第166話−エース達の環境+α
エース達はこの1年余りを鍛錬に当ててきた。
最大の理由は、リトルガーデンで足止めを食った事による。
当初はアスラなりに迎えに来てもらった方がいいのでは……という意見も出たのだが。
『じゃあ、これから困る度に「たすけてー」ってアスラを呼ぶのか?』
というエースの言葉に誰もが押し黙った。
足止めはログが溜まるのに1年かかる、というグランドラインでは避けようのない現実故に、だ。今後、更にログに時間がかかる場面はあるかもしれない。
それこそ10年だの20年だというのなら、さすがに助けを求めるのも仕方ないかもしれないが、この島で長年戦っているというエルバフの戦士、ドリーとブロギーの言葉からも自分達がまだまだ未熟な部分が多いと知った事もあり、折角先だっての模擬戦で色々と教わった事でもあるし、と一応連絡だけ入れて、頑張った、という訳だった。
さて、連絡を受けたアスラはというと、エース達の選択そのものは納得すると同時に喜んだ。
原作ではこの島でMr.3のコンビらに襲われ、それを撃退した事により手に入れたエターナルポースによってアラバスタ王国へ向かった訳だが、アスラ自身と壮絶な暗闘を繰り広げている現状でわざわざウイスキーピーク1つの為にオフィサー・エージェントを派遣するような余裕がクロコダイルにあるとは思えない。
そうなると、原作と異なり、エース達はリトルガーデンで1年を過ごすのか、と思ったが、ここでふと気付いた事があった。
そう、原作でナミが罹った病気……高温多湿の密林に住むというダニに刺される事で発症する、現在ではリトルガーデンにのみ存在する通称『5日病』ケスチアの存在だ。
刺されたらえらい事だと、急ぎ抗生剤を届ける事にしたのだが……ここで困ったのが、誰に運んでもらうか、だ。
自分は忙しくて、とても直接持っていけない。悩む中、駄目元でちょうど見かけたミホークに頼んだのだが……あっさりと引き受けてくれた。
何故ミホークが引き受けたのか、というならば、結局の所暇だったからだ。
ミホークは残りの人生を遊んで暮らせるぐらいの蓄えを詳しい事情はアスラも知らないが既に持っている。
王下七武海の一角でありながら、海賊団を結成せず、1人故に面倒を見なければならない相手もいない。
とはいえ、王下七武海の一角という立場が邪魔をして、下手な相手に勝負を吹っかける訳にはいかないし(白ひげなどが代表例だろう)、かといって普通の連中では歯応えが無さすぎる。
そういう意味では普通に相手をしてくれて、歯応えもあるシャンクスとアスラの2人はありがたい存在なのだが……シャンクスはようやっと自身と同じ四皇の1人カイドウとの手打ちが出来そうな面倒な時期で、本人がやりたくても状況がそれを許さない。
アスラはクロコダイルと壮絶な暗闘の真っ最中でとても落ち着いて相手をしていられる状況ではない。
それならば、弟子を鍛えに行くのも良いかと判断したのだったのだろう、というのが後で落ち着いて考えたアスラの結論だった。
結果として、エース達はミホークに半年以上に渡り、みっちりと鍛え上げられた。
『島喰い』?
そんなものはミホークが島から去る際に問答無用で三枚におろされ、残骸は美味しく頂かれていた。サンジが腕を奮った料理はこの時ばかりはドリーとブロギーも舌鼓を打ったという。
或いは悪魔の実の能力に。
或いは剣術に磨きをかけ、一部の者は覇気すら身につけ……1年余りの後、未だ戦い続けているドリーとブロギーに別れを告げ、彼らは再び出航していった。
尚、ケスチアの薬だが、最終的に『火』であるエース以外の全員が抗生剤を使用する事になった、とは言っておく。
ただ、このミホークの帰還途中におきた出来事を知ったアスラは意外とでも言うべき思いに捕らわれる事になった。
余談としてだが、その時の事を語ろうと思う。
その時、ミホークは何時ものように棺船に乗り、リトルガーデンからの帰路にあった。
そうして、とある冬島の近くを通る航路を進んでいたのだが……。
突如として、ミホークの前方の海上が沸きあがった。そこから飛び出してきたのは……大型の潜水帆船。何とも不可思議な船種だが、正式には大型潜水奇襲帆船という。
とはいえ、この程度に驚くようではグランドライン、それも新世界では生きていけない。
平然と視線を向けるミホークに向けて、笑い声が響いた。
「ま〜っはっはっは!我が領土を黙って通ろうとは不届きな奴だ」
帆船の最上段で、白い毛皮をまとった小男がふんぞり返っていた。
「我が名はブリキング海賊団船長ワポル!例え、1人であろうとも我が領土を通るからにはつうこ「海賊団なのだな?」」
遮って、尋ねるミホークにワポルは不機嫌そうな表情になった。
「王の言葉を途中で遮るとは!余程命がいらんらしいな!だがまあ、我輩は寛容だ、通行料は通常の10倍でかんべ「邪魔だ」へ?」
ふう、と溜息をつき、ミホークの腕が一瞬霞み……澄んだ音がした。
次の瞬間、ワポルはそれ以上の言葉を言えなくなった。
むしろ、言えたとしたら、それは自然系の悪魔の実の能力者など限られた存在だろう……普通は脳天から真っ二つにされて生きていられる人間はいない。超人系でもバラバラの実など斬撃ならば無効化可能な能力もあるのだが、残念ながらワポルのバクバクの実ではそれは不可能だった。
2つに分かれて倒れるワポルの体を慌てて左右から思わず、といった様子で支えたのは片や両腕の長い大柄な男であり、もう片方は……アフロな男性だった。そうとしか言いようがないのだから仕方が無い。
「わ、ワポル様!」
「き、貴様!貴様何という事を!」
支えた男達、チェスとクロマーリモにとってみれば、大問題だ。
彼らの権力は結局の所、国王ワポルの信を得ているという1点にある。逆に言えば、ワポルからの信を失えば、彼らの後ろ盾もまた消える。ワポルが死んだとなれば、国に戻った所で再び王政復古どころか自分達が権力を握る事すら不可能になりかねない。
そんな焦りが一杯だった。
「「いいか!貴様が殺した方は「失せろ」は?」」
眉をしかめていたミホークが再度腕を振った瞬間、今度は2人が腰の辺りから横に2つに分かれた。
何時の間にやら立ち上がっていたミホークは懸命に救助ボートに乗り込もうとして、固まっていた他の船員らに視線を向けて一言。
「まだ、何か言いたい事がある者はいるか」
全員無言で首を横に振った。
後に、ドラム王国に帰還したイッシー20らは、王下七武海が国王を殺害した、という、この事件に対してワポルがブリキング海賊団を名乗り、ドラム王国国王とは全く名乗らなかった事などを証言。
相手が海賊ならば襲撃の権限を持つ王下七武海故に、ミホークが一切責任を問われる事はなかった。
尚、この事件の結果として、サクラ王国の成立が早まると同時に、嘗ての医療大国を取り戻すべく全員一丸となって国を復興させていく事になるのだが……アスラはこの話を聞いた時、苦笑するだけであったという。