第160話−五老星
世界政府の頂点。
【五老星】。
彼らの前に立つアスラはけれど、全く緊張していなかった。前世でならば、それこそいきなりサミットの真っ只中に放り込まれたような気持ちが味わえただろうが、アスラも出世してそれなりに長い。
さすがに緊張するような時代は当の昔の通り過ぎていた。
「さて、お前さんを呼んだのは他でもない」
「今、アラバスタ王国で起きている事は知っているな?」
「その事に関して、お前がCPを動かして何かをしているのは知っている」
「現状、この状況が長く続くのは好ましい事ではない」
「故に、お前が知っている事を話せ。現時点では証拠がない事でも構わん」
口々に告げる五老星。
アスラが想定していたより、遥かにマシな言葉だった。
「了解しました。現在、私が黒幕とみなしているのは……」
この際だ、率直に全て言ってしまおう。アスラはそう決めた。
世界政府のトップである彼らとは、例え海軍本部中将にしてCP長官であるアスラであっても気軽に会える相手ではない。ならば、この機会に言うべき事を言っておいた方が例え結果として担当から外されたとしても、「言っておけば良かった」と後悔するよりはマシだ。
「……というのが現時点での形になります」
話そのものは長いものになった。
まず、現在一番怪しいと思われる組織と、その黒幕と思われる存在が誰なのか、から始まり、何故その組織が怪しいと思ったのか、や、では、それに対してこれまでどのような捜査を行なってきたのか、その結果どのような反応や結果が起きたのか、まで詳細に語ったからだ。
とはいえ、五老星もそこは世界を統べるトップ達だ。
いずれもが真剣に時折質問を加えつつ、最後まで聞いていた。
アスラが話し終えた後、しばらく全員が沈黙していた。
出されたお茶で喉を潤しているアスラはともかくとして、五老星も考えをまとめているのだろう。
しばしして、1人が口を開いた。
「まさか、最有力の黒幕候補が王下七武海とはな」
とはいえ、その声に驚きはない。
世界政府配下となったとはいえ、彼らは所詮、海賊だ。海軍とは根本的にその根っこが異なる。
「クロコダイルか、面倒な奴が動いているものだ」
また別の1人が苦々しい口調で呟く。
とはいえ、このまま放置しておく訳にもいかない。
今回の一件で通常の外交官を送り込むのは困難になった。とはいえ、アラバスタ王国とこのまま戦争状態に突入という訳にもいかない。戦争に突入するにせよ、回避するにせよ国のトップと話をする必要がある。世界政府所属とはいえ一応建前としては、国と世界政府に上下はない。
きちんと外交官を派遣してこちらの要求を相手に伝えなくてはならない。
一方的に相手に通達して、〜しろ、では相手を格下に見ています、と宣言しているようなものだし、目的は達成出来ても後々のトラブルの種を蒔いている以外の何物でもない。
もちろん、相手の国もそんな事を言われて、へこへこと従っていたらそれこそ恥だ。
双方の面子を立てる為にも正式な外交官を送る必要があり……ただ、今の情勢となると自らを守れるだけの力が必須となる。
「故に次はアスラ中将、君が行け」
「了解しました」
元より自分が行くべきだと判断していた事。
下手に誰かを派遣して、今回の二の舞になったり、後で失敗に終わった結果を知らされるよりはマシだ、とアスラは割り切っていた。
最終的に当面の対応はアスラに任せられる事を伝えられ、アスラは退室した。
……もっとも、アスラは五老星がただ好意でそんな事を許可してくれた、とは微塵も思わなかったが。
「……どう思う?」
「さて、上手く行けば良いが、最悪の場合も考えておかねばな」
アスラの退室後、五老星は再び協議を始めた。
最悪のケース、それはクロコダイルが王国の乗っ取りに成功した場合の対処だ。
本来、人質を取ろうが海賊の国家樹立は認められない。それを1つ認めてしまえば、後は収拾がつかなくなる。国の事業として海賊を認めるなどと称されては面倒だ。
だからこそ、嘗てロブ・ルッチが人質500名ごと海賊を殲滅しても世界政府は沈黙を守った訳だから……。
「最悪が現実になった場合、どうする。以前と同じく全てを抹殺するか?」
「それは良くない。以前とは状況が違う。それを口実にして、反抗的な国を滅ぼしたと思われるやもしれん」
以前は海賊が人質を取った上で、自分達を国と認めろという主張だった。
今回は既にある国の頭を挿げ替えようという話だ。
「確か、アラバスタ王国には歴史の本文(ポーネグリフ)があると言われていたな?」
「ああ。……クロコダイルにそれまで握られては面倒だ」
故に……。
「クロコダイルが成功した場合は、古代兵器もしくはそれと疑われる歴史の本文と引き換えに奴の乗っ取りを認めよう」
「そうだな、その場合はCPには全力でそのカバーを命じよう。その時には、必要ならアラバスタ王国の王族の生き残りを処理する必要も出てくるだろう」
「奴が素直に従うか?」
友人の子を、小さい頃より見知っている子供を消す命令が下せるか?
自身も幼い子供を持つ身で。
「大丈夫だろう。奴の正義は【最大多数の最大幸福】……だからこそ、四皇とも必要ならば見逃すが……逆に言えば」
「必要なら、手を汚す覚悟もある、という事か。そう判断しているのならば構うまい」
「よろしい、では次の議題だが……」