第168話−死闘の序曲
ボン・クレー。
本名ベンサム。
BWにおける通称はMr.2。
そんな彼は今、対峙していた。
相手は全身を砂漠の民が纏うような衣類で包み、顔も隠されていてよく分からない。だが、その相手が放つ気配や殺気を感じ取り、ボン・クレーはさっさと自分のおつき役を命じられた部下達を逃していた。
彼らは基本、本部からの指令を受け取り、伝えるのとボン・クレーの日常生活のサポート、例えば事前に向かう街での宿を取っておくなど、が仕事だ。戦闘は彼らの仕事ではない。
「Mr.2だな」
「違うって言ったら、納得するのかしらー?」
ボン・クレーにも分かっている。
相手は確証を持って言っている。
自分が否定した所で、相手は歯牙にもかけまい。
と、咄嗟にボン・クレーは体を捻った。即座に無言のまま動いた相手の一撃をかわす為だ。
恐ろしく鋭い一撃で、避けたにも関わらず、衣装の端が切り裂かれた。この遣り取りだけで、相手が容易ならざる事が分かる。
まず、攻撃の鋭さ。
ボン・クレー自身も腕に覚えがあるだけに、相手が恐るべき実力者だと理解した。
次に躊躇いのなさ。
相手は間違いなく、自分を殺しにきた。
その動きにも急所を狙う態度にも全く躊躇いがなく、確実に仕留めに来た。避けれたのは自身の腕と警戒があったからに他ならない。
間違いない。こいつはプロだ。
であるならば、長々と話をしても無駄だ。
だが、気になる点がある。
先程の一撃は自身の服を切り裂いた。ゆったりした衣類に隠されて、はっきりとは見えないが……ただの攻撃の鋭さだけとは思えない。考えられるのは2つ、武器を持っているか、そういう能力を持つ悪魔の実の能力者なのか……。
自分の仲間にも全身刃物人間という相手がいる。可能性はある。
「あんた、悪魔の実の能力者なのう?」
試しに声はかけてみたが、やはり返事はなく、無言のまま拳を構える仕草を取った。
だが、一瞬袖から見えた手をボン・クレーは見逃さなかった。
手の甲にまで毛の生えた腕。
異様に毛深いなんて可能性もゼロではないが、やはりここは素直に考えれば……。
(厄介ねい……獣人系かしら)
ボン・クレーの食った悪魔の実の能力は超人系悪魔の実マネマネの実。
この実は事前に触れた相手に変身する事が出来る、という能力だ。
コブラ国王に触れるまでは大変だった。
王宮に潜入する為に兵士に触れ、中に入ったら今度は様々に触れつつ最終的に王の身の回りの世話する女官に化け、その頬に触れた。
ただ、この実は確かに見た目はそっくりになれるが、変身した相手の能力までは手に入らない。
この辺は原作のインペルダウンで副所長そっくりに変身しながら、第五層で凍り付いていた様を見れば分かるだろう。
逆に言えば、悪魔の実は純粋な戦闘力の向上には役立たない。
原作のサンジ戦では相手の性格につけこんで、能力を活用していた訳だが……相手が誰か分からない上、プロだ。女性に変身したぐらいで手加減してくれるような相手ならば苦労はしない。
そして、獣人系悪魔の実の最大の特徴は身体能力の向上。
もし、相手が自分と同等の格闘の腕を持つとしたら……勝敗を分けるのは身体能力の差となるだろう。だとするならば、獣人系を敵とするのは余りに不利。だが……。
(まあ、手はあるから、まずは様子見ねい)
そう思いつつ、ボン・クレーもまた構えた。
ジャブラはボン・クレーを目の前にしながら冷静に様子を見ていた。
腕は間違いなく立つ。
先程の奇襲攻撃、既にジャブラは獣人系悪魔の実イヌイヌの実モデル狼を発動させた上、【剃】で奇襲を仕掛けた筈だったが……それを相手はかわした。
容易ならざる相手。
これまで集めてきた情報から煮ても焼いても食えぬくわせもの、という印象を受けていたが、伊達にMr.2というBWでも高位の立場にはいないという事か、と戦闘力に関しても改めて考えを引き締める。
オカマ拳法。
名前はアレだが、カマバッカ王国の例もある。
あの国には入った事はないし、絶対入りたくもないが、独自の拳法などを保有しているという……。アスラ中将曰く、『王国と関係はない』そうだが……。
(……こちらは後詰が来ている。だが……)
既に幾度か眼前の相手とはやりあっている。
こちらがそうであるように、相手がそうでないとは言えるのか?いや……。
(考えても仕方がないな。奴に増援があるとしても、増援が来る前に仕留めてしまえばいい)
構えを取る。
姿を隠しているのは、自身の正体を隠す為もあるが獣人系としての姿を隠す為でもある。獣人系の能力は実に多彩で、種類が変われば、その性能もまた変わる。
鳥を相手にするのと、ゾウを相手にするのではまるで変わってくるのは想像がつくだろう。
(下手な小細工が為される前に……殺す)
下された命令は抹殺指令。
そこに生かして捕縛というものは基本的に存在しない。一応、捕縛可能ならば捕縛しろ、となっているが……それとて情報を引きずり出す為の捕縛であって、待っているのはCPの尋問という名の拷問だ。
いや、まあ、以前に比べれば大分マシになったのだが、それでも。
ただ、インペルダウンがアレだ。取り調べの段階での尋問がどのようなものか……そのあたりはおして知るべし、という所だろう。アスラとて気にしなかった訳ではない。拷問というのは確かに情報を素早く引き出すには有効かもしれないが、その分間違いや嘘の告白も増えるからだ。
だが、この世界は嘗ての世界より余程その辺は厳しい世界だ。
結局、尋問の手段を変える事や、裏づけ調査をきっちりやるといった事しかアスラにも出来る事はなかった。……尚、アスラが現在採用しているやり方の場合、厳しく責め立てた上で、一転間違いだったと治療を施し、接待し、落ち着いた所で再び引きずり出して、というやり方が採用されていたりする。
下手に責め立てるだけより、有効だから、その分痛めつけられる時間が減る、という理由からだったりする。
当人にとってどちらがマシかは置いておくとして、少なくとも尋問中に死亡した者が大幅に減ったのは紛れもない事実ではある。尋問が終わった後の怪我をしていた場合の治療を義務づけたのも大きいが。
話を戻そう。
ジャブラもボン・クレーも互いに構えた。
ここから先は言葉ではなく、交わされるのは拳。
六式鉄塊拳法とオカマ拳法の激突。
死闘が始まろうとしていた。り方でより犠牲となる者を減らせるなら、まだその方が……そんなものだと割り切っていただけると幸いです