第159話−その頃のアスラの日々
アスラは、最近連日奮闘が続いていた。
クロコダイルの謀略戦だけでも忙しいというのに、そこに世界政府からの命令まで加わってくると「煩い、黙ってろ!」と怒鳴りたくなってくる。
世界政府からすれば、自分達の面子を潰された以上、早々に殺害犯を処刑なり最低でも裁判にかけねば気がすまない。
ところが、アラバスタ王国は引き渡さない、いや、引き渡せない。
向こうの状況に関しては、『何者かが煽っている節がある』事(まだクロコダイルという確たる証拠がない為)や、『アラバスタ王国としても国民が興奮状態になっている為に動くに動けないのでしばらくこちらが冷静になる必要がある』だの報告を上げていたというのに、馬鹿はどこにでもいる、というかのように『もしや、アラバスタ王国が世界政府から離脱する事を考えているのではないのか?』『実は例の軍人の背後にアラバスタ王国政府がいるのではないのか?だから、引き渡さないのではないのか?』などと言い出す者がいる始末だ。
尚、その出所が、王下七武海との折衝なども行なう外交部であった事を知り、本気でクロコダイルの所に殴りこんで叩き殺したくなってきたアスラだった。
「……なのに、この情勢下で余計な仕事を増やしやがって……」
日々、言葉遣いが荒くなってきているのを自分でも理解しているアスラだった。
エース達と別れ、休暇を終えて戻ってきてみれば、この騒動に巻き込まれた。
一瞬、『原作までまだ2年弱あるのに、もう本格的に動き出したのか!?』と思ったが、よくよく考えれば、既に原作の展開など遥か彼方に全力全開で投げ捨てている状況だ。
何が起きるかなど分かったものではない。
(原作介入を続けた結果が、原作展開の崩壊と原作知識の価値の大幅減衰か)
分かっていた事を改めて意識した上で、頭を1つ振って、アスラは現実に向かい合った。
CP9のフル稼働含めた活動の結果として、アラバスタ王国では現在、様々な噂が乱れ飛んでいる。
規模と装備に勝るCP(サイファーポール)とはいえ、アラバスタ王国にいわば特化したBW(バロックワークス)相手では、ことアラバスタ王国内においては優勢は早々簡単に奪取出来ない。
一旦形成された噂はなかなかしぶとく、未だ世界政府の役人を殺した軍人を英雄と看做す空気は燻り続けたままだ。
とにかく、この噂を消さない事には国民に真実を伝えても、意味はないし、コブラ王としても引渡しだの何だの言っていられる状況ではないだろう、というのに……。
「……それなのに外交団の派遣だと……?」
しかも、極秘訪問のはずが、しっかりアラバスタ王国流通の新聞に訪問予定や、推測内容として英雄(仮)の引渡し要求の為という訪問目的まですっぱ抜かれていた。おまけにこれらが全て事実だから余計に厄介だ。
アスラはこれらのリークもクロコダイルが関わっていると確信している。どうせ、ルートを探った所で時間と手間がかかるだけでまともな証拠など掴めると思ってはいないから大雑把な確認だけして、細かな追跡調査などしていないのだが。
「しかも、連絡がこちらには全然来ていない」
外交官という任においては、アスラもその任にあるのは確かだ。
ただ、アスラは比較的穏健な立場の外交官と見られている。
加えて、コブラ王とはプライベートでは友人だと一般には思われている。
仕事とはまたそれは別のはずではあるが、一応、今回のような場合によってはアラバスタ王国に強引に引渡しを求める事になるような案件からは外しておこうと考えたのは分かる。だが……。
「……下手をしなくても、火薬庫で火遊びするようなものだぞ」
しかも、下手に政府が隠していたせいでこちらにまで連絡が遅れた。
しかも、最終的には隠蔽に失敗している。中途半端に成功した隠蔽など却って害悪でしかない。
何とか無事に終わってくれ、そういう願いも虚しかった。
結果から言おう。
世界政府の外交団はアラバスタ王国上陸後間もなく、洩れていた情報を元に集まった国民達に道を阻まれた。
今回海軍は動いていなかった代わりに、世界政府の護衛達がついていたが……彼らはそれを強引に突破しようとした。
彼らがそのような行動を取った理由の1つには外交団がアラバスタ王国の住人に対して、余りいい思いを抱いていなかったという事もある。
とはいえ、そんな事をすればアラバスタ王国の国民も反発する。
激しく揉み合う混乱を嫌い、大使が少し下がって様子を見る事にして、いざ下がった時——銃声が響いた。
後にアスラの下へ不確定ながら、と届いた報告によれば、大使が胸を押さえた後で銃声が聞こえたような気がした、という大使の斜め後ろから見ていた護衛の証言があった。
もし、それが真実だとすれば、国民の誰かが闇雲に撃った流れ弾ではなく、間違いなく狙撃だ。
だが、証言はその一人からのみ。他の面々は周囲の警戒と揉み合う仲間と一般人に意識が向いていた。加えて、当人も『気のせいかもしれないが』という、おまけつき。これでは証拠になりようもない。
これが元で武器を抜いた護衛団はこれ以上外交団からは被害を出してはならないと発砲した。
当然反撃が集団側からも行なわれる。
銃撃戦になり、更に駆けつけたアラバスタ王国正規軍に対しても護衛団は攻撃を加え、やむなく正規軍側も反撃。
護衛団も含めた外交団にも、アラバスタ王国の一般人にも多数の犠牲者が出た。もちろん、外交団はコブラ王と面談など不可能なまま外交船に撤退、そのままアラバスタ王国より離脱した。
その報告が届いた瞬間、アスラは机を殴り壊した。
非常に珍しい、というか初めて見る光景に報告に来たジャブラでさえ目を丸くしていた。
……後でアスラが机を叩き壊したという事を聞いたスモーカーも驚いていたが、さすがに機密に関わると察したか、いや、それは元帥や大将もそうであったが、敢えて聞く者はいなかった。
ただし、余人に話せない内容がアスラの職務には多いだけに、溜め込む事も多かろうと彼らなりに気をつかい、大将や中将らが中心となって、体を動かすのに付き合ってくれたのには感謝すべきだろう。
まあ、青キジ大将の作った巨大な氷山が1度ならず崩壊するような大規模な鍛錬は海軍でもしばらく話題となる程だったのだが……。
ただ、お陰でアスラの気分転換にはなったようだったが……アラバスタ王国と世界政府の関係は戦争にこそなっていないものの、一気に緊張状態を孕んだものとなった事だけは確かだった。
そんなある日の事。
アスラに聖地マリージョアへの出頭命令が下る。
呼び出した者達の呼び名を【五老星】といった。