第146話−怪獣大決戦(後編)
拳を放ち、剣を振り、かわし、打ち斬る。
戦いはそれこそ島を更地にし、それだけでは足りぬとばかりに崩壊させてゆく。
船にいるゾロ達にははっきりとは見えない。
常に木々が土砂が吹き飛び、彼らの姿を隠しているからだ。
だが、それでも凄まじい事がその中で起きている事は分かる。
彼らの視界にあった森が土煙に隠れ、煙が別の場所で起きた突風に吹き飛ばされた時には森が消え。
聳え立っていた岩山が揺れ、崩壊してゆく。
アスラとミホーク、2人の一撃一撃がそれに抗する事を許さず、ただその射線軸上にあったのが不運だったとばかりに、無造作にその存在を粉砕してゆく。
上空から見るエース達の目にはまた別の光景が写る。
それは次第に削られ、崩壊してゆく島の姿だ。
元々は1つの島だったはずが、削られ行く内に幾つかの小島となり、その中でも小さなものは余波で吹き飛び海へと消え、それなりに大きなものでも激突に耐え切れずそれもまた海へと消えてゆく。
それは彼らとやりあった2人がどれだけ手加減してくれていたのかを思い知らされる光景だった。
だが、そんな戦いは何時までも続かない。
如何にかわそうとも、互いの制空圏に自ら踏み込み、真剣勝負をかわしているのだ。僅かな油断どころか隙も、ミスも許されない戦いは何より心を削り、体力を削る。
そうして、破局は遂に訪れた。
ほんの僅かなミホークが【夜】を持ち直した瞬間をアスラは見逃さなかった。
それがわざと作った隙であろうが、それをも噛み砕かんとばかりに踏み込み、左右両腕からの連打を放つ。
だが、案の定ミホークのそれはわざと作った隙だった。
それ故にすぐさまミホークからもまた、反撃の一撃が狙い済まして放たれる。
これが、最初の頃であれば、互いの体を掠めた程度だっただろう。
だが、長い神経をすり減らす戦いが双方から咄嗟の動きを鈍らせていた。
アスラの左から放たれた攻撃がミホークに着弾し——ミホークの一撃もまたアスラへと突き刺さった。
(……3発。右腕上腕と肋が何本かいかれたな)
冷静にミホークは割り切り、左腕一本で【夜】を持ち直し。
(……神経は無事、だが右はもう無理か)
指先が動くのは確認した。だが、するりと右肩に入り込んだ刃がアスラの右腕を真紅に染め上げている。
どちらが重傷だろうか?
数ならばミホークが受けた数が3に対し、アスラが受けた傷は1つだ。だが、ミホークが手にするのは刃物。刃物で斬られた結果として、血が流れ出る。そして、血が流れ出るというのは体力を容赦なく奪うという事でもあり、それは長期戦を断念せざるをえなくさせる。
もっとも、それはミホークとて同じ事、肋がやられた以上は内臓の損傷も懸念材料になる。
迅速に片をつける必要がある。
どちらがマシか。
ハンマーで何発も殴打されるのと、刃物で深々と一刺し刺されるのはどちらがマシか。
どちらも命に関わるという点では大差ない。
だから——互いに足を止めた。
互いにゆっくりと歩み寄る。
それでようやく攪拌の収まった大気が静かな海風となり、島だった大地を覆う土煙を吹き飛ばしてゆく。……そこに現れたのは何もない小島が1つ。
かつての島の10分の1程度にまで縮んだそれが、島の最後の残骸だった。
その中央に2人は歩み寄り、構える。
ミホークは【夜】を背負うように半身となり。
アスラは左手のみで祈りを捧げるかのように顔の前に手を立てる。
嘗て、アスラの知る原作で、この構えを取った老人はこう言った。『祈りとは心の所作。心が正しく形を成せば祈りは成立する』のだと。故にアスラの祈りもまた形を成す。
互いの武器に覇気が凝る。
物質となれと言わんばかりに凝縮されたソレは周囲に圧力となって吹き荒れる。離れて見ている者達にさえ、その両者の覇気の余波が背を粟立たせ、第六感とでも呼ぶべきものは脳裏で全力で警戒の鐘を鳴らす。
エースも、サボも、ルフィも慌てて島の上空を離れ、船へと戻る。
『これ以上ここにいてはいけない』
勘と言い、人がかつて持っていた野生の本能ともいう、その内なる声に従わない者はろくな結末を迎えない。
その点、まだ彼らは賢かった。
そして、3人が離れ、船へと降り立ったのを見計らったかのように。
2人が動いた。
ミホークの誇る最上大業物【夜】が袈裟懸けに振り下ろされ。
アスラの左拳が形状を変えつつ、ミホークに放たれた。
次の瞬間、轟音が響き、再び土煙が沸き起こった。
そうしてそれがしばしの後、静かに吹いた風に吹き飛ばされた時……アスラの拳はミホークの眉間の僅かに手前で停止し、ミホークの【夜】はアスラの右の首筋の僅かに手前で停止していた。
それと引き換えに、2人のそれぞれの背後にあった大地は綺麗に消し飛び、かつてそこにあった島は2人の周囲に、僅かに舞台のように残るのみだった。
「引き分けか」
「そうだな」
どちらともなく呟くと拳と剣を降ろし、その場に座り込んだ。
「これでこちらの3勝1敗8引き分けだな」
「……一番初期の3連敗がなけりゃなあ」
現状負け越しているアスラがぼやいた。
手合わせに参加するようになった最初期の事。
シャンクスと戦い続け、世界最高の剣豪としての名声を確立していたミホークに対し、当時少将であったアスラは経験が不足していた。
3敗を喫した頃には新世界にも入り、研鑽を積み、以後は勝ち越していたのだが……。
「まあ、いいさ。これ以上はまた次の機会だ」
「足場もなくなったからな」
2人が動きを止めた事で終わったと判断したのかメルクリウス号では2人を収容する準備が急ピッチで進んでいた。
一足先に空を駆けてくる一同にさえ視線を向けず、アスラとミホーク2人は互いを鋭い視線で射抜きながら、けれど尚口元には互いを隙あらば噛み裂かんばかりの獰猛な笑みが浮かんでいた——。