第172話−戦闘終結
勝負は決した。
力なき正義は無力だが、力なき主張もまた無力だ。
もがいているが、Mr.2ボン・クレーもMr.3ギャルディーノも立てる様子はない。
このまま放置していても、砂漠の真っ只中だ。
加えて、一種の隠れ場所みたいな所だったからこそ、ボン・クレーも指名手配されているのに、あの格好が出来た。裏を返せば、本来のキャラバンなどが通るルートからは外れているという事でもある。
放置しておいても、誰にも見つかる事なく干物の出来あがりだろうが……そんな不確実な事はしない。
砂を踏む音をさせながら、アスラが近づくと、ボン・クレーが呻きながら声を上げた。
「海軍なんかに……負けてらんないのよう……」
「オカマ王か?」
分かっているからこそ、アスラはそう呟いた。
オカマ王イワンコフ。
カマバッカ王国の永久欠番たる彼女(?)を目の前の男が探していた事を思い出したのだ。
「……知ってるのねい。なら分かるでしょ。あんな謂われなき罪で」
「成る程、お前もそう思っているか」
ならば問題はなさそうだな。
そう呟いたアスラに、ボン・クレーは疑念を浮かべる。その言い方ではまるで……。
「……あちしが知らない何かがあるっていうの?」
「かもしれんし、ないのかもしれん。どのみちお前には関係のない話だ」
あるわよう、と声を上げるも、立ち上がる事は出来ない。
アスラはそのまま歩み寄り。
「嵐脚・暴風(ストーム)」
空へ向けて、わざと集束を甘くした嵐脚を放った。
集束を甘くする事により、鈍器としての役割を果たすのがこの嵐脚だ。元々は原作のバギーを思い出して、選択肢の一つとしての斬撃以外の効果を持つ嵐脚を生み出せないか考えた結果だったが。
この一撃を受け、上空からの奇襲を阻まれた人物が舌打ちしつつ着地した。
「あ、あんた……まさかMr.1カネ?」
胸に描かれた「壱」の文字。
以前に新世界にある施設ですれ違った事があったMr.3が掠れた声で呟く。
Mr.1はチラリ、と視線を送るがすぐにアスラへと視線を戻す。
「……お前も邪魔をするか。その様子だと彼らの仲間の1人、という事か?」
「……白々しい事を言う」
Mr.1の言葉に、顔には出さないが、アスラも内心『確かに』と苦笑する。
あくまで『自分はBWの内部など知らない』という風情を装っているが、アスラがCP長官であり、BWと裏で激しい暗闘を繰り広げているというのは知っている者には公然の秘密という奴だ。
それは当然、目前のMr.1ことダズもそうであったが、アスラの立場としてはあくまで『指名手配の犯罪者であるボン・クレーの逮捕に来た』という姿勢を今、崩す訳にはいかなかったのだ。
ただ、同時にクロコダイルが原作での最終作戦同様戦力を集結させつつある事はこれで確認出来た。
これでMr.4コンビと5コンビまで出てくればオフィサー・エージェントは全員集結となるが、現状でも1〜3が集結しているというのはクロコダイルが追込みを始めたのだとアスラは判断していた。
「……まあ、いい。どのみちする事は変わらん」
そう呟くと、アスラは悠然と歩み寄る。
今度こそ呻く2人に止めを刺さんとばかりのその様子に、ダズ・ボーネスとしては立ちはだかざるをえない。
「滅裂斬(スパーブレイク)」
腕を交差させ、アスラを切り裂こうとする。
だが、その両腕を踏み込んだアスラががっしりと掴んだ。
刃物というものは掴んだ状態だと案外斬れない。無論、握っている状態から引かれれば掌がすっぱりいくのだが、そこはアスラの悪魔の実の効果が物を言う。
無論、Mr.1も覇気を用いているのだが、その制御はミホークなどと比べるべくもない。
(覇気の大判ぶるまいだな……)
原作では覇気を用いる人間は限られていた。
