第138話−VSたしぎ
王下七武海にして世界最強の剣豪ジュラキュール・ミホーク。
彼に挑むは若き力、サボ、ゾロ、そしてたしぎ。
「さて、お前達の力を見せてみろ」
彼らは互いに目配せをして、たしぎが前に出る。
それぞれが考えた。
勝ちたいならば、1度に挑めば良い。
だが、これは殺し合いではない。
これは模擬戦であり、加えて、1度にかかった所で勝てるかどうかは大いに疑問符がつく相手だ。
それならば、剣士として相対したい。
それが彼らの結論であり、たしぎが一番に出てきたのは、こう言ってはなんだが一番弱いからに他ならない。
つい、とミホークは少し屈むと足元から小枝を1本拾い上げる。
「まずは剣を抜かせてみろ。全てはそれからだ」
まさかナイフさえ抜いてもらえないとは思わず、たしぎもさすがに険しい表情になる。ミホークなりの見極めという事情を知っているサボなどは何とも微妙な表情になっているのだが……。
アスラはと言えば、ミホークの持つ小枝が覇気で強化されているのに気付いている。
あれならば、細い小枝とはいえ、相手には鉄の棒同然だろう。
結論から言えば、たしぎは翻弄され、ナイフすら抜かせる事は出来なかった。
手首のスナップを効かせた一撃一撃に、たしぎは右に左に面白いように振られた。
どれだけやっても届かないのではないか……。
幾度やっても同じ事の繰り返しに……何より、心が折れた。如何に優れた武器を持とうと、如何に優れた技を持とうと、心が折れては勝てない。
「ここまでだな」
それに気付くと、ミホークは背を向けた。
心の折れた者に興味はない、という事だろう。
そうされても、たしぎはへたり込み、俯いたまま顔を上げる気配もない。
当然だろう。
彼女とて、自分がこの中では最弱といってもいい事ぐらいは理解していた。今の自分にはエースやサボはおろか、ゾロにも全く歯が立たない。ましてや、世界最強に何時かはと思えるぐらいに近い位置にいる2人相手では太刀打ち出来ないであろう事も。
だが、こんな結果は想定していなかった。
ミホークが持つのは、この砂浜に転がっていた、たった1本の小枝。
自分の持つのは業物【時雨】。ミホークの持つ最上大業物【夜】には敵わないものの、いい刀だ。
なのに、たった1本の小枝を断つ事はおろか、折る事さえ出来なかった。
それどころか、ミホークは片腕を軽く動かしていたように見えたのに……簡単に払いのけられた。その気になれば、彼女を打つ事も容易かっただろうが、打たれる事はなかった。
……それは相手が女だからという訳ではない。
ただ単に、そうする価値もないのだと、そう思われている事がよく分かった。
ぜいぜいと荒い息をつく彼女に、誰も声をかけられない。或いはかけない。
ある者はかける言葉が見当たらず。
ある者は次にはあれに自分があたるのだと余裕がなく。
ある者はそれを告げるは自分ではないと確信するが故に何も言わなかった。
「1つだけ言っておく」
「…………」
ミホークの声が掛けられて、ようやくのろのろと擬音でもつきそうな様子で、たしぎが顔を上げる。
「今のお前は技以前に心が弱すぎる。お前は命の遣り取りをしていても敵わないと分かれば、諦めるのか?」
所詮は試合だと、模擬戦だと考えていないか。
そう問いかけている。
例え敵わずとも、これが命の遣り取りをしていれば、目の前に死が迫っていたらどうだったのか?諦めるのか、それとも足掻くのか?
どちらを選ぶにせよ、今この時に全てを諦めた様子を見せている。
それだけで失格だ。
ミホークが認める『強き者』ではありえない。
「剣士として立つ以前の問題だ。さっさと失せろ」
ミホークはこうした事には容赦がない。
彼が認めた『強き者』には寛容な所もあるが、『弱き者』と看做せば慰めの言葉すらかけない。
分かっているだけに、アスラとしては苦笑せざるをえないし、分かっているだけにサボとしては『やはりこうなったか』と溜息を内心でつかざるをえない。
反面、ミホークの事を殆ど知らない面々の殆どからすれば、『それはあんまりじゃないか?』という様子だった。
それ故に、とぼとぼと戻ってきた彼女を一同が慰めているが、ミホークはそれには完全に我関せずの態度のまま告げた。
「次はどちらだ?」
「俺だ」
そう言いつつ、不敵な笑みを浮かべゾロが歩み寄った。