第164話−アスラの場合
原作開始まで1年を切った。
とはいえ、これだけ歴史を変えてきたのだ。あれから更に追加での歴史変動も起きた事を考えれば、原作など何時始まってもおかしくない。
事実、先だって入ってきた情報だが、白ひげ海賊団四番隊隊長サッチが、二番隊副隊長マーシャル・D・ティーチに殺害された、という情報が入ってきた。
当然だが、白ひげは激怒しているだろう。
だが、ティーチに関しては歴史通りのはずだ。何しろ、白ひげに対してはろくに干渉していない。そんな余裕はなかった。
ならば、奴は手に入れたのだろう、自然系悪魔の実ヤミヤミの実を。
(だが、それにエースが関わる事はない……それに)
現在、奴の上にいたのはダイヤモンド・ジョズの筈……。
奴なら、白ひげの制止を聞く筈だ、とも思う。
何しろ、下手に追跡などされて、ダイヤモンド・ジョズが海軍に引き渡されるような事になりでもしたら……。
(今、頂上決戦は避けたい……)
クロコダイルと裏で陰惨な遣り取りを繰り広げている真っ最中だ。
そこへ四皇でも最強と謳われる勢力である白ひげを敵に回すなど悪夢だ。
そんな事を考えつつ、この1年の事を思い返していた。
その日、アスラの執務室にはCP9のメンバーが集められていた。
と言っても、潜入組はいない訳だが。
「揃ったな」
アスラはぐるりと、ジャブラ・ブルーノ・クマドリ・フクロウを見回す。
腰をおろした所で、代表する形でジャブラが尋ねる。集合を命じたのは一体どのような命令の為かと。
それに対して、アスラは簡潔に命令を下す。
「……Mr.2、ですか?」
ブルーノが確認するように名前を呟く。
アスラの命令とは、Mr.2すなわちボン・クレーを探せ、という事。
もちろん、探すだけで終わる訳ではない。
「そうだ。奴を探し出し、居場所を確定せよ。見つけたら……」
ぐるりと顔を見回し、告げる。
『殺せ』と。
殺せ、という命令に怯みを見せるような者はここにはいない。だが、疑念は浮かぶ、何故Mr.2なのか、と。いや、クロコダイルを狙わないのは分かる。
クロコダイルは王下七武海の一角だ。
名声だけでなく、実力も世界でも上から数えた方が早い。
もし、そんな相手を暗殺しようとして、時間がかかってしまったら……それこそアラバスタ王国に世界政府が手を伸ばしていた、混乱を図った証拠と言われかねない。この場合、厄介な事に世界政府が動いたという事実が出来てしまう。それは避けたい。
「BWの上位を占めるオフィサー・エージェント。この中でMr.2だけは違和感がある」
他が男女で組を作るのに対して一名のみ、というだけではない。
「他のオフィサー・エージェントは基本、暗殺を含めた戦闘能力者だ」
モグモグの実の能力者は少々異なるかもしれないが、Mr.1を含めて暗殺や組織の裏切り者の抹殺などとにかく戦闘能力に長けた者が多い。
もちろん、Mr.2の戦闘力が低いという訳ではない。オカマ拳法を用いた戦闘力は原作でもサンジと真っ向やりあえる程だった。
だが、彼の能力は違うのだ。
全身刃物、全身棘、蝋燭に色による催眠、土竜に砲弾とも見紛う弾を吐き出す銃犬。そして爆弾に大重量。
これに対して、Mr.2の能力は変身能力。
戦闘でも使えない事はないが……その本質は別だ。上手く使えば、原作が正にそうであったように大きな混乱を生み出す事が可能だ。戦闘能力では自然系には遠く及ばないが、民衆を扇動する能力としては実に効果が高い。そんな人間を上から5番目の地位に置くという事は……。
「……民衆撹乱の可能性が高い、って事ですか」
「というより、既に行なわれている」
そう言いつつ、アスラは直近で届いた報告書の写しを全員に見せる。
読むとフクロウはともかく、他全員の顔がそれぞれに歪む。最終的に全員が納得した。この後ロブ・ルッチやカク、カリファにも連絡がいき、Mr.2を捕捉。その後、ジャブラを含めたCP9、4名、場合によってはアスラ自身も出張って確実に仕留める事になる。
CP9が退室後、アスラは散々納得したはずが、どこか原作を守ろうとしていた意識があったのかもしれないと思い返していた。
自身の下した命令には、これまでBWのオフィサー・エージェントに対しての抹殺命令が含まれていなかったからだ。その必要性がなかったと言えなくもないが……やはり漫画でよく知る相手を直接殺す命令をどこかで躊躇っていたのかもしれない。
だが、遂にアスラはMr.2ことボン・クレーへの抹殺命令を正式に下した。
おおよそ1年前。
アスラが下した命令だったが、ボン・クレーの確実な捕捉には時間がかかった。
何しろ、彼は普段の格好はとにかく目立つのだが、顔が変わる。なまじ、普段の外見が派手極まりないだけに、顔を変え、その上でその顔に合った服装に着替えるだけでまずばれる事はない。
最近は自身が追われているという自覚があったのか、ボン・クレーも警戒していた。
この1年で捕捉したと思いきや、偽者だったケースが3件。
捕捉、殲滅と思いきや逆に罠にかけられかけたケースが1件。
追い詰めながら、まんまと逃げられたケースが20件近く。
「……だが、それも終わりだ」
現在、アスラはメルクリウス号の艦上にいる。
エース達の事は暇だったミホークが十分以上に面倒をみてくれたお陰で、自分はこちらに専念出来た。
自身に届いた、ボン・クレーと思われる相手の活動記録。あれがアスラにこれ以上彼を見逃す道を放棄させた。
「……悪いな、お前にはお前の目的があるんだろうが……こちらも守りたいものがある」
静かに執務室で、アスラは報告書を手に呟いた。