それだけにアスラとしては苦笑せざるをえない。それもこれもグランドライン後半、新世界にまでクロコダイルがBWの施設を広げたせいだと思うと腹立たしい。そう思った直後に、自身やミホークもエース達に覇気を教えていた事を思い出して、再度内心で苦笑する羽目になった。
「指銃変形・膝砲(しっぽう)」
放たれた膝蹴りに対して。
「!斬人(スパイダー)!」
咄嗟にMr.1は体を刃物に、すなわち鉄の硬度をに変えて耐えようとするが、予想以上の衝撃に顔を歪める。
元より【指銃】は【鉄塊】との併用だ。
今回の場合は覇気を纏った鉄並の硬度の膝蹴りが叩き込まれている。これでは全身を刃物並の強度に変えた所でそれを打ち抜いてダメージが来ても、むしろ当然と言える。
思わず、といった風情で顔が下を向き、膝が曲がり、腰が引ける。
そこへ追撃とばかりに叩き込まれた蹴りがMr.1を吹き飛ばした。
その光景を何とか……全身を蝋による鎧で包まれていただけにまだMr.2よりはマシな状態だったMr.3は何とか顔を上げて見ていた。そして、その光景にはもう笑うしかなかった。
相棒達はいないとはいえ、仮にも今ここには、BW(バロックワークス)のMr.1〜3という組織のトップクラスの実力者達が揃っている。確かに戦力の逐次投入に結果的になってしまったとはいえ、その総がかりでただ一人を止められないどころか、圧倒されている。
(……海軍本部の中将というのはここまで恐ろしい相手カネ)
暗い気持ちになるMr.3だった。
Mr.1にしても、こうまで自分達が歯が立たないというのは予想外だった。もう少し善戦出来ると思っていたからだ。
だが、到着してみれば既にMr.2、Mr.3双方とも戦闘不能。
不甲斐ないという気持ちがなかった訳ではなかったが、いざ戦ってみれば自分とて彼らの事を笑えない有様だ。
だが、彼とて何も目算なしにここで戦い続けている訳ではない。時間を稼ぐ必要があったのだが、それは何とか報われようとしていた。
(砂漠の向日葵(デザート・ジラソーレ))
不意に踏み出したアスラの足元が不確かなものになった。
砂が急速に崩れ、飲み込まれる。流砂だ。
流砂というものは映画などと異なり、そうそう飲み込まれるものではない。ただし、それはあくまで通常のものである場合だ。悪魔の実で操られた流砂はその限りではない。
「……これは」
呟きつつ、冷静に対処する。
周囲へと水銀を平原同様に放出し、流砂でない足場の確保を探ると同時に九尾を伸ばして、埋まりかけた体を強引に引きずり出す。
だが、この現象はそれ以上に厄介な相手の到着を意味していた。
(……クロコダイルまで来たのか?)
いや、自分が来た以上、あちらもトップが来たとしてもおかしくはない訳だが……。
それだけではない。
急速に周囲は砂に隠されつつあった。砂嵐が全てを包み込もうとしているのだ。
ふう、と溜息をつき、アスラは手元の電伝虫に連絡を取った。
「聞こえるか、ブルーノ」
『はい』
指示を下した後、アスラは顔を上げた。
既に周囲は砂嵐に包まれ、アスラが電伝虫に連絡を取っている間に、Mr.1が2と3の下へと駆け寄り、砂嵐の中へと姿を消していた。これが自然発生したものならば、そんな行動は取るまい。
通常ならば、砂嵐が発生した場合は岩陰なりでひたすら吹き飛ばされぬよう、じっと身を潜めているべきだからだ。
「ここまでやって最終戦果が未確認とはな」
ぼやきつつ、九尾を伸ばす。
伸びた九尾は通常とは異なり、更に巨大に、そして分裂する。
「九尾・乱れ桜」
原作が載っていたのと同じ雑誌で嘗て掲載されていた古代中国風世界漫画『封神演義』。
その中でも強大な力を誇った禁鞭。
それを再現するかのような広範囲殲滅攻撃。
大地の上を、砂嵐の中を全てを薙ぎ払う銀の暴風が吹き荒れた。