第139話−VSゾロ
ゾロは普段は左腕に巻いている黒い手拭を頭に締める。
和道一文字を口に咥え、左右の手にそれぞれ三代鬼徹と雪走を握る。
奇妙な構えと言えば構えだが、それにはミホークは特に何を言う事もなかった。
グランドラインは広い。
能力者か、そうでない者という違いはあるが、オニグモ中将などは背中に生やした腕を用いて、更に多くの刀を同時に扱う。3本程度でどうこう言う事はない。
重要なのは格好でも戦い方でもない。
ミホークは強さに関しては、此度においては期待していない。いや、1つだけ今回の模擬戦の最後に期待している戦いがあるのだが……それはゾロにもサボにも関係はない。
サボに関しても、自分達の域に達するにはまだまだかかるだろう、と見ている。
「さて、はじめよう」
ミホークの手にあるのは相変わらず小枝が1本。
まずは、これを斬れるかどうか、だ。
ゾロもそれは理解している。……下手な小細工が無意味な事もだ。
故に。
「鬼……斬り!」
最初から全力全開だ。
駆け寄り、両手を交差させた構えから3本の刀で逃げ道を塞ぎつつ、斬る。
これで斬れるような相手ならば苦労はしない。
だが、小枝を狙うのは難しい。
小枝を斬ろうとしては駄目だ。小枝を防御に回させて、その際に小枝が耐え切れないだけの一撃を繰り出さねばならない。無理な姿勢に陥らせられれば、尚良いのだが……。
くるり、と回転させた小枝。ただ、それだけでゾロの刀は3本とも綺麗に弾かれた。
(くそっ、これでも駄目か……なら!)
「虎……狩り!」
振り上げた3本の刀を振り下ろす。
完全な力技だ。3本の刀の内、1本でも届けば……。
(これでも駄目なのかよ!)
左右の2本は更に外側に弾かれ、次の瞬間には顎を叩かれる。それだけで、口に咥えた刀は上へと跳ね上げられる。
それがほぼ同時。
殆ど感覚的には全く同時に3本共が弾かれたとしか感じられなかった。
しかも、その力が桁違いだ。
手から口からすっぽ抜けそうになる刀を懸命に抑える。
(……これが世界最高の技と力か。成る程な、サボが「勝てない」って言う訳がようやっと身に染みて理解出来たぜ)
小枝1本で刀をあしらう。
何かしら種はおそらくあるのだろうが、それだけではない。如何に鉄並の強度があったとしても、所詮小枝は小枝。細いそれに刀を叩きつければ普通は曲がるぐらいはする。まともに受け止めれば、折れ曲がりやがて耐え切れず折れる。
それがないのは、ミホークの腕だ。
(弾き飛ばしているように見えるのは強く打ってるからじゃねえ。俺が振り下ろす力、振り回す力。こっちの力をそのまま別の方向に向けてやがるんだ)
だから、こちらが力を入れれば入れる程、強く弾き飛ばされるように感じる。
だが、だからといって力を抜くなど出来る訳がない。
柔の剣ならば、それもまた可能だろう。だが、ゾロの剣は一部例外はあれど、紛れもない剛の剣。力を抜いた剛の剣など子供のちゃんばらにも劣る。
(なら……)
方法はただ1つ。
ただ、ひたすらに自らの全力をもって当たるのみ。
——そうして、1時間以上の時が過ぎた。
その間、ひたすら全力で振るい続けていただけにゾロの全身からは汗が流れ落ち、息は荒く、けれど目はひたすらにミホークを捕らえて離さず、両腕は痙攣しつつも未だ刀を握り続けていた。
「もう、やめておけ。いい加減肉体も限界だろう。これ以上無駄な作業をしても時間の無駄だ」
ミホークには逆に疲れた様子も見えない。
これだけ見ても、どちらが優位にあるかなど一目瞭然だ。
事実、ゾロの体力は既に限界を超えていた。
ただ素振りだけならば、ゾロは1日中でも振っていられる。だが、今は目の前に『鷹の目』のミホークがいる。
それがもたらす緊張感は並どころではない。
猛烈な勢いでゾロの体からは体力が奪われていた。けれども。
「……無駄じゃ……ねえ」
喉がひりつく。だが、それがどうした。
腕も足も鉛のように重い。だが、それがどうした。
心臓は激しく『もう休め』とがなり立てている。だが、それがどうしたというのだ?
自分はまだ生きている。
生きて、立っている。
「俺はまだ……生きている。……なら、無駄じゃ……ねえ……」
たしぎもまた、ゾロの様子に心配そうに見ている。
だが、同時に何かしら感じるものがあるようだ。
「諦めねえ限り……生きている限り……諦めなけりゃ無駄な事なんて……ねえ!」
ともすれば抜け落ちようとする手に力を篭め、痙攣する足で大地を踏み締め。
技を繰り出すより前に。
ゾロは右からの烈風によって吹き飛ばされ、そのまま意識を失った。
その光景を少し離れてみていたアスラからすれば、次のようになる。
小枝から手を放し、落としたミホークが一瞬、小枝が地面に落ちるよりも早く手を背に回し、【夜】を抜き放ち、放たれた一撃はそちらに構えられた【雪走】を紙のように切り裂きつつゾロに迫り、寸での所で停止した刀の姿に、その瞬間に思いだしたかのように切り裂かれた大気が荒れ狂い、ゾロは吹き飛ばされたのだった。
(認められたか)
一瞬だった。
一瞬にして、ミホークの刃は元に戻され、未だ空中に浮かんでいた小枝を再びミホークは手にしていた。
傍から見れば、遂にミホークがこれ以上は無駄な事、と小枝による一撃を加えてゾロを吹き飛ばしたように見えるだろうが……あの瞬間、間違いなくゾロはミホークに【夜】を抜かせたのだ。
諦めないから、幾度弄ばれようとも心を折れさせなかったからこそ、認められた。
慌てて駆け寄った一同に介抱されるゾロに、アスラとミホークは共に、ただ黙って視線を向けていた。