第157話−ウイスキーピーク(前編)
「いくぜ!火拳変形・焔波!」
エースの放った一撃に、BWの面々は戦慄した。
前から巨大な火の津波が襲い掛かってくる!
赤々と燃えるが故に後方からもはっきりと見えたその一撃に、BWの面々は誰もが慌てふためき反転して逃げようとする、が……集団が全員反転するというのは難しい。1人でも遅れれば、その1人が邪魔になり、またそれが別の渋滞を生み……と、大混乱に陥る。
混乱状況に陥っただけで、逃げる事も出来ぬまま彼らは火の津波に飲み込まれ……。
「「「「……あれ?」」」」
焔波(ほむらなみ)は、火拳を薄く伸ばし、幅と高さを大幅に拡大させたものだ。
では、何故それをエースはアスラ相手に使わなかったのか?
理由は困惑しているBWの面々が示している。……弱いのだ、致命的なまでに威力が。これがマグマならば質量がある。マグマに飲み込まれれば、例え厚みが薄かろうが命を落とす事は確定だが、火は違う。よほどの高熱でない限り、一瞬で通り過ぎた火では火傷すら満足に負わせる事は出来ない。
火の上でさっと手を横に振ってみれば、分かるだろう。
要は、見た目だけのコケオドシなのだ、この技。強者相手では使うだけ無駄だ。
だが、雑魚の集団相手ならば絶大な威力がある。相手を倒すとかではなく、相手の陣形やら各人の心を混乱させるという意味合いで、だが。
そして、混乱した所で間が空いた。
その間に集中したエースは、恥ずかしさを誤魔化す意味合いも篭め、怒って襲い掛かってくる相手を巻き込みながら……。
「火災旋風!」
上昇気流をも利用して、炎の竜巻を生み出す。今度は見かけだけではなく、巻き込まれた相手は燃やされながら、上空へと舞い上げられ、風を巻き込んだ事で高熱となった火に焙られ焼かれてゆく。何とか竜巻から放り出されても、全身こんがりと焼かれて命に関わる重傷を負い、戦闘不能だ。
目の前にそんな仲間が落ちてきた事もあり、完全にBWの前への足は止まった。
「さて、後はあいつらに任せるか」
前方を炎の竜巻で塞ぎながら、エースは面白そうに呟いた。
そもそも今回の件を悟った時点で、エース達は1つの決定を行なっていた。それは、たしぎの成長だ。
彼女には自信がない。
なまじ周囲にいる連中が最初から強かっただけに、自分自身の力に全く自信が持てず、結果的にそれが余計に強くなる事を妨げている。
ブルックはラブーンが狙われた事で怒っているから、こちらは止めるだけ無駄だ。
だが、他の者は足止めとサポートに徹し、たしぎに経験を積ませる事で一致したのだった。
「ヨホホホ〜!ラブーンを食べようだなんておバカさん達ですね!許しませんよー!」
「「「ぎゃあああああああ!?」」」
ブルックの方は存分に暴れまわっていた。
元よりブルックは元・3300万の賞金首。東の海での最高額すら上回る賞金首だ。そんな相手と真っ向遣り合えるだけの実力があれば、こんな所で群れていない。
連続して放たれる突きによって、次々と戦闘不能に追い込まれてゆく。
「はあ!」
「むむっ?」
そんな中、両手に金属バットを携え、王冠を被った男が立ちはだかった。その傍らにはシスター服をまとった大柄な女性が立つ。
「ヨホホホホ、どなたですかな?」
「俺の名はMr.9!」
「ミス・ウェンズデーだ」
名乗りを上げると同時にシスターはばさりと服を脱ぎ捨てる。その下には……。
「ヨホホホ、失礼ですが、余り似合っておられないようで……」
声はいい。だが、筋骨隆々とした体にワンピースというのは実に似合っていない。
げんなりとした表情を顔が残っていればブルックも浮かべていたかもしれない。彼女は原作ではミス・マンデーと呼ばれていたが、カリファの存在により1つ下のこの地位にいた。
「言っていろ!熱血ナイン・根性バット!」
優れた体術で連続して行なわれたバク転で加速をつけ、バットを叩きつける。
が、ブルックはそれをするりとかわす。さすがに細身の剣でそんなものを真っ向受け止める気にはなれない。如何にブルックが護衛戦団の団長だった頃から愛用している名剣とはいえ、歪みが発生でもしたら面倒だ。こんなものを真っ向受け止められるとしたら、剣や刀としては黒刀ぐらいのものだろう。
くるり、と回転するように回避して距離を取るブルックに対して、Mr.9はニヤリと笑うと……。
「かっ飛ばせ!仕込みバット!」
向けたバットの先が発射され、ブルックに巻き付いた。
そこへ駆け寄ったミス・ウェンズデーが拳を振り上げ……。
「カ・イ・リ・キ!メリケン!」
その頭蓋骨を粉砕すべく殴りつけた。
「「なっ!?」」
土煙が上がり、念の為に素早く距離を取った2人の前に見えた光景は……。
「ヨホホホ、いや、危ない危ない」
絡んだ鎖がしっかりと絡みつくにはある程度の柔らかさが必要だ。
肉があってこそ、こうしたものは絡む。分かりやすく言えば、ウレタンの棒と金属の棒ではどちらが絡みつかせやすいか、という問題であり、ブルックの骨だけの体は存外に絡ませにくい。少なくとも腕を抜くぐらいは容易い。
そうやって抜いた片腕で、ブルックは頭蓋骨を首の骨から外して持ち上げていた。当然、頭蓋骨があった部分を狙った一撃は見事にハズレ、地面を激しく叩いただけだった。
ブルックからすれば、頭蓋骨を砕かれるのは困る。アフロはもう生えてこないし、そもそも頭の中には仲間との最後の演奏を納めたダイアルも入っている。
よいしょ、と声を上げて頭をネジをはめ込むように、再び取り付ける。
慌てて武器を構え直す2人を前に、ブルックはくるくるとステッキを回しながら、歩き出す。
「鼻唄三丁……」
次の瞬間、ブルックの姿が消えた。
はっとしたMr.9とミス・ウェンズデー。だが、2人が何かの反応を起こす前に——。
「——矢筈斬り!」
そんな声が響き、2人の体に斬撃痕が生じた。
血飛沫を上げて倒れる両者の背後には、何時の間にか移動していたブルックが静かに鞘に剣を納めていた。