第165話−BWの策謀
さて、何故アスラはMr.2ことボン・クレーの殺害命令を下す事になったのだろうか?
それには少し時間を遡らねばならない。
……ある日の夜の事、ここはアラバスタ王国王都アルバーナ。
その街の一角、スラムという程酷くはない、だが高級酒場という程高級でもない。ごくごく普通の市民が集まって騒ぐような酒場で暗い顔で飲む男性がいた。
フードを被っていて、よく顔は見えないのだが、その雰囲気は周囲にも伝わる。
折角、或いは仲間と楽しく騒ぎ、或いは1日の疲れを気持ちよく洗い流したいと思い、或いはうさ晴らしにぱーっと騒ぎたいと思ってやって来た人達にとっては、すぐ傍にそんな暗い雰囲気があると酒が不味くなる。
「おいおい、おっさん。どうしたんだよ?んな暗い態度じゃこっちも気持ちよく呑めないんだがよ?」
完全な酔っ払いが絡む前に、まだ余裕のある人間が様子を伺いに行った。
この辺は面倒見のいい人間だったという事もあるが、面倒ごとは御免だという店主を含めた周囲の空気もある。1度面倒な人間がからみだすと引き剥がすだけで大変だし、その方が空気が悪くなるからだ。
「?あ、ああ……すまない」
相手は割りと素直に謝った。
その様子を見て、気になったのは問いかけた側だ。
フードの端から見える衣服は決して派手ではないが、結構品質は良さそうだ。商人であった彼はその辺りを目敏く目をつけた。態度からしても、決してむやみやたらと空気を読めない人物とも見えない。どういう事か?
ふと疑問に思った彼は『なあ、どうしたんだよ。なんか心配事でもあるのか?』、そう相談に乗るふりをしつつ、顔を確認した。
(……どっかで見たような)
見覚えのある顔に、記憶を探った彼はすぐに思い至る顔にぶち当たり、息を呑んだ。
アラバスタ王国の住人ならばさすがに知らない訳がない。
「こ…っ、こぶ」
コブラ陛下と叫びかけた彼の口を慌てて王は塞いで、しいっと反対の手で口の前に指を立てた。
商人も慌てて頷く。
確かにお忍びでやって来たならば、下手に騒ぐと拙いだろう。
それに国王であれば、気持ちが塞ぐような事があるのも分かる。それを誰かに言えないのも当たり前だろう、というかそんな国王が悩むような事に一介の市民である自分が首を突っ込みたくない。
『すまないが、任せるので適当に誤魔化しておいてくれないか?』との言葉に一も二もなく頷き、商人は席へと戻った。
「おい、どうしたんだ?」
「いや、何でもない。……娘さんが突然どこの奴とも知れん男を連れてきてな、なのに奥さんがそいつを気に入っちまったせいで奥さんと娘と大喧嘩になっちまったらしいんだ……」
だから、そっとしておいてやろうや。
適当な嘘ではあったが、その話が広がるにつれて周囲の視線がどこか生暖かくなったのを察し、商人は内心ほっと安堵の溜息をついた。
本当は、ビビ王女がどこの馬の骨なんて連れて来れる訳がないし、来たとしても恋愛なんて不可能だろう。奥さんに至っては既に亡くなっており、コブラ国王は現在、独身だ。完全なデマカセだけに、後で責任を問われる事もないだろう……そう判断して、商人は忘れるように酒を頼んだ。
その数日後の事だった。
先だっての国王が呑んでいた酒場とは別の、もう少し上品ではあるが市民が呑みに来るレベルの酒場。
そこに王国護衛隊と思われる面々がいた。
王国護衛隊はエリートだ。王の、王族の近くに位置し、その身を守る立場にある。それだけに機密に接する事も多い彼らがどこか苛立たしげな空気を纏っていた。
触らぬ神に祟りなしとばかりに、周囲の人間も少し距離を置いて……だが、耳を傍だたせて彼らの話を聞いている状況だ。
彼らはといえば、小声で話しているが、大きな声で叫べぬ分も苛立ちに加わっているようにも見える。
「それにしても王もお気の毒に……」
これは割りと普通の声での呟きだった為に聞いた者が何人か出たが、これだけならば特に問題はなかっただろう。
何か相当に悩むような事があったのかと思う程度だ。だが。
「全くだ、世界政府の連中が……!」
苛立ちが頂点に達したかのように別の1人が上げる声が大きくなる。
慌てて、他の者が口を塞ぎ、当人も焦ったのか彼らはそそくさと酒場を離れた。
だが、それだけ聞けば十分だ。というより、こうした噂は具体的な内容が出なかった分、余計に憶測が混じって広まってゆく。
この噂は瞬く間に、前からの一件で世界政府に対して不満が燻っていた国内に広がり、更に商人の1人がそれを聞き、「そういえば……」と洩らした言葉と化学反応を起こし、広がっていった。
更に幾つかの事象が加わり、アラバスタ王国における世界政府への不満は再び急速に燃え上がりつつあった。
「んが〜っはっはっはっ!こんな仕事でいいとは楽なのね〜い」
周囲に人がいない砂漠の一角で、派手な格好の男が高笑いを上げていた。
バレリーナのような衣装にコートを纏い、両肩にはオスメスの白鳥を模した飾り。
背中には燦然と輝く『オカマウェイ』。
いわずとしれたMr.2ことボン・クレーだ。
最近はこの格好をする事もめっきり減った。
何しろ、ついつい仲間を守る為とはいえ、ダンスパウダー事件の際にCP(サイファーポール)隊員の前に立ちはだかっている。お陰でそのインパクトのある姿は指名手配されている状況だ。そして、この派手な格好では一目見れば誰だって分かるだろう。
如何に世界政府に対して不満が燻っているとはいえ、砂漠の国でダンスパウダーを使おうとした一味となれば、例え知らずに雇われた護衛だったと言った所で国民とて黙っていない筈だ。
「さてと、次はどこかしら〜ぁ?」
部下に問いかけ、新たな街へと向かう。
……彼の行く所では、また新たな種火が燻る事になるのだった。
これらの報告はアスラに届いていた。
普通の市民であれば、国王がお忍びで酒を呑んでいたといっても、問い合わせる事や国が『そのような事実はない』と返答した所でそれ以上の確認は出来ない。
だが、世界政府ならば別だ。
アスラの下へは正確な裏づけのついた情報が回ってきていた。
特に大きかったのは、国王がいたとされる酒場の商人に対してCPの1人が直接確認を取れた事。その時、間違いなくコブラ国王は王宮にいた事が確認が取れた事だった。
故にアスラは『クロコダイルは遂にMr.2を用いた人心工作に出た』と判断さざるをえなかった。
「いいだろう、それならば……そもそもの大元を消すしかあるまい」
アスラは静かにそう呟いたという。