第171話−戦いは非情なり
「海軍本部の中将がお出ましとはおそれいるガネ?けれど、暗殺ならともかく、何をもって我々に手を出すガネ?」
Mr.3がそうアスラに問いかける。
BW(バロックワークス)の存在は未だ表だっては、賞金稼ぎの互助組織としての面しか表には出ていない。犯罪者でなければ、手出しは出来まい。
それ故の問いかけだったのだが……。
「賞金首を捕えに来るのに理由が必要か?」
そう言いつつ、アスラが示したのは一枚の賞金首が描かれた手配書……。
「あ」
「あら」
そこに描かれていた人物は……。
「あんた、何をやったガネ!?」
思わずMr.3ことギャルディーノが血相変えて、隣に立つ男に叫んでしまう程、よく似ていた。
まあ、これだけ特徴がありまくりの人物では、見間違える方が難しいだろうが。
「ダンスパウダーに関わる事件でな」
「ああ、そういう事もあったわねい」
アスラの言葉に、ポンと手を打ったボン・クレーだったが、Mr.3からすれば、頭を抱えたい気分だ。というか、実際抱えた。
これさえなければ、相手に手出しさせずに帰れたかもしれなかったのに!と思う。海軍本部の中将なんて相手にしたくない。とはいえ、見捨てる訳にもいかない。
こうなれば、と先程倒した相手を探す。
恐らく、何らかの関係がある様子だった。人質にすれば……そう思ったが、幾ら探しても、その姿はどこにもなかった。
Mr.3が内心で(消えたガネ!?)と叫んでいる頃、先程の場所から離れた岩場の陰で大気が渦を巻き、まるで扉のように開いた。
「空気扉(エアドア)」
バタンと音を立てて、そこからジャブラを担いできた仮面にマントを羽織った男が扉を閉める。
それと共に、そこには何もなかったかのように普通の光景が広がっていた。
周囲を確認してから、男は仮面とマントを取り去る。ジャブラの服装や変身、彼の仮面やマントもそうだが、一重に裏で動く自分達の正体が誰かを分からなくさせる為の小道具。アスラがこのようなものを使っていないのも、彼の場合は表の世界の人間でもあるからだ。
取り去った事で現れたのはCP9のメンバーの1人、ブルーノ。彼は超人系悪魔の実ドアドアの実の能力者であり、その能力はどこにでもドアを作る事。
その中でも、空気をドアとし、空間を移動するのはその真骨頂といっていい。
「大丈夫か?」
「何とか、な」
あちこち痛いのは確かだが、骨が折れたりしている訳ではない。
ならば、問題はないとジャブラは判断した。
まあ、何はともあれ……。
「義兄貴が来た以上、これで終わりだろう」
「白銀平原」
一言。
呟かれた言葉と共にアスラの足元から白銀の液体が広がってゆく。
嘗ては【白銀街道】の技名をつけていたが、あれではコースが読みやすい。何しろ真っ直ぐ伸びているのだから、真正面から来ると宣言しているようなものだ。
これはその改良型。
線ではなく、面で広げる事でどこから攻撃するかを読みにくくさせる。
広がった白銀は瞬く間にMr.2&3の足をも浸し。
「——拳砲」
まるで氷の彫像が瞬時に水になったかのようにアスラの姿が崩れて、水銀溜まりに流れ落ち。
「——弾種:徹甲」
ボン・クレーの右脇から盛り上がった時には既に拳が繰り出される瞬間だった。
それでも先の話から狙われているのはMr.2だけなのだろうと内心では自分に来たらどうしようと怯えつつボン・クレーを見ていたからこそ、Mr.3の防御が間に合った。
拳とMr.2の間に蝋製の小型の盾を複数展開して。
まるで煎餅か何かのように纏めてお構いなしに叩き割りつつ、残骸ごとボン・クレーの横腹に叩きつけられた。
それでも意味がなかったのかと言われれば、もし、直撃していればMr.2の胴体には見事なトンネルが貫通していた所だっただろうが、拡散させた事で即死は避ける事が出来た。
だが、それでも尚、肋をまとめて叩き折り、ボン・クレーを吹き飛ばした。
「邪魔をするなら、貴様も同罪として処断するが?」
ガタガタと震えながらも、Mr.3からすれば、引く事はありえない。
あの手この手でやっと組織でこの地位まで上がってきたというのもあるし、下手に上からの、未だ見えぬボスの命令に逆らったとなったら、どうなるか……これまで自分が何をしてきたかを考えれば、正直『考えたくない』というのが正直な気持ちだった。
「わわ、私にも事情ってもんがあるから引く訳にはいかんガネ……」
言った直後に後悔した。
向き直った迫力に圧倒されたのだ。だが、そこへ横から大怪我をした筈のボン・クレーがそれでも全力で蹴りをアスラへと打ち込んだ。
覇気の篭った一撃だったが、それを軽く上げた左腕でガードする。
そのまま腕を振って弾くが、その間にMr.3も慌てて、Mr.2の下へと駆け寄り、アスラと距離を取った。
「だ、大丈夫カネ?」
大丈夫そうには見えない。
先程の一撃を喰らった際には嫌な音が自分にも聞こえた。
肋骨が折れたとなると、最悪内臓に刺さっている可能性もある。
それでもMr.3としてはそう問いかけるしかなかった。
「Mr.3、あんた逃げなさい」
凄絶な笑みを浮かべたボン・クレーが何を言ったのか、一瞬ギャルディーノは分からなかった。
「なな、何を言ってるガネ!」
「あちしが足止めしてあげるから、あんたはさっさと逃げなさい。あいつはあちしが狙いみたいだから、あんたが逃げればわざわざ追ってくるとは思えないのよう」
自分からの正式な命令というなら、罰って事もそう酷くならないでしょ、多少はあるかもしんないけど、生きてなんぼよ。
そう続けたボン・クレーにならば何故、と問いかけたかった。
背を向けたボン・クレーはそれでも胸を張り、アスラに向け、啖呵を切る。
「あちしはオカマ!体は男で、心は女!」
「男の面子はないかもしれないけれど!
女の誇りもないかもしれないけれど!
オカマにゃオカマの意地がある!
海軍が背中に正義の二文字背負うように、あちしの背に背負った【オカマ道】!
仲間を庇って死ぬのなら!その道に何ら恥じる事なし!!咲かせてみせよう、オカマウェイ!」
そう告げ、構えを取ったボン・クレーの横にMr.3は無言で並んだ。
「……逃げなさいって言ったはずよう?」
「……あんた酷いガネ。あんな言い方されたら却って逃げられないガネ」
そう言いつつも、Mr.3の口元は笑っていた。
Mr.2ことボン・クレーも笑っていた。
「いくわよう!白蝋アラベスク!」
「キャンドルチャンピオン!」
渾身の力を込めた蹴りを。
全身を蝋で包み、巨大ロボットのような姿となって振り上げた拳を。
アスラは静かに見詰め、両掌を体の前で合わせた。
「拳砲——弾種:三式」
三式弾と呼ばれる砲弾がある。
アスラが嘗てワンピースとして漫画を読んでいた世界において過去の戦争時に、対空用の砲弾として開発された焼夷溜散弾だ。
この世界の六式ではなく、それに名を借りたこの一撃の特徴は数。
すなわち、一撃一撃の重さではなく、速さによる拳の弾幕を繰り出す一撃。
——だが、軽いとはいってもそれはアスラの感覚。すなわち。
ボン・クレーも。
Mr.3も。
その攻撃を弾くどころか真っ向粉砕する形で全身に拳の弾幕を受け、吹き飛ばされた。