狙っていた。
(奴を仕留める礎になれるんだ、本望だろうぜ)
そんな自己中心的な理屈を立てて、猛毒MH5を用いる機会を狙っていた。もちろん、それなりに打算はあり、ギンはクリークがこのような場合に毒ガス弾を使うという事を予想しているだろうし、位置どりも考えている。ギンからならば見えるであろう一撃は、防毒マスクを持っているから大丈夫だろうという読みもある。
もっとも……クリークはそちらに気を取られる余り、この場には2人敵がいる事を忘れていたと言える。
「おい、クリーク」
「煩い、黙っていろ……」
「お前、気付いてないのか?」
「煩い、静かにしろ……この機会を逃す訳にはいかん……」
「いや、お前俺の事忘れてないか?」
なに?
と、声に視線を向ければ……至近距離に立つには海軍本部中将。
「…………」
クリークの顔には『しまった、忘れてた』と書いてある。
もっとも、アスラからすれば、それも仕方ないかな、とも思っている。既に、ミホークだけで一杯一杯なのだろう。何しろ、自分の最も信頼し、最も強い手駒がミホークには遊ばれている。
その相手に匹敵する相手がもう一人いるなど……考えたくもないという気持ちは分かる。
アスラはといえば、その間に他の船員らを片付けていた。最早、この巨大ガレオン船で意識を保っているクリーク海賊団はクリークとギンしかいなかった。
「まあ、何だ。寝ておけ」
問答無用で、ウーツ鋼の鎧の防御など物ともせず叩きつけられてクリークが気絶するのと……ギンがミホークにナイフ1本で片付けられるのはほぼ同時だった。
メルクリウス号に帰還してきたアスラは残る片付けを部下に任せる。
その上で、エース達に視線を向ける。
「さて……軽い準備運動は終わった。それじゃ勝負を始めようか」
という訳で
準備運動はアスラとミホークにとっての準備運動、でした
クリークは真っ向アスラと戦うのも考えたんですが、考えれば考える程まともに相手にならず……もうあっさり片付けさせました
毒ガス以外、トゲトゲマントも、大戦槍も全然効きそうになくてw