第152話−グランドラインへ
アスラは去ってゆくストルツ・フランメ号を内心複雑な思いで見送っていた。
本当ならば、エースに忠告したかった。
エースを苦しめる事になろうとも、『海賊王の血筋』というものが持つ意味を伝えたかった。エース程の頭があれば、その意味に気付いたはずだ。
だが、既に決めた後だった。
それでは、グランドライン一周を何故止めたのか、サボ達にも説明せねばならない事は必至だ。
偽りで誤魔化すという事は一時的には何とかなっても、長期的には必ずばれる。
いっその事、アスラが自身の海軍としての立場から止めるという事も考えたのだが……エースが納得しなければこっそり行ってしまえばそれまでだし、エースが納得したらしたで、どこか苦悩が潜む筈だ。
最終的に色々と考慮した結果、アスラは沈黙という選択肢を選んだ。選ばざるをえなかった。
(……どのみちこれ以上打つ手がない。ガープ中将にも相談してとことん秘匿するしかあるまい)
そう溜息をついた。
その姿にハンコックも気付いていたが、彼女自身は何も問う事はなかった。
アスラの立場上、妻であっても言えない事が山程ある事は知っていた。聞いた所で、言えないとなればそれはアスラを苦しめるだけでしかない。
ミホークは我関せずを貫き、メルクリウス号の船上は何とも言えない雰囲気のまま帰還の途についた。
一方、アスラ達と別れたストルツ・フランメ号の船上は打って変わって明るいものだった。
こちらはアスラがそんな事を考えているとは思っていない。
そして、ブルックはムードメイカーとしては一級品だったし、学ぶ事も多かった。
何しろ、彼はとある王国の正規軍で隊長を務めた後、ルンバー海賊団の一員となった。そうして、ヨーキ船長が病に冒されて、やむをえず船を降りた際、残った者の間で次の船長に選ばれたのはブルックだった。
音楽や航海術だけでなく、船長としての体験談やグランドラインにおける注意点など興味を惹く事は一杯あった。
グランドラインの異常さ自体はエースやサボは多少は知っている。
だが、これまでは体験といっても海軍の軍艦に乗って、熟練の船乗り達が大勢乗っていて、万が一の事態にも海軍本部中将が同乗していれば大抵の事態は鎧袖一触といういたれりつくせりの状態だった。
今は違う。
全てはこのメンバーで乗り切っていかねばならない。
ただ、それらは同時にエースにせよ、サボにせよ、ゾロにせよ、或いはたしぎやサンジ。皆が、出来ればブルックの同乗を望ませていた。
(……了承はしてくれた訳だが)
やはり、鍵となるのは双子岬でブルックの仲間だというアイランドクジラに会えるかどうかが鍵だろう。
例え、いずこかで死んでいたとしても、ブルックはきっと待ち続ける筈だ。……かつてラブーンという、そのクジラがルンバー海賊団を待ち続けたように……はっきりと死んだかどうかが分からない限り、ブルックは平然と何十年でも待ち続けるだろう。
だが、エース達はそうはいかない。
待つか、それとも待たないのか。
待つのならば、それはどの程度までなら待つのか。
如何に仲間にしたいと言っても、限度がある。
願わくば、既に戻っているか、短期間で戻って欲しいものだが……こればかりはどうなるか分からない。
サボやゾロ達とも話し合い、最大で1月までは待とうと話を決め……。
やがて、彼らはリヴァースマウンテンの傍まで近づいた。
轟々と音を立て流れる海流に乗る。
話には聞いていた。
ブルックから実際の話も聞いていた。
だが。
……見ると聞くとでは大違いだった。
海が山を駆け上がる。確かにこの光景は1度は見ておくべき光景だろう。
海軍の戦艦と違い、カームベルトを安全に抜ける事が出来ないから、とはいえ、アスラがリヴァースマウンテンを登るルートを通る事を勧めた訳は理解した。危ないのは事実ではあるが……。
「!コースがずれました!このままでは柱に衝突します!」
一旦コースに乗ってしまえば、船は操船出来るようなものではない。
むしろ、下手に操船しようと海流に逆らえば、舵が折れるだけ。だから全員が舷側に張り付き、船の針路に注意を払っていたのだが、僅かなズレが起きたらしく、船が急速に片方に寄りつつある事にブルックが気付いた。
「任せろ!—火拳!」
駆け寄ったエースが特大の火拳を放つ。
柱に激突した拳は大爆発を起こし、その爆風が船の針路を僅かにずらす。間髪いれず、エースは2発目、3発目と放ち、船のコースを修正し、それは成功する。
「よっしゃ!進路が戻ったぞ!」
サンジが叫んだ。
これ以上は何も起きないでくれ!そんな願いが通じたのか……やがて、船は勢いよく空を舞い——着水。今度は凄まじい勢いで下り始めた。その到着地点はグランドライン。
原作と異なり、前方に突如として障害物が現れる事もなく、派手な水飛沫と共にストルツ・フランメ号は着水した。
エース達がグランドラインへと到達した瞬間だった。