第148話−飛んできた理由
『暴君』バーソロミュー・くまは、王下七武海に名を連ねる海賊であり、同時に革命軍の幹部でもある。
表向き、彼は王下七武海では珍しい世界政府の召集命令にもきちんと応じる七武海という評価を受けているが、実の所それは当たり前の話だ。
七武海を召集するような話では、それなりの作戦が実行に移されるという事でもある。
その為の会議に堂々と顔を出せるのだ。その結果として、革命軍に影響が出るような事案であれば、事前に手を打っておく事も出来る。
さて、今回の召集に関して言えば、革命軍には影響のある話ではなかった。
それは良かったのだが、1つ面倒な話を聞く事になった。
最近、海で噂になっている話がある。
【唄う骸骨】
海の上、船も何もない海上で音楽を鳴らしながら歌う骸骨がいる、という噂話だ。
これだけなら問題はなかった。
海では色々な噂話がある。
荒唐無稽なものから、説明がつくもの、荒唐無稽なようで実際に存在しているものなど様々だ。
これもまた、その1つだろう。
問題は、それを天竜人が見てしまった、という事にあった。
薄く立ち込める霧の中、どこからともなく聞こえてくる音楽。不審に思った天竜人が船の縁へと歩み寄った瞬間——霧が一瞬晴れ、見えたのは海上でピアノを弾く骸骨の姿。
そして、それはふとこちらに気付き、笑いかけた。
……それを見た直後、天竜人は気絶した。
目を覚ました後、天竜人は喚いた。
アレを何とかしろ!と。
困ったのは海軍だ。
何しろ、この話は現状噂話の類だった。大体、特に騒動を起こしている訳でもない相手に海軍が出撃するのも何だ。とはいえ、天竜人からの直々の命令といわれれば、何らかの対応をせざるをえない。
くまに伝えたのも、その一環だった。
……問題は偶々それを見つけてしまった事だった。
【SIDE:ブルック】
「いい天気ですねえ」
ブルックはラブーンの背に揺られながら、溜息をついた。
何しろ、仲間が集まらない。どころか、船が手に入らない。
何分、この見た目だ。
島に行っても怯えられるし、船に近づけば悲鳴を上げて逃げられる。
船を買おうと思えば買えるのだが、1人では船なぞ運航出来る訳がない。どうしても、共に旅をしてくれる仲間が必要なのだ。それが音楽好きであれば、言う事はない。
「お前が【唄う骸骨】か」
だから、いきなり現れたその姿に驚愕せざるをえなかった。
ただし、ブルックは新しい海賊に関しては、まだまだ知識が少なかった。さすがに海軍ぐらいは目を通していたが、その下の制度に関しては何しろ知識を確保する手段が少ない。
これが原作ならば、教えてくれる人もいたし、資料もあったのだろうが……。
「あの〜どちら様でしょうか?」
「……バーソロミュー・くまだ」
少し間があいたような気がした。
「はあ、くまさんですか。それで何か御用ですか?」
だが、ブルックに語られたのは自身の存在の否定。
ブルック自身はただ好きな事をして、大切な仲間と航海をしているに過ぎない。見た目だけで、それを否定する者がと思ったが、天竜人の傍若無人さは昔からか、と思いなおした。
「成る程、けれど、私としても」
何かあった時の為に大切なものは身につけている。
とはいえ戦闘時には邪魔になってしまう為に或いは腰に、或いは背負っているそれを下ろそうとして。
「旅行するなら、どこに行きたい」
くまの言葉に停止した。
さすがにブルックも、何を言いたいのか疑問に思ったが、ブルックは案外付き合いがいい。というか、元々ノリは悪くなかったのだが、昨今はこうして人と話をする事自体が楽しい。
「そうですねえ〜出来れば、音楽が大好きな方か、強い剣士の方と会ってみたいですね」
どこ、と言われても……ワンピースのある場所などは自分で目指す場所だ。
誰かに連れて行ってもらいたい場所でもないし、旅行で行くような場所でもない。それなら、音楽が大好きな相手か、それとも刀を託せるような相手か……そんな人達に会いたかった。自分を受け入れてくれるかは分からなかったが。
「分かった」
そして次の瞬間、ブルックは消えた。
【SIDE:くま】
とりあえず、希望を聞いた上で飛ばした。
別に「殺せ」と言われた訳ではない、あくまで「何とかしろ」、だ。
……今のままでは特に何かをする前に海軍に殺されるのがオチだろう。
希望を聞いた内、音楽好きはよく分からなかったが、剣士に関しては心当たりがあった。革命軍故にちょくちょく海軍には接触して情報を確保している。
そんな中に、先だってアスラ中将の休暇の話を聞いた。
海軍の重要人物だ。加えて、重要戦力でもある中将は何かあった際は緊急呼び出し、場所や電伝虫のトラブルなどによって連絡がつかない場合は迎えを走らせなければならない為、休暇1つとっても一応の予定がはっきりしている。
ただ、アスラ中将だけならば飛ばしたりはしなかった。
偶然ばったり出会ったミホークから「少し用事が出来た。アスラ中将に会ってくる」と僅かな雑談の際に口にした事を覚えていなければ。
確か、今から送れば、東の海の島の1つで出会えるはずだ。
そう考えていた時、足元のアイランドクジラがようやく状況を理解したのか、誰かを求めるような、誰かを探すような、そして自身への怒りへと転じるのを感じた、ような気がした。
「安心しろ」
くまとしては、理解してくれるかは分からないが、語る。
おそらく、この鯨は彼とは強い絆で結ばれているのだろう。仲間を突如として消されれば、怒るのは当然だ。だからこそ、分かってくれずとも、くまはきちんと説明した。
骸骨(名前を知らない)がこのままでは危なかった事、殺してなどいない、あくまで別の場所に移動してもらっただけで、ちゃんと生きている事などを淡々とした口調で伝えた。
「……という事だ」
分かっただろうか?と思ったバーソロミュー・くまだったが、やがて鯨——ラブーンはくまの船へと身を寄せた。
どうやら理解してくれたようだと判断し、くまは船へと戻る。
バーソロミュー・くまの船の乗組員は見た目こそ海賊だが、その中身は全員が革命軍所属の軍人だ。巨大な鯨に驚きつつも、くまをきちんと迎えた。
くまが移動すると共に、ラブーンは身を翻す。
……約束した再会の場所へと向かう為に。
「くまさん、お疲れ様です」
「ああ……当座はこれで何とかなっただろう。本来の予定に戻るぞ」
「はっ」
部下達が動き、船を動かす為に動くのを見送りつつ、くまはふと鯨の姿を目で追った。
……何時かまた世界のどこかで出会うような気がした。