第170話−戦い進んで
「さて、それでは引かせてもらうガネ」
「ちょっとぅ!?」
「我々の仕事はあいつを倒す事ではないガネ。無駄な戦いなぞして何か意味があるのカネ?」
この言葉に内心鋭い舌打ちをしたのがジャブラだ。
何ともわざとらしいからだ。会話だけ聞くなら意見の食い違いが起きているとか、さっさと逃げる気かと思うかもしれないが、これがこちらに2人して視線は互いではなく、ジャブラに向けながら、口元には笑みを浮かべている、となれば話はまるで違ってくる。
問題は、こちらにだからといって見逃すという選択肢がない事にある。
アスラ中将から発せられた命令はあくまで『Mr.2の抹殺』だ。加えて、通常ならば不利な状況になった以上、一旦引くという選択肢が出てくるのだが、相手は面倒な変身能力の保有者、ここで見逃したら次に捕捉出来るのが何時になるか分かったものではない。
「キャンドルウォール!」
考えている内に白い壁が視界を遮る。
1つ舌打ちして、ジャブラは一気に駆けて距離を詰めた。上空から攻撃を仕掛けるというのも考えたが、【月歩】の欠点として音がする、という事がある。技の性質上仕方ないのだが、それでは空中から襲撃を掛けるというのがばれてしまう。それならまだしも、壁の左右いずれからから攻撃した方が相手の攻撃も左右両方を見張っていないといけない分、集中する事はないだろう、と読んだ。
「……?」
だが、回り込んだ先でジャブラの目に映ったのは幾つもの蝋製のカマクラとでも言うべきものだった。結果として、視界が至る所で遮られてしまっている。
試しに警戒しながら1つ覗いてみたが、誰もいない。
少し焦って周囲を見回した時、1つのカマクラから足らしきものが見えた。
急ぎ、そちらに駆け寄り……だが、到着した時点で、すぐに違うと分かった。白い、明らかに蝋で作られた彫像だった。
「くそ、どこだ……!」
焦燥に駆られて、振り向いたジャブラだったが。
「白鳥アラベスク!」
「がっ!?」
背後から連続して打ち込まれた蹴りに転倒した。
加えて、相手の一撃が相当硬いものによる攻撃らしく、【鉄塊】がこれまで程効果がない。
転倒しつつも跳ね飛んで向き変える。その際に同時に飛来した悪魔の実による蝋製の武器に服を切り裂かれるが、構っていられない。そうやって振り向いた先にいたのは、何とも乗り気ではない顔のMr.2と上手くいったという様子のMr.3。
どうやら、カマクラの中、人形によって死角となる場所に隠れていたらしい。人形と分かった時点で、『この中には人形だけ』と勝手に思い込んでしまったジャブラのミスだった。
「はあ〜2人がかりってだけで嫌なのに、背後からなんて卑怯極まりないわねん」
「そういうのは組織を抜けてからの話にするガネ。君の理念は尊重するが、立場を考えて確実に勝てる道を探すのも仕事だガネ」
Mr.2の両手両足を白い蝋が包んでいる。
キャンドルロックという本来は相手の動きを拘束する為の技だが、原作でルフィがマゼラン相手に使っていたように、こういう味方の攻撃力を強化するという使い方もある。どうやら、同じ鉄並の硬さに向こうも攻撃箇所の強度を上げる事でこちらの鉄塊拳法に対抗するつもりらしい。
そして、ジャブラにとっては残念な事に、それは有効なようだった。
「はあ〜それじゃ申し訳ないけどねい。嫌な仕事はさっさと終わらせるわよう」
そうしてジャブラの姿を改めて見て……。
「「なんだ犬か」」
「狼だあ!」
衣服が切り裂かれた事により、ジャブラの素顔を見えていた。
その顔立ちを見て、思わずといった様子で呟いた2人に向けて、こちらも思わずといった様子でジャブラが反論していた。
だが、弛緩した空気もその一瞬だけだった。
元より相手も敵組織においてトップクラスの実力者達。
加えて、格闘戦において自分と真っ向やりあえる力を持つ相手と、それを支援する相手というのは厄介だった。距離を取ってしまえば、Mr.2の攻撃を封じる事が出来るのだが、相手が逃げる可能性が消えた訳ではない。
これまでは移動速度においてジャブラの方が明らかに早かったが故に問題なかったが、今は違う。正確には逃亡が可能になる可能性が出てきた。
今回の場合、やるかどうかはおいておき、Mr.3には代わりがいるが、Mr.2はBWにおいても代わりがいない。すなわち、Mr.3が足止めをして、Mr.2を逃がすという方法もない訳ではないし、或いは何らかの能力の使い方次第では2人とも逃げに徹すれば或いは、という可能性もある。
それ故にジャブラは接近戦を続けざるをえなかった。
だが、元よりボン・クレーは簡単に倒せるような相手ではない。そして、激しい蹴りと拳の応酬をしている瞬間の合間、息を整える時を狙ってMr.3が牽制攻撃を仕掛けてくる。
そうして遂に、キャンドルジャケットで動きを止められた所へ……。
「白蝋アラベスク!」
全身へと蹴りが着弾した。
呻き声を上げて、動きが止まった所へ更に蝋がジャブラの全身に張り付き、動きを拘束してゆく。
「こんな形で戦いたくはなかったわねん」
本当に残念そうな声だ。
確かに、武術家としては惜しく感じているのだろう。最も、これまでずっと裏の世界を歩んできたジャブラからすれば、笑止な話ではあるが。真っ向勝つのが困難ならば、味方を呼ぶ。勝率を上げる為に様々な策略を巡らす、背中から攻撃するなどはむしろ当たり前だ。
だからこそ恨む気はない。
まあ、サンダーソニアを悲しませる事になってしまうのは申し訳ない気持ちで一杯だが。
だが、周囲には未だこちらの味方の姿はない。
「さて、ではトドメを刺してやるガネ。あちらはこのような形でトドメを刺すのが余り気に入らないらしいから、申し訳ないが蝋で固めて窒息死してもらうガネ?」
ドプリと近づいてきたMr.3が上げた右の掌から蝋を零れさせた時。
「それは困るな、私はまだ義妹を悲しませたくはない」
瞬間。
閃いた銀の尾がMr.3を吹き飛ばし、少し下がっていたMr.2もそのまま巻き込んで吹き飛ばした。
吹き飛びつつも、蝋の剣を作って投げてきたが、それらは全てアスラの体を通過していった。覇気も込めていない武器など通用しない。
足を振り上げた事から慌てて、壁を作るが……。
「嵐脚・大嵐(タイラン)」
巨大な斬撃が問答無用と言わんばかりにキャンドルウォールを切り裂いた。
唖然として、次の瞬間慌てて壁を消す。ぶち抜かれるならば、視界を遮るだけ今度は彼らにとって邪魔物になってしまう。
そんな光景を呆然としてジャブラは見詰めていた。
「待たせたな、ここからは俺が相手だ」
——海軍本部中将にしてCP長官、アスラ参戦。