第149話−飛んできた男
「ヨホホホホ、はじめまして!」
引き上げられた骸骨は実に明るかった。
濡れてはいたが、きっちりとしたスーツを着込み、ステッキを手にした彼はブルックと名乗った。
アスラは知っているが、知らない皆は引いている。当然だろう、見た目は骸骨そのものだからだ。悪魔の実の能力者だろうか、とも思うが、普段から見た目が変わる能力というのは聞いた事がない。
「おお、これはお美しい!」
挨拶をしたブルックが早速目をつけたのはハンコックだった。
口説くのかと思った一同が苦笑しつつ、『人妻だよ』と言おうとした。ハンコックが口説かれるのは何時もの事であり、アスラもそれに目くじらを立てる事はない。……強引に手を出そうものなら地獄を見るが。
ただ、ブルックは一同の予想を超えた。
「パンツ見せてください!」
そう言って一礼した。
ハンコックが冷たい視線になり、一同が固まる中、ブルックが銀色の尾で持ち上げられた。
「このまま捨てるか」
分かってはいた。
分かってはいたが……アスラも目の前でやられると、こうも腹が立つものだとは思わなかった。
「そうじゃな、さっさと捨ててしまおう」
「たーすけてー!」
ハンコックも同意する。
既に頭以外を綺麗に銀の球体に包まれたブルックは声を上げるしかない。
固まっていた一同が、さすがに海軍本部中将が犯罪者かどうか分からない段階で殺人(?)を行なうのは拙いととりなして何とかブルックは解放された。
「すいませんでした!」
解放されるや見事な土下座を披露したブルックにどうにもハンコックも毒気を抜かれた様子で、「もう、やらぬように」との言葉で終わらせたのだが……。
今度は固まっていた一同の中からふらふらと歩み寄った者がいた。
「そ、その拵えは……!」
無論、たしぎだ。
彼女の視線はブルックの腰に吸い付いている。
「間違いない!それは大業物21工の1つ!刃紋は乱刃大逆丁子!黒刀・秋水!」
さすがに、ブルックも腰にささったままの刀にすりすりと頬擦りされるとは予想していなかったらしく、固まっているというか、他一同は引いている。実際、サンジが初めてストルツ・フランメ号に乗った時も、うっとりと手入れをした己の愛刀時雨を見詰めて、頬擦りしているのを見て、一気に引いてしまい、以後彼女を口説く事は遂になかった。
「あー……まあ、とりあえず彼女は置いておいて……とりあえず、話を聞きたいんだが、構わないか?」
「ヨホホホ……随分と変わったお嬢さんで……はい、いいですよ」
たしぎの悪癖を目の当たりにして、さすがに何と言っていいものやら分からない顔をしたアスラの言葉にコレ幸いとブルックも話に乗った。
「……で、お前さんは『鼻唄』のブルック、と?」
「ヨホホホ、はい」
あっさりと明かした相手に、アスラも憮然とした表情だ。
「お前さ、今、目の前にいるのが海軍本部中将で、その相手に自分は3300万の賞金首の海賊です、って名乗る意味理解してるか?」
「あ」
ボーン、と擬音が立ったような気がした。
「45度!」と壁に頭を預けて、落ち込んだ様子を見せるブルックに、だが、アスラは溜息をついて言った。
「……まあ、お前の手配は当に無効になっているからな。別に構わんのだが」
ええ!?
と驚くブルックだが、これはある意味当然だ。
何しろ、ブルックが死んだのは今から実に48年前の話。以後全く音沙汰がなく、生きていれば今年88歳の高齢。死んだと看做されて、手配が抹消されたのは今から10年以上前の話だ。
「それにお前の外見からどうやってブルックだと証明する気だ」
外見は重要だ。
箔をつける為に、偽りの名を名乗り、凶悪な海賊の振りをしていた小物を討ち取って賞金を渡したりしたらどうなるだろうか?
そんな事が起きないよう、手配書とてらしあわせて、見た目は厳重に確認される。
実の所、原作でサンジの手配書が似顔絵になっていたのは相当に問題視されていたし、似顔絵とそっくりな外見を持つデュバルが鉄仮面で顔を隠して、サンジに強い恨みを抱いたのもそこら辺にあったりする。あれだけ似ていると、デュバルの首なら間違いなく賞金が出るからだ。
一方、ブルックは……見た目骨だ。
確かにアフロやサングラスは本物そっくりだが、何しろ48年前の海賊だ。それもゴールドロジャーなどの超有名所とは違う。直接会った人間など海軍を探しても現役組にはまずいないし(ガープやセンゴクでさえまだ下っ端だった)、引退組でも果たして今のブルックと会って、「間違いない」と断言出来る程覚えている者がいるかどうか怪しい。
「はあっ!確かにその通りです!安堵したけど、心臓のドキドキが止まりません、って私心臓ありませんでした!」
そんな事を言うブルックを前に、アスラは「さて、こいつどうしたものか」と悩むのだった。