第176話−決着と裏事情
相手が分かれば、相手の行動にも納得がいく。
そこからはMr.5らの行動は明らかに落ち着いたものとなった。無論、クマドリの攻撃はMr.5を掠めるのだが、クマドリ自身も掠める程度の場合はむしろ引かざるをえない。
既に情報として把握しているが、相手はボムボムの実の爆弾人間。
下手に血でもこちらについたら、それこそえらい事になる。どの程度で致命傷になるかなど試したくもない。
結果として、このまま当たっても致命傷にならないと判断するや、クマドリは指銃Qを引く。
その繰り返しだった。
「鼻空想砲(ノーズファンシーキャノン)!」
無言でかわす。
爆発以前に絶対当たりたくない。あんなもの。
あんなものをそれなりの射程でちゃんと狙った方向に飛ばすのは大したものだと思うが、それでもその性質上——サイズが小さく、軽い——どうしても速度は遅い。ネタさえ分かっていれば、真っ直ぐしか飛んでこないのだからよけるのはそう難しい話ではない。
(しかし……)
ちら、と視線をミス・バレンタインに向ける。
どういう訳か、彼女は先程から動いていない。
まるで何かを待っているかのように……。
(考えすぎか?だが……)
動かないならば脅威ではない。
彼女の能力はキロキロの実。能力は体重を1〜10000kgまで自由に変えられる事。
せめて、彼女に自分にある程度ついていけるだけの能力があればまた話は変わってくるだろうが、先程も上空へ舞い上がってのプレスアタックのみだった。
もし、自分に、クマドリにあの能力があれば、単純に同じステップを刻んでもまるで違った動きが可能な筈。同じ動作だけに格闘に長けた者である程困惑は酷くなったはずだ。
惜しいとは思うが、こちらとしてはありがたい。
そうして、それが幾度か続いた時の事だった。ふわりとミス・バレンタインがMr.5の肩に乗った。
何か仕掛けてくるのか、そう思う目の前で、再びMr.5が鼻をほじった。
またか、と思いつつも意識を向ける。
その視線の先で再び、指で弾く姿勢をMr.5が取る。
「鼻空想(ノーズファンシー)……」
その瞬間。
クマドリは確かに見た。Mr.5の口元が歪むのを。
勘が警鐘を鳴り響かせる。瞬間、横に跳び。
「地雷(マイン)!」
クマドリのすぐ横手の地面が爆発した。
種明かしをすれば簡単だ。
先程から幾度か放っていた【鼻空想砲(ノーズファンシーキャノン)】。放っていたハナク……弾は外れたからといって消えたりはしない。
飛んだ弾は指で弾かれた勢いを失えば、自然と地面に落ちる。
今回、Mr.5が用いたのはそうした地面に落ちた奴の再利用だ。いや、それを狙っていたというべきか。
幸い、直撃こそ咄嗟の判断で避けられたものの、クマドリはバランスを崩し、たたらを踏んだ。
急ぎ、態勢を立て直し、前を見れば。
「!」
空を飛び迫るミス・バレンタインの姿。
地雷が爆発する瞬間より僅かに早く、前に向かって飛び、地雷と共にMr.5が自分自身を起爆。地雷の爆発音に紛れて、ミス・バレンタインをクマドリに向けて飛ばしたのだった。
もし、失敗すれば体重を増加させて止まればいいだけだから気楽なものだ。
咄嗟の判断でクマドリは。
「——生命帰還!」
自身の信頼する技に頼った。
だが、それこそミス・バレンタインの待っていた反応だった。
自らに巻きついてきた髪をそのまま自身に絡むように、掴む。
「1万kgプレス!」
1kgで空を飛んでいた物体が急に10000kgになれば空なんぞ飛んでいられず、急停止する事になる。
「!しまった〜よよいっ!」
髪を掴まれているが故に引っ張られ、そちらへ体が泳ぐ。
生命帰還で操れるとはいえ、髪はあくまで髪だ。共に【生命帰還】で強化した場合、力的にはもっとも劣る。
急ぎ外そうとするが……。
何しろ、自分から突っ込んで掴んでいるのだ。通常の技としてクマドリから絡ませたのとは決定的に違う。
そして——。
「!指銃Q!」
Mr.5が突っ込んでくるのを確認し、動こうとするが錨がくっついているようなものだ、動けない。
やむをえず、無理な姿勢から指銃Qを放つ。
だが、無理故にそれは血を飛沫かせはしたが、致命傷には程遠く、Mr.5がクマドリへと抱きつく。そちらに集中したが故に髪から力が抜けた所でミス・バレンタインは素早く手を離し、抜け出す。
一瞬迷ったが、このまま掴まれている方が拙いと判断し、クマドリもまた解く。だが、彼女が距離を取るように飛んだ所で……。
「全身起爆!」
「鉄塊・剛!」
大爆発が起きた。
「……逃げられたか」
鋭くMr.5は舌打ちした。
「きゃはははは、貴方の爆発から逃れるなんて面倒な相手ね」
あの時の【全身起爆】に対して、この状況では逃げようがないと判断した為だろう。
クマドリは防御を全力を持って行なった。
結果として、何とか動ける状態のまま耐え、だが、これ以上の戦闘は困難と判断し、引いた。
足をやられなかったのも大きかっただろう。
そして、【剃】が使えるのならば、Mr.5らにクマドリの追撃は困難だ。
「……銃を持ってきてれば、もう少し楽だったんだが」
「きゃは、仕方ないわよ。今回の任務じゃ目立つもの」
次に会う事があれば仕留める。
そう決意した2人だった。
「………ところで指名手配されないよな?」
「………世界政府の人間だからされるかも……」
そうなったら、自分達も折角功績立ててもMr.1らと同じ。
出世の夢が、と思い、冷や汗を垂らす2人だった。
ふう、とクマドリは溜息をつく。
無事脱出し、アスラ中将へと先程の戦闘の報告も入れた。
これで後は長官が片付けてくれるだろう。怪我はしたが、防御が間に合ったお陰で致命的なものはない。
実は今回の暗殺は事前に察知していた。
ただ——邪魔だったのだ、世界政府にとっても今回の暗殺対象は。
一見すると世界政府に尻尾を振る相手に思えるかもしれない。
だが、癒着も過ぎれば毒になる。
初期には謙虚だった当人は次第に裏では一部勢力と結託した結果、他の勢力から恨まれていた。特に致命的だったのは、五老星直属の部下らの疑心暗鬼を結果的に煽る事になってしまった事だ。
何しろ、ある程度の情報を、別組織が台頭してきた際にそちらに擦り寄る手土産として提供したりしていたのだ。
次第に恨まれるようになって、今回の事態となった訳だが……。
「まったく〜疲れるこた〜疲れるが、んな仕事に関わりたくねえ〜よよいっ」
……では新聞社は、といえば、確かにBWは結構な割合の株式を抑えるが、それでも世界政府が抑える割合の方が大きくなっている。
無論、BW側の影響も広がるだろうが、おそらく最終的にはどっちつかずの穏やかなものとなるだろう。
「まったく〜わしらのやってる事が〜何とも可愛く見えるよよいっ」
ぼやきながら、クマドリもまた任務へと戻っていった。