第142話−VSサンジ
サンジが何時の間に仲間になっていたのか、アスラも知らなかった。
原作と異なる展開、原作と異なる世界、それだけに今では『少なくともこれを起こそうと考えている奴がいる』という程度にしか、アスラの原作知識は意味がない。無論、アスラ自身の意志による干渉が殆どない、新世界などであればまた話は異なるのだろうが……。
ただ、サンジなら行動の予測はつく。
もし、ナミを連れて来ていれば、ナミに一目惚れしたかもしれないが、今頃はナミは測量隊と共に航海中のはずだ。
まだまだ世界には未知の領域が数多く眠っている。それだけに、ナミは今回の測量を楽しみにしており、エースらとの再会が出来ないのは残念そうだったが、元気に出かけていったので、今ここにはいない。
とはいえ……。
(まさか、ハンコックに目をつけるとはな……いや、まあ、予想された範囲か)
原作では容貌としての美しさだけで世界一の美女と謳われた。
ならばそこに、穏やかな日々を送ってきたが故の女性としての柔らかさや、愛し愛される者故の美しさ、母としての抱擁感を加えればどうなるか?
それが今のハンコックだ。
(まあ、いい)
アスラは考える事を打ち切って、目の前のサンジを見る。
先程までのルフィとの試合という名の鍛錬を見ても、尚気煙を吐いている。
「では、お手並み拝見といこうか」
戦いそのものはやはり一方的だった。
アスラは一切悪魔の実の能力を使ってはいない。だが、それでも通じない。
手と足という違いはあれど、2人は共に格闘家だ。
そして、2人の間には絶望的なまでの鍛錬の積み重ねと経験の差があった。
単純な年齢によるものだけではない。
これまでサンジは鍛錬だけの積み重ねだった。エースらと航海を共にするようになって、多少の戦闘経験は積んだが、最弱とされる東の海で、しかも船長クラスではなく船を襲ってくる下っ端との戦闘ぐらいだ。
これに対してアスラは海軍に入って以来戦闘を重ね、グランドラインで新世界で、億を越えるような相手と戦った回数も両手両足の数では足らない程に戦ってきた。
その差は大きい。
「首肉(コリエ)!」
首を狙った一撃は受け流すように左腕で流され。
「肩肉(エポール)!」
肩口を狙った一撃は右腕で流され。
「背……!」
回り込んでの一撃を放つ前に引き戻され、放たれた拳、寸止めされながら衝撃でもってサンジは吹き飛ばされた。
荒い息をつきながら、サンジは目の前のアスラ中将を見た。
——まるで相手にならない。
けれど、今でも尚手加減されているのがよく分かる。
クリーク海賊団を相手にしていた時、アスラの一撃は船をも粉砕していた。
だが、今放たれた一撃は自分を吹き飛ばすのみ。
(でかい……これが海軍本部中将。世界でも上から数えた方が早い実力者って奴か)
これまでサンジの知る最強は『赫足』のゼフだった。
だが、ゼフは見えていた。
確かに強くとも、自身が強くなるに従い、何時かはそこへ、と目指せるものがあった。
だが、アスラには見えない。
その底など今のサンジには見通す事が出来ない。
だが、だからといって……。
(あんな野郎認められるかああああああああ!)
一体何だ。
顔は美形。
立場は海軍本部中将。
奥さんは超絶的な美人で仲睦まじく、可愛い子供までいる。
おまけに強い。
本音を言えば悔しい、そんな思いがサンジの心を熱く燃え上がらせる。
左足で高速回転する。
考えてはいたが、未だ未熟故に使えなかった技。
高速回転する事で右足に高熱が集中し、赤く輝く。
「悪魔風脚(ディアブルジャンブ)!最上級挽き肉(エクストラ・アッシ)!」
己の全力を込めた一撃。
灼熱の右足で放たれる高速の連続蹴りに。
ただ一撃。
真っ向から放たれた、ただの正拳突き。それだけで、サンジの連続蹴りは押し返され、吹き飛ばされた。
先程までの軽い吹き飛ばしではなく、それこそ何も出来ずに吹き飛び、受身すら取れずに幾度も跳ね飛びながら砂浜を転がってゆく。
意識が飛ぶのを感じながら。
(畜生、これでも届かなかったか……まあ、お似合いだってのは分かってたけどよ)
分かってはいた。自分の思いが所詮は横恋慕であり、2人の間に自分が割り込む余地など皆無である事など。
それでも。
それでも1人の男として挑んだ。
そうして完膚なきまでに敗北した。
(まあ……お陰ですっきりしたさ)
ここまでやられれば、諦めもつく。
そんな思いと共に海へ着弾してド派手な水飛沫を上げつつ、サンジは意識を失った。