第156話−ウイスキーピーク最後の日
ウイスキーピークは賞金稼ぎらが集まる島だ。
BW(バロックワークス)は賞金首の情報の提供や武器のサービスなど、勧誘の際に協力する事によるメリットを示すが、組織である以上は運営の為に一定額の上納金を求められる。会費と言い換えてもいい。
とはいえ、これまで全部自分達でやらねばならなかった面倒な部分を一括でやってくれるというのは賞金稼ぎらにとってもメリットは大きく、一旦入った者で辞める者は滅多に出ない。
さて、実力者はいい。
カクとカリファのコンビが代表例だが、彼らは情報を受け、海賊を真っ向襲撃し、潰す。
規模や危険度、評価などについてはBWから提供を受け、効率よく仕事をこなしている。
こうした場合は、会費分はすぐ超える。
問題は、弱い場合だ。弱いメンバーであってもお金を稼がないといけないのは変わらないから、群れる。群れて、より安全確実な方法を探り……完成したシステムが、このウイスキーピークだった。たとえ、100人からの海賊団であろうとも酒に酔わせた上で倍以上の人間で襲い掛かれば……普通はやられる。
そうやって、彼らは金を稼いできた訳だが、このシステムには当然難点がある。一人頭の稼ぎが少ない事に加えて、酔い潰したりする為にはそれなりの金がかかる、という事だ。
ある程度は倒した海賊の船に積まれたもので補えるが……それだけでは足りないので、自給自足の手段は常に模索されている……そんな処に超巨大な鯨が現れたのだ。狙われたのも仕方ないといえば仕方ない話ではある。
『この島では、旅人は誰であろうと歓迎するのが慣わし』
そう言って、飲ませ食べさせた。
無論、中には睡眠薬を仕込んで、だ。既に彼らが賞金稼ぎの一団であり、倒しても金にはならない事は判明していたし、昨今海軍が改革の結果として、賞金の支給が厳密になっていたから別の海賊団に見せかけて金を受け取るという事も無理だと判断していた。
「……よし、それじゃ後はあの鯨だけだな」
その夜。
寝静まった頃を見計らい、ウイスキーピークの面々は海へと向かった。
だが……。
「ヨホホホホ……人の仲間に何をなさるおつもりですか?」
その声に夜空を見上げた一同は……固まった。
別に空を飛んだりはしていない。ただ、近くの家の屋根に声の主はいた。だが……見た目が問題だった。骸骨なのだ、そのまんま。幾らスーツを着ているとはいえ、そんな相手が夜、月明かりに 佇んでいたら……そりゃあ誰だって硬直もしようというものだ。
ただ、彼らの硬直時間は短かった。否、短くさせられた。
「まあ、大体予想はつく、っていうか知ってるがな」
今度は前方からだ。
そこにいるのはエースの姿。どこか皮肉の篭ったようなふてぶてしさを感じさせる笑みを浮かべている。アスラが見たら、原作で敵を前にした時のエースだ、と思ったかもしれない。
「まあ、仲間に手出そうとされて黙ってる程、俺らも寛大じゃないんでね」
「そいつは同感だな」
今度はブルックが立つのとは反対の路地からだった。
サボが、ゾロが暗がりから姿を現す。
「ったく、食い物に薬なんぞ混ぜるんじゃねえよ。料理を粗末にする奴は許せねえな」
サンジが退路を断つように背後から現れた。
たしぎは、その脇に黙って立つ。
眠らせたはずの全員が全員、普通に現れた事にウイスキーピークの一同は動揺を隠せなかった。
一同は或いはそもそも胃とか内臓がないから。
或いは疑念を抱き。
或いはメシの味に違和感を感じ。
或いは他の人間に忠告されて。
エース達は全員が健在だった。寝たフリをして、彼らの話を聞いてみれば、食料確保の為にラブーンを捕獲しようという話が為されている、となれば、後は簡単だ。
どうしても集団というのは行動が遅くなる。
さっさと回り込んで彼らを包囲したという訳だった。
こうなると、ウイスキーピークの住人らも覚悟を決めざるをえない。
一斉に武器を構える。
何だかんだいって、エースらは数が少ない。酔っていない、眠っていないのは予定外であったが、数はこれまで潰してきた海賊団との比ではない。何とかなる!そう判断したものは多かった。
……彼らは忘れていた。
自分達が何故群れていたのか、Mr.8らが何故この場にいないのか……。
そんな彼らを尻目にエースらも戦いの準備を整える。
エースの腕が炎に包まれ、周囲に小さな蛍のようにも見える輝きが浮かびだす。
サボが、たしぎが刀を抜き、ゾロが手ぬぐいを頭に締め直して、口に和道一文字を構える。
今回、ゾロが片方の手に握るのは大業物【黒刀/秋水】。
見定めるという目的でブルックが持っていたのだが、どのみちブルックが持っている限り、刀は死蔵されるしかない。それならば、使う姿から見定めようという事で貸与されていたという訳だった。ゾロとしても、数打ちの刃よりこちらの方がいいのは間違いない為、すんなりと借り受けていた。
サンジは何時ものように両手をポケットに突っ込んだまま、自然体で佇んでいる。
そして。
ブルックが手にするステッキを掴み、仕込み杖となっている中から細身の刃が姿を現す。
月明かりにその刃が輝いた瞬間、戦いは始まった。