第155話−重い陰謀軽い陰謀
アスラの視線が鋭いものに変わる。
そこにいたのは冷徹なCP長官であり、重責を担う海軍本部中将だった。
「どういう事だ。BW(バロックワークス)の構成員によるものか?」
まず考え付くのはそれだ。
BW(バロックワークス)の構成員はアラバスタ王国の至る所に潜んでいる。原作でもアラバスタ王国における最終決戦で正規軍と反乱軍の話し合いを崩壊させたのは正規軍に紛れ込んだ構成員による1発の銃弾だった。
「いいえ、犯人は構成員ではありません」
ジャブラも真面目な態度で返す。
TPOが読めずして、諜報員は務まらない。
「……ふむ、どういう事だ」
「構成員ではありませんし、表向き一切の繋がりはありません。ですが、裏の裏を探っていくと今回の事件を起こした軍人はどうやら、BW(バロックワークス)に対して弱みを握られていた模様です」
「ふむ、ジャブラ、お前が報告に来た、という事は……」
「お察しの通り、BW(バロックワークス)のMr.6……ルッチが掴んだ情報です」
カク達からは情報は流れてきていない。
となると、相当限られた情報、という事か……下手に動けんな。そうアスラは判断する。
出来れば即座に動きたい。
だが、それは即効で情報を掴んだとクロコダイルに知らせる事であり、情報が極々限られた者しか知らないのであれば、ルッチの身に危険が及ぶ。ロブ・ルッチならば切り抜けられるだろうが、今、相当に深い所まで入り込んでいる情報源としての彼を失うのは痛い。
「加えて、アラバスタ王国において、殺された役人の悪評が異様な速度で広まりつつあります」
役人を殺した軍人は急速に偽りの英雄に仕立てられつつあるのだと。
では、本当に役人がそこまで悪評を立てられる人物だったのかというと、そうではないのが厄介だ。もちろん、清廉潔白な人物がやっていける程政治という分野が甘い世界ではない以上、多少は後ろ暗い所があったのは確かだ。
だが、間違いなくやり手であり、人望もある人物だった。
それが厄介な状況を生んでいる。
……実際がどうあれ、作られた英雄像はその当人を守る盾となる。アラバスタ王国の住人は彼が処罰を受ける事を許容しないだろう。そうなれば、コブラ国王とて簡単に処罰するという訳にはいかなくなる。
逆に、世界政府も引くまい。
殺した軍人の引渡しなり、処罰なりを求めるはずだ。間違いなく、アラバスタ王国と世界政府の間で緊張が高まるのは必至だ。
この件が厄介なのは、単純に「実は真相はこれこれこうで、軍人がこうだった」と証明した所で民衆を納得させられるかどうか分からない点だ。民衆が「捏造された話なのではないか」と疑うのは確実であり、そこをクロコダイルに煽られれば……。
「……CPに動員をかける。こちらも民衆に情報を流してゆく。それぐらいならば、ルッチに辿り着かれる事はあるまい。ブルーノを一時アラバスタ王国内における指揮官として、クマドリとフクロウを一時ブルーノの指揮下に置く。ジャブラ、お前はルッチとの接触を保て、何かしら掴んだ場合、直ちに知らせろ」
「了解しました」
この後、アラバスタ王国においては噂話が錯綜。
処罰を求める世界政府と、動くに動けぬアラバスタ王国の双方の間で駆け引きが繰り広げられる事になる。
真相はどうでもいい。
どちらが自分達に正義あり、と思わせる事が出来るか……。勢力としてはCPの方が上だが、全てを投入出来ない上に、アラバスタ王国に深く食い込んでいたBWは結果として双方引かぬまま、裏での激突は加速してゆく事になる。
さて、そんな諜報戦が起きている一方で、エース達はそんな世界情勢を知る事もなく、航海を続けていた。
ゾロもたしぎもサンジもグランドラインの航海に関しては、その特殊性と必要な物などを知らなかったが、エースもサボもブルックもグランドラインでの航海を知っている。
グランドライン突入の許可をアスラから得た際に、ログポースを受け取っていた。
本来ならばブルックが見につけておくべきかもしれないが、何しろブルックの腕は骨だ。身につけても、滑り落ちてしまうので、悩んだ結果、エースが装着していた。
これは、ログポースの破損を防ぐ為、という意味合いもある。
自然系(ロギア)の能力者の場合、理由は分からないが、身につけている物に対してもその影響力は働く。原作では、シャボンディ諸島における黄猿と【海鳴り】スクラッチメン・アプーの戦闘が代表例だろう。あの時、黄猿はスーツごと腕を切り飛ばされ、爆破攻撃を受けて上半身と下半身が泣き分かれになっても、自然系(ロギア)の力でもって復活した際に、スーツもコートにも破損は全くなかった。体と共に再生されている。
つまり、エースが身につけている限りは、ログポースも破損しようが再生可能という訳だ。
やがて、航海を続けるエース達の前に現れたのはサボテンを思わせる岩を持つ島だった。
その島の名を……ウイスキーピークという。
島では船がやって来るのが見えていたが、確認した所、船は海賊旗を上げてはいない。
賞金稼ぎの島だ、相手が海賊なら歓迎した上で、酔い潰してから殺して、サボテン岩に埋めてしまうのだが……相手が海賊でないならば、はっきり言ってお呼びじゃない。ま、海賊旗を上げてないだけ、という可能性もあるから追い払ったりはしないが……。
それより、BWの賞金稼ぎ達が目をつけたのは、船の傍を泳ぐ巨大な鯨だった。
「……あれなら、当面の食費が浮くな」
それを見た責任者の呟きが、全てを示していた。
『酔い潰して、寝ている間に仕留めてしまおう』、酒に眠り薬を仕込んでおけば、大した量も必要ないはずだ。
そう判断すると、彼らは偽装を始めた。
……それが彼らにとって大きな災いの始まりだったとは思いもせずに。