第175話−コロシアイ
BW(バロックワークス)のMr.5とミス・バレンタインは張り切っていた。
理由は上の失敗だ。
先だって、Mr.1から3まで上位を占める面々が揃って敗退した。
特に特殊工作を担当するMr.2は当面行動不能な程の重傷を負ったという。
これで、自分達が作戦に成功すれば上がこけた分、自分達の評価が上がるという訳だ。もちろん、相手が悪すぎた、という事までは伝わっていないのだが……。
もっとも、Mr.2に関しては2人とも「大丈夫か?」と心配してはいる。これはMr.2が理想国家建設後の地位には関係がない事が周知されているからだ。
無論、報酬がない訳ではなく、組織からMr.2がどうしても欲しがっている情報などが渡される事は判明している。
これはクロコダイルがMr.2の特殊工作に他の者が素直に協力可能なよう、Mr.2を蹴落とし、自分が上へと上がる為に妨害などしないよう配慮した為だ。自らの出世に関係がない、となれば同じ組織の人間として心配もしようというものだし、協力も可能だ。
かといって、まるで報酬がなければ、欲深な者から『何を企んでいる』と疑いの目を向けられかねないので、きちんと別の形ながらMr.2が求める報酬はあるし、それを提供する話になっている、という事も伝わっている訳だ。Mr.2の自らの命さえ賭けられる仲間思いな気持ちなどは、分からない奴には絶対分からない。
さて、悪魔の実の能力者は例外もあるが暗殺を狙うなら実に有効だ。
理由は単純で、特に武器などを必要としないからだ。ボディチェックを行なっても、武器らしい武器は全くない。その癖、相手を確実に殺せるだけの力をちゃんと鍛えていれば持つ事が出来る。
海楼石があれば、相手が能力者かどうか、或いはその能力を封じる事が出来るのだが、それらは世界政府が厳重に管理していて、それなりの高位にある世界政府関係者以外では滅多な事では手に入れる事が出来ない。
結果、Mr.5の場合だと、招待状なりを入手して中に入りさえすれば……後は起爆タイミングの問題だけだ。
狙った相手の襟元に髪の毛をつける。
起爆させれば、首は半分がた吹き飛び、血が噴き出した。一瞬の静寂の後悲鳴が上がり、パーティ会場は大騒動になった。
そして、その国の警察組織が来た時には既に屋敷の外へと脱出していた。
「きゃははは、上手くいった?」
「ああ」
今回のターゲットはアラバスタ近隣の王国の新聞の大株主の1人。
現在、BWとしてはアラバスタ王国だけでなく、周囲の国でも世界政府への不信感を上昇させようと、この世界では広く親しまれている新聞を用いた戦略を取っている。
別に疑念をもたれるような内容をわざわざ書く必要はない。
世界政府にとって不利な内容でも遠慮なく書いて欲しい、のだが……この国最大級の新聞の大株主である、この御仁。世界政府からリベートを貰い、不利な事を書かないよう圧力をかけていたのだった。そういう御仁だから当然あちらこちらから恨まれるような事を仕出かしており、暗殺したからといって素直にクロコダイルに辿り着かれるような事にはなるまい。
財産を継ぐべき息子の方はギャンブル好きで、そこをついて借金だらけにしてある。
後は株式を穏当に譲り受けるだけの話だ。それだけで後の財産は残るのだから、実に親切な話だろう。
もちろん、イカサマギャンブルで借金だらけにしたのが誰かを考えなければ、の話だが。
「とりあえず、今はチャンスだからな。ここで功績を稼げば、上へと上がれる可能性が高い」
「きゃはははは、確かにそうだよね」
上の失敗は下のチャンス。
加えて、Mr.1と3まで指名手配されている。
きちんと仕事をこなしていけば、Mr.1は厳しいかもしれないが、Mr.3ぐらいは十分に狙えるかもしれない。
「その為にはミスは許されん。だから……」
「きゃははは、いい加減出てきたら?」
声をかけると、音もなく大柄で錫杖を持った男が木陰から現れた。
「気付くたあ〜なかなかやるよよいっ」
その言葉に2人して苦笑する。
先程からわざとらしく殺気を出していた癖によく言うと思ったからだ。その証拠に目の前に姿を見せた後はピタリと見事なまでに殺気を抑えている。
……逆に言えば殺気をコントロール可能なぐらいの凄腕とみた方が良さそうだ。
「何の用かな?」
「なあに、少し話があるだけ〜よよいっ」
そう言いつつ、無造作に歩み寄ってくる。
殺気もなく。
警戒さえ生まず。
無造作に踏み込んできて。
「死んで〜欲しいよよいっ」
「!!」
同じく無造作に突き出された錫杖を避けれたのは奇跡だろう。
サングラスを掠め、外れたそれを、そのまま砕きながら。
けれど、錫杖は既に引き戻されている。
……反応があと僅かに遅れていたら、間違いなく眉間をぶち抜かれていた。そう理解出来ると同時にどっと背中に冷たい汗が噴出してくる。本気で命の危険を感じたのは久方ぶりの事だった。
慌てて距離を取る……取ろうとした。
気付けば、目の前に男はいた。
自分が全力で後退する動きに易々とついてきて、今正に錫杖をまるでビリヤードのキューのように放とうと……。
「1万キロプレス!」
その前に瞬時に跳び退った。
直後にミス・バレンタインが飛び降りてくる。どうやら男の直上にジャンプ後、即座に重量を増して降下したらしい。
高度が低かったせいだろう、地面に多少めり込んではいるが、精々足首ぐらいまでだ。
「助かった」
「どういたしまして」
……何時もの笑い声がない。
ミス・バレンタインも緊張しているのか。……何故、あそこまであの攻撃が放たれる直前まで分からなかったのか、今になってようやく分かった。……ないのだ、殺気が。
殺気も何もなく、奴は俺を殺しに来た。
俺にとって起爆は作業だ。面と向かって殺す訳ではないからこそ平然と押せる。……だが、もし自分が相手と直接対峙して攻撃を仕掛けるならば殺気が洩れる。
だが、奴は……そう、人を殺す事そのものが奴にとっては作業なのだろう。……どれだけの人間を殺せば、或いは訓練を積めばそこまでいけるのだろうか?1つだけはっきりしているのは、奴の手は自分以上に血に染まっているだろう、という事だ。
暗殺者か?
だが、賞金もかかっていない自分達を狙ってくる理由が分からない。
いや、これまで殺した奴の親族なりが雇ったという可能性はあるが……。
「お前は誰だ?誰に頼まれた」
返答は——2人に向け放たれた刃だった。
「嵐脚〜蓮華!」
渦を巻くようにして放たれた真空の刃が向かってくる。
この攻撃をミス・バレンタインは体重を最低に落とし、風の流れに乗りかわす。
Mr.5は地面に自身の体を叩きつけるようにして地面を爆砕し、吹き上がる土砂に塗れながら相殺した。
そのまま土塗れになりながら地面を転がる。予想通り。
「指銃Q!」
再び速射砲の如き勢いで錫杖が連射される。
慌ててミス・バレンタインが再び上空へと回ろうとして——。
「生命帰還——獅子指銃!」
髪がうねり、指のような形状を形作り、それがミス・バレンタインへ向け放たれた。
傘で咄嗟に防ぐもそのまま弾き飛ばされる。いや、むしろ1kgにしていて助かったと見るべきか。下手に大重量にしていたら、傘ごと貫かれて一巻の終わりだったかもしれない。
再び地面を爆破し、その爆風に乗って距離を取ると共に、悲鳴を上げて吹き飛んだミス・バレンタインの傍に降り立つ。
「……能力者か?」
髪がうねっていた。
あんな事が普通の人間に出来る事とも思えない。髪なりを操る能力者と見るのが正しいのだろうが……何かが引っ掛かる。
「……思い出した」
そんな時、ぽつりとミス・バレンタインが呟いた。
「普通のとは違ってるから、配布されたのと違うから分からなかったけれど——六式だわ、これ」
六式。
それで繋がった。
そうだ、【指銃】【嵐脚】、いずれも以前にオフィサー・エージェントに配布された資料にあった六式そのものではないか。
すなわちそれが意味する事は……。
「CP(サイファーポール)……おそらくは」
「「CP9」」
Mr.5とミス・バレンタインの言葉が重なった